凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
千夏を突き放した俺たちは、信じて待つことにした。
もちろん、そればかりを気にしていちゃこれまでの二の舞。あくまで俺たちの暮らしに千夏は関係ないと、すっぱり忘れ去って日々の仕事に、学校に勤しんだ。
そうして訪れる土曜日。明日は千夏との約束の期日だ。
家に泊まりに来ていた美海は、思い出したようにその名前を口にする。
「明日、千夏ちゃんと約束した日、なんだよね?」
「ああ。詳しい事は何も決めなかったからどうなるか分からないけど・・・。けど、明日の千夏を見て、それからのことを考える」
「・・・友達に、戻れるの?」
「さあな。ただ、少なくともこの間話したときと変わらないあいつなら、もう一生俺たちの世界にいないでくれって思う。・・・誰も幸せになれないからな」
言い方は悪いが、不幸になるなら一人でなってくれという話だ。昔の俺は、こんなことを思うような人間だっただろうか。
もちろん、心の底ではそうならないことを願っている。けれど、願っているからと言って、信じているからといって、それに縋ってしまえばまた堕落する。分かっているから距離は保とうという話だ。
その時、部屋中に電話が鳴り響く。相手は・・・なんとなく予想が着く。
だから迷わず俺は受話器を取った。予想通りの相手の声が電話越しに聞こえる。
「もしもし?」
少なくとも、声音は何一つ変わっていない。・・・だけどどこか掠れている。まるで、さっきまで泣いていたかのような。
けれど、気にしない。俺は淡々とした声音で接する。
「千夏か。どうした?」
「うん。明日なんだけどさ、12時頃にそっち行っていい?」
返事より先に、俺は美海の方を向く。美海は一度だけうんと頷いた。
「分かった。外出て待っておく。・・・で、話は以上か?」
下手に長引かせると、明日に期日を設けた意味が無くなる。俺は「知人」くらいの距離感で、ただ淡々と千夏に言葉をぶつけた。心を氷漬けにすることも、今はもう抵抗などない。
けれど、思ったより千夏はケロッとしていた。
「うん、これだけ。これだけ伝えたかったから。明日のことは、また明日。じゃあね」
千夏はそれっきりで電話を切る。俺は一つため息を吐いて、ソファに座り直した。空いた隣に、美海も腰掛ける。それから俺の方に体を寄せてきた。
「どうだった?」
「分からん。・・・けど、多分、変わってはいるかもな」
「それは、どっちに?」
「それが分からないって話だよ。・・・だから、明日確かめないとな」
そのための約束。そのための期日。明日、どんな現実を見せられようと俺たちは迷うことはないだろう。それほどまでに、俺は俺自身と、俺の最愛の人を愛せるようになった。
美海は小さく唸って、天を仰いだ。
「ごちゃごちゃ考えるのはダメだって分かってるけどさ・・・本当に、これでよかったのかなって思う時、結構あるんだよ」
「主に、どこから?」
「千夏ちゃんとライバルだって宣言した時から、かな」
つまりそれは全てにおける原点。美海が俺を異性として意識し始めた最初の頃の話になる。
「あの時、千夏ちゃんをライバルとして捉えてなかったら、千夏ちゃんのいなかった五年間で私が遠慮をすることもなかったし、こうやって歪んだ関係になることもなかった。後悔しても意味ないってのは知ってる。けど、ね」
「そうだな。・・・あの五年間は、お互いの感情を閉ざしていたからな」
毎日懸命に生きてはいたが、満たされた毎日かと言われればそうではなかった。本当にその時間を生きていたのか分からなくなる日は俺だってある。
けれど、それを含めて俺の人生で、俺はそれを愛している。かつて千夏に言ったように、傷ついたことですら思い出に出来るのだ。
だから・・・後悔も何もない。
「けど、そんな日々だって今では思い出だからな。後悔することもないよ」
「思い出、か・・・。確かに、楽しいこともいっぱいあったし、全部が全部悪いことじゃないよね。・・・ただ、やっぱり、千夏ちゃんを敵にしたくはなかったなって思う時はあるんだよ」
「難しいな、親友ってのは」
「けど、もういいの。今は親友よりも大事なものがある。後悔よりも幸せの方が全然勝るよ。それに、千夏ちゃんのためだけにこれを手放したくない」
ちゃんと美海は何が一番かを分かっているようで、俺の腕を自分の両腕で包んで目を閉じた。その穏やかそうな表情は、いつまでも変わらず愛おしい。
「・・・ああ、俺もだよ」
証明するように、後ろ髪を撫でる。
それから、あることを確かめるべく、俺は美海にそれを尋ねた。
「なあ、美海。・・・失う事、もう怖くないよな?」
それは、俺がかつて乗り越えた壁。そして、美海と一緒に突き当たった壁。それを乗り越えることが出来たのか、俺は美海に問いかける。
少しだけ逡巡の間があって、美海は首肯した。
「怖くはない・・・とは言わないよ。だけど、乗り越えられる自信はあるよ。少なくとも、誰かを失うことが、自分が愛したせいだから、なんてことはもう思わない」
「・・・そっか。なら、大丈夫だな」
俺たちはちゃんと、目の前の愛を怖がらず、拒まずにいられる。それが分かった俺は、少しだけ胸をなでおろした。
もう大丈夫だろう。進む道に、迷うことはないはずだ。
「美海、約束してくれないか?」
「約束? 今更なんの?」
「どうなっても二人でいようって約束。どんなに苦しいことがあっても、立てなくなりそうでも、二人で乗り越えていこう。・・・好きだったものはいつかなくなる。それってやっぱり寂しくて、辛いからさ、二人で乗り越えたいんだよ。俺はそうしたいんだ」
「うん、約束する」
躊躇う間もなく、一瞬の返事。けれどそれは決して口先だけではなかった。
それはどこかプロポーズみたいなもの。けれど、結婚したいという気持ちは変わらない。俺の隣はもう、美海しか想像できないから。
そして美海から見てもそうであると俺は信じている。目の前にある「愛」から逃げることは、もう二度とないだろう。
例えそれが考えも出来ないような困難だろうと、俺は失うことから逃げない。
「・・・明日は、晴れるといいね」
ふと、美海が呟く。ただ天気の話をしているだけではないだろうが、別にそれ以上の言葉はいらなかった。
「ああ、俺もそう思うよ」
雨は不吉な予感がする。だから晴れてくれれば、千夏から出される答えが俺たちの望んだものであると信じれるような、そんな気がした。
ただの迷信だと分かっていても、雨にろくなイメージなんてないから。
窓の外の空を見上げる。所々に星はチラついて、月はその姿を全て曝け出していた。・・・明日は、晴れそうだな。
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約束の日が訪れる。
俺は支度を整えて、美海と共に家の外で千夏を待つことにした。・・・というより、待ちきれなかった俺たちはアパートへとつながる一本道を下りだした。
しっかりと手を繋いで、前だけ見据える。負の感情に囚われないように、ただそれだけを意識しながら。
ただ、変に力が入っていたのを見抜かれてか、美海に尋ねられた。
「何か迷ってる?」
「別に。正直結果はどっちでもいいからな。・・・もちろん、これまでみたいな関係に戻れることを信じてるけどな」
「うん、信じてる。そしたらまた遊びに行こうね。二人だけの思い出もいいけど、やっぱり三人でいる時間も楽しかったから」
「ああ、そうだな」
美海は瑞々しい笑みを浮かべた。色々歪んだ関係になってしまってはいたが、やはり本心では親友なのだろう。あんなにおかしくなっていたというのに、煙たがる素振りは全く見せなかった。
「・・・結婚式も、呼びたいね」
「もちろん。ただ、こっちから願うのはちょっと烏滸がましいから、あいつ次第だけどな」
「許してくれるよ、千夏ちゃんなら」
「ああ。千夏な・・・ら・・・?」
繋がれた手が、ほどける。
視界の先には千夏がいた。道路の端の木にもたれかかって動かないでいる。俺は美海をそのままに走り出した。
だんだんと光景が鮮明になるにつれて、千夏の異様さに気が付く。
頭のほうから血を流して、腕は変な方向にねじ曲がっている。地面で擦ったのか服はボロボロになっていて、それから・・・。
「おい・・・嘘、だよなっ・・・!?」
近づいて、ちゃんと確認する。そしてそれは、確信に変わる。
さっきまで抱いていた希望が、全て絶望に堕ちていく。
かつて確かにあったもう一つの愛は、呼吸を行ってなどいなかった。
『今日の座談会コーナー』
何気に久しぶりの同じ時間軸、別視点だったような気がします。いや、これやると本当に進まないんですよ。心理描写をしっかりと書けるってメリットがあるんですけど、ただの尺稼ぎみたいになるのが嫌なので少し封印してました。
さて本題。・・・まあ、見ての通りです。サブタイトルは「乗り越えるべき壁」。まさにその通りで、今遥の目の前にあるのは乗り越えるべき壁です。それも、最後の。
・・・ef?
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)