凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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この話は前作でもターニングポイントの一つでしたね。なんて、その基準でいくとターニングポイントなんていくらでもあるんですが。

本編どうぞ。


第二十六話 今踏み出す一歩

~遥side~

 

 それは、もうずいぶんと昔の話。

 みをりさんと交わした、最後の言葉のこと。

 

 それを、今になって鮮明に思い出す。

 

 あの日、みをりさんにもらった言葉は・・・。

 

 

~過去~

 

「・・・島波遥くん。ちょっと長いけど、聞いてください」

 

「え、あ、はい・・・」

 

 みをりさんは、似合わないほどかしこまっていた。だからこそ、俺の背筋は強張る。

 

「遥くん・・・。あなたはきっと、これからたくさん、辛く、苦しく、悲しいことに見舞われると思うの」

 

「えっ・・・?」

 

「もちろん、遥くんが悪いわけじゃない。・・・みんなそうなの。幸せばかりの人生を歩める人間なんて、きっとどこにもいないの」

 

「は、はぁ・・・」

 

 みをりさんの言っている言葉の意味を、俺は上手く理解できなかった。

 ・・・大きくなれば、理解できるのだろうか。

 

「今こそ、こうして私も君と話せているけど、いつかはお別れが来る。・・・もし、それがあまりに突然なことでも、自分を責めないでほしいの。誰も悪くない。何も悪くない。・・・好きになることを、やめないでほしいな」

 

「そんなこと・・・実感わかなくて・・・」

 

 それに、俺は一度失ってるから。

 これ以上大切なものに、遠くに行ってほしくなくて。

 

 

「私が居なくても、遥くんを好きになる人は絶対にいるよ。・・・きっと、美海も」

 

「え?」

 

「なんでもない。・・・ね、遥くん」

 

「なん、ですか・・・?」

 

「弱くてもいい。弱くてもいいから、無理しちゃだめだよ?」

 

「・・・分かりました」

 

 

 変わらない表情で語るみをりさんの表情は穏やかで。その穏やかさが、俺は何よりも怖かった。

 

 

 

『だから、忘れたのかもしれない。こんなに近くにあった、忘れてはいけない何かを』

 

 

 

~現在~

 

 

 そうだよ、俺は・・・!

 

 あの日みをりさんにもらった大切な言葉を、思いを・・・忘れてしまっていたんだ。

 最低だよ。最悪だよ。・・・あれだけ、好きな人の言葉だったのに、好きになることから逃げて、忘れるなんて・・・。

 

 ・・・美海っ!

 

 俺は迷いを振り切って同じく海に飛び込んだ。そしてすぐさま、美海を抱きしめる。

 

「やめてったら!」

 

「放すわけないだろ! ・・・ここで美海を放すような人間なら、みをりさんにどんな顔すればいいか分からないだろ!」

 

「・・・」

 

 それからしばらくして抵抗は止む。すると、美海は俺の懐に顔をうずめて嗚咽を漏らした。小刻みに震える肩から、泣いているのが分かる。

 

 美海が抱いているどうにもならない感情は、理解できる。

 だってそれは、俺と同じ弱さなんだから。

 

「・・・なぁ、美海。誰かを失うって、怖いよな、悲しいよな。・・・好きになったせいでまた失うって、怖いよな」

 

「うん・・・うん・・・」

 

「・・・でもな、思い出したんだよ。みをりさんが言ってくれた、最後の言葉。・・・好きになることをやめないでほしいって」

 

 だったら、みをりさんは自分の死期が近いことを悟っていたんだろうか。

 ・・・なら、そう言ってくれてもよかったのに。

 

 そんな抜けたところが、またあの人らしいと思えて、少々涙がにじむ。気づいた後で訪れたのは、心の底からえぐるようななつかしさ。

 

 ・・・今なら、前に進むことだってできるかもしれない。

 

 ああ、本当に今更だな。

 

 だから、美海に向き合ってみる。・・・もう、逃げたくないから。

 

「もう一度聞くよ。美海はあかりさんのこと・・・、嫌い、な訳、ないんだよね?」

 

 

 今度は美海はまっすぐに答えた。

 

「・・・嫌いなんて、言えないよ・・・。あかちゃんも好きで、パパも好き。・・・遥だって」

 

「え?」

 

 最後の方が上手く聞き取れなかったが、美海は構わず続ける。

 

「あの日、ママがいなくなって悲しんでいた私のところに来てくれたのはあかちゃんだった。・・・ずっと優しくしてくれた。でも、怖かったの。好きになったら、あかちゃんもまたいなくなっちゃうんじゃないかって」

 

 また泣き出しそうな瞳で美海は最後まで言い切る。

 

「大切な人に、いなくなってほしくなかった。・・・それに、あかちゃんを好きになった時、ママのことを忘れてしまうんじゃないかって、怖かった」

 

 

 ・・・美海の答えは、俺が思っていることと全く同じだった。

 好きになった人から、目の前から消えていく。だから、好きになれないって。その繰り返しを恐れて。

 

 けど、美海はまだ変われる。

 恐怖心は毒だ。回数と年を重ねるごとに体の奥底までしみこんでいく。いつかは、手遅れになるほどに。

 美海はまだ小学三年生だ。こんな毒にやられて、全てを諦めていいような人間じゃない。

 

 ・・・俺は、どうなんだろうな。

 変わりたいと願えば、変われる。そんなものなんだろうか。

 

 分からなくて俺は、そっと美海を先ほどより強く抱きしめた。

 ぐちゃぐちゃな心でも、言葉にすることは出来るかもしれないから。

 

「俺もそうだよ。・・・けど、変わりたい。前を向きたいんだ。・・・なんて、いつか水瀬が言ってた言葉だけどな」

 

「千夏ちゃんが?」

 

「ああ。あいつもあいつで一杯苦労して、それでも『諦めたくない』ってそう言って、しゃんとして前を向いてやがる。・・・ほんと、大したもんだよ」

 

 言葉にしてやっと、水瀬の強さが分かるような気がした。

 はたして、俺が水瀬の何を知っているのかと問われればそれまでなのだが。

 

「・・・変われるかな、俺も、美海も」

 

 いざ説得しようと試みるも、最後の最後で結局言葉に自信を持てず、しおれさせてしまった。けど、言葉が伝わったのか美海は俺の袖をひぱって首をフルフルと横に振った。

 

「・・・変われるかな、じゃなくて、変わろう。遥」

 

「・・・そうだな」

 

 

 そうだ。

 なりたいを口にするのはもうやめだ。前に進みたいのなら、『やりたい』ではなく、『やろう』を口にしよう。

 

「・・・ねえ、遥」

 

「ん?」

 

「いい加減、放してくれる・・・?」

 

 どうやらずっと美海を抱きしめたままでいたようだった。少し俯いて頬を赤らめさせているあたり、どうやら恥ずかしいようだった。

 

「あ、ああ。悪い」

 

 急いで美海を地上に上げる。そして一息ついたところで、少しいたずらっぽく笑って、美海は俺に言葉を投げかけた。

 

「ねえ、遥ってドリコンなの?」

 

「ドリ・・・はぁ? なんだそれ」

 

「さゆが言ってた。小さな子を好きな年上の人って、ドリコンだって」

 

 違うんだそれは。

 

「おい、それはロリコンってやつだ。間違えてるぞってさゆに伝えとけ。あと、否定させてもらうからな」

 

 少し笑って、俺も陸に上がる。幾分か毒の抜けた心は、驚くほど軽いように思えた。

 ・・・測り損ねた距離は、少しくらい測り直されたのだろう。

 

 

 そして、美海は廃倉庫を離れ、さやマートの方へ向かった。用があるのはあの壁だ。

 やることは決まっている。美海はちゃんと、気持ちを示そうとしている。・・・美海なりの、答えを出すのだ。

 

 その行動を止めることはしない。ただ見守ろう。

 

 小さかった頃のように、俺は差し出された美海の手を取った。あの頃よりも、ずっと大きく、しかして今もまだ小さいその手を。

 

 そして二人で歩き出す。・・・さあ、答えを出そう。

 

 

 

--- 

 

 怒声のようなあかりさんの声で目を覚ます。

 ・・・なんて、本当は寝てなかったんだけどな。

 

 目をしっかり開けると、隣で眠っていたはずの美海が怒られていた。

 そして、あかりさんは俺たちが寄り掛かっていた壁の後ろの文字に気づく。気づくなり、口に手を当てて涙を流していた。

 

 俺たちが作った文字は簡単だ。

 離れかけた距離を結び付ける、簡単なたった一言。今、一番伝えたい思い。

 

 

 

『どっかいかないで』

 

 

 

 

 




さて、ここからの展開少々手を加えようと思います。
というのも、前作なんですけどここからオリジナル展開なんですよね。
せっかくのリメイク、しっかりボリュームをふくらませたいので。

それでは、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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