凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~聡side~
自分のやりたいこと、という言葉が頭から離れないまま、僕は自室のベッドに横たわり天井を見上げた。
これまでずっと、「自分のすべきこと」としてしか物事を考えていなかった。それは別にこの事故の一件だけではない。美浜といた時も、常に自分より美浜のことばかりを思って行動していた。
だからこそ、愛想をつかされたのだろう。僕が、自分の我儘の一つも言わなかったばかりに。
「・・・だからといって、どうしろって言うんだよ」
そんなすぐに見つかる物でもないだろう。生き方というものを根底から覆すのはなかなかに難しいものだ。そんな中で、僕は何をしたいというのだろう。
ひとつだけ分かっていることがあるとすれば、目の前の全てから逃げ出すことだけは「したくない」という事だ。
誰からも咎められない現状だ。無関心を貫いたところで、責任が追及されるわけでもないだろう。
それでも、僕はそうしない。そうしたくない。
・・・あ。
発想の転換、と言えばいいのだろうか。自分がやりたくないことを追求すればするほど、自分がやりたいことが浮かび上がってきた。
逃げ出すのが嫌なら、向き合えばいい。当たり前の結論に、一周回ってようやくたどり着いた。
けれど、この「向き合う」というものがどれだけ大変で残酷なものかを、ついこの間教えられた。僕はあの二人から拒絶されている。向き合おうにも簡単には許してくれないだろう。
それでも、それが本当に「やりたいこと」なら、僕のほうも簡単に投げ出さないはずだ。逆境を恐れて逃げ出すようなことをしないはずだ。
だから、僕は一歩目を踏み出す。そのためにやることは・・・決まっている。
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それから、僕は週に一度、必ず千夏ちゃんの両親の元を訪れるようになった。
そこでインターホンを鳴らしては、声を聞いてほしいと願う。
最初数回は帰れと言われ続けたが、やがてインターホンが僕のものだと分かってきたのか、受話器すら取られないようになった。家の明かりは付いているのに人が近づく気配がない。僕と千夏ちゃんの両親との距離は、最初よりもどんどん離れていった。
けれど、構うものか。
僕はちゃんと、僕の思いを二人に伝えたい。心の底から謝罪させてほしい。そして、償わせてほしい。例えそれが自己満足だったとしても、それが僕の「やりたいこと」なのだから。
そして今日もまた、インターホンを鳴らす。
「すみません! 松原です!」
呼びかけの声に対して返事はない。けれど一つ、足音が近づいてくるような気配が訪れる。
それから、鍵が解除される音。
事故から半年が経った、ちょうど30回目の訪問の日。
土砂降りの中、家の扉が開いた。
「・・・懲りない奴だな、君も」
「すみません。・・・それでも僕は、ちゃんとお二人とちゃんと話がしたいんです。業務的な文章のやりとりではなく、目を見て、声を聞いて」
「そうか。・・・上がってくれ。今日は夏帆がいないからな、君の話を少しは聞いてやれる」
千夏ちゃんのお父さんであろうその人は表情を変えることなく、一人先に家へと戻っていった。ついて来いということなのだろう。僕は少し舞い上がり気味の心を押さえつけて、案内されるがままに水瀬家へと入った。
案内されたリビングでは、千夏ちゃんのお父さんが一人椅子に腰かけていた。
「座ってくれ、松原君」
「ありがとうございます。・・・その」
「保だ。水瀬保」
「失礼します、保さん」
僕のその呼び方に何かを思ってか、保さんは少しだけ表情を歪めた。まるで、心苦しい何かを思い出すかのような、そんな表情だ。
けれど、そんな話をするために僕はここに来たんじゃない。それを思い出して、しゃんと保さんの方を向く。
「で、君は結局何がしたいんだ? この件に関しては双方の合意で処理が進められているはずだが?」
「あんなもので満足できるはずがないじゃないですか。・・・どのような形であれ、お二人の大切なものに傷をつけてしまったんですよ。そのことをちゃんと言葉にして謝罪出来ないと、僕は死んでも死にきれません」
「なら謝罪を俺たちが受け入れたら、君は引いてくれるのか?」
それは違う。
謝るだけならただの子供でも出来ることだ。そうじゃなくて、僕はその先の「贖い」まで行いたい。それが誰かのためであって、自分のためでもある。
「いいえ。・・・謝るだけ謝る、なんてのは子供でも出来ます。その上で僕は、社会人として、一人の人間として、償わせて欲しいんです。お二人に、そして千夏ちゃん自身に」
「俺たちがそれを望まないと言ってもか?」
「一度決めた覚悟は、そうやすやすと折りたくはないんです」
それがどこまでも自己満足に基づくものだったとしても、二人が望んでいないものだとしても、僕は僕のまま、この償いを完遂したい。
その思いが届いたのか、保さんは大きなため息を一つ吐いた。
「・・・頑固者なんだな、君は」
「ええ。・・・いっぱい悩みました。いっぱい考えて、何をすることが一番正しいのか考えました。けれど僕は当事者として、この一件から絶対に逃げないと決めたんです」
「そうか。・・・君みたいな子は人生で二人目だな」
苦笑いを浮かべながら、保さんは天を仰いだ。
しばらくそのままでいたかと思うと、また最初と同じような表情を浮かべて、僕に難題を突き付けてきた。
「なら聞こう。松原君、君はどうやって償うと言うんだ?」
「どうやって、ですか・・・」
「別に俺たちは金が欲しいわけじゃない。君に命を断ってほしいわけでもない。別に何かを欲しているわけじゃないんだ。その中で、君はどうやって償いを行う? 俺たちが望んでいない方法を除いて、だ」
盲点と言えば盲点であったし、予想できていたといえばそうでもある。
最初の悩みに帰ってくるのだ。謝罪をして、自分がどうしたいのかという。
償いというのはあくまで抽象的な表現。どのように行動するかという具体的な案がないと、保さんは満足してくれないだろう。
けれど僕はまだ、その答えを持ち合わせていなかった。
それでも、覚悟だけは決まっている。
「二人の、そして千夏ちゃんの傷を埋めることが、僕は最大の償いだと思っています。・・・それがどのような方法で達成されるかは、まだ分かりません・・・。けど」
「もういい。・・・本当にそっくりだな、遥くんと」
もう一度ため息。それは果たして落胆なのか、それとも呆れなのか分からないが、保さんは続きの言葉を放った。
「今度の土曜、朝の七時に港に来てくれ。そこでもう一度ゆっくり話がしたい」
「いいんですか?」
「ああ。ただ、事故の話は無しだ。俺はちゃんと、君の育ちと成りを知りたい。君を信じる信じないは、そこでまた決めさせてくれ」
それは、もう一度チャンスをくれるという提案だった。
しかもそれはたった一度ではない。場合に寄っては、今後への足掛かりにもなる。
「ありがとうございます」
心の底から感謝の言葉が溢れ、自然と頭が下がる。
この人の懐の深さは、ひょっとしたら僕の想像以上なのかもしれない。そのやさしさに、少しだけ甘えさせてもらうとしよう。
「ああ、そうだ。一つ条件がある。こうして会っていることは、夏帆にはくれぐれも内密にな。あと、千夏への接見を許したつもりはない。そこだけは留意していてくれ」
「分かりました。ご配慮感謝します」
もう一度深々と頭を下げて、僕は踵を返した。
なんてことない、小さな一歩。だけど確かに僕は、僕のやりたい「償い」のための一歩をちゃんと踏み出すことが出来た。
・・・踏み出すことが出来たんだ。ならばあとは、ゆっくりとその足を進めていこう。
『今日の座談会コーナー』
どうしても松原聡という人物と本作主人公の島波遥の面影が被りますが、個人的には聡の方が人間は出来上がっているように思うんですよね。罪を目の前にしてどのような行動をとるのか、というところで、至る結論が同じだとしても聡の方が余計な手数を踏むことなく先に辿り着けると思います。まあ、それに関しては遥がひねくれてしまう原因が原因だったので仕方がない事なのかもしれないですが。
といったところで、今回はこの辺で。
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また会おうね(定期)