凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第八話 前を向く「つぐない」

~聡side~

 

 季節は過ぎる。過ぎるされど、時計はいまだに進む気配を見せなかった。

 また、冬が過ぎる。同じ病室に、寝たきりの少女を残したまま。

 

 焦る気持ちがないわけではない。千夏ちゃんが目覚めてようやく、全ての時間が動き出すのだ。目覚めない限り・・・皆前には進めない。

 けれどそれと同時に、どこか心の内に別の感情が見え隠れするようになっていた。時折、千夏ちゃんが目覚めた時、僕はどう思われるのかを考えてしまうのだ。

 

 慣れて、覚悟もしているはずなのに、どうしても恨まれることが怖くなってしまう。それは多分、許される優しさを知ってしまったからかもしれない。

 

 そんな裏腹な思いを抱えて、季節は夏に差し掛かる。

 太陽が強く僕たちを照らす七月の頭、いつも通り僕は二人のもとへ向かった。

 

---

 

 一年と半年、という時間を経て、僕はようやく夏帆さんに受け入れられつつあった。僕が、あの人の思う「誰か」と違うことを認めてくれたのだろうか。

 何度か食事も頂いた。曰く、この家で客人を迎え言える時はそういうルール「だった」らしい。多分そこにも、僕の知らない誰かが関わっているのだろう。

 けれど、そんなの僕からすれば関係ない話だ。知らないままでいよう。

 

 最初は口数が少なかった食卓も、少しだけ賑やかになる。保さんもずいぶん夏帆さんが回復してきたと言っている。僕が行ってきた今日までの行為に意味があったのかもしれないと思うと、少しだけ満たされた気持ちになる。

 

 けれど、自惚れはそこまで。

 

 やがて食事を終えた時、僕はもう一度テーブルに呼び戻された。二人は、何か言たそうな瞳をしている。

 一つ唾を飲み込んで、僕は所定の位置へ戻った。しばらくの無言の後、保さんが口火を切る。

 

「・・・松原君。一度拒絶した立場で俺たちが言うのもなんだが・・・、千夏に、会ってくれないか?」

 

 それは、心の底から欲しかった言葉。この二年間、ずっと願っては諦めていた思い。

 けれどそれを目の前にして、すぐにうなずける僕ではなかった。いたって冷静なまま、隣の方に視線を流す。

 

「夏帆さんは・・・僕がそうすることを、許してくれるんですか?」

 

「私は・・・この一年と半年、ずっとあなたのことを見てきました。憎みながら、あるいは疑いながら。・・・でも、あなたはいい格好を見せようとはしなかった。進んで許されようとしなかった。違いますか?」

 

「違わないです。僕は、演じない僕を見て欲しかったんです。僕が今こうして二人といる時間が、許しを請うためじゃないことを、知ってほしくて」

 

 下手な嘘はつかない。最後までありのままでいるということはこういう事だ。

 例えこの言葉が向こうの望まない返事だったとしても、構わない。

 

 凛として立つ僕を信じてくれたのか、夏帆さんは一年と半年前の答えを小さな微笑と共に告げた。

 

「・・・私たちにこうして接することが出来た貴方なら、千夏を目の前にしても、同じ行動がとれると、私は信じます。・・・だから、会ってあげてください」

 

「ありがとう、ございます」

 

 深々と頭を下げる。この瞬間が、二年前に僕が望んだ一度のゴールだった。

 けれど、僕は知っている。今の自分にとっては、この瞬間もまだ始まり、途中経過に過ぎないことを。

 許されて終わる償いなら、とっくに許しを請う動きを見せただろう。これはそうではない。僕の思う「償い」は、こんなところで終わったりはしないのだ。

 

 というより、こんなところで、この人たちと関係を結ぶことを終わりたくなかった。

 いつからか芽生えた、親愛の感情が胸の方で暴れている。

 

 だからこの想いは、ちゃんと伝えよう。加害者と被害者家族という垣根を越えた先の関係でいたいと。

 

「・・・僕からも一つ、我儘を言わせてもらっていいですか?」

 

「なんだ?」

 

「これからも、時々会いに行かせてください。・・・この二年間、二人という存在があって僕はこうしてここまで生きてこれました。そんな二人との時間が僕はもっと欲しいんです」

 

 それは、二人に対して初めて言った我儘だったと思う。

 受け入れられる保証なんてのも、全然なかった。

 

「・・・なるほどな。俺も出来ればそうしたいと思っていた。・・・少なくとも俺はな」

 

「私は・・・。・・・ごめんなさい。少し考えさせてください」

 

 夏帆さんは少しだけ頭に手を当てて苦しそうな表情を浮かべていた。同じようなセリフをどこかで聞いたのだろうか、過去のトラウマを想起しているのだろう。

 

「あなたを疑うわけじゃないんです。・・・あなたが信頼に足る人間だという事を、私はこの一年と半年で見てきたんですから。・・・でも、どうしても怖くて」

 

「夏帆・・・」

 

「ごめんなさい保さん。・・・でも、これだけは」

 

 よほど嫌な思い出なのだろう。僕はゆっくりと目を閉じて「分かりました」とだけ答えた。

 それが諦めに聞こえたのだろうか、夏帆さんは急いで否定の言葉を入れた。

 

「待って。・・・あなたを拒絶するわけじゃないの。・・・ただ、当分は今の関係でいさせてください。この、時折遊びに来てくれる知人のような、そんな関係で」

 

「・・・それだけ聞かせていただけたら十分です。すみません、無茶なこと言って」

 

「ううん。・・・進みださなくちゃいけないのは私の方だから。・・・だから、少しだけ待って欲しいの」

 

 苦笑いを浮かべた夏帆さんの表情は仄かに苦痛の色を示している。けれど、あの頃ならこうして苦笑いを浮かべてくれることすらなかっただろう。少しは前に進めたと思うと、特に悲観するようなものでもなかった。

 

 いつだって、地に足をつけて一歩ずつ。これまでもそうやって歩いてきたように、これからだって歩いて行けるはずだ。

 

---

 

 次の日、仕事の昼休憩を使って僕は病院へと向かった。

 この病院に来るのは事故以来だろう。千夏ちゃんに逢いに行こうとしてやめたこともない。約束を破る人間にだけはなりたくなかったから。

 

 静かな病室に一人入る。もちろん他の面会客はいないし、ナースもいない。

 

「・・・謝る、のは違うか。それは目覚めてからじゃないと意味のないことだろうし」

 

 そう考えると、今の僕に出来ることはほとんどなかった。言葉も交わせない、見てもらうことも出来ない。

 だから、花を飾ることにした。もう二本ほど並んでいる花瓶の隣に、そっと自分のものを並べる。ここに来ることが出来た証を置いていく。

 

「・・・じゃあ、また来ます」

 

 その時間はわずか十分ほど。僕は病室を立ち去ろうとする。

 背後の扉が開く音が聞こえたのは、その瞬間だった。

 

「あなたは・・・」

 

「お久しぶりです」

 

 向こうが僕を見つめて声を挙げる。その顔には見覚えがあった。事故の時、近くにいた青年だ。

 僕は首からかかっている名札を確認して、その存在を知る。「島波遥」、それが彼の名前だった。・・・まさか、ここの医者だとは知らなかったけど。

 

「松原さん、でしたよね」

 

「覚えてくれていたんですね、島波先生」

 

「よしてください。ここにいる間は、俺はただの島波遥です」

 

 少しバツの悪そうな表情で島波さんは呟く。

 

「そうですね、失礼しました。島波さん」

 

 穏やかな心を保ちながら、そうやって言葉を交わす。あの日散々憎んだ私に対してこの人が何を思っているかは知らないが、もうそんなことは気にしない。

 

 それより、僕はこの人と千夏ちゃんについて話がしたかった。

 この子が目を覚ます前に、この子のことをいろんな人から聞いておきたかった。

 

 けれど、真正面から聞きに行くのも変だと思い、僕は今の僕を少しだけ語ることにした。千夏ちゃんの方を一瞥しながら口を開く。

 

「千夏ちゃんの両親は、本当にいい人ですね」

 

「・・・へ?」

 

 僕の口からそんなことが放たれると思っていなかったのだろう、島波さんは少しの間呆気にとられた表情で固まっていた。

 

「あの日から、ずっと謝りに出向いていたんです。最初の方はお母さんの方から拒絶されて門前払いを喰らってましたが、半年して、ようやく通してもらえて」

 

「そんなことが・・・」

 

「許してからは、本当によくしてもらいました。・・・保さん、ですか。お父さんは何度も慰めの言葉をくれましたよ。あの事故は誰も悪くないんだって。・・・本当は、憎くてしょうがない相手のはずなのに」

 

 すると島波さんは、それを知っているかのように頷いて答えた。

 

「それが、あの人の優しさですから」

 

「知ってるんですか?」

 

「事情があって、俺も昔あの人たちのお世話になっていましたから」

 

 その言葉で、何か、どこかで嫌な歯車がかみ合ったような気がした。

 夏帆さんが人と縁を深く結ぶのを嫌う理由。それはひょっとして、この人が関わっているんじゃないかと、心のどこかがざわざわと騒ぎ出す。

 

 けれど、そんな悩みを遮るように、島波さんは僕に問いかける。

 

「どうして、今になって?」

 

 僕が今日まで見舞いに来ていなかったことを訝しんでいるのだろう。なんてことはない、二人からの許可を待っていただけだと説明する。

 

「一番最初会いに行ったときにですね、門前払いでしたけど言われたんです。千夏ちゃんに近づかないでくれって。・・・それで、千夏ちゃんに逢いに来る許可を貰えたのが、昨日だったんです」

 

「だから、今日」

 

「はい。真っ先に飛んできました。だってそれは、僕が一番会って謝るべき相手だったんですから」

 

 そこまで言って、ふと頭の中に「償い」という文字がよぎった。僕はどうやって千夏ちゃんに償いをすればいいのだろうか、目覚めた時、何を言われるのだろうか、それが不安で、少し俯いてしまう。二人に行う償いと、千夏ちゃんに行う償いでは、また意味が変わって来るだろう。・・・当事者というものは、そういうものだ。

 

 それは言葉となって現れる。

 

「・・・どうやったら、千夏ちゃんに償えますかね」

 

「どうって言われても・・・」

 

「二人には許してもらえましたけど、千夏ちゃんに許してもらうことは、また別ですから」

 

 こんな質問を投げかけられて島波さんも困っているみたいだ。けれど、出した言葉を取り下げることは出来ない。

 

「金って言われたらいくらでも払います。死ねと言われたら死にますよ。・・・だけど、自分じゃそれが本当に償うことだと思えなくて」

 

 どうしようもないことを言っているのは分かっている。けれど吐き出した言葉は流れにのって、次、また次と溢れ出てくる。

 そんな僕のどうしようもない問いに、島波さんは簡単な言葉で答えた。

 

「忘れてやらないでいてください」

 

「・・・え?」

 

「あなたの世界から千夏を消してやらないでください。そして、千夏の世界にいてやってください。多分俺もあなたも、千夏が目覚めても罪は消えないんです。だから、一生向き合っていくために、千夏のこと、ずっと忘れてやらないでいてください」

 

「つまり、一生をかけて償うと?」

 

「そうです。俺も一生をかけますよ。・・・けえど、それは自分が幸せになることと引き換えじゃない。幸せの片隅で罪を償う。本人がそれを望んでいるなら、それでいいんです」

 

 簡単に言ってくれるが、それは簡単なことではない。・・・もちろん、そうしろと言われたら抵抗はないが、生半可な態度で一生をかけることは出来ないだろう。

 一生をかけて償うには、それ相応の覚悟と行動がいる。・・・僕は果たして、その行動をとるべきなのだろうか。

 

 ・・・いや、違うよな。僕はそういう行動をとりたくて、今日まで生きてきたんだよな。

 

 だから、今は・・・。

 

「なら、千夏ちゃんが起きるのを待たないとですね」

 

 置きあぐねていた残りの花を、千夏ちゃんのベットの横の方に沿える。

 これで本当に、今日の僕の役目は終わりだ。次は、明日の僕に託そう。

 

「また明日も来ます」

 

「毎日来る気ですよね?」

 

 当然。

 

「ええ。仕事で都合がつかない日以外は、絶対に」

 

 一生を賭けると今ここで誓う。そのための行動なら、迷う事はないだろう。

 僕がこの街で生きていく理由は、ちゃんとこの手の中にある。負の遺産でない、純真無垢な理由が。

 

 手を振って、病室を後にする。限りなく小さな奇跡を願いながら。

 

 

 

 

 

 そして、その奇跡が叶う瞬間はすぐ近くまで来ていたという事を、僕は思い知ることになった。

 

 

 

 




『今日の座談会コーナー』

 ということで、過去回想はこれで終わりです。・・・外伝? もちろん続きますよ。ここからは聡を中心に千夏との物語を書いていくつもりです。また胃薬展開が増えそうな気がしますけど、β√afterで描いているように終着点はハッピーエンドなので、そこだけは気が楽ですね。というかオリキャラ×オリキャラなので外伝、ほとんど二次創作じゃなくて一次創作なんですよね。二次創作の二次創作とか一体どうなるんだろう・・・。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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