凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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やっぱりやめられないんだよね。


第十七話 それぞれの朝

~千夏side~

 

 

 

 頭上を風が吹いていく。

 

 もう季節はすっかり春となり、私は長い時間を経て高校をようやく卒業した。・・・生まれた年から数えると、本当の私は25歳。それが今となって高校卒業となると・・・苦笑いすることしかできない。

 

 けれど、今はもうそんなことはどうでもよかった。肩書なんて、立場なんて、それに縛れるものでもないとここまでの人生で気が付けたから。

 

 たくさんの出会いがあった。そのたびに傷ついて、再起できるかどうかの瀬戸際に立たされた。けれど、最後まで大切なものだけが残って、今ここにある。

 

 そうして迎える旅立ちの日。

 自分の部屋から、ありったけの服と小物を引っ張り出してバッグに詰める。さすがにどこかで洗って、の繰り返しにはなるけど、これから長い長い旅が始まると思うとあれもこれも詰め込みたく仕方がなかった。

 

 これから始まるのは、私自身を探す旅。

 夢以外に、私にとって大事なものがあるのか、それを確かめる旅。私の恩人、大切な人と迎える一か月だ。

 

---

 

 家のインターホンが鳴る。荷物を持って玄関に出たところで、リビングからお父さんとお母さんが顔を出した。

 

「もう行くのか?」

 

「うん。松原さん、来ちゃったしね。・・・ごめんね? 治ってすぐ、こんなことしちゃって」

 

「ううん、私は全然大丈夫。あの頃に比べると、千夏、すごい幸せそうな顔してるから。・・・だから、信じて送り出せるよ」

 

 あの頃のお母さんの悲痛な表情は今でも簡単に思い出せる。それが微塵も感じられないということは、もう大丈夫だということなのだろう。

 長い時間をかけて、私は二人を私の世界から切り離した。今はもうただの友人となった二人に、私の何かをゆだねることはない。

 

 ・・・まあ、問題は私が私のことを誰にゆだねるべきか、まだそれが決まりかねてるってことだけど。

 

「ちゃんと時々連絡するね。二人の声も聴きたいし」

 

「ああ、そうしてくれると嬉しい。・・・けど、せっかくの旅なんだ。楽しんできてくれれば俺たちはそれでいいからな」

 

「うん、遠慮しないよ」

 

「それじゃ、行ってらっしゃい」

 

 お母さんが声と一緒にゆっくり背中を押す。私はそれを受けて、玄関の扉を開けた。目の前には、恋人(仮)となった松原さんがそわそわとしながら待っていた。前に結婚寸前までいった彼女がいたといっていたが、本質的には結構初心なところがあるのだろう。その様子に思わず笑みがこぼれた。

 

 

 ・・・待っててね。今、そこに向かうから。

 

 玄関の扉を開け、新しい世界へと一歩を踏み出す。

 

---

 

~聡side~

 

 ついにこの日が来てしまった。

 僕は今日、自分の意志で千夏ちゃんを外の世界へと連れ出す。この町どこからこの地方のどこでもない、二人とも知らない場所へ。

 大げさなことはあまり言いたくはないが、それが僕たち二人のこれからを変えていくものになることを、僕は知っている。

 

 そう思うとどうしても胸が苦しくなった。息が詰まって、呼吸が早くなる。それは同時に、僕が千夏ちゃんを一人の異性として確かに認識している証拠でもあった。

 

 そうしてそわそわしていると、水瀬家の玄関の扉が開く。出てきたのは大きな荷物を抱え、ニマニマと笑っている千夏ちゃん一人だった。

 

「迎えに来たよ。・・・どうしたの? なんか不自然な笑い方だけど」

 

「いや? なんでも?」

 

 いたずらっぽく笑みを浮かべて、千夏ちゃんは僕をからかう。その真意はわからないけれど、そんなことを気にする必要もない。

 わざとらしく一つ咳ばらいをして、玄関の向こうにいるはずであろう二人のことを訪ねてみる。

 

「二人は中に?」

 

「うん。特にお母さんがね、外で私がいなくなるところまで見送っちゃうと泣き崩れてしまうかもって言ってたから」

 

「そっか、そうだよね」

 

 夏帆さんが涙もろいことは、この二年間でしっかりと理解してきた。子供への愛着が強い人なだけに、いなくなることが寂しいのだろう。それがたとえ、正しい別れだったとしても。

 かつて同じ感情で涙を流した千夏ちゃんのことを僕は見てきている。子供がそうなら親もそうなのだろう。

 

 一言くらい挨拶はしておいたほうがいいのでは、と思ってはいたが、事情が事情なだけに僕はそれを断念した。一つ呼吸をはさんで、改めて千夏ちゃんのほうを向く。

 

「それじゃ、行こうか。荷物、車に載せるね」

 

「うん、お願い」

 

 千夏ちゃんが両手で持っている大きな荷物を抱えて、僕はそれを後部座席に置く。それなりの重量があるこのバッグが、これから一緒に過ごす時間の長さを物語っている。

 

 ・・・一か月。

 

 最初は半年なんてのたまってはいたけれど、経済的にも、仕事の都合としても交渉して一か月が限界だった。それでも休職扱いにして、「いつでも待っている」と言ってくれた社長には頭が上がらない。本当にあの場所を選んでよかったとそう思わされる。

 

 そして僕は、その与えられた一か月で答えを出さなければいけない。夢を追う千夏ちゃんとどう向き合うのか。

 答えなんて変わらないと思っていた。結局僕は心から千夏ちゃんに惹かれているし、あの二人のことも同じくらい大切だと思っている。一緒にいたいと心から願うほどに。

 

 それでも、それが千夏ちゃんのためにならないとしたら・・・僕は、どうすればいいのだろう。

 

 葛藤だけが渦巻いて、うまく言葉が出ない。・・・だめだな、楽しい旅にしないとせっかくの一か月が無駄になってしまう。

 答えを探すためだけじゃないんだ。これは僕と千夏ちゃんの人生の休暇。ふいになんてできないし、したくない。

 

 だから笑うんだ。これから来るであろう幸せな時間を想像して。

 

 荷物を載せ終えて、千夏ちゃんのほうを振り向く。きょとんとして遠くのほうを見ている千夏ちゃんに、僕は手を差し伸べて声をかけた。

 

「それじゃ、行こうか」

 

「うん」

 

 ゆっくりと助手席のドアを開いて、主役をエスコートする。閉められたのを確認して、僕も運転席に着く。鍵を回してエンジンをかけると、千夏ちゃんが声を上げた。

 

「おー、いよいよだ」

 

 映画の幕開けを楽しみにしているようなそのセリフに、僕も思わず微笑んだ。ああ、いよいよだ。純粋に、ずっと楽しみにしていたんだ。わくわくが止まらない。

 

 今はただ、この気持ちだけでいい。

 

 アクセルを踏むと、車がゆっくりと動き出す。水瀬家から海のほうに出る坂道を下るが、普段とは違う方向へと僕は曲がった。まもなくすればこの街を出る。そこからこの旅のスタートだ。

 

 信号に引っ掛かり、車を一度停めたところで、しばらく無言のままだった車内に会話が生まれる。

 

「なんかさー、こうしてみると不思議だよね」

 

「何が?」

 

「私たちがこうして同じ車に乗ってるって」

 

 それは、事故の加害者と被害者が同じ空間にいることが、ということだろう。言葉を濁していても、真意は伝わる。

 別にもう気にしてなどいない。終わったことだし、千夏ちゃんもそれを根に持っているわけではない。・・・とはいっても、苦笑いは避けられなかった。

 

「それ言われるとちょっと困るな」

 

「ああ、そういう意味じゃないよ? でも、不思議だなって思ってるのは本当。きっかけは最悪だったけど、結ばれた感情は本物だってことが、不思議」

 

「そうだね。僕もそう思う」

 

 今はただ純粋に、この子を好きだと思っている。一緒にいたいと切に願っている。超えた垣根は相当大きいはずだ。

 だからあと一つ、もう一つだけ大きな垣根を越えたい。その結末がどうなるかはわからないけれど。

 

 それにしては、やっぱり時間が短すぎるか。

 

「ごめんね、たいそうなこと言って一か月しか取れなくて」

 

「ううん、ちょうどよかったと思ってる。大体半年もあったら、この国を何周もできちゃうよ」

 

「あはは、そりゃそうだ」

 

 でもきっと、そうやって「飽きた」と愚痴を吐けるほど一緒にいれたら、もっと幸せなんだろうな。

 心の中で生まれたボヤキにはふたをすることにする。

 

「それじゃ、そろそろこの街を抜けるけど、最初行きたいところとかある?」

 

「ああ、それなら・・・」

 

 千夏ちゃんが手持ちのカバンから地図を取り出して、じっくりと眺める。それを尻目に僕はアクセルを踏み、また車が動き出す。

 

 

 さあ、行こうか。ゴールまではまだまだ遠い。

 

 




『今日の座談会コーナー』

というわけで、帰ってきてまいりました。本当は前回で終わらせても良かったのですが、自己満足はまだまだ終わらないみたいです。というより、多分この作品を終わらせたくない自分がいるのかもしれないですね。ほかの作品を書くたびに、思い立ってはここに帰ってくる。自分にとってこの作品は宿り木ではないのでしょうか。
とはいえ、ここから先がそんなに長くなるとも思っていないので、どうか最後までお付き合いよろしくお願いします。この外伝が、この作品の最後となるはずなので。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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