凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百八十六話β 誰がための愛

~遥side~

 

 どんな怒りも罵倒も受け入れるつもりでいた。それだけの発言を、俺は今美海の目の前で行った。

 いくら軋轢があったとはいえ、二人は長年の仲だ。美海にも思うところは絶対にあるはずだ。それでも俺は言う。この関係に終止符を打つべきだと。

 

 しかし、美海の反応は俺が予想するより遥かに淡泊で、悲哀そうなものだった。

 

「・・・やっぱり、遥も気づいてたんだ」

 

「気づくって・・・。お前は分かってたのか? 今の千夏がおかしくなってること」

 

「うん。・・・といっても気づいたのはつい三か月くらい前のことだけどね。あの日、千夏ちゃんがひどく空回り気味だったの、遥は知ってるでしょ?」

 

 もちろん知っている。・・・なるほど、それでいてあれだけ空気が壊れなかったのは、美海がそれを理解して合わせていたからだったんだ。

 でも、そうだとしたら、俺は聞いておかなければならないことがある。

 

「それならなんで、美海は・・・」

 

「気づいてほしかったんだ」

 

 俺の問いへの返答か、あるいは独り言か、少し食い気味で放たれたそれはどこか濁り始めた空間に漂った。

 

「気づいてほしかった。そんな状態の千夏ちゃんを私たちが望んでないこと。自分自身がおかしくなってること。今まで通りにやってるつもりでも、どこかで違和感って出ちゃうんだよ。遥なら分かるよね?」

 

「ああ。・・・でも、それに気づかない人間だってこの世にはいるんだよ。昔いただろ? 自分の心の疲弊に気づかずに、目の光を失いかけた人間が」

 

 それは紛れもない俺の事。

 知らず知らずのうちに溜まっていたストレスを、俺は見て見ぬふりをしていた。そうしたらどうだ、自分がストレスをためていることにすら気づかなくなって、一度心は崩壊した。

 

 きっとゆくゆくは、千夏だってこうなってしまうかもしれない。

 

「今の千夏は、あの時の俺なんだよ。貼り付けた空元気のせいで、自分が狂ってることにすら気づかなくなってる。・・・俺は、そんなあいつを助けたい。手遅れになる前に出来ることは、山ほどあると思うんだ」

 

「・・・ねえ、遥」

 

 過去の自分と照らし合わせて熱弁をふるう俺を、美海は小さな声で諫めた。少しの静寂の後で、美海はあることを俺に問う。

 

「それは、誰のため?」

 

「そんなの・・・」

 

 すぐに答えようとした。けれどその言葉はすんでのところで止まる。

 別に迷いがあるわけでもない。そうしたいのは間違いなく俺と美海のこれからの為だ。

 けれど本当にこれが、俺たちのためになるのかということを今一度問いかけた。

 このまま放っておいて千夏が壊れても、そうなることを予期していた俺たちが被るダメージは俺が想像するより大したものではないだろう。

 

 ・・・それは本当に、俺たちの最適解なのだろうか。

 

 俺は千夏を助けたい。それは俺が俺らしく未来へ歩んでいくため。ここまで歩いてきた中で学んだことの集大成だ。千夏を踏み台にしてでも、俺は自分が成長したことを確認したい。

 俺が強くなった時、結婚をすると約束したのだから。

 

「千夏を助けるのは、俺たちのためだよ。・・・もちろん、正しい道から逸れて不幸になる千夏を見たくはない。だけどそれ以上に、目の前の友達だった存在一人助けられない弱い人間のままで、俺たちはどんな顔で未来を向けばいいんだ?」

 

「・・・」

 

「付き合う時に誓ったよな。俺がちゃんと自分の弱さと向き合って、克服出来た時、結婚しようって。・・・自分で言うのもなんだけどさ、俺は強くなったと思うんだ。もう自分のことだって大切に出来るし、卑下することもない。だから、強くなった俺を証明したいんだ」

 

「でもあの時、私はこうも言ったよね。私のことを一番に考えてって。そして遥はそれに頷いた。・・・ならもし私が今、千夏ちゃんのことをそのままにしておいてって言ったら、遥はどうする?」

 

 なかなか鋭い問いだ。あの日の約束の矛盾を一気に指摘している。

 美海の思いを一番に尊重するという約束。そして、俺が俺を愛するという誓い。一番はどっちなのだろうか。

 

 ・・・そんなもの、問いは一つだけだ。

 

「二人で話しあって、納得する答えが出るまで悩み続けるよ。・・・確かにあの時約束したよ。美海のことを一番に愛するって。・・・だけど、同じくらい俺は俺のことを愛したいんだ。なら、順番はどうすればいい?」

 

「それは・・・」

 

「決められないだろ? だから、さっきの答え。二人のレベルが一緒なら順列なんてないから、今は二人で悩む時間だと思うんだ。違うか?」

 

 違わない、と言わんばかりに首を横に振って美海は打ち負かされたと代弁するように微笑んだ。別に勝ち負けではないが、俺は自分のことを認めてもらえたような気がして同じように微笑を浮かべた。

 

「俺の意見としては、さっきも言った通り千夏のことを突き放してでも助けたい。それが一番、俺たちのためになると思うんだ。だから今度は、美海の意見を聞かせてくれ」

 

「私の意見なんだけどね、遥と一緒。・・・さっきも言ったけど、私は千夏ちゃんが自分でそれに気づくまで待っていたかった。だけど、こんな千夏ちゃん今まで見たことなくてさ。本当に気づけるのかなって、思い始めるようになったの」

 

 今のあいつの様子は、俺たちにとって未知の領域。どう転ぶかなど、てんで予想などつかないのだ。

 だけど、ここで手を離せば、何も出来ないで転がっていく最悪の状態だけは回避できる。それがたとえ二人の思い出を燃やすことになったとしても、今導き出せる最適解だと俺は信じている。

 

「だから私は、遥の意見に賛成するよ。私たちのために、そして千夏ちゃん自身のために、私たちは一度、友達であることをやめた方がいいと思う」

 

 口では簡単に言えるが、その行動に付きまとう重責は想像を超えるだろう。

 一時、千夏が俺たちの世界から離れたことがあった。けれどそれはあくまで自然の成り行きみたいなもので、心からの選択ではなかった。

 

 けれどこれは、俺たちの決断。俺たちの意志で、千夏を俺たちの世界から切り離そうというのだ。恋愛だけでなく、友愛の関係からも追い出そうとしている。もちろん、千夏は傷つくだろう。

 

 それでも選ぶ。傷つけないようにすることだけが優しさではないことを、俺はここまで生きてきた日々で学んだはずだ。

 

 決断と同時に、美海は少しだけ俯く。分かっちゃいるが、やはりここに来るまで千夏が自分で気づけなかったことを残念がっているみたいだ。

 そして苦し紛れに口を開いて、美海は俺にお願いを言う。

 

「・・・我儘、言ってもいい?」

 

「ああ。聞くよ」

 

「もしその時が来たら、遥だけで千夏ちゃんに伝えてくれるかな。多分私がそこにいちゃうと、より感情的になって、全部ダメになっちゃうかもしれないから」

 

「それでいいなら、そうするよ。だけど先に断りを入れておくと、俺だって感情的になるだろうよ。酷い事沢山言うだろうし、今まで一番千夏を傷つけると思う。美海がいてもいなくても、全部ダメになるかもしれないぞ?」

 

「それでも、私がいない方がきっとなんとかなるって信じてる。だから遥に託したいの。ダメかな?」

 

 美海は心の底から俺を信じていた。保さんがさっき言ったようなことを、俺に投げかけてくる。

 なら俺は頷くだけだ。自信の有無は関係ない。ただやると決めたことをやる。それでもしダメになったとしたら、その時はその時だ。

 

 今こそ周りを敵に回す時だ。俺は俺と美海の勝手な感情のために、千夏を拒絶し、遠ざける。その覚悟は手中にある。

 

「ああ、託された。千夏には俺から言うよ」

 

「ありがと」

 

 そう言いつつも表情はまだ仄かに暗い。その後のことを考えて、美海は少し怯えているのだろう。

 だから俺は言う。大丈夫だと。

 

「ちゃんと自分自身の感情に気づけた千夏なら大丈夫だよ。・・・その時はもう一度、心から友達に戻れる」

 

 俺は信じて疑わない。そのために千夏を突き放すと決めた。

 最初から後ろ向きになる理由なんてない。叶えたい未来を信じないで、どうやってその未来が訪れる?

 

 だから信じる。千夏が本当の姿で俺たちのもとに戻ってきてくれることを。

 それが俺たちのたどり着ける最高点の未来。俺たちの最大の幸せの姿だ。

 

 

 そのために一度、俺たちの世界からかつて抱えていた最大の愛を消し去ろう。




『今日の座談会コーナー』

 αとβの大きな違いとして、遥の「愛」への固執度に大きな違いがあります。αは千夏への恋愛感情を軸に、全ての愛を受け入れ、抱え込むというお話でしたが、βは美海への恋愛感情を頂点に置き、場合に寄っては切り離すというお話になります。受け入れる事は優しさですが、傷つけることもまた優しさ。「優しさ」の定義の違いが、この作品には如実に表れているように思います。
 変わらない部分は、最愛の人と二人三脚で困難を乗り越えていくというスタイルくらいですかね。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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