凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
本編どうぞ。
~遥side~
アパートで一同が合流してから、30分ほどが経った。
ずっとここにいるわけにもいかないので、俺はそろそろ帰ろと、立ち上がろうとした。
しかし、ちょいちょいと俺を手招きするのが見えた。美海だ。
「・・・ねぇ遥。ちょっと話があるんだけど・・・二人、誤魔化せる?」
俺は特別何をいう事もなく、美海と一度目を合わせてうんと頷いた。それから、俺は白々しく話を切り出した。
「すいません、ちょっと外の空気吸ってきます」
「あ、私も」
俺の切り出しに乗せるように美海も反応する。至さんは一度穏やかな表情で頷いた。
「いいんだけど、こんな時間だし、あまり遠くに行かないようにね。外は寒いし。あとそれと、水瀬さんに電話、かけておいたほうがいいかな?」
「そうしてもらえると助かります」
「じゃ、行っておいで」
至さんは何も深く考えることなく、俺と美海を送り出した。
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もうすっかり夜になってしまったのもあり、アパートの外は少々肌寒いほどになっていた。先ほどまで降っていた雨が残した寒さが、風に混ざって吹いているのかもしれない。
美海は外に出てからというもの、遠目に見える海をぼんやり眺めていた。そして、おもむろに口を開く。
「・・・あかちゃん、反対されてるって」
「・・・ああ。好きとか嫌いとか、そういうのじゃないんだ。でも、海の人間は海の未来を思って、あかりさんに出ていってほしくない」
「私も、反対してた。・・・でも、今は違う。・・・違うのに」
きっと、美海は自分の感情をうまくまとめることが出来ずにいるのだろう。だからこうして、整理のつかない感情だけが暴れている。
その気持ちは痛いほど伝わる。
「・・・その気持ちを、表現するのは難しいよな。俺だってそうなんだ。・・・面と向かって、『好き』だなんて言えないし、・・・それに俺は」
その気持ちがもう、分からない。
「遥?」
「なんでもない。・・・なあ、美海。だったらさ、言葉にしなくてもいいんじゃないか?」
「え?」
好きの気持ちから逃げて、分からなくなってしまった俺の考えなんて浅はかなものだ。
けれど、そんな俺だけど、俺なりに美海の力になってやりたい。だから、精一杯の考えを伝える。
「気持ちを込めた何か、贈り物なんてどうだ? ・・・美海からのプレゼント、あかりさんが喜ばないはずなんてないぞ」
「そう、かな?」
「ああ。俺も手伝うからさ。・・・一緒に頑張ってみよう」
「・・・なるほど、そっか」
美海の中で合点がいったようで、何度かうんうんと頷いた。
「だったら遥、明日でいいかな?」
「えらく急だな・・・。・・・でも、急いだほうがいいのかもしれないな。分かった、どうにかしてみる」
とはいうものの、この足だ。最悪ストップもされかねない。
・・・けど、ここは男の意地というものがある。お願いされて、引き下がりたくはない。
「それじゃ、部屋もどろっか」
先に部屋に入っていく美海。それからしばらくして、俺も部屋へと戻った。
部屋へ戻るなり、あかりさんがちょいちょいと俺を手招きした。
「あ、遥くん。そろそろだと思うから、これ」
そう言われて、あかりさんに籠を渡される。その中には俺の荷物がまとまっていた。渡す、ということは、そろそろ帰宅のタイミングなのだろうか。
窓の外を見てみると、保さんの車が止まっていた。どうやら、ベストタイミングという事らしい。
「それじゃ、俺、今日は帰ります」
「うん。また」
一同の視線を受けながら部屋の外へ出る。
保さんは車にもたれかかった状態で待っていた。
「・・・帰るか?」
「お願いします」
そして、車はもう一度、先ほどよりも深まった暗闇を切り裂いて家路を往った。
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水瀬家に帰って、俺は作りおかれていた夕飯を口にした。
曰く、夏帆さんのもの、らしいが、悔しいほどにクオリティは高かった。なんて言ったら本人は調子に乗りそうなので、あえて何も言わないが。
そうして夕食を終えたころ、のそっとリビングに保さんが現れた。その視線は俺になく、窓の外の方を見ていた。
それが何を意味するのか、俺はもう知っていた。
「・・・保さん、行きますか? 縁側」
「お、おう・・・。そう言おうとしたんだが・・・分かったのか?」
「もう何度もお邪魔になったわけですし」
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水瀬家に頻繁に訪れるようになってからは、こうして保さんと縁側に座って二人で話すことも増えた。
この人と交わす会話は、どことなく楽しい。
俺よりも長い間生きている人の、俺よりももっと深いことを知っている人の話。それを聞くたびに、俺の見識は広がっていく。
何でもない仕事の愚痴が、ありふれた家族との惚気話が、俺を育ててくれる。
この人は、本当に親のようで・・・。
「・・・何回も言うが、今日はすまなかった」
「保さん・・・」
「拒否されるのは分かってる。・・・それでもこれは、大人の意地なんだ。・・・子供に背負わせて、諭されて、それすらも認めない。・・・恥ずかしいなんてものじゃない。やはり、俺が会議に出れていれば・・・」
「無理言わないでくださいよ・・・。保さん、大事な用事があったんでしょう? それを外してまでなんてこと、無理ですよ」
「分かってるが・・・」
保さんの表情は、終始険しいままだ。きっと、俺の怪我のことについて相当負い目を感じているのだろう。
・・・こんなの、俺の自業自得だっていうのに。
「それに、あれは海の人間の過失もあります。一概に陸の方だけに責任を持っていかれちゃたまりませんよ」
「けど、だからといってこのままにしておくわけにもいかんだろう」
それはそうだ。両方分かり合えない。それでおしまい、というわけにはいかない。
そんなことをしたら、本当に海は、世界は。
「でも、今回の一件で分かったこともあるんですよ。・・・海も陸も、互いに手を取り合おうとしている人間がちゃんといる。自分の頭で考えて、答えを持っている人が」
それは、今はまだ小さな欠片なのかもしれない。
けれど、繋ぎ合わせて大きくできることを、俺たちは知ったから。
「自分一人でできることなんて限られます。・・・だったら、あるだけの力をつなぎ合わせればいい。だから保さん。・・・もし、自分が悪いと思うのなら、どうか諦めないでください。・・・これで終わりじゃないです」
「分かった。最大限善処する」
保さんはそれ以上考えるのは野暮だと分かったのか、一度深く頷いて息を吐いた。
「・・・君には、教えられてばかりだな」
「そんなの、俺の方が、ですよ」
父親みたいな優しさを持つこの人に、俺はたくさんのことを教えられた気がする。
俺は、この人に、夏帆さんに、自分の両親のことをまだ伝えていない。
もちろん、全部、というわけじゃない。けれど、二人がいないことを『訳あり』という言葉ではぐらかしてきた。
一人でいることの説明はついていた。
けど今は、この人に全てを打ち明けたい。そう思えた。
だから・・・。
「・・・保さん。聞いてくれますか? 俺の話」
「構わんが・・・。・・・それは、両親のこと、かね?」
「・・・はい」
「聞こう。・・・一応、少しは知っているところもあるが、遥くんの口から聞けるのなら、そっちのほうがいい」
話を始める前に、俺は一つ大きく呼吸をした。
そうは言っても、自分の傷跡を上からなぞる行為だ。少しは抵抗がある。
その痛みを飲み込んで、俺はゆっくりと話し始めた。
「・・・俺の両親は、もう死んでいるんです」
「・・・ああ。なんとなく、察してはいたが、やはりそうか」
「数年前、陸で人殺しがあったの、覚えていますか?」
「ああ。帰り際の話だったからな」
「あれが、俺の両親なんです。・・・父さんが、母さんを刺して、そのまま父さんも別の場所で自殺してて」
今でもあの光景を鮮明に思い出せる。忘れたい痛みは、簡単には消えてくれなかった。
「なんでそんなことが起こったか、俺は分からないんです。・・・父さんが残した手紙にも、そんなことは書いてなくて」
「そんな状態で、遥くんはここまで生きてきたんだな」
「・・・俺一人で生きるなんて、無理でしたよ。たくさんの人に助けられて、ここまで来ました。・・・でも」
言葉を並べていくごとに、自分の感情がどんどんぐちゃぐちゃになっていくのが分かった。
悲しみも、親愛も、憂いも、喜びも、全てが混ざって、今の自分が何色を映し出しているのか分からない。
俺という人間は、それほどまでに壊れてしまっていた。
たくさんの人に、助けられたというのに。
「潮留の、奥さんのことか」
「・・・はい」
あの人のせいで俺が壊れた、なんてことは言わない。言わせない。
きっと俺は、壊れるべくして壊れた。俺が弱いから、こうなった。
「何も知らない立場の俺が、こんなことを言うのもどうかと思うがな・・・。けど、言わせてほしい。・・・頑張ったんだな」
その言葉で、俺の心で暴れていた得体のしれない感情はどこかに消え去った。
同情でない、ただ包み込むような、優しい肯定の言葉。
だけど、その言葉だけで、俺はどこか救われた気になった。
「・・・保さん、ありがとうございます」
「例なんていらん。・・・ただ、これからもこうして話を聞いてくれれば、俺はそれだけでいい」
少々照れ臭そうに保さんは鼻を掻く。その横顔はどこか頼りあるものだった。
・・・好きになれば、また失うかもしれない。
それでも今は、俺はこの人のもとにいたい。そう思えた。
「保さん」
「なんだ?」
「話は変わるんですけど・・・、明日、街へ行っていいですか?」
「えらく急だな・・・。・・・本来ならダメだと言うべきなんだろうが、遥くんのことだ。事情なしには言わんだろう。・・・分かった。ただ、怪我をしてることは忘れるなよ」
「はい」
今の俺は、変われているだろうか。
なんて問いをぶつけたところで、誰も分かるはずなんてない。
だから今は、目いっぱい生きよう。
好きになる感情が、まだ分からなくても。
きっと、進み続ける今に、間違いなんてないから。
今作、結構遥の人間性が変わってきているような、そうでないような・・・。
まあ、グダグダなのはいつもの事です。
それでも日進月歩、小さな歩幅で少しずつ。
それでは、今回はこの辺で。
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また会おうね(定期)