凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
前置きはどうでもいい? それでは本編どうぞ
~遥side~
午前9:00。
『見知らぬ天井』なんてのはよく言ったものだ。実際、俺の視界に映っている天井は全く知らないところだった。
「・・・」
その沈黙のまま天井を見上げる。
「あっ、起きた」
「うわっ!?」
すると視界にひょこっと顔が出てきた。あまりのことに俺は驚くしかなかった。
というか、驚かない方がおかしい。
「こーら、美海、つつかないの。・・・と、おはよう、遥くん。大丈夫?」
「えっ・・・。・・・大丈夫、じゃないですね」
少なくとも大丈夫なんて言えなかった。
口を閉じるとまた昨日のことを思い出してしまう。目の前の人間が誰か、ここがどこか、なんてことより先に、昨日の光景をフラッシュバックしてしまう。
起きてからこのループだ。吐き気が止まらない。
その様子を伺いながら、女性が近づいてくる。
「・・・さてと。遥くん、いろいろ整理が追い付いてないかもしれないけど、話せる範囲で、話してもらっていいかな?」
「はい・・・。あ、ただ・・・」
きっと、昨日道のどこかで倒れていた俺を助けてくれたのはこの人だ。まずは、その恩に報いたい。
「昨日は、ありがとうございました・・・。助けて、くれたんですよね」
俺がそれを望んでいたのかは分からない。
けど生きてるなら、礼は当然だと思った。
「うん、私は大丈夫だから。・・・それにね、私も昔、海の人間だったから」
優しく語り掛ける声。そして、最後の一言はどこか救われたような気がした。
海から出た人間・・・。境遇は俺の両親と一緒だった。
だったら・・・何かわかるのかもしれない。
「あと・・・名前、教えてもらっていいですか?」
「え? ああ、ごめん! 私は潮留みをり。そして、そこにいるのが美海ね」
部屋の端でちょこんと座っている女の子を指さして言う。
「潮留、美海です・・・」
「えっと、島波遥です」
「「「・・・」」」
場に再び沈黙が走る。
とりあえず、俺は知りたくもない現実を知る必要があった。だから、こみ上げてくる吐き気を押し込めて、みをりさんに問う。
「・・・それで、聞きたいことは何ですか?」
「うん。・・・結構あるよ」
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始まって30分くらいたった頃だろうか。ようやく質問がやんだ。
どうやら一通り聞きたいことを聞き終わったようだ。
どのように返したかは覚えていないが、言葉に身が入っていなかったことだけは覚えている。
「・・・聞きたいことはこれくらいかな。あっ、そうだ」
「どうか・・・しましたか?」
「遥くん、まだ朝ご飯食べてないよね。よかったらうちで食べていかない?」
「そんなこと・・・。・・・いいん、ですか?」
正直、そこまでお世話になるつもりはなかった。けれど、戻ってどうにかできるわけもなければ、昨晩からの空腹も相まって拒むことが出来なかった。
「うん、いいよ」
暖かい笑顔を向けられたものなので、それに甘えることにした。
「・・・よろしく、お願いします」
先だったみをりさんを追って、俺もテーブルの方へ向かった。
その道中、つんつんと俺は後ろからつつかれる。
「ねえ」
「どうした? えと・・・美海、だっけか」
「うん、美海。・・・ねえ、遥は今、悲しいの?」
「・・・」
唐突に呼び捨てで呼ばれたことはどうでもよかったが、その言葉は確実に俺の胸を貫いたような気がした。
しかし、俺の返答を待つ間もなく、美海はひとりで先に自分の答えを述べた。
「私は嬉しいよ。だって、遥が来てくれたんだから」
その言葉にはっと息を飲んだ。改めて覗き込む美海の瞳は、ゆっくりと動き出した波のようだった。まるで、これまで凪いでいたかのように。
すぐにみをりさんが美海を呼びつけ、軽く説教を行う。けれど、さっきの一言はどこか嫌に思えなかった。
むしろ、ありがたかったような気もしていた。まるでそれは、閉じかけた扉が開き、光が差し込むようで・・・。
その時、みをりさんの声がして、俺はようやく自分の世界から帰ってきた。
「っと、お待たせ遥くん。質素だけどごめんね?」
出来上がった朝食が運ばれてくる。
目の前に並んでいたのはご飯と磯汁と焼き鮭だった。どこが質素なのだろうか。
いただけることでさえありがたい話なのに、ここまでしてもらえるなんて、今にも涙が出そうだった。
「いえ、とんでもないです。・・・いただきます」
そう言うなり鮭に箸を入れ、ご飯と共に口の中へ運ぶ。
あふれ出したのは感想ではなく、涙だった。
「えっ!? 大丈夫!? 口に合わなかった・・・?」
「違います・・・。違うんです・・・!」
必死に否定の言葉を紡ぎだす。
出された料理の味に文句など言えるはずなかった。
だってそれは、俺がいつか食べていた母親の味に近いものだったから。
「母さんが・・・最後に作ってくれた料理と・・・同じような感じがして・・・。同じくらい・・・暖かくて・・・。もう、こんなことないだろうって・・・諦めてたのに・・・!」
別にあかりさんの料理がまずいなどと言ってるわけではない。あれも美味しいのだが、『母親の味』を感じたのはずいぶんと久しぶりの事だった。
「そう、それならよかった」
みをりさんが安堵の息を零す。
それと同じくして、美海がまた俺の服を掴んできた。
「遥は、悲しいの?」
泣いていることを心配に思っての事だろう。美海は先ほどと同じ言葉を聞いてきた。
でも、これはそうじゃない。少なくとも、悲しい涙じゃないから。
それを伝える。
「ううん。・・・今は、少し嬉しい、のかな」
素直になれないけれど、言えるだけのことは言えた。
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~みをりside~
遥くんを家へ運んでから一日。
翌朝になってようやく、遥くんは目覚めた。
正直、気乗りはしなかった。当然、うちに遥くんを上げることが、ではなくて、遥くんに何があったかを言ってもらうことが。
きっと本人には辛い事だろう。最悪聞けないかもしれないと腹をくくっていたが、遥くんは苦い顔をしながらも自分の身に何があったのかを教えてくれた。
ご飯を誘ったら、yesの返答が帰ってきた。
否定されなかったことを内心喜びつつ、私は出せるだけの料理を遥くんに出すことにした。
その途中、美海の声が聞こえた。
「遥は今、悲しいの?」
本当なら、すぐに怒って止めるべきだった。けど、それと同時に遥くんの本心も知りたかった私はそうすることが出来なかった。
そのうち、遥くんの返信を待たずに、美海が答える。
「私は嬉しいよ。だって、遥が来てくれたんだから」
ますます、怒るに怒れなくなった。
美海も美海で、友だちが体調を崩して遊びにこなくなってからは、ずっと一人で寂しそうにしていたから。
だから、遥くんが来てくれたことが嬉しかったのだろう。
「美海。こっちおいで」
怒ろうとしていた自分を抑え込み、美海を私の足元へ呼んだ。そして、頭を一度ポンと撫でる。
「・・・遥くん、悲しんでるかもしれないからね。・・・あんまり、押し付けちゃだめよ?」
「うん・・・」
怒られるのかもしれないと身構えていた美海は肩を震わせていたが、私の発言に安心したのか小さくはいと返事して頷いた。
そして、料理が終わるなり遥くんの元へ運ぶ。
遥くんは、それを一口食べるなり、急に泣き出した。
「えっ!? 大丈夫!? 口に合わなかった・・・?」
あれだけ強気に誘っておいて下手なことをしたら、いよいよ恥ずかしくて仕方がない。
けれど、遥くんの回答は違った。
「母さんが・・・最後に作ってくれた料理と・・・同じような感じがして・・・。同じくらい・・・暖かくて・・・。もう、こんなことないだろうって・・・諦めてたのに・・・!」
遥くんはいつかの、母親の味に浸っていた。そして、それを思い出して泣いていた。
・・・だったら、私の味は、『母親の味』になってるのかな。
美海の母親としてはや数年。そうであれば嬉しいなと思う。
いろんな意味の籠った、安堵の息を漏らす。
「そう、それならよかった」
それと同時に、懲りずに美海がもう一度遥くんに問った。
「遥は、悲しいの?」
「ううん。・・・今は、少し嬉しい、のかな」
今度の答えはさっきよりはっきりと、力強く帰ってきた。
それからというもの、遥くんはあっという間に食事を終えてしまった。作った者としては、気に召していただけたようでなによりだけど。
そして、私に顔を向ける。その表情は、これまでより幾分か余裕を孕んでいた。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ、お粗末様でした」
互いにぺこりと一礼。
・・・さて。
楽しい時間は終わり。いつまでもこうしているわけにもいかず、いろいろと決めなければならなかった。
これからの遥くんの事。葬式とか、家の事とか、とても一人で抱えきれる年齢じゃない。
でも、そんな建前上の考えとは別に、私は自分の欲を言い放った。
「ねえ、遥くん。もしよかったらだけど、これからもうちに遊びに来てくれるかしら?」
その提案に驚いたのか遥くんは目を丸くしたが、少し黙って
「はい」
と、そう言い切ってくれたのだった。
思ったよりセリフを改変していることが驚きです。
ただ、前作は地の文が少なすぎたのではないかと思うところがありまして、今回はそちらに重点を当てています。
作品をリスペクトしてない、という感想が来ましたが、それについては否定させていただきます。
作品はリスペクトしています。最大限の敬意を払っています。
それでも世界観が変わったり等は二次創作では当たり前のことだと思っているので、こればかりは譲れません。
どうかお許しくださいませ。
また会おうね(定期)