凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
本編どうぞ。
~遥side~
水瀬は瞬く間に料理を作り上げる。次は俺の番だ。
自分用に買った食材をキッチンにとりあえず広げて、改めて手順を確認する。
レシピなんてものはいらない。大丈夫、しっかり自分に叩き込めているはずだから。
この間の調理実習の失敗を見られているのもある。そうしたイメージを払しょくするには、絶好のタイミングだ。
・・・さて、頑張りますか。
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それから、俺の料理が出来たのは20分ほど後の事だった。仕事が遅くなっている夏帆さんを除いた四人が、今は食卓を囲んでいる。
一応、美海だけではなく、審査は保さんにもしてもらうことになった。
テーブルには、互いに簡素なパエリアとペスカトーレが並んでいる。・・・魚介系の料理が多いな。
買い物を始める前に、保さんや水瀬家の人間が魚介系の食材を好んでいることを聞いていたので、それをもとにして料理をした結果がこれとなる。
各々いただきますと口にして、まずは保さんが水瀬のパエリアを一口。その後に俺のペスカトーレを口に運んだ。
それから数秒間目を閉じて、何も言葉を発さない。しかし、口に合っていない、なんて様子ではないようで、正直ほっとした。
そして、微動だにしない真顔で、ポツリと呟く。
「確かに両方美味いが・・・。なんだろうな、慣れない味ってのもあるんだろうか。俺は遥君のほうのが気に入ったな」
それを聞いて、言葉には出さないものの俺は小さくガッツポーズをして見せた。理由はともあれ、勝利は勝利だ。水瀬は理由が理由なだけに不服そうな顔をしているが。
「結構作りこんでいるんだな、遥君は」
「そんな、まだまだです」
他にも母親として、ずっと家庭に料理をふるまってきた人間は数多くいる。みをりさんだって、夏帆さんだってそうだ。
そんな人たちを前にして、堂々と威張り散らすなんてことは出来ない。
「この評価がどっちかを上げて、どっちかを下げる、なんてものではないこと、理解しててほしい」
保さんは大人だ。だからこそ、こうした時の言葉は知っていたようだった。
そのさなか、美海が俺の袖をちょいちょいと引っ張る。
「ん?」
「遥って、千夏ちゃんの家何回か来てるの?」
「なんだ藪から棒に・・・。まあ、まだ三、四回だよ」
その間で自分の料理をふるまったことがあるのも事実だが、それはまあ言わないでもいいだろう。
「・・・ふーん」
美海は興味なさそうに呟いて、淡々と自分の評価を述べた。
「・・・私は、千夏ちゃんの料理の方が好きかな」
今度は水瀬が小さく喜ぶ。これで得票は一体一となった。
そして、ジト目で俺の顔をしっかりと見つめた。
「・・・遥、これってママのレシピ、参考にしてるよね?」
「気づかれたか」
参考にした、というよりは、昔レシピを見て作っていたのが体に染みついていただけだった。
それこそ、感覚だけで作ってしまった分、中途半端なものになったのかもしれないが。
「ママは、もうちょっと細かいところまで味を出してた。・・・なんだろう、スパイス? 調味料? なのかな」
そのころの美海というとまだ幼かったはずだが、母親の味はしっかりと覚えているようだった。失礼なことをしたのかもしれない。
「けど、まずいなんて言わないから、安心して」
美海も美海で大人の対応を見せ、俺の心を気遣ってくれた。
そして俺もようやく自分の料理を一口食べる。
けれど、いつかみをりさんに作ってもらった味とは大きく差が開いていた。随分と昔の話なのに、味ははっきりと思い出せた。
「ただいま~」
会話が弾みだしたところで、夏帆さんが帰ってくる。仕事が遅かった分少々疲れの色が見えていたが、それでも気丈にふるまっていた。
「あら、美海ちゃん。久しぶり、元気にしてた?」
「お久しぶりです」
美海もだいぶ緊張がほどけたのか、夏帆さんに難のない態度を示していた。遠ざかった距離が、少しずつ縮まってきているのだろう。
そして、自身の片づけを終えた夏帆さんが席に着く。そして間もなく、料理に箸を入れた。
しばらくして、夏帆さんは俺と水瀬から熱い視線をぶつけられていることに気が付いた。
「どしたの? 二人とも」
「どっちが美味しいですか? この二つ」
「ん? ・・・あー、そういうこと」
今の一言で、俺と水瀬が対決していることが分かった夏帆さんは、少しだけ考え込んで、いたずらっぽく微笑んだ。
「・・・二人ともまだまだ。私の料理の方が美味しいね」
「「え」」
誰一人として予想していなかった答えに言わずもがな困惑する。悪意があるのかないのかは分からないが、よほどの天然であることには違いなさそうだった。
「ちょっと母さん・・・」
「だって、それくらい自身があるもの、私。よかったら、振舞ってみようか?」
そう言えば、夏帆さんの料理はまだ一度も食べたことなかったことに気づく。
夏帆さんの料理か・・・。それはそれで楽しみだ。
「だったら、甘えさせていただきましょうか。な、美海」
返事はないものの、美海もコクリと頷いた。
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食事も終わり、片付けも終わり、楽しい時間は終わっていよいよお別れの時が来た。
「じゃあ、今日はこの辺で失礼します。ありがとうございました」
「ああ。またいつでも来てくれ。・・・そうだ、千夏。せっかくだ、美海ちゃんを送ってあげなさい」
「行っていいの?」
「構わん。遅くならんようにな」
そして、美海の隣に水瀬が来て、三人で帰路に着くことにした。行きの道中よりも雰囲気は遥かに和らいでおり、何を放そうにもすぐに切りだせる、そんな感じだ。
そんな中で、水瀬がふとこぼす。
「美海ちゃん、会えてよかった・・・」
「千夏ちゃん?」
「ずっと会えなくて、寂しかった。あんなに一緒だったのに、もう取り返しがつかなくなるんじゃないかってくらい離れて・・・。でも、またこうして会えた」
「・・・うん、そうだね。私も嬉しい」
美海は嘘偽りない感想を零す。数日前までの素直になれない様子が嘘に思えるくらい、今の美海は自分に正直になれていた。
きっと、好きになることはまだ怖いかもしれない。昨日の今日でこれまでの人生を否定しようなんて、よほどの超人でもない限りは無理だ。
それでも、これは確かな一歩だ。美海は自分の足で、ちゃんと前を向いて歩いている。
・・・俺は、進んでいるだろうか。
「島波君も、今日はありがとうね」
「ああ。こっちも楽しかった。結局勝負はどっちつかずだったけどな」
「そうじゃなくて」
水瀬はやんわりと笑って、手をぶんぶんと横に振る。
「美海ちゃんを誘ってくれたこと、また私たちをつないでくれたこと」
「・・・礼はいらねえよ」
その礼は受け取りたくなかった。
結局、全ては美海の気持ちだ。それを後押しした程度の人間が感謝されるべきではない。
自分自身が進めてないのに、他人の歩みで感謝されるというのは、いささか気が悪かった。
「ただ・・・。そうだな、またこういうことをしたい」
けれど、俺はその言葉の続きをちゃんと口にした。きっと、それが前に進むことの一歩になるだろうから。
「・・・うん、そうしよう」
水瀬はにっこりと微笑んで、首を縦に振った。
それからも、話は続く。美海も水瀬の前ではありのままの自分でいられるのか、自然と口数も多くなっていた。俺はそれを、横で見守り、時々会話に参加する。この距離感が、どこか心地よかった。
そして、美海の家の中腹あたりまで来た頃、急に水瀬の足が止まった。
「ん? どうした?」
「ううん? なんでもない。行こ?」
水瀬は何でもない風を装っていた。実際、特別おかしな様子もない。
・・・少々、顔色が悪いようには見えたが。
「・・・ねえ」
ふと、美海が声を上げる。
「今日はさ、ここで解散しよ?」
「え」
「ここ、三方向に分かれるにはきっとちょうどいいから」
そう言われてみると、水瀬家、潮留家、汐鹿生に行くにはほどよく真ん中の場所まで歩いていた。ここで別れるのは、ある意味公平だ。
「俺はいいけど・・・、みんなはいいのか?」
「うん。どうせ今日が終わってもまた会えるから」
「・・・分かった。じゃあ、今日はここで解散な」
三人の意見が合致した以上、ここでごねる必要はない。俺はくるりと振り返り、二人に背を向けた。
「んじゃ、また明日な」
「うん」
「じゃあね」
そうして、各々歩き出す。音は確実に遠くなっていった。
黒く揺らめく海に飛びこんで、真っすぐ自分の家を目指していく。
心はどこか満たされている。
・・・別のどこかに、穴を穿ちながら。
キャラの印象が変わってく・・・変わってく・・・。
まあ、二年前の私が何を思って書いていたのか、なんて存じませんので。
それでは、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)