凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
本編どうぞ。
~遥side~
埃っぽい校内を当てもなく歩く。
これまで多くの人間が学び、遊んだであろう波中はすでに生気を失っており、ただの無機質な残骸と化していた。
・・・ここに刻まれた目に見えるしるしも、目に見えない思い出も、いつかは忘れられてしまうのだろうか。
などと思いながら校内を歩いていると、ポンポンと鉄琴か何かを叩く音が耳にこだました。おそらく、音の発信地にちさきとまなかがいるのだろう。
俺は寄り道をやめ、音を頼りにまっすぐ進む。
部屋に入ったところで、まなかが声を上げた。・・・俺に対してではないが。
「あっ、ウミウシ!」
まなかは地面をズルズルと這っているウミウシを捕まえて、机の上にそっと乗せた。そのウミウシは、腹の部分が赤い。
ちさきもそれに気づいたようで、少し上がり調子に声を上げた。
「このウミウシ、お腹赤い子だ! ・・・確か、お腹が赤いウミウシにお願いを告げると、石が出てくるんだよね。そのお願いがちゃんとしてないと普通の石が出てきて・・・」
「願いが純粋で、長く続くものだったら、ウミウシが出した意志はいつまでも、綺麗に輝くって・・・」
まなかはうっとりとした瞳で、ウミウシを優しくなでていた。
そして改めて、こちらにちさきが声をかける。
「遥、いいの? 光怒らせちゃうと、面倒でしょ?」
「いいさ。そんな体裁的なことを気にして、自分の心情は曲げたくないからな。ああいう時は上手く光の話を受け流せる要がいてくれればいい」
「無責任だね・・・」
呆れたようにちさきが言うが、こればかりは譲れない。
今回の件は、どちらにも肩入れできない。でも、結末を見届けたい。複雑な立場に、今自分はいるのだ。
「でもはーくん、結構落ち着いているよね。何か、知ってるの?」
純粋無垢なまなかの問い。俺は逃げ場を無くした。
だったら、逃げなければいい。
俺は二人を信じて、少し堀下げた話をしてみる。
「・・・ここだけの話なんだけどな、あかりさんの状況、俺知ってるんだよ。・・・だからまあ、どちらにも肩入れできないっていうか、どっちが悪いとか無しにしたいとか・・・」
「相手の男の人についても、分かってるの?」
俺は首肯した。そこからさらに話を掘り下げられると括って。
が、ちさきは突如話題を転換し、まなかに話を振った。
「そっか・・・。ところで・・・。まなかはさ、紡君のことが、好きなの?」
「えぇ!?」
まなかも急にこんな話が自分に振られるなど思ってもみなかったようで、間抜けた声を上げた。
そして、赤面して否定する。
「す、好きだなんて・・・。そんなの、分からないよ・・・」
まなかが『好き』という感情を丁寧にインストールできていないことは知っている。その上で俺は聞き方を変えてみることにした。
「じゃあ、例えばだな、まなか。もしも、お前が好きになった人間が、陸の人間だったとしたら、まなかは結婚したいと思うか?」
この質問は、今苦境に立たされているあかりさんを見てきたからこそ出た質問だと思う。
まなかは口先をとがらせて、ぽつりぽつりと言葉を零す。
「もし、私が陸の人を好きになって、キスしたいとか思って・・・って、私エッチなこと言ってるよね!?」
「ううん、まなかはエッチじゃないよ」
「好きになることをエッチ、だなんて思ったら終わりだからな。そこは気にしないでいいと思う。というかそうした方がいい。・・・それで、続きは?」
「あっ、そうだね。私は・・・それで付き合って、結婚したいって思うのかな? 好きになってその人と一緒にいたいって思ったら、もう海には戻れないんだよね・・・?」
ガラッ!
そんなまなかの言葉を遮るように、ドアが開く音が響く。
光の作戦会議がどうやら終わったようだ。
「おっし、帰るぞ。遥、まなか、ちさき」
「・・・やるのか?」
「たりめーだ。お前がどうしようが勝手なように、俺も勝手にやらせてもらうからな!」
・・・決意は固い、か。
なら、これ以上の会話は無意味だな。
それにしても、光がやたら冷静な様子なのが少々怖かった。
タイミング的に、さっきの話を聞かれていてもおかしくはない。けれど、そんなまなかに逆上することもなく、ただ真顔で帰るとだけ言っている。
言えば、らしくないのだ。
しかし、そんなことは口に出来ず、時は流れていった・・・。
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翌日、俺たちはとある山の上から鷲大師漁協を見ていた。なおかつ、動きがあればすぐに対処できるポジション。光もなかなか着眼点がいいと一人で感心する。
「光、本当にやるの・・・?」
「当たり前だろ。ぜってーぶん殴ってやる」
「もし悪い人じゃなかったら?」
「軽くぶん殴る」
どうやらこの脳筋は、殴る以外の思考回路はないらしい。
あかりさんのことを思っての行動であることは百も承知だし、行動原理が悪いと言ってるわけじゃない。・・・融通が利かないのだ。
そんなことを話していると、漁協から一台の車が出ていった。
その中にいる人をまなかが視認して、はっきりと言う。
「あれ? あの人じゃないかな?」
・・・その行動は光の作戦に賛同してるとみなされるぞ・・・。
しかし時すでに遅く、光はすぐさまその車を追い始めた。あとの四人もそれについていく。
とはいえ相手は車。俺たちは車より早く移動できる術を持っていない。というか、持っていたら教えてほしい。
次第に距離が離れていく。このまま諦めてくれればいいのだが・・・。
「くっそ! さっさと逃げやがって!」
「逃げるも何も、会う約束すらしてないだろうが・・・」
すると光は、その場にあった誰のとも知れない自転車に無断でまたがり、全力で漕ぎ始めた。
・・・鍵位かけておけよ。
などとどうでもいい突っ込みをよそに、光は進んでいく。
「待て! 逃がすかよこのやろう!!」
「あっ! ひーくん!」
「ちょっと!? 光!!?」
「あーあ、行っちゃったか」
「言ってる場合かよ・・・。追いかけるぞ」
自転車で行ったことが問題ではなく、光が独断専行で進んでいることが問題なのだ。
今回はケースがケースだ。最悪人一人殺しかねない。・・・ましてや相手が優柔不断の体現である至さんとなると・・・。
とにかく、俺たちは走って追いかけるしかなかった。
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数分経ったところで、光が乗り捨てた自転車が森の中で見つかった。その少し向こうに光の姿が見える。
俺はともかく、ほかのみんなはかなり息を切らしており、見るからに辛そうだった。とはいえ、俺もしんどい。
「・・・見つけた」
「え、本当?」
「遥、本当なの?」
「はぁっ・・・やっと追いついた・・・」
「静かに。・・・あそこ、自転車あるだろ」
そして俺たちは音静かに光に寄っていく。そして光の後ろに立って、小さめの声で光に声を掛けた。
「・・・おい、光」
「うおっ!? ・・・なんだよ遥かよ。脅かすなよ」
「知るか。だったら俺たちを置いていくなってんだ。・・・ってここ」
俺は言葉のさなかあたりを見回していた。そして、ここがどこか、ということに気づく。
すぐそこに見えるのは紡の家だった。
「あれっ? ここ、紡くんの・・・」
まなかが俺と同じタイミングで声を上げる。
しかしそれが光の耳に入る前に、玄関から至さんが出てきた。
・・・あぁ、最悪のタイミングだよ。
光はそこから一言も発することなく斜面を下り、問答無用で至さんに殴りかかった。
とりあえず、ある話を過ぎるまで作者からすれば結構しんどい戦いなんですよね。
先が見えないのもありますし、etc...。
それでは、今回はこの辺で。
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また会おうね(定期)