凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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この回も好きです。(当社比)
と言うわけで、本編どうぞ。


第三十四話 絶望の雨中で・・・

~千夏side~

 

 それは、一瞬だった。

 私たちが手を取り合って作り上げたおじょしさま。それがあっけなく壊されたのは、ほんの一瞬だった。

 

 なんでこうも、うまくいかないんだろう。現実は非常だ。

 

 大人は口をそろえて言う。大人には、大人の事情があると。

 でも、決して公表されることのないその事情に任せて、このカタチを壊していいんだろうか。

 

 ・・・いいはずがない。

 

 なのに、それを分かっていながら私は何も言い出せなかった。何も出来なかった。

 そんな私の思いまで背負ってか、島波君は一人で大人を全員敵に回した。私たち子供の不満を爆発させて。

 

 けれど、一方的に殴られて、蹴られて、それだけ。

 

 なんとかして止めさせたかった。こんなこと、間違ってるって。

 けど、足が竦んで動かない。震えてしまって声が出ない。私まで殴られるかもしれない。・・・そんな不安のせいで、私は動けない。

 

 それに、私を何より止めようとしたのは、紛れもない島波君本人だった。

 

 ボロボロになってるのに、平気そうな顔で私の方を見る。

 ・・・やめてよ。そんな顔されても、笑う事なんてできないよ。

 

 あちこち腫れている。呼吸も乱れて苦しそうで、足だって異様な膨らみ方をしてる。ひょっとしたら折れてるかもしれないのに、なんで・・・。

 

 やがて、海の大人の一言で島波君への暴力がやむ。その時、足音が聞こえてきた。

 島波君からアイコンタクトを受け取って、私はドアの方へ向かう。

 

 そして、そこから入ってこようとする人を止めようとした。

 けど、止めれない。

 

 だって、そこにいたのは・・・。

 

「お父さん・・・!?」

 

 

---

 

 

~遥side~

 

ドアが開く。そこにいたのは、今日ここには来れないはずの保さんだった。

 

「・・・おい、これはどういう状況だ?」

 

 乱れに乱れた部屋、殺伐とした空気、そしてボロボロになった俺を見て、保さんはそう吐いた。

 落ち着いた声音。しかし、その奥の怒気を感じないものは誰一人としていなかった。

 

「えっと、その・・・」

 

「・・・」

 

 保さんは漁協の中でも上役の立場なのだろう。会議に参加していた大人はこぞって返答に濁った。

 

「・・・やはり、任せるべきではなかったな」

 

 残念そうに保さんは呟く。そして俺の下へと歩み寄ると、腰をかがめてそっと手を伸ばした。

 

「・・・立てるか?」

 

「・・・ええ、まあ・・・。・・・っ!」

 

 アドレナリンが切れてしまったのだろう、体のあちこちが鋭い痛みを発した。特にひどいのは足で、立ち上がった瞬間張り裂けるような痛みに見舞われた。

 

 苦悶の表情をしていたのか、保さんはそれを読み取って俺に肩を貸す。

 

「・・・すまんな」

 

「いえ。・・・今はとりあえず、ここをあとにしましょう」

 

 そう、全て終わったのだ。

 ・・・今は、ここにいる意味はない。

 

 

 そして俺は保さんと共に外に出て、車に乗せられた。助手席に水瀬も乗り込む。

 間もなく車は漁協をあとにした。誰も幸せにならない絶望のみを残して。

 

 

---

 

 

「・・・何が、あった?」

 

 車は降りしきる雨を切り裂いて進む。車内の会話も暗いものだった。

 

「まず、俺たちのやってきたことの報告を、したんです。・・・そこまではよくて、雰囲気も、穏やか、とはいきませんでしたが、嫌悪でも悪くなくて」

 

「それからか」

 

「ええ・・・。陸の代表が、謝罪を、要求して・・・。それで、一触即発の危機になって・・・。・・・大人同士の殴り合いは、今後さらに対立を生む。・・・そう思って、俺は仲裁に入ったんです」

 

 果たして、あの行動を仲裁と呼べるかどうかは分からない。

 どちらかと言えば、俺自身が一方的に敵になる道を選んだのだから。

 

 ・・・多分、これからは肩身の狭い思いをするようになるだろう。覚悟はしていたが、そう考えてみるとやはり辛いものはある。

 

「・・・変われないのか、俺たちは」

 

「・・・少なくとも、今はまだ、難しいかも、しれないですね・・・」

 

 なんせ、互いが互いを知ろうとしない。妥協も、思いやりもなくて。

 互いに事情があるのは分かる。けれど、それを抱え込んだままで正義とみなして。

 

 ・・・本当に、醜い世界だ。

 

「・・・それより、本当に大丈夫か?」

 

「大丈夫、・・・って、普通なら言うんですけどね、ハハッ。・・・ちょっと、きついかもしれないです」

 

 それは決して、体の事だけではなかった。

 果てしない失望と、無力さを思い知った。涙こそ流れないにしろ、メンタルももうだいぶやられている。

 

 今だけは、前を向ける気がしなかった。

 だから、今は何も考えないことにする。

 

 今までも、辛いときはそうしてきたから。

 

 

---

 

 

 車が向かったのは病院だった。

 救急車を動員させるとことが大きくなる。それを避けたいというのが俺と保さん、双方の見解であった。

 

 けれど、この怪我は保健室で済むような怪我とは違う。かなり大きな怪我だ。

 病院内で一通りの検査を終わらせる。そして俺は診察に向かう。

 

 診察室では、まだ若手のような医者が待っていた。

 

「・・・さてと、先に自己紹介しとくか。俺は藤枝大吾ってんだ。一応、お前の担当医ってことになってる。よろしくな、島波遥」

 

「あ、はい、よろしくお願いします・・・」

 

 初対面にもかかわらずため口と言うのが凄いというものだ。まあ、どうでもいいが。

 

「さて、ここでささっと診断結果を話すのは構わんが、ちょいとお前の勘ってのを知りたくてな。・・・お前、自分の身体が今どうなってると思う?」

 

「はぁ・・・? ・・・そうですね、足は多分いってますねこれ。多分ヒビくらいで済んでるかもしれませんが。後はせいぜい打撲、内出血ってところですか?」

 

「ヒュウ。やるじゃねえか。100点満点だ。お前医者目指さないか?」

 

「とぼけないで進めてくださいよ。待ってる人もいるんですから」

 

「はいはい。・・・外傷は今言った通りだ。主立ってるのは足。ヒビとは言ったけどまだ軽い方だな。つって、当分はギブス固定してた方がいいけどな」

 

 混じりけのない表情で先生が話す。俺はただ唾を飲んでそれを聞くだけだった。

 

「期間は、どれくらいになりますか?」

 

「最低一週間。外せねえ用事があるなら、無理することも構わねえが、その分のリターンは・・・分かってるよな?」

 

 要約すれば、無理した時の保証は出来ない、という事だった。

 それでも、その程度で済んだだけマシと言える。ぽっきりいかれてたら、いよいよどうもできない。

 

「杖は貸し出す。使わずに歩けるくらいになったらもう取っていいが。あとは鎮痛剤でも適当に出すから、痛けりゃ飲んどけってくらいだ」

 

「そうですか」

 

「あと一つ。・・・固定している期間は海に帰れないから、注意しておけ」

 

「っ・・・。分かりました」

 

 非情で、残酷な宣告。

 それを受け入れなければならないのが、何よりも苦痛だった。

 

 どんどん、居場所がなくなっていく・・・。

 

 

---

 

 

 

 外に出ると、水瀬と保さんが待っていた。

 

「・・・確認するが、診断結果はどうだった?」

 

「あちこちに打撲、内出血、それと足にヒビ、らしいです。軽いのが幸い、だそうです。顔も目立った傷があるわけでもありませんし」

 

「そうか・・・」

 

 保さんはそれ以上何も言えなかったようで、そのまま黙り込んだ。水瀬はさっきからずっと俯いたまま動かない。

 

 と思いきや、水瀬はバッと顔を上げた。目にいっぱいの涙をため、心の底から叫ぶ。

 

「バカじゃないの!? あんな無謀なことをして、自分だけ傷ついてそれでいいって終わらせようとして!」

 

「っ! お前な・・・」

 

「違うでしょ!? あんなことをしても、誰も幸せにはなれない! 島波君が傷ついて喜ぶ人なんて、いないのに・・・! 私が、私たちが望んだのは、あんな姿じゃないよ!!」

 

「だったらっ・・・! だったらどうすればよかったんだよ!!!」

 

 例にもなく、俺は怒鳴る。昂った感情が抑えきれない。

 けれど、それはどんどんしおれた声に変わっていった。

 

「・・・ほかに、どうすればよかったって言うんだよ・・・! ただの話し合いがダメなら暴力で解決しようとする連中をあのままにしてちゃ、今頃もっと・・・ひどくなる可能性だってあった。・・・なのに、どうしろって言うんだよ」

 

 ああ、俺は、また間違えてしまった。

 己が良かれと思って行った、独善的な行為で、全てが拗れてしまった。

 

「何のために私たちがいたか、考えてよ・・・。黙ってみてるだけなんて、そんなの・・・」

 

 水瀬はそれっきり何も発さなくなった。ただ気まずさだけが場に残る。

 

 代わりに口を開いたのは保さんだった。

 

「遥くん、これからどうするんだ? ・・・少なくとも海に帰るという事はできないだろう?」

 

「・・・そうですね。ドクターストップもかけられてますし」

 

 何より、どんな顔をして海に帰ればいいか分からない。

 だんだんと、近づいたはずの距離が遠のいていく感覚に見舞われた。

 

「ふむ、そうか・・・。なら」

 

 保さんは真正面から俺の顔を覗きこんで、ある提案を行った。

 

 

「当分の間、うちに泊まらないか?」

 

 

 

 

 

 

 




ここで大きな仕様変更があるとすれば、この回で藤枝大吾先生を初登場させたことですね。
前作では名前をぼかしたうえで、中盤で初登場させたのですが、同一人物なら早いところ出した方がいいでしょうという事です。

と言ったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。


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