凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第三話 為すべきこと、為したいと思ったこと

~聡side~

 

 事故を起こした、というのもあり、僕は一度警察署へと向かった。そこで改めて車内カメラの映像を確認することとなる。

 そこで出た結果は、白。だからと言って喜べるものではなかったが、警察側から不注意ではないというお墨付きをもらえただけありがたかった。

 

 それでようやく、僕はこの事故のことを「仕方がなかった」と割り切れる。

 

 もちろん、だからといって我関せず、なんてことだけは絶対にしない。どれだけ不幸な事故であろうと、僕は誰かを傷つけた事実には変わりないのだから。

 

 事故を起こして二日後、拘束が解ける。

 夜の七時ごろ一度家に帰った僕はすぐさま家を飛び出した。向かうべき場所があった。

 ただ、それは病院ではない。聞いたところによると、千夏ちゃんは昏睡状態に陥り、いつ目を覚ますか分からない状態らしい。・・・死んでいないことには安堵出来たが、それまで。眠ったまま、なんて言うのは死んでいるのと変わらないものだ。

 

 僕は、そんな目に合わせたことを謝らないといけない人たちがいる。

 今日、僕は、罪を裁かれに行く。

 

 教えてもらった住所を頼りに、千夏ちゃんの両親の家へと向かう。家には明かりがついていて、そこで人影が二つ揺れている。けれど、分かってしまう。遠くから見えるその人影はとても寂しそうなものだった。

 

 自分の罪に押しつぶされそうになる。僕は一度息を絞り出して、家のインターホンを鳴らした。

 

 扉は開かない。けれど、付属のマイクから声が聞こえた。

 

 

「・・・誰ですか?」

 

 ひどくやつれた女性の声。お母さんの方だろう。

 僕は一度唾を飲み込んで、自分の名前を明らかにする。

 

「松原聡と言います」

 

「・・・あなたが」

 

 母親なのだろうその人は、僕の名前を知っていた。当然だ。事故を起こした相手の名前を知らない被害者家族なんていないだろう。

 通話越しに無言が広がる。開けてください、と言うことも出来ず、かといって顔を見ずに謝罪をするということも出来ず、僕はしばらくその場に立ち尽くした。

 

 その沈黙を切り裂いたのは、向こうからだった。

 

「・・・帰ってください」

 

「え?」

 

「今はあなたの話を聞きたくありません。・・・たとえ、どんな事情があっても」

 

「けれど、それじゃあ・・・」

 

「謝られても、あの子は目を覚まさないのよ!!」

 

 悲痛な叫びが通話越しに聞こえる。そこでようやく僕は自分の配慮の至らなさに後悔した。

 ・・・当然だ。娘がひどい目にあって、冷静でいられる親なんていない。・・・それなのに、どうして僕は自分の謝罪を押し付けようとしていたんだ。

 

「返して・・・。ねえ、返してよ!!!」

 

 涙の混ざった怒声。その一言一言が、胸に突き刺さる。その言霊の一つ一つが、僕の罪の重たさを思い知らしてくる。例えそれが、故意でなかったとしても。

 ・・・軽率だった。この人たちに謝罪して、僕はこの先どうすればいいか全く考えていなかったんだ。そんな生半可な謝罪を、誰が許してくれようか。

 

「これ以上・・・私たちから・・・幸せを奪わないで・・・」

 

 その一言で、僕も限界に達した。

 やりきれない思いで天を仰ぐ。吐く息が震えて、声も出ない。

 

 全部覚悟していたつもりだった。それでも、人の思いというのは、抱えきるにはあまりに重たすぎる。

 またしばらく沈黙が続いた。だんだんとすすり泣く声が遠くなっていったかと思うと、今度は男性の声が聞こえた。

 

「・・・松原君、だったか。悪いがもう帰ってくれないか? 今、謝罪なんて欲しくない。それよりも関わらないでいてくれた方が幾分かマシだ」

 

「・・・わかり、ました」

 

「あと、一つだけ約束してくれ。・・・金輪際、千夏には近づかないでくれ」

 

 被害者との直接の面会の禁止。言い渡されると思っていなかったそれには驚かざるを得なかった。

 とはいえ、冷静に考えてみれば当然の事だろう。万が一ばったりこの人たちと会ってしまったらどうすればいい? 答えが出ないという事が答えだ。

 

 だから僕は、なすすべなくそれを了承した。

 

「・・・はい。この度は本当に、申し訳ございません」

 

「ああ」

 

 そこで通話は途切れる。家の奥の方で、少しだけ開いていたカーテンが完全に閉じられたのもすぐ後の事だった。

 僕はふと、この家の中の景色を想像してしまった。しかもそれは、事故が起きる前の光景だ。

 

 両親と、娘と、わだかまりのない家族だったのだろう。だからこそ二人は今、心の底から娘の不幸を悲しんでいる。

 僕は、当たり前だった大切を奪ってしまった。それはこんなにも大きな傷を周りの人にも与えている。・・・きっとあの時駆け付けた二人の友達も、心底僕のことを恨んでいるのだろう。

 

 そう思うと、心は急に鉛を背負ったように重たくなった。深く、海の底へ沈んでいくような感覚。

 せめて泣かないようにと、僕は歯を食いしばった。加害者である僕に涙を流す資格はない。自分の罪を悔いて涙を流すのは、ただの自己満足でしかないから。

 

 だんだんと凍結していく心を抱えて、僕は踵を返した。「帰ってくれ」と言われて、いつまでもこの場所に留まるわけにはいかない。

 

 

 少しずつ、自分と世界が壊れていくような、そんな感覚が体を支配していく。

 

---

 

 

「・・・か」

 

「・・・」

 

「おい、聞いてんのか?」

 

 少し声色の低い伊勢さんの声で僕は現実に引き戻される。この人がこんな声音で何かを話すのは初めてで、だからこそ僕も少し驚いた。

 事故を起こして一か月。罪に問われることがなかった僕は仕事に復帰していた。とはいえど、故意ではないとはいえ事故を起こした僕が車を扱うことは許されず、当分は社内の事務に回されることになった。

 

 けれど効率なんて見ての通りで、使い物になるかならないかを彷徨っていた。それに呆れた伊勢さんが大きなため息を吐く。

 

「いくら事故を起こしたといっても、引きずられちゃこっちもたまんねえよ」

 

「すみません」

 

「謝んなっての。・・・ったく、いつまでそうするつもりなんだよ」

 

「伊勢。・・・そこまでにしとけ」

 

 遠くの方から社長の声が聞こえる。伊勢さんは少しだけ目を細めて僕に残りの言葉を吐き捨てた。

 

「誰も幸せになんねえからな、それ」

 

 それだけ言い残して伊勢さんは車庫の方へと向かっていく。二人きりになった事務所の中で、社長はちょいちょいと僕を手招きした。こっちへ来いとのことだろう。

 何を言われるのだろうと怯える僕に、社長は想像より柔らかい声で話し始めた。

 

「あいつも、悪気はないんだ。分かってやってくれ」

 

「分かってますよ。・・・悪いのは、僕なんですから」

 

「なら、悪いと思いながらお前はああいう態度を取ってるのか? それだとますます伊勢も怒るぞ?」

 

「・・・」

 

 返す言葉もない。僕はどうやら、自分が悪いからという言葉を口にしすぎていた。

 そうする理由は分かっている。・・・僕は、罰せられたかったのだ。

 

 誰かに「お前は罰を受けるべきだ」と言われたかったのだ。警察に、千夏ちゃんの両親に、あるいはこの会社の誰かに。そうすれば、自分が悪いことを誰かが認めてくれる。誰かが定義した「罪」を背負うことが出来る。

 

 けれど、誰にも罰せられない今の状況は地獄そのものだ。「罪」を自分で定義しなければならない。償う方法もどうにか自分で探らなければいけない。誰かが定義した罪なら、「金」だの「命」だので償えるが、自分でその答えを出すことが正しい事なのか分からない。

 

 僕は・・・どうすればいいんだ。

 

 あの日から止まってしまったままの時計を眺める。

 

「そう言えば言ってたな。謝罪の面会、断られたって」

 

「はい。・・・そもそも、僕の方も迂闊でした」

 

「心から謝罪する気がないのに向かったのか?」

 

「そうじゃないです。・・・けど、謝罪を受け入れてもらったとして、その後で自分がどうするべきかなんて、全然考えてなかったんです。・・・謝って償えるはずなんてないのに、償えるのだと思い込んでいたんでしょうね。・・・最低です」

 

 あの日のみっともない自分は思い出したくもない。人生で一番愚かだった日だ。

 社長はうーんと悩んでくれた。そして一つ、大事なことを言葉にする。

 

「で、お前は今どうしたいんだ?」

 

「え?」

 

「謝罪が断られた。警察からも特におとがめなし。うちの制裁も少々の減給くらいなもんだ。その状況で、自分がどうすればいいか悩んでいるから、ああいう風になっているのだろう?」

 

 社長の読みは的確そのもので、僕は力なく頷いた。

 

「その通りです」

 

「だったら早い話だ。お前がどうしたいか、ただそれだけに従えばいい。別に何かに制約されているわけじゃないんだ。自分は悪くなかったとふんぞり返ってもいい。償う方法を模索し続けて足掻くのもいい。・・・本当に自分がやりたいことは、なんだ?」

 

「僕が、やりたいことは・・・」

 

 勘違いしていた。

 僕はずっと、「しなければならない」という感情に支配され続けていた。謝罪も、毎日の生活も、そんな強迫観念によって突き動かされていた。

 そんな僕の「やりたいこと」は・・・。

 

 ・・・ふんぞり返って逃げ出す?

 そんなこと、僕は許したくない。例えそうする資格があったとしても、僕は僕の意志でそれを否定する。

 

 だとしたら・・・。

 

「まあ、時間はいくらでもやるからしっかり考えろ。他の社員への配慮は俺がしておくから、今はたっぷり時間を使って悩め」

 

 社長はそう言って、僕に自分の席に戻るよう促した。それに従って、僕は自分にあてがわれたデスクへ戻る。

 

 

 

 

 僕が今、僕の意志で為したいこと。それは・・・。




『今日の座談会コーナー』

 本編の倍雰囲気が鬱屈としていて息苦しいですね・・・。けど実際どうなんでしょう。事故を起こしてしまった人間は、それが故意でなかったとしても絶対に心に傷を負ってしまいますから。・・・というより、故意じゃないからこそ傷を負いますね。こういう展開は私の好きなノベルゲーム「Aster」に近いところを感じますが、直接の加害者という視点はあの作品にはなかったはず・・・。
 憔悴しきった夏帆さん書くのマジで辛いですね。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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