凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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進行速度ガガガ。

本編どうぞ。


第六十一話 大人になんてなれなくていい

~遥side~

 

 水瀬家に今日は帰れないと一報を入れて、俺は鈴夏さんの施術を受けることにした。

 最初は基本的なバイタルチェック。それが済むなり、早速義足の取り付けに取り掛かった。

 

 痛みが発生する、とのことで、左足に麻酔が打たれる。そのまま施術、という流れだったが、麻酔を貫通して、痛みは俺の下へ訪れた。

 覚悟はしていたが、それでも痛いものは痛い。砕けそうなほど歯を食いしばってやっとだった。それからほどなくして、俺の左足に合金の足が接続される。

 

 そして宣言通り、施術が終わったのはその日の夜だった。とはいえ、術後に残るダメージが抜けきらないため、俺は客用の布団に寝かされていた。

 遠くからガレージを閉める音が聞こえる。どうやら今日はおしまいみたいだ。

 

 そして、ある程度の片づけをして鈴夏さんは俺の方へ歩み寄り、近場の椅子に腰かけた。

 

「どうよ、体の方は」

 

「すごい重たいですね・・・。慣れないっていうか、異質なものが追加されたっていうか」

 

 それほどまでに、俺は足を失った暮らしに慣れてしまっていたんだろう。何とも言えない気分だ。

 

「けど、久しぶりの客がまさか海村の出身の人間だなんてな」

 

「そう言えば、鈴夏さんは鴛大師にいたんですよね?」

 

「そう。もう10年くらい前の話だけど」

 

 言葉と共にそのころを思い出したのか、鈴夏さんは微笑みながら手元にあったドライバーを指の上でくるくる回し始めた。

 そしてほどなくして、その表情は哀愁の籠った懐かしみに変わる。

 

「あの頃は楽しかったよ。なんでも無邪気な状態でいれたから。大ちゃんとつるんでいろんなことやらかしてたり、時々陸に上がってきた海の連中と遊んだり」

 

「当時はまだ、統廃合なんてなかったですもんね」

 

「ああ、そっか。確か汐鹿生の学校、無くなったんだっけか。人が少なくなってるとは聞いてたけど、そこまで深刻になってたとは思ってなかった。・・・それで、浜中に通ってるんだっけか?」

 

「そうですね」

 

 異質な場所だと心のどこかで思っていた浜中は、いまやすっかり俺の居場所の一つとなってる。あの一件があってクラスの仲がまた嫌悪になりそうだったが、みな本質で分かりあえていたのか、すぐにこれまで通りの生活を取り戻すことが出来た。

 

 それでも、休学扱いになってしまったあいつらの席が空虚に思えて仕方がないのは事実だ。・・・みんなで卒業できれば、よかったんだけどな。

 

「それで、最近汐鹿生はどうなってるんだ?」

 

 その質問がふいに鈴夏さんの口から零れたとき、俺はこの人が事の全てを知らないことにようやく気が付いた。そりゃ、ニュースでは異常気象としか報道しないから海村の事なんて分からないのだろう。

 

「最近、異常気象が有名になってるじゃないですか」

 

「ああー・・・やけに寒かったり、雪が降ったりするんだよな。あれがどうかしたのか?」

 

「・・・あれの影響で今、世界の海村は冬眠に入ったんです。文明を絶やさないために」

 

「冬眠・・・? そのままの意味で捉えていいのか?」

 

 俺は言葉の代わりに一度しっかりと頷いた。

 それを受けて、鈴夏さんはドライバーをまわしていた手を止めて、あごに手を当てて考え始めた。

 

「冬眠だろ? ・・・じゃあなんでお前はここに?」

 

「この足を失った事故が原因で、俺は意識不明になったんです。・・・その間に、海が冬眠に入って、村ごと閉ざして」

 

「帰れなくなったってことか」

 

 ご明察。

 

「・・・なかなか、苦労したんだな」

 

 同情でもなんでもなく、鈴夏さんはそう呟いた。むしろ、それくらいで済ましてくれたことに俺は喜びを覚える。変な同情は堪えるだけ。そんなことなら、してほしくなかったから。

 

「大好きだった人間と離れ離れになるって、堪えるよな。形は違うけど、あたしも昔そうだったから」

 

「・・・大吾さんっすか?」

 

「馬鹿か。流石にあたしもそこまで重たい奴じゃねーよ」

 

 少なくとも、それが恋愛感情出ないことは把握した。というか、うん、そうだろうね。

 ただ、そこからは完全に個人の話だ。迂闊に他人が足を踏み入れていい場所じゃない。

 

「まあ、なんだ。本当に辛いことがあるなら、いっそ忘れてしまった方が楽なこともあるからな。・・・本当に耐えられないなら、そうした方がいい」

 

 鈴夏さんはまっすぐな瞳で遠くを見る。そこには、確かな感情が籠っていた。

 

「鈴夏さんは、そういう経験があるんですか?」

 

「あるから言ってんだよ。というか、あたしももうこの年だ。無い方がおかしいだろ」

 

 この人は大吾先生と同級生と言っていたから、おそらく年齢は30前後だったはず。

 大人になるということは、やはりそういうことの連続なんだろうか。

 

 そんなことを思ってしまうから、大人になんかなりたくないと思ってしまう。

 ・・・いや、ずっと思ってるな。大人になんかなりたくない。

 

 できることは絶対に増えるはず。でも、それと同時に失うものも増えるはずだ。

 それに、あいつらとの時間がずれる。それまで当たり前だと思っていたことが変わる運命が、すぐそこに待ち受けている。

 

 そんな中で、自分一人先に行きたいなんて、誰が思うだろう。

 

 ・・・マイナス思考を自分で嫌っておきながら、結局やっている。ちさきに物を言えた立場じゃないな。

 

 

「だからまあ、あたしの思う話なんだけどな。失うことが避けられないなら、それ以上に今楽しいことを積み重ねればいいんじゃないのか?」

 

「そんな簡単にいくものですかね?」

 

「あたしが今こうしてこの仕事についてるのも、あたしが好きで選んだ仕事だから。ほら、そう考えてみると意外と出来そうじゃないか?」

 

 確かに、理論としては成り立ってるかもしれない。

 けれど多分それは・・・才能がある一部の人間ができること。

 

 人生は、妥協と我慢で成り立っている。それを強いられないのはほんの一握りの人間に過ぎないから。

 きっと鈴夏さんは、その立場の人間だ。

 

 それこそ、こんな仕事、誰にもできるわけじゃないし。

 

 でも、気休めを無下にはしたくない。俺は愛想笑いを浮かべた。

 

「そうですね」

 

「・・・。愛想笑い、辛いならやめなよ」

 

 ちゃんと見透かしていたようで、鈴夏さんは不機嫌そうに呟いた。けど、そうしたのは紛れもない鈴夏さんだ。

 文句の一つ垂れたかったけど、多分不毛な言い争いになる。そう考えるのは容易いことだった。

 

 ため息を一つついて、鈴夏さんは椅子から立ち上がった。

 

「麻酔で体疲れてるだろうし、今日はもう寝な。明日朝八時くらいに起こしてやるから」

 

「ありがとうございます」

 

「んじゃ」

 

 そのまま俺の顔も見ずに、鈴夏さんは居住スペースの奥の方へと消えていった。一人残された俺は手元のスイッチで電気を切った。

 外から仄かに入ってくる月光を浴びながら、俺は天井に手を伸ばす。

 

 無性に悔しかった。誰のせいでもないけど、悔しかった。

 きっとそれは、俺の至らなさのせいなんだろうけど。

 

 そして、どこまでも痛感する。俺はやっぱりまだまだ子供だった。

 

 割り切ったつもりでいても、今は時間が過ぎるのがただ惜しい。

 大人には、なりたくなかった。




『今日の座談会コーナー』

この話の内容はサブタイトルの通りですね。
大人になんてなれなくていい。このフレーズは、作品がまるっきり違いますがkeyのsummer pocketsのEDの歌詞から取ってますね。
「大人になんてなれなくていい だって大切な宝物を忘れることでしょ?」
という歌詞、かなり気に入ってるんです。
(二番の「いつか誰もが大人になって 夢も忘れて生きていくなんて誰が決めたんだろう?」も好きです)

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といったところで、今日はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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