凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第百九十一話β 今、始まる世界

~遥side~

 

 二人がその場を去って、一人だけの待合室で俺は日記を開いた。他人の痴情に触れこむのは好きではないが、これは俺に与えられた罰だ。ちゃんと向き合い、その上で考える必要がある。

 

 そして開く日記帳。始まりの日は、俺が千夏を振った日の事だった。

 愚痴でも書いていてくれればまだ気は楽だったが、書いてあることは自分の鼓舞と、しがない現状報告の繰り返しだった。ただ、その文章からなるだけ周りに迷惑をかけないように、と気を張っていたのだろう。それだけは読み取れた。

 

 けれど、それも段々となくなっていく。虚勢と空元気が当たり前になったのか、自分が無理をしているとも書かなくなった。そしていよいよ、空っぽの文章が続き始める。行動に起こっていたことが、文体でも同じように行われていた。

 

 それは何日も、何か月も続く。

 その負の連鎖が途切れたのは、俺が突き放した日ではなく、つい昨日のことだった。

 

---

 

『8月2日』

 

 一週間前、遥くんに言われた言葉の意味がようやく分かった気がする。私がどうおかしくなっていたのか、何がダメだったのか。

 私はきっと、自分の心に蓋をしてしまっていたんだ。お父さんやお母さん、それに二人に迷惑をかけたくないと思っていた。

 だから、明るく振舞おうと思っていた。昔、そうしていた私が望まれているのかと思っていた。・・・だけど、現実はそうじゃなかった。

 

 みんな、私が感情的で自分の心に従って生きることを望んでいた。それに気が付くまでに、私はボロボロになりすぎちゃった。頭は痛いし、食欲もないし、変な音も聞こえるし、吐き気だってする。もう少し遅かったら、私、壊れてたのかもしれないね。その前に気が付けてよかったと思う。

 

 だから、そのことを明日はちゃんと伝えようと思う。私は、自分が選ばれなかった悔しさのせいで自棄を起こして、無茶苦茶な行動を繰り返していたって。遥くんの言うように、本当は心の底から祝福なんてしていなかったって。

 

 ・・・そして、ちゃんと全部伝え終わって、改めて私は二人のこと「おめでとう」って言うんだ。それが私に出来る事。私のしたいこと。

 心から向き合うこと。これが出来れば、たとえ友達に戻れなくても私は満足すると思う。きっと、二人の為にもなると思う。

 

 私は二人のことを祝福する。二人に幸せになってもらえたら、自分が選ばれなかったことに納得できる。心から応援できる。

 それだけ伝えたら、少しだけ身を引こうかな。これからは、私は私を愛して、前に進まないといけないんだから。

 

 ・・・あーあ、もっと早く気づいていたかったなぁ。

 

【追伸】

 

 お父さん、お母さん、心配かけてゴメン。もう大丈夫だから、明日一日だけ、我儘な娘でいさせてね。

 

---

 

 

「・・・馬鹿野郎っ・・・!」

 

 決まってるなら、無理に逢いに来なくてもよかっただろ・・・! 

 電話でもよかったんだ・・・ちゃんと、腹が決まってるならただそれを伝えてくれればよかったのに。

 

 涙を流すのは道理ではない。俺が今涙を流したところで、千夏に対する弔いになどなりはしない。

 ならどうする? 千夏が幸せになる時間を奪ってしまった俺に出来る事。

 

 ・・・千夏は。

 

 千夏は、俺たちの幸せを望んでくれると言った。当初はそう出来ていなかったと千夏は言うが、そんなことは関係ない。今は今、今の千夏の意志を尊重したい。

 

 だから俺は、美海と一緒に行く。幸せになる。結婚だってする。

 遠慮して淡々と生きることが望まれているのなら、俺はそうする。けれどそうじゃないなら、俺は迷わず自分の幸せをつかみ取りたい。

 

 それは、自分の為であって、美海のためであって、そして千夏のため。

 みんなが幸せになる答えは、これしかない。

 

 そりゃ、傍から見れば俺たちだけが何喰わぬ顔で幸せになろうとしているわけだから、周りは不信に思うだろう。特に夏帆さんなんかは、俺のことを許してくれないかもしれない。

 

 だけど、俺は俺の意志で決めたこの答えを曲げることは絶対にしない。

 それが、愛に向き合うこと。失ってでも進む覚悟は、もう心にある。

 

 意を決した俺は病院から抜け出した。

 

 フロントから少し離れたところで、美海を見かける。頭は下がったまま、俯いて、時折雫が光輝いて見える。

 俺はその後ろからただ美海を抱きしめた。俺の存在に気づいて美海は震える声で呟く。

 

「なんで・・・こうなっちゃったんだろ・・・」

 

「・・・」

 

「私が・・・私があの時・・・」

 

「もうやめようぜ、美海」

 

「え・・・?」

 

 

 自分の言葉を拒絶されたことに美海は声を失う。けれど、それにはちゃんと意味があるということを俺は続けた。

 

「千夏は死んでない。さっき手術が終わって、そう言われた」

 

「終わったの!? それで、千夏ちゃんは!?」

 

「一命は取り留めたって。・・・ただ、目覚めるのがいつになるかは分からないって、そう言われたよ」

 

「そんな・・・」

 

 昏睡を死と同義に捉えているのだろう、美海は酷く脱力して崩れかけた。それが崩れ落ちないように、俺が後ろから抱きしめて支える。

 俺が思うより美海の心は脆く、酷く傷ついていた。・・・今回に関しては、美海も被害者だ。俺が厳しい言葉を並べたばかりに、この結果を招いたのだから。

 

 だから、俺なりの責任を取る。それは生涯を賭けた宣言だ。

 

「・・・なあ、美海。結婚しようか」

 

「え?」

 

「だから、結婚。もちろんいますぐじゃないけど、美海が高校を卒業し次第、すぐ。・・・俺は美海とこれからを歩いていくために、契りを結びたいんだ。好きだから。お前とじゃないと、嫌だから」

 

 美海の口から零れた言葉は、もちろん拒絶のものだった。

 

「ダメだよ・・・。私たちに、そんな資格なんてあるの?」

 

「誰に遠慮してるんだ?」

 

「それは・・・」

 

「それにこれは、千夏との約束でもある」

 

 そう言って俺は千夏の日記を取り出した。もちろん、それを美海に手渡すことも、見せることもしない。閲覧権限があるのは本人と俺だけだから。

 

「千夏の日記の昨日のページに書いてあったよ。千夏は今日、俺たちに『おめでとう』って言ってくれるはずだったんだ。自分のこと見つめ直して、これから歩き出そうとしていたんだ。・・・だから、千夏の思いに答えるのに、理由なんていらない」

 

「たとえそうだとしても、みんながなんて言うか分からないよ・・・?」

 

「うるせえ! 関係ないんだよそんなこと!」

 

「!!」

 

 声を荒げて俺は美海をきつく抱きしめる。

 

「俺は俺の人生を生きてる。そして美海も美海の人生を生きてる。誰かに遠慮する必要なんてないんだよ! 約束しただろ、お前を一番に考えるって。だから孤立しようが、苛まれようが構わない。お前がこれを罪だっていうなら、一緒に乗り越えてやる。だから・・・俺と生きてくれよ!」

 

「・・・!」

 

 美海は俺の腕を振りほどいて、それから向き直った。真っ赤に目を腫らして、首をぶんぶんと振りながら叫ぶ。

 

「バカ! バカバカバカ!」

 

「なんとでも言え」

 

「私に・・・なんてもの背負わせようとしてるの!?」

 

「好きになるってことは、そういう事だろ。俺は覚悟して、この話をお前にしたんだよ。・・・それでも、美海が嫌って言うなら、そん時はまた考える」

 

「嫌なんかじゃ・・・ない・・・!」

 

 千夏への申し訳なさに囚われた美海だったが、自分の気持ちにまでは嘘をつけなかったみたいだ。その弱さこそが、美海の強さだ。俺なら意地でも貫き通してしまうからな。

 

 美海しばらく迷い、黙り込んだ後、空を見上げて呟いた。

 

「・・・ねえ遥、三つ約束をして」

 

「ああ。来い」

 

「一つ目。・・・千夏ちゃんをこんな目に合わせたんだから、ちゃんと二人で責任を取る。謝れって言われたら謝ること」

 

「ああ。休みにはちゃんと会いに来る。出来る限りのことは全部やるよ」

 

「二つ目。これからも私を守って。私はずっと遥の一番なんだから」

 

「もちろん。一緒に罪を償うって言ってるんだ。俺がお前の傘になってやれなくてどうするんだよ」

 

「最後・・・、三つ目。私と一緒に、幸せになって」

 

 その最後の言葉が、俺の提案への答え。

 こんなに最悪なスタートでのプロポーズを、美海は承諾してくれた。だから俺も意気揚々と答える。

 

「ああ、一緒に行こう」

 

 導いてやるなんて言わない。導いてくれとも言わない。

 俺は美海と、二人で、同じ歩幅で歩いていく。俺たちだけの世界を、どんどん広げていく。いつかそこに、千夏が帰る場所が出来るように。

 

 俺は、千夏が元気で戻ってくれることを信じている。そこに命があるんだ。絶対に、失われたりするもんか。

 

 そしていつか、この罪に濡れた幸福をよどみない輝きに変えることが出来たら。

 

 その時俺たちは、紛れもない「幸せ」を掴んでいるはずだ。

 

 

 始まりは、いつもどん底から。絶望の淵で、遠くの光を見上げている。

 けれど、その光が届かないものだと嘆くことはもうしない。誰かに届いたらと諦めることもしない。

 

 掴みとるために、歩いていく。その道中で何度も突き落とされようと、隣歩くその存在一つで、俺は何度でも立ち上がれる。

 好きになるというのは、そういうことだ。失うことも、奪われることも抱えてそれでも歩いていくこと。

 

 

 

 それを乗り越えた時、世界にはきっと、祝福が訪れる・・・。

 

 

 

 




『今日の座談会コーナー』

 書いていて思うんですけど、αとβで遥の性格だいぶ違ってくるんですよね。その原因はおそらく、相手依存のレベルと置かれている境遇の厳しさのレベルにあると思います。ことβ√においては、水瀬家という居場所を断ち切った以上、遥はもっと強くなる必要がありました。そのため、自分を愛するよう意識していたわけです。だからこうして、いざ壁に直面しても立ち向かう勇気を得たわけですね。おそらく甘えた空間にいることを望んだα√の遥では、この壁には立ち向かえないのかも・・・です。
 afterを除き、次回最終話。

といったところで、今回はこの辺で、
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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