凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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※注意

本外伝はβ√の外伝となります。そのため、本ストーリーは本編β√読了後を推奨しています。読まれていない方はぜひ本編の方もお願いします。


外伝 あなたのための物語
プロローグ


~千夏side~

 

 目覚めてすぐ、ここが病院だと分かった。

 そして、遥くんと美海ちゃんの薬指の輝きを見て、過ぎ去った時間を理解した。

 

 頭が痛い・・・。けどこれは、ずっと感じていた気持ち悪さじゃなくて、単に寝すぎただけだと思う。それくらいには・・・今の私の心は晴れ晴れとしていた。

 どちらかと言えば空虚に近いそれだけど、少なくとも目の前の二人の幸せを願う気持ちに嘘はなかった。今はただ、それだけでよかった。

 

「それで・・・私は、どれくらい寝てたの?」

 

「二年・・・だな」

 

「そっか。・・・轢かれ、たんだよね。私。頭の中に光景が残ってるし」

 

「・・・ああ」

 

 どこか辛そうな遥くんの表情。止まった時間が動き出す、その瞬間の痛みというものは私にも理解できる。なら、わざわざ今全てを進めようとしなくてもいいだろう。

 時間はたくさんある。私は起きた。ちゃんと全部のことを思い出している。・・・そりゃ、二年間のズレがあるだろうけど、五年間の眠りに比べればどうってことはない。

 

 今度こそ遥くんを傷つけないために、私は私なりの提案をしてみる。

 

「ね・・・、今日はもう解散にしない? もちろん、二人がまだいたいって言うなら付き合うけど」

 

 あくまでそれは提案であって、二人に強制するようなものではない。独りよがりの善はもう嫌だ。だからちゃんと、繋がった全ての解が欲しい。

 私の提案に、遥くんは首肯した。

 

「・・・そうだな。寝起きで詰めかけるのも負担になるだろうし」

 

「それに、時間ならこれからもいっぱいあるから。・・・そうでしょ? 千夏ちゃん」

 

「うん。・・・だから、二人が会いに来たいときに会いに来て。私はそれを待ってるから」

 

 私の中に残っている遥くんとの最後の記憶は、拒絶の瞬間だ。少なくとも、もう一度友達に戻れたかどうかなんて私には知る由もない。

 だから、私はただ、二人を信じて、願って、待つだけ。来てくれたらそりゃ嬉しいけど、来なくたって構わない。

 

 ・・・あー、ごちゃごちゃ考えるとやっぱり頭痛いや。

 

「じゃあ、またね」

 

「ああ。また来るからな」

 

 手を振って、帰っていく二人を見送る。一人きりになって、改めて私は重たい体を動かして部屋を見回した。

 一通りの服と生活用品、これは多分お母さんが持ってきてくれたんだろう。

 

 ・・・ん?

 

 ふと、私は窓際の花に目がいった。

 誰かが飾ってくれたなんてのは容易に考えられるけど、それにしては数が多すぎる。・・・なんで、花瓶が三本も?

 

 けれど、考えるのもこれが限界。二年の眠りから覚めた体にはとっくに限界が来ていたようで、私は目を閉じた。

 今は何も考えないで、ただ穏やかな眠りにつく・・・。

 

 

---

 

 

 ・・・ん。

 

 眠りから覚めて、重たい目を開く。あれからまた一晩眠っていたのか、昨日見た光よりも若く、青い太陽の光が差し込んできた。多分今は朝なのだろう。

 

「・・・起きたんですね」

 

 ふと、知らない声が聞こえた。だんだんと開けてきた視界に映ったそれは、少なくともこの病院の先生ではなかった。

 上半身を起こそうとするが、思ったように動かない。いや、上半身はまだマシだけど・・・下半身が異様に重たい。まるで自分の身体に異物がくっついているような。

 

「ああ、手伝いますね。ちょっと待ってください」

 

 男性はそう言うと、私のベッドの近くのボタンを押した。するとベッドの上の部分がだんだんと上昇していく。そして私は座る体制に近い状態で、ようやくその人を見ることが出来た。

 

 本当に、知らない人だった。

 ・・・けど、なんとなく、分かる気がする。

 

「・・・あなたは、私を轢いた人、ですよね?」

 

「・・・はい」

 

 急にそう尋ねられた男性は驚いたような表情を一瞬だけ浮かべて、それから非常に覚悟の決まった顔をして頷いた。

 それから改めて、男性は自己紹介をする。

 

「松原聡って言います。・・・二年前の事故で、私はあなたを轢きました。・・・本当に、なんて言えばいいか。この通り、お詫びします」

 

「え、ちょ、ちょっと、やめてください」

 

 言葉の流れで松原さんが地面に膝をつこうとしていたのを、私は必死に止める。・・・あの日のこと、はっきり覚えているわけじゃないけど、少なくとも事故の原因が私にあることも覚えている。

 意識を失いかけて、身体がふらついて車道にはみ出たのは、完全に私のせい。それに目の前のこの人が愉快犯なんかには見えない。だったらちゃんと話を聞いて、そして許したいと思った。

 

 いつまでも消えない罪に囚われて生きるというのは辛い。それを知っている私にしか出来ないことって、あるはずなんだ。

 

「あの日の事故のこと、少しだけ覚えているんです。・・・気を失いかけて車道にはみ出たことと、すごいブレーキ音が聞こえたこと。・・・少なくとも松原さんは、精一杯のことをしようとしてたんですよね?」

 

「はい」

 

「だったら、私はあなたのことを許します。自分だけが悪い、なんて言わないでください。・・・それより」

 

 私は視線を窓際にやって、花瓶に震える指先を伸ばす。

 

「あの花瓶、一つはあなたのものですよね?」

 

「えっ? どうしてそれを?」

 

「やっぱり、そうだったんですか」

 

 今、頭の片隅のほうにあった予感は確信に変わる。

 この人は、どこまでも誠実な人だ。・・・私を轢いたことを、ちゃんと真正面から受け止めて、そして向き合っているんだ。

 

 だから、知りたいと思う。何があってあの事故が生まれたのか、あの日から何があったのか。それを、私の知る人の口からじゃなく、この人の口から聞きたい。

 そんな願いは私が口にするより先に、松原さんから放たれた。

 

「あの・・・、千夏さん」

 

「はい?」

 

「もしよかったら・・・聞いてもらえませんか? 事故の前、何があったか。事故から今日までの日に、何があったのか」

 

 それを望んでいた私は頷いて松原さんの目を見つめる。

 松原さんはそれを受けながら、一つ深呼吸をして最初の一ページを捲った。

 

 

「あの日、僕は確かに失意の底にいました」




『今日の座談会コーナー』

 まさかあれだけの長文あとがき書いた後でこの作品の続編が出ると思いました? 私は思いませんでした。なんて冗談はさておき、外伝開始です。
 プロローグを読んで貰えれば分かると思いますが、これはβ√のanother、そしてafterですね。松原聡という男と、水瀬千夏という女の後日談になります。聡明な読者様ならお分かりだと思いますが、この外伝を書こうと思ったきっかけは十中八九、聡にあります。たった数話しか出ないモブにするのは惜しいと思いましたし、β√にもそれ相応の救済が必要だと思ったので。

というわけで外伝ですが、そんなに長くするつもりはないです。気楽に読んでいただけたらと思います。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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