凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第二話 砕かれた世界

~聡side~

 

 身体から血の気が引いていく。目の前の光景を疑いたかったが、トラックのフロントの方で何かがぶつかる音が聞こえたのは確かだ。

 瞬間、目の前が真っ白になる。これから自分に待ち受けるであろう絶望の数々の片鱗が見えてきて、体は鉛を詰め込まれたように重たくなる。

 

 ・・・けど、そうじゃない。

 

 起こってしまったことを変える力など存在しない。なら僕は、目の前の少女に向き合わないといけない。こんなところで自分の保身に逃げるような・・・弱い男にはなりたくない。

 

 例えそれが、我儘さを捨てる行為だとしても。

 かつて美浜に指摘された、僕の悪い部分だったとしても。

 

 それでも僕は、誰かを思い生きていきたい。これまでのように、これからも。

 

 トラックを完全停止させ、車から降りて少女を探す。

 しかし、ぶつかったはずの位置に少女はいなかった。血眼で周囲を見回すと、坂を少し上った先、林への入り口の近くに少女はいた。

 救急車手配の連絡を颯爽に終わらせ、僕はまた遠くに離れた少女に声をかける。

 

「あの! 聞こえますか!!」

 

「・・・」

 

 返事はない。ただ何かぶつぶつ唱えながら少女は体を引きずっていた。

 異質な光景だった。・・・少なくとも、そんなことが出来るような状態じゃないはずだ。腕は変な方向に曲がってて、頭の方から血も流れてるのに。

 

 それでも少女は何かに囚われているかのように、ふらふらと彷徨い歩いている。その姿は亡霊のように見えた。

 

 ただ、それもすぐ終わった。近くの木にもたれかかって、そのまま目を閉じ、そこで少女は行動を停止した。僕は改めて少女のもとに駆け寄る。

 その時、同じように向こうから駆け寄る音が二つあった。血相を変えているその表情から、少女と縁のある人とみて間違いないようだった。

 

 青年の方はしばらく千夏と呼ばれる少女を揺さぶったあと、僕の方に鋭い視線を向けてきた。僕がこの子を轢いた犯人だと分かっているのだろう。されるがままに、僕は胸倉を掴み上げられた。

 

「お前が!! お前が千夏を!!!」

 

「・・・ええ、僕です」

 

 逃げも隠れもしない。僕は目の前の青年の怒りを全て受け入れる。それが起こってしまったことの責任の取り方だ。

 

「お前の不注意でこうなったのか! ええ!?」

 

 受け入れるつもりだったさなか、青年は僕が否定したい事実を口にした。自分の保身など興味はないが、会社のイメージのこともある。僕はつい声を大きくしてそれに応えてしまった。

 

「それだけは言い訳させてください! 僕は精一杯止まったんです! でも、その子が車道に倒れこんできて・・・。車内カメラを後で確認してくれれば分かると思うんです!」

 

 ここまで言って、発言の見苦しさに気が付いた。トーンダウンして、最後まで言葉を紡ぐ。

 

「・・・もちろん、僕に非があることは分かっています。だから、現場から逃げ出したその子を追ってここまで来ました。・・・どんな罰だって、受けますよ」

 

 僕の発言に思うところがあったのか、青年は両手を離して、バツが悪そうに謝った。

 

「・・・すみませんでした。急に掴みかかって」

 

「いえ、いいんです。・・・それより、あなたはこの子の」

 

「友達です。・・・もう、何年も前から」

 

 それはある種予想通りのセリフで、だからこそ、一番聞きたくなかった。

 僕はこの人たちの、大事な存在を傷つけてしまったんだ。考えただけで、立てなくなりそうなくらい頭が痛い。

 

「・・・本当に申し訳ないことを」

 

「もう謝らないでください。・・・それより、やるべきことがあるでしょう」

 

 分かっている。・・・ただ、今出来ることは全てやっているつもりだ。

 

「救急ならもう呼びましたし、じきに到着するはずです。だから、今できるのは・・・」

 

 そうして少女の方を一瞥する。そこでは、もう一人駆け付けていた別の少女が必死に救急活動を行っていた。おそらくこの子もまた、千夏ちゃんの親友なのだろう。

 だから僕は、ただ黙ってそれを見つめ、救急車が来るのを待った。しばらくして、サイレンが近づいてくる。

 

 青年は少女の背中をさすりながら、僕の方を向いて言った。

 

「救急車には、俺たちが乗ります。・・・構いませんよね?」

 

「はい。後を追って、すぐにでも病院に向かうつもりです」

 

 そう交わした後、有言通り二人は救急車に乗って病院へと向かった。一人トラックと共に残された僕は、そこでようやく一息を吐く。その瞬間、膝から崩れ落ちた。

 アドレナリンが出ていたせいでなんとか保っていたけれど、本当はこんな平然としていられる余裕なんてなかった。

 

 僕は、僕の手で人を傷つけてしまった。それが故意でなかったとしても、起こってしまった事実は変わらない。どこまでも残酷だ。

 

「ああ・・・僕は、なんてことを・・・」

 

 涙など流す余力もなかった。というより、僕なんかが涙を流してはいけない。そうする資格などない。

 ただ天を仰いで、口をパクパクと動かすことしか出来ない。

 

「・・・そうだ」

 

 事故を起こしてしまったことを、会社に連絡する必要がある。そう思った僕は、手元の携帯電話で会社に連絡を入れた。

 

「・・・もしもし」

 

「ああ松原。どうした? 何かトラブルか?」

 

「それが・・・」

 

 正しく伝えなければいけないことなのに、どうしても言いよどんでしまう。自分が人を撥ねてしまったことを認めたくないわけではない。それだというのに、どこかに抵抗があるみたいだった。

 それをどうにか噛み殺し、僕は全てを覚悟の上で社長に伝えた。

 

「事故を起こしてしまいました。・・・それも、人身です」

 

「人身だと・・・!? 状況は? 相手は?」

 

「海沿いの通りで、道路に倒れこんできた少女を。・・・詳しくは、全部車内カメラに収まっているので、確認していただければと思います。避ける努力は最大限に行ったのですが・・・本当に、申し訳ございません」

 

「お前の方は、怪我とかないんだな?」

 

「はい」

 

 そう返事をすると、一つため息のような、そうでないような息が聞こえた。それから社長は落ち着いた声音で僕に語った。

 

「分かった。とりあえず、取引先への連絡は俺がやっておく。車内にまだ荷物を載せていないのが救いだったな」

 

「はい」

 

「とにかくお前は息を整えて、ちゃんと警察に連絡しておけ。車の方は伊勢と俺の方でどうにかしておく」

 

「分かりました。・・・後のことはお願いします」

 

「ああ。・・・何、心配するな。お前の不注意じゃないって言うなら、俺がちゃんと責任を取ってやる。・・・だからお前は、お前にしか出来ない使命を果たせ」

 

 僕にしか出来ない使命。・・・それは、罪を償いきることだろう。それは他の誰かに請け負ってもらうことは出来ない。

 ・・・警察に連絡したら、まずは千夏ちゃんのご両親の所に行かないといけないな。

 

 重荷のような責任が付きまとう。それは簡単に引きはがすことが出来ない、まるでゲームの呪いの装備のような。・・・だけど、これはゲームなんかではない。

 

 嘆くな。前を向け。

 

 心を殴りつけて、目線は前に。全てを悟れば、後はやるべきことが見えてくる。

 

 ・・・ただ、一つ言えることがあるとすれば。

 

 

 僕の世界はこの日、確実に壊れ砕かれた。




『今日の座談会コーナー』

 この作品を書く大きなメリットとしては、β√でダイジェストになった細かい流れが補填できるというところにありますね。あとはまあ・・・千夏の救済、と言ったところでしょうか。β√にのみ救済を入れるとはどういうことだ、という事にもなりますが、α√に関しては、美海が自分自身で幸せになるための答えを見つけているのでもう手を加える必要がないんですよね。ただ、この√に関しては手負いの千夏と少し距離を置いた世界で生きていくことを二人が選んでいるので、救いがあった方がいいのかなと思った次第です。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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