凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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結構大変なことしてると思うよ・・・。
本編どうぞ。


第三十七話 今はまだ弱くても

~遥side~

 

 アパートで一同が合流してから、30分ほどが経った。

 ずっとここにいるわけにもいかないので、俺はそろそろ帰ろと、立ち上がろうとした。

 しかし、ちょいちょいと俺を手招きするのが見えた。美海だ。

 

「・・・ねぇ遥。ちょっと話があるんだけど・・・二人、誤魔化せる?」

 

 俺は特別何をいう事もなく、美海と一度目を合わせてうんと頷いた。それから、俺は白々しく話を切り出した。

 

「すいません、ちょっと外の空気吸ってきます」

 

「あ、私も」

 

 俺の切り出しに乗せるように美海も反応する。至さんは一度穏やかな表情で頷いた。

 

「いいんだけど、こんな時間だし、あまり遠くに行かないようにね。外は寒いし。あとそれと、水瀬さんに電話、かけておいたほうがいいかな?」

 

「そうしてもらえると助かります」

 

「じゃ、行っておいで」

 

 至さんは何も深く考えることなく、俺と美海を送り出した。

 

 

---

 

 もうすっかり夜になってしまったのもあり、アパートの外は少々肌寒いほどになっていた。先ほどまで降っていた雨が残した寒さが、風に混ざって吹いているのかもしれない。

 

 美海は外に出てからというもの、遠目に見える海をぼんやり眺めていた。そして、おもむろに口を開く。

 

「・・・あかちゃん、反対されてるって」

 

「・・・ああ。好きとか嫌いとか、そういうのじゃないんだ。でも、海の人間は海の未来を思って、あかりさんに出ていってほしくない」

 

「私も、反対してた。・・・でも、今は違う。・・・違うのに」

 

 きっと、美海は自分の感情をうまくまとめることが出来ずにいるのだろう。だからこうして、整理のつかない感情だけが暴れている。

 その気持ちは痛いほど伝わる。

 

「・・・その気持ちを、表現するのは難しいよな。俺だってそうなんだ。・・・面と向かって、『好き』だなんて言えないし、・・・それに俺は」

 

 その気持ちがもう、分からない。

 

「遥?」

 

「なんでもない。・・・なあ、美海。だったらさ、言葉にしなくてもいいんじゃないか?」

 

「え?」

 

 好きの気持ちから逃げて、分からなくなってしまった俺の考えなんて浅はかなものだ。

 けれど、そんな俺だけど、俺なりに美海の力になってやりたい。だから、精一杯の考えを伝える。

 

「気持ちを込めた何か、贈り物なんてどうだ? ・・・美海からのプレゼント、あかりさんが喜ばないはずなんてないぞ」

 

「そう、かな?」

 

「ああ。俺も手伝うからさ。・・・一緒に頑張ってみよう」

 

「・・・なるほど、そっか」

 

 美海の中で合点がいったようで、何度かうんうんと頷いた。

 

「だったら遥、明日でいいかな?」

 

「えらく急だな・・・。・・・でも、急いだほうがいいのかもしれないな。分かった、どうにかしてみる」

 

 とはいうものの、この足だ。最悪ストップもされかねない。

 ・・・けど、ここは男の意地というものがある。お願いされて、引き下がりたくはない。

 

 

「それじゃ、部屋もどろっか」

 

 先に部屋に入っていく美海。それからしばらくして、俺も部屋へと戻った。

 部屋へ戻るなり、あかりさんがちょいちょいと俺を手招きした。

 

「あ、遥くん。そろそろだと思うから、これ」

 

 そう言われて、あかりさんに籠を渡される。その中には俺の荷物がまとまっていた。渡す、ということは、そろそろ帰宅のタイミングなのだろうか。

 窓の外を見てみると、保さんの車が止まっていた。どうやら、ベストタイミングという事らしい。

 

「それじゃ、俺、今日は帰ります」

 

「うん。また」

 

 一同の視線を受けながら部屋の外へ出る。

 保さんは車にもたれかかった状態で待っていた。

 

「・・・帰るか?」

 

「お願いします」

 

 そして、車はもう一度、先ほどよりも深まった暗闇を切り裂いて家路を往った。

 

 

---

 

 

 水瀬家に帰って、俺は作りおかれていた夕飯を口にした。

 曰く、夏帆さんのもの、らしいが、悔しいほどにクオリティは高かった。なんて言ったら本人は調子に乗りそうなので、あえて何も言わないが。

 

 そうして夕食を終えたころ、のそっとリビングに保さんが現れた。その視線は俺になく、窓の外の方を見ていた。

 それが何を意味するのか、俺はもう知っていた。

 

「・・・保さん、行きますか? 縁側」

 

「お、おう・・・。そう言おうとしたんだが・・・分かったのか?」

 

「もう何度もお邪魔になったわけですし」

 

 

---

 

 

 水瀬家に頻繁に訪れるようになってからは、こうして保さんと縁側に座って二人で話すことも増えた。

 この人と交わす会話は、どことなく楽しい。

 

 俺よりも長い間生きている人の、俺よりももっと深いことを知っている人の話。それを聞くたびに、俺の見識は広がっていく。

 

 何でもない仕事の愚痴が、ありふれた家族との惚気話が、俺を育ててくれる。

 この人は、本当に親のようで・・・。

 

「・・・何回も言うが、今日はすまなかった」

 

「保さん・・・」

 

「拒否されるのは分かってる。・・・それでもこれは、大人の意地なんだ。・・・子供に背負わせて、諭されて、それすらも認めない。・・・恥ずかしいなんてものじゃない。やはり、俺が会議に出れていれば・・・」

 

「無理言わないでくださいよ・・・。保さん、大事な用事があったんでしょう? それを外してまでなんてこと、無理ですよ」

 

「分かってるが・・・」

 

 保さんの表情は、終始険しいままだ。きっと、俺の怪我のことについて相当負い目を感じているのだろう。

 

 ・・・こんなの、俺の自業自得だっていうのに。

 

「それに、あれは海の人間の過失もあります。一概に陸の方だけに責任を持っていかれちゃたまりませんよ」

 

「けど、だからといってこのままにしておくわけにもいかんだろう」

 

 それはそうだ。両方分かり合えない。それでおしまい、というわけにはいかない。

 そんなことをしたら、本当に海は、世界は。

 

「でも、今回の一件で分かったこともあるんですよ。・・・海も陸も、互いに手を取り合おうとしている人間がちゃんといる。自分の頭で考えて、答えを持っている人が」

 

 それは、今はまだ小さな欠片なのかもしれない。

 けれど、繋ぎ合わせて大きくできることを、俺たちは知ったから。

 

「自分一人でできることなんて限られます。・・・だったら、あるだけの力をつなぎ合わせればいい。だから保さん。・・・もし、自分が悪いと思うのなら、どうか諦めないでください。・・・これで終わりじゃないです」

 

「分かった。最大限善処する」

 

 保さんはそれ以上考えるのは野暮だと分かったのか、一度深く頷いて息を吐いた。

 

「・・・君には、教えられてばかりだな」

 

「そんなの、俺の方が、ですよ」

 

 父親みたいな優しさを持つこの人に、俺はたくさんのことを教えられた気がする。

 

 俺は、この人に、夏帆さんに、自分の両親のことをまだ伝えていない。

 もちろん、全部、というわけじゃない。けれど、二人がいないことを『訳あり』という言葉ではぐらかしてきた。

 

 一人でいることの説明はついていた。

 けど今は、この人に全てを打ち明けたい。そう思えた。

 

 だから・・・。

 

「・・・保さん。聞いてくれますか? 俺の話」

 

「構わんが・・・。・・・それは、両親のこと、かね?」

 

「・・・はい」

 

「聞こう。・・・一応、少しは知っているところもあるが、遥くんの口から聞けるのなら、そっちのほうがいい」

 

 話を始める前に、俺は一つ大きく呼吸をした。

 そうは言っても、自分の傷跡を上からなぞる行為だ。少しは抵抗がある。

 

 その痛みを飲み込んで、俺はゆっくりと話し始めた。

 

「・・・俺の両親は、もう死んでいるんです」

 

「・・・ああ。なんとなく、察してはいたが、やはりそうか」

 

「数年前、陸で人殺しがあったの、覚えていますか?」

 

「ああ。帰り際の話だったからな」

 

「あれが、俺の両親なんです。・・・父さんが、母さんを刺して、そのまま父さんも別の場所で自殺してて」

 

 今でもあの光景を鮮明に思い出せる。忘れたい痛みは、簡単には消えてくれなかった。

 

「なんでそんなことが起こったか、俺は分からないんです。・・・父さんが残した手紙にも、そんなことは書いてなくて」

 

「そんな状態で、遥くんはここまで生きてきたんだな」

 

「・・・俺一人で生きるなんて、無理でしたよ。たくさんの人に助けられて、ここまで来ました。・・・でも」

 

 言葉を並べていくごとに、自分の感情がどんどんぐちゃぐちゃになっていくのが分かった。

 悲しみも、親愛も、憂いも、喜びも、全てが混ざって、今の自分が何色を映し出しているのか分からない。

 

 俺という人間は、それほどまでに壊れてしまっていた。

 たくさんの人に、助けられたというのに。

 

「潮留の、奥さんのことか」

 

「・・・はい」

 

 あの人のせいで俺が壊れた、なんてことは言わない。言わせない。

 きっと俺は、壊れるべくして壊れた。俺が弱いから、こうなった。

 

「何も知らない立場の俺が、こんなことを言うのもどうかと思うがな・・・。けど、言わせてほしい。・・・頑張ったんだな」

 

 その言葉で、俺の心で暴れていた得体のしれない感情はどこかに消え去った。

 同情でない、ただ包み込むような、優しい肯定の言葉。

 

 だけど、その言葉だけで、俺はどこか救われた気になった。

 

「・・・保さん、ありがとうございます」

 

「例なんていらん。・・・ただ、これからもこうして話を聞いてくれれば、俺はそれだけでいい」

 

 少々照れ臭そうに保さんは鼻を掻く。その横顔はどこか頼りあるものだった。

 

 ・・・好きになれば、また失うかもしれない。

 それでも今は、俺はこの人のもとにいたい。そう思えた。

 

「保さん」

 

「なんだ?」

 

「話は変わるんですけど・・・、明日、街へ行っていいですか?」

 

「えらく急だな・・・。・・・本来ならダメだと言うべきなんだろうが、遥くんのことだ。事情なしには言わんだろう。・・・分かった。ただ、怪我をしてることは忘れるなよ」

 

「はい」

 

 

 今の俺は、変われているだろうか。

 なんて問いをぶつけたところで、誰も分かるはずなんてない。

 

 だから今は、目いっぱい生きよう。

 好きになる感情が、まだ分からなくても。

 

 きっと、進み続ける今に、間違いなんてないから。

 

 

 

 

 

 




今作、結構遥の人間性が変わってきているような、そうでないような・・・。
まあ、グダグダなのはいつもの事です。
それでも日進月歩、小さな歩幅で少しずつ。

それでは、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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