凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
それでは、本編どうぞ。
第五十五話 絶望の始まり
~遥side~
暗く寂しい世界の中に、俺はいた。
遠くから、何度も何度も俺の名を呼ぶ声が聞こえる。
そっちに向かって歩こうとするが、力が入らない。
やけになって手を伸ばそうとしてみるが、全く届く気配もない。
俺は、それでも、と諦めようとしなかった。
そうして俺は・・・
今、目を覚ました。
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「よう、目を覚ましたか。・・・ずいぶんと、長い眠りだったな。・・・よく帰ってきた」
だんだんと視界が開けていく。そこには、前にも見たような白衣の先生がいた。真上から、俺の顔を覗き込んでいる。
「あな・・・たは、確か・・・藤枝先生」
「おう、そうだ。藤枝大吾。改めて、お前の担当医になった。よろしくな」
ゆっくりと身体を起こして、周りを見回す。
当然のことながら、ここは病院だった。薬品臭い部屋の匂いが、微かに俺の鼻腔を突く。
そして、更に体を起こそうとする。
その時、君の悪い違和感にようやく気が付いた。
体が、軽い。まるでバランスが取れない。それはまるで、何かが欠けているようで・・・。
あの日、確か俺は・・・。
俺の表情が変わったことで、俺が異変に気が付いたことを悟ったのか、先生は先に説明を始めた。
「・・・そりゃ気が付くよな。『片足がない』なんて」
「・・・」
「お前の左足は、完全に壊れていた。最初に出来た傷、膝が砕けただけならまだよかったが・・・、足先からひざに至るまで、完全に土砂、岩石に押しつぶされていた。ペシャンコなんてもんじゃない」
残念そうな声で語る先生の方を俺は向こうとする。
そしてその時、また気が付いてしまった。
先生の顔が、見えないのだ。ぼーっとぼやけて、その表情が見えてこない。
つまり、目も・・・。
「あと、膝だけじゃなくて目もそうだ。両目の損傷、主に右目の視力が大幅に低下している。詳しい検査はこれからだろうが、多分もう0.1も見えてないはずだ。・・・土砂で、目を傷つけちまってる」
「そう、ですか・・・」
とはいえ、どこか安堵している自分がいた。
視力も落ち、足もなくなったけど、生きているし、まだ想いを伝えるだけの声がある。
なら、俺はまだ・・・!
・・・?
そこで、気が付いた。・・・俺は、何日眠っていたのか知らないと。
ゾクリと背中に悪寒が走る。それは、病院の仄かに肌に障る冷たい風のせいかもしれないけど。
恐る恐る、先生に問いかけてみる。
「先生・・・俺が運ばれて、何日たちました?」
「・・・何日どころじゃねえよ。お前は、一週間生死の間を彷徨ってたんだからよ」
一週間。
その数字を聞いただけで、俺の絶望は形となって現れた。
体中から冷や汗が噴き出して止まらない。今すぐそこのカーテンを開けて海を見たかったが、目もぼやけて足も動かずに、一体何が出来ることがあるだろうか。
それでも、動く。
俺は、やらなければならない。見届けなければならない。
海は、どうなった?
「おいバカ動くな! 怪我がひどくなったらどうすんだ!」
「海を見に行かないと・・・結果を見届けないと・・・」
「今のお前に何ができるっていうんだ! 目を覚ませ馬鹿野郎!」
藤枝先生は、使命に駆られて無感情に動く俺の胸倉をつかみ、強引にベッドの方へと押し戻した。
そこで、俺はようやく自我を取り戻す。
先生は、どこか気まずそうな雰囲気を漂わせていた。
「・・・何のために医者がいるか、少しは考えろ」
「分かってます・・・、けど」
「口答えはなし。・・・大体、その目で何を見ようってんだ」
「あ・・・」
そうだ。今の俺の眼は、なにも捉えることが出来ない。
ただぼんやりと、白い天井のようなものを映しているだけ。
こんな状況で、何ができる。
「・・・ちったぁ、頭冷えたか」
「はい」
「んじゃ、ちょっと待ってろ」
そう言うと先生は一度奥の方へ下がった。何かを探しているようだ。
やがて戻ってくると、俺に何かを手渡した。
「眼鏡だ。急な代替措置だけど、それでも何も見えないよりははるかにましなはずだ」
その眼鏡を受け取って、俺は自分の耳にかけてみる。
多少度が合わないためか、頭がキーンと痛んだが、それでもさっきよりはくっきりと見えるようになり、視界が広がった。
そこで、足がないことを再確認できた。
「・・・本当に、無くなったんですね。俺の足」
「仕方がない。・・・言い方が悪いが、生きているだけ奇跡なんだよ、お前は」
ひどく空っぽになった今の心は、失った足のことなどどうでもよくなっていた。
ただ、その瞳にあの蒼を映すまでは。
「・・・なあ、海、やっぱり行きてえか」
「当たり前です・・・!」
「しゃーねえ、ちょっと待ってろ」
そう言うなり、大吾先生はタっと部屋から出ていった。それから数分経って、部屋に戻ってくる。
「うし、アポが取れた。こいつに乗れ」
「これは・・・車いす、ですか」
目の前の先生が持っていたのは、人一人分の車いすだった。これに乗れという事なのだろう。
「んでもって、今からお前を車の方へ連れていく。俺が同伴してりゃ、問題ねえとよ」
そして俺は鈍った両腕で車いすをまわしながら、病院の駐車場へと向かった。
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車いす一つゆうに乗れるような車に乗り込む。
車は、どこか冷たい空気を切り裂きながら、鴛大師の中心部を目指して走り抜けていく。窓は開いていないのに、車内の空気は異様に冷たかった。
まだ、夏のはずなのに。
「ところで先生、よく許可なんて下りましたね」
「ああ? これはあれだよ。なんつーか・・・そういうサービスっていうか。ウチの病院自体がな、こうやってできるだけ患者の要望を取り入れるようになってんだ」
「珍しいですね」
「ああ。入院している末期患者の最後の希望を叶えたりする、とかそういった名目で始まったんだったか? そんな感じだ」
先生は、華麗にハンドルをさばきながらつづける。
「ところで、お前、足はどうするんだ? ・・・そのままってのもあるが、今の時代義足って文化もある。つって、海の人間か。エナに対応する義足はなかなか難しいかもしれんが・・・」
「・・・今はまだ、そのことを考えたくないです」
「分かった。・・・っと、そろそろ海だ。覚悟は出来てるな?」
トンネルに差し込む。この長い穴道を抜ければ、そこに俺が欲した光景が広がっている。・・・はずだ。はずなんだ。
出口付近についたのか、光が差し込んでくる。
そして、抜ける。その先に映った景色は・・・。
「なんだよ・・・これ」
そう声を上げることしか、俺には出来なかった。
連なった鳥居が倒れている。
会場にはその鳥居の欠片や、破損した船のものであろう残骸が浮かんでいる。
そして・・・おぞましいほどに穏やかで、凪いでいた。
・・・こんなものが、こんなものが、俺の望んだ光景のはずじゃない。
お舟引きは・・・失敗したんだ。
「そうか・・・ああ、そうかよ」
唇がわなわなと奮える。そして、やっと声を絞り出したかと思えば、こんな情けない声しか出ない。
でも、何か言わなければ、ダメになってしまいそうな気がしていたんだ。
望まない笑いを浮かべる。本当は、笑う余裕なんてどこにもないのに。
でも、俺はいまに壊れてしまいそうだった。・・・もう、壊れているのかもしれないけど。
「おい、大丈夫か? ・・・つって、このありさまじゃ無理もないよな」
先生は俺の狂った様子に明らかな困惑を見せていた。
いつまでもこんな姿を人前では見せていられない。俺はどうにか、普段の調子を取り戻した。
「・・・まずは、何があったか、知らないと。・・・知る人に、会いに行かないと」
お舟引きが失敗に終わったのは一目瞭然だ。
あとは、いる人を探しに行かないと。誰か、傍にいてほしかった。
「先生、車を進めてもらえますか?」
「分かった。・・・タイミングのいいところで言ってくれ。今日ばかりは何でも聞いてやるよ」
先生は俺を気の毒に思ったのか、そんな似合わない言葉を吐いた。
そして、再び車は走り出す。
俺は、焦っていた。
早く誰かに会いたい。会って、声を聴きたい。
そして数分後。
堤防沿いのバス停で、俺は出会う。
長めの髪に、波中の制服。見間違いなどするはずもない。
そこにいたのは、ちさきだった。
『今日の座談会コーナー』
前作をリメイクとして今書いている最大の理由が、この空白の五年編の強化を図るためです。
前作では三話編成、文字にしてせいぜい6000文字ほどでしたが、五年編、というのもありサイドストーリーをどんどん増やしていこうと思います。
端的に換言すれば、ここからが本番です。
御照覧あれ。
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それでは、今回はこの辺で。
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また会おうね(定期)