凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第二十四話 いつか帰る場所

~聡side~

 

 夜が明けても、僕らは手を取り合ったままだった。

 目が覚める。隣の千夏ちゃんはまだ目を閉じたまま、すうすうと穏やかな寝息を立てている。その横顔に口づけを、と思ってはみたが、昨日再三やったばかりだ。少しは遠慮しよう。

 

 ・・・それに、これからだってそんな時間を過ごせるんだ。焦った話じゃない。

 

 そう思うと僕の心はどこまでも澄む。これまで抱えていた重荷を全て捨て去って箍が外れた心になった今なら、どんなことでもできそうな気がする。

 

 グーっと体を伸ばして、一人先に顔を洗いに向かう。もう一度ベッドに変えると、千夏ちゃんが上半身を起こして、ベッドの背もたれに持たれかかっていた。

 

「おはよう」

 

「おはよう、聡さん。・・・今、何時くらい?」

 

「8時半だね」

 

「ちょっとお寝坊さんだね、二人とも」

 

 いつもならこの時間には車を動かしてどこかに向かっていた。こんな時間に目覚めて、だらだらと朝を迎えることの方が明らかに少なかった。

 けど、そんな急ぐ必要はもうない。そもそもこの旅は僕のわがままで千夏ちゃんに振り向いてもらうためだったから、言ってはなんだが僕の目的はもう果たされたのだ。あとは千夏ちゃんの要望をできるだけ叶えてあげたい、ただそれだけだ。

 

 クシクシと髪を掻いて軽く解いて、千夏ちゃんは思い出したように言う。

 

「ねえ聡さん、今日はどこ行こうか?」

 

「うーん・・・なんかパッと出てこなくてさ」

 

「だったらさ、一つ言っていいかな、わがまま」

 

「いいよ、聞いてあげる」

 

 軽い心のままで、僕は千夏ちゃんの言葉を待つ。

 しかし放たれた言葉に、そんな浮ついた心は砕け散った。

 

「聡さんの両親に、会いたいな」

 

「・・・あ」

 

 どこかでそうする必要があるとは思っていた。

 けれどいざそれを目の前にすると、どうしても胸が痛い。あの町に帰って、両親に会うなんて。

 

 あの町を出てから2年、僕は一度も二人のもとに帰らなかった。事故を起こしたことも電話で連絡しただけで、それっきり。

 二人は特に何も言わなかった。ただ、「起こしたことにはきちんと責任を取れ」とだけ。この年になって僕を子ども扱いしないのは当然のことだけど。

 二人は二人でちゃんと千夏ちゃんの両親に会ったみたいだが、そこに僕は同伴しなかった。顔向けなど出来はしなかったから。

 

「・・・嫌って言うかもしれないけど、そうしないと私は結婚してあげないよ?」

 

 渋い顔をしていたのだろう。千夏ちゃんがしっかりと釘をさしてくる。

 流石にこれに応えないのは不義理だろう。僕はちゃんと今自分が思っているすべてを千夏ちゃんに吐き出した。

 

「別に嫌って訳じゃないよ。・・・ただ、怖くはあるんだ。かれこれ2年も会ってないし、今日までのことを電話で報告することすらしてなかったから。・・・千夏ちゃんと付き合ってるなんて知ったら二人、なんて言うか」

 

「怖い人なの?」

 

「いや。・・・ただ、ちょっと不愛想って言うか、真面目過ぎるんだ。僕のことをちゃんと育ててくれたし、親として感謝はしてるんだけど、この年になると距離の詰め方が分からなくて」

 

 そう考えると、千夏ちゃんと保さん、夏帆さんの関係がとてもうらやましく思えた。水瀬家は僕にとって理想の環境過ぎたんだ。ああであってくれればよかったのにと、何度思ったことか。

 

 そんな弱気な僕の言葉を聞いて、千夏ちゃんはクスクスと笑った。

 

「真面目な人か、なんか想像つくね」

 

「いうほど似てるか分からないな」

 

「多分似てるよ。・・・だから、ちゃんと会ってみたい」

 

 千夏ちゃんは自分の思い込みを信じて疑わなかった。いつもそうだけど、そのまっすぐな瞳に充てられると、いよいよ僕は何も言えなくなる。

 ちょっと虚勢を張って反抗してみたりしたけど、結局の僕は相手の望むことを叶えるのが好きなのだ。今更自分に嘘はつけないから。

 

 

「分かった。行こう。ここからだったら夕方ごろには着けるはずだよ」

 

 そう言うと千夏ちゃんは少しだけ嬉しそうにして、一度自分の荷物が置かれている部屋へと戻っていった。支度に三十分くらいかかるのはこれまでの旅路で把握済みだ。

 その間を見越して、僕は両親に電話をかけることにした。実に何年ぶりだろうか、普段の報告どころか、年末年始の挨拶すらやっていなかったんだから、本当になんて言われるか。

 

 ボタンを押す指が震えるが、なんとか最後まで押し切って受話器を耳に当てる。今日は土日だし、どっちか家にいると思うんだけど・・・。

 

 悶々としているうちにコールは四回を数え、そしてつながる。

 

「もしもし・・・」

 

 母さんだ。

 

「・・・もしもし、僕だよ。聡」

 

「・・・そう。久しぶりね、聡」

 

 電話越しでも、動揺の色が見える。言葉にしないけれど、同じ屋根の下で二十年近く過ごしてきたんだ。分からないはずもない。

 

「それで、なんでこんな時間に電話を?」

 

「ああ、うん。・・・今日、そっちに帰るつもりなんだけど、大丈夫かなって」

 

「いつ頃?」

 

「夕方」

 

「なら全然大丈夫。・・・別に、家に帰るなら電話なんてよこさなくていいのに。ちゃんと鍵だって持っているんでしょ?」

 

 母さんはあきれた声で、「そこがいつでも僕の帰る場所である」ことを言ってくれる。・・・不愛想だけど、優しさはあるんだよな。

 でもなぜか、今はその優しさが胸にしみて、そして痛かった。僕は水瀬家にお熱になるあまり、昔からあった自分の居場所をないがしろにしてしまったんだから。

 

「聡?」

 

「あ、うん。大丈夫だよ。・・・父さん、元気にしてる?」

 

「それは自分の目で確かめなさい」

 

 スンと胸を突くような声。母さんはそれ以上を語るつもりはないみたいだ。

 だから、この電話はここで終わり。母さんの言うように、僕は全てを自分の目で確かめる必要がある。

 

「それじゃ、今日の夜までにはそっちに行くよ」

 

「うん。じゃあまた後で」

 

 本当に必要最低限のやり取りだけを行って、僕は電話を切る。・・・血のつながった実の家族だと言うのに、ずいぶんと心の距離が離れてしまっているような気がして、とてもつらい。

 

 ため息が漏れかけた時、とんとんと後ろから肩を叩かれた。振り向いた先に、千夏ちゃんがいる。

 

「やっぱり、ここにいた」

 

「・・・準備、出来たの?」

 

「ううん、まだ。だけど、多分聡さんのことだから律儀に電話を掛けに行ったんじゃないかなって思って、ここに来た」

 

「・・・全く、叶わないな」

 

 半年近く一緒に過ごしてきた分かったことがある。千夏ちゃんは、とても観察眼に優れているのだ。その人が次の行動をどうするのか、その時何を思っているのかを、ちゃんと見抜いて、それにあった行動をしてくる。

 

「なんでもお見通しって感じだね」

 

「ううん、そんなことないよ。・・・今までだって、何度も失敗してきて、たくさん傷つけた。だからこそ、今の私があるんだけどね」

 

 儚い笑みの裏側に見える無数の後悔に、僕は気づかないふりをする。千夏ちゃんはそれを乗り越えて今日まで生きてきたんだ。今更当人ではない僕が掘り起こす必要なんてないのだ。

 

「・・・大丈夫? 辛くなかった?」

 

「んー、どうだろう。・・・ただ、電話をして、すこし寂しくなったんだ。二人はちゃんと、そこが僕の帰る場所だって言ってくれているのに、僕はそんな場所をないがしろにしていたんだなって思って」

 

「そっか。・・・大丈夫、まだ間に合うよ」

 

 まだ間に合う。

 それは一度、すべての居場所を失いかけた千夏ちゃんだからこそ言える言葉だ。本当に全部なくなりかけて、それでも全部をつなぎとめることができた千夏ちゃんだからこそ。

 

 だから、僕は信じることにする。きっとうまく行くんだと。

 それに、好きな人の言葉なんだ。信じれないはずがない。

 

 出来るだけのさわやかな表情を作って、千夏ちゃんの方を振り向く。こんなところでモタモタとしている意味はないから。

 

「それじゃ、早いところ準備しようか。夕方ごろには着くって言っても、かなり長距離の移動になるしさ」

 

「うん。そうだね」

 

 

 そうして僕らは手を取り合って、同じ場所へ向かっていく。

 未来はまだ不透明で、胸が痛くなるような思いばかりだらけだけど、繋いだこの手は信じられる。そう思えるから。

 

 




『今日の座談会コーナー』

 ということで、聡の両親について初めての明言になりましたね。これまで一度も出してこなかったのは、ここで際立たせようと思っていたからということになります。思えば遥には両親がいなかったから、主人公の両親というキャラは初めてになるんですよね。ネタバレではないですけど、墓前報告みたいなことにはならないのでご安心を。さすがに存在する両親書かないとね。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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