凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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あぁ好き(語彙力)
この回かなり好きです。
 
本編どうぞ。



第五十八話 ぬくもり溢れて

~遥side~

 

 退院の許可が出たのは目が覚めてから一か月後。

 その間の時間は、苦痛と言えば苦痛だった。

 

 時々フラッシュバックする、見たくもない海の光景。失った現実に打ちのめされて涙を何度も流した。

 それ以前に、単純にやることがなかった。松葉杖を使って、片足で歩けるようにはなったけれど、それでも行ける場所は少なく、かといって病室でやることもない。退屈の真っただ中だった。

 

 かといって、今退院を迎えることが嬉しいかと言われれば、そこは言葉に困った。

 一応、退院の引き取り人は保さんが請け負ってくれたそうだが、果たして水瀬がいなくなったあの家に俺がいていいのだろうか。そこばかりが気になる。

 

 けれど、時間は待ってくれない。

 いつの間にか、退院当日となっていた。玄関の向こうには一台の見慣れた車が見える。

 

 

「・・・久しぶりだな、遥くん」

 

「お久しぶりです」

 

 俺は、水瀬の両親との面会を拒否してもらっていた。世話になった身分でありながら、たいそう無礼な話だ。

 しかしながら、水瀬がいなくなった二人と相対することも辛かったし、何より向こうは俺の面会拒否を有無を言わず飲んでくれた。

 

 だから俺は、今ここで取り乱すことなく過ごしていられる。

 

 保さんは冷静さを装っていた。けれど、声色までは偽れない。

 その声色は、寂しさの色に染まっていた。

 

 水瀬がいなくなった哀しみから立ち直ることなんてそうそう簡単にできることではない。言えばあいつは、必要のない犠牲だった。

 それの被害にあって、二人は何を思っているのだろうか。到底、怖くて聞き出せないけど。

 

「とりあえず、一旦家へ戻ろう。構わないか?」

 

「ええ。・・・そうしていただけると助かります」

 

 ではまた、と見送りに来た大吾先生を後目に、俺は車へと乗りこんだ。

 

 

---

 

 

 車内での会話は一切なかった。きっと皆が、何も言うことが出来なかったのだろう。

 そうして、瞬く間に水瀬家に着く。

 

「・・・ここも、ずいぶん久しぶりのように思えます」

 

「一か月ぶりか。・・・おかえりだな、遥くん」

 

「はい。・・・ただいま戻りました」

 

 とはいうものの、声に覇気がないのは自分でも分かった。

 そう考えると、またひしひしと後悔が込み上げてきた。

 

 ・・・俺の、せいなんだ。

 俺が生んだ、痛みだ。

 

 くそっ・・・。

 

 悔しくて、俺は唇をかみしめる。

 どうだろうか。醜い顔になっていないといいのだけれど。

 

 

「とりあえず、座ってくれないか?」

 

 促されて、俺は食卓の自分に与えてもらっていた椅子へ腰かける。その反対側に、保さんと夏帆さんが腰かけた。

 

 沈黙もなく、保さんが切り出す。

 

「・・・よく、無事に帰ってきてくれたな」

 

「ほんと、自分でも奇跡だと思ってます。・・・きっと、こうなっても生きろって、神に告げられたんでしょうね」

 

 軽口をたたく。そんな余裕もないくせに。

 なら、告げた神様は誰だというのだろうか。海神様だろうか。

 

 それだったら、もっと早くに起こしてくれてもよかったのに。

 

「そこで・・・改めて、お願いがあるんだ」

 

「・・・」

 

「島波遥くん。・・・よければ、これからもうちに住んでくれないか?」

 

「・・・そのお願いを聞く前に、色々と言わせてください」

 

 俺はすぐに答えを出さなかった。きっと、出してはいけなかった。

 ここに、本当の意味で俺の居場所があるのか、確認しなければならなかった。おこがましい話ではあるが。

 

「まず、先日のお舟引きは・・・本当に、すみませんでした。千夏ちゃんを無理な企画に巻き込んだ挙句、このような状況にさせたのは俺の責任です」

 

「そこは誰のせい、なんてことを言ってほしくないな。お舟引きに想いを掛けていたのはあの子の気持ち。それを責めるだなんて、私たちはできないよ」

 

 間に優しく慈しむ声が挟まれる。夏帆さんだ。

 

「ありがとうございます。・・・その一言で、どこか救われた気がします。・・・その上で、なんですが」

 

 最低なのは分かっている。

 けれど、これだけは聞いておかなければならない。・・・俺は、偶像ではないから。

 

「俺は、千夏ちゃんの代わりにはなれません。・・・俺がここに住むことに、千夏ちゃんの影を重ねられるなら・・・俺は多分、ここにいる価値はありません」

 

 水瀬に与えるはずだった愛を、俺は受け取れない。

 血のつながりの意味では、俺はこの二人の子供じゃないから。

 

 淡い幻想を重ねられて生きれるほど、俺はまだ強くない。

 

「・・・確かに、提案した時は少しばかり姿を重ねていたかもしれん」

 

「ちょっと・・・!」

 

「でも、そうじゃない。・・・君が家に居候するようになってからの毎日は、これまでで何よりも楽しかったんだ。・・・そんな君が冬眠も出来ずに、行き場も無くすなんて、俺たちには到底耐えられない」

 

 保さんは頭を抱えて、苦しそうにそう言った。

 

「・・・養子なんて堅苦しい言葉はいらない。でも、家族になってほしいんだ。もちろん、ずっととは言えないだろう。・・・だから、遥くんが自立する、その日まで」

 

 ・・・ああ、この人は、この場所は、なんて優しくて暖かいんだろう。

 保さんという人の器の大きさが、身に染みて伝わってくる。

 

 自分の気持ちを嘘偽ることなく隠すことなく伝える。その勇気。

 そして、相手のことを思いいたわれる優しさ。

 

 だから俺は・・・この場所が好きになったんだ。

 

 だからもう・・・NOなんて答えはいらない。

 

 

「俺を・・・家族と呼んでくれるんですか?」

 

「ああ。何度でも呼んでやる。・・・いつか終わりが来るとしても、ここにいる間は君は家の家族だ」

 

 保さんのその優しい言葉に、俺の涙腺はいよいよ限界を迎えた。

 暖かい雫が頬を伝う。先日流した涙とは、全くと言っていいほど温度が違う。

 

「私たちじゃ、遥くんの本当の親にはなれないかもしれないけど。・・・でも、遥くんを思う気持ちは、負けないはずだから。・・・だから、よろしくね、遥くん」

 

 力強い優しさの保さんとは別の、包み込むような優しさが俺を抱きしめる。

 目の端に涙をほんのり溜めた夏帆さんの言葉が、また胸に刺さって苦しい。

 

 けれど、気持ちのいい苦しみだ。

 

「・・・将来なんて、どうなるか分かりませんが。・・・俺がこの先どうなるか分かりませんが、・・・これからも、どうか、よろしくお願いします」

 

 そして俺は、二人に深々と頭を下げた。

 親しい仲だからこそ、この礼儀だけは大切にしたい。

 

 

 きっとこれから先、何度も迷惑かけて、世話になりとおすだろうから。

 

「ああ。これからも頼む」

 

「いつでも、私たちを頼ってね」

 

 二人からのありがたい言葉。

 

 

 ・・・俺の居場所は、ずっとここにあったんだ。

 

 

 心の凪は、静まった。




『今日の座談会コーナー』

特にないです(完)

で締めるのはさすがに忍びないので書きますよ。そりゃもちろん。
この回の内容までは、まあ正直前作とほぼ変わりないんですよね。

で、本気を出すのはここから。
空白の五年編。高校生編だとか、遥の怪我についてだとかまだまだ書くべきところがあるんですよ。
海が静まった分、物語の舞台を陸に移せばいいわけで。

---

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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