凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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書きたかったシーンの一つです。
本編どうぞ。


第六十二話 今伝える答え

~遥side~

 

 施術を終えてからのリハビリ等は、予定通りに進んだ。冬休みという間で、俺はこの鉛のように重たく感じる足を自分のものにすることが出来た。

 とはいっても、これはまだ仮にすぎない。鈴夏さんはそう俺に釘を刺した。

 

 別れ際、鈴夏さんは俺の目を見ずにぶっきらぼうに呟く。

 

「とりあえず、三年たったらまた来い。その時は、もっと上品なやつに仕上げてやるからさ。金も要らねえ、サービスだと思ってよ」

 

「分かりました。三年後、絶対にまた来ます」

 

「・・・んじゃ、元気でな」

 

 そして俺は鈴夏さんと別れて、鷲大師へと戻った。

 

 

---

 

 それからまた一年が経った。俺たちは高校受験という局面に立っていた。

 とはいっても、俺もちさきも紡も鷲大師の高校に行くことを決めている。倍率もそう低くなく、学力が低いわけでもなく、特に問題はなかった。

 

 だから、それぞれが憂慮に満ちた生活を送っていた。あいつらと別れて、ちょうど一年半。

 俺は一つ、やらなければいけないことがあった。

 

 ・・・いつか絶対通らなければいけない道なのなら、早めに行っておいた方がいい。

 そう思って俺は、ある冬の放課後に、ちさきに声を掛ける。

 

「ちさき」

 

「どうしたの? 遥」

 

「帰る前・・・少し、残っててくれるか? 話したいことがある」

 

 俺が何を考えているのか分かっているのか分かってないのかは知らないが、ちさきは覚悟を決めたような顔で一度頷く。

 

 それ以降は会話もなく、あっさりと放課後を迎えてしまった。

 クラスの皆はとっくに出払ったようで、俺とちさきだけが残っている。

 

 正直、言い出すのにはまだ抵抗がある。

 けれど、震える自分をかなぐり捨てて俺はちゃんと言葉にした。

 

「あのな、ちさき。・・・聞いてほしい事っていうのは」

 

「告白の返事、かな?」

 

「あっ・・・」

 

 ちさきは、やはりちゃんと分かっていた。日中浮つかない様子だった俺をみて察して、覚悟しておいたのだろう。恐ろしいほど淡泊な返事に、俺は困惑する。

 もっと、荒れるかと思ってた。もっとぐちゃぐちゃになるかと思ってた。でも、それは子供に過ぎない俺の弱い想像力が生んだ光景に過ぎなかった。

 

 現実はもっと残酷なほどさっぱりしたものだった。

 

「あの日の事、覚えてる?」

 

「街に行った時のことか?」

 

「ううん。・・・千夏ちゃんが、遥に告白した日」

 

「・・・忘れるわけ、ないだろ」

 

 絶対に忘れることなんてできない。あの日があって、俺はまた何度も変わった。 

 酸いも甘いも、底知れない絶望も微かに見えた希望も知った。そんな日を、忘れるはずはない。

 

「あの日、千夏ちゃんが私に言ったの。・・・今日、告白するって」

 

「そう、なのか?」

 

「もちろん、誰とは名前を出さなかった。・・・でも、私は知ってた。千夏ちゃんはずっと、遥のことしか見てこなかったから」

 

 ちさきはため息を織り交ぜながらつづける。

 

「そのときね、分かったの。千夏ちゃんがどれだけ遥のことを好きになっていたかって。あの瞳を見たら、私が告白したこと、馬鹿馬鹿しく思っちゃってね」

 

「そんな、馬鹿馬鹿しいだなんて・・・」

 

「それを決めるのは私でしょ?」

 

 少々強い語気で、ちさきは俺を諫める。自分の感情を語られることがどうやら気に食わなかったようだった。

 

「だからね、ちゃんと答えを出してくれてよかったって思ってる。・・・これで、やっとすっきりした。そうは言っても、心のどこかでまだ期待しちゃってる私もいたからね」

 

「辛く、ないのか?」

 

 振った人間がこんなことを口にするなんて、甚だ失礼だ。けれど、今の俺にはその善悪を判断するだけの能力はなかった。

 ちさきはうつむいて、小さく答える。

 

「・・・分かんない。でも、もっと辛い事だってあるから、それよりは」

 

「そうだな・・・」

 

 確かにそうだ。あいつらがいないことは何よりも辛い。

 そうして俺たちだけ先に大人になってしまう事の方が、辛いんだ。

 

 そして、二人沈黙する。

 

 身をもって初めて、変わりたくないと願ってしまう。

 でも、現実は非常だ。去年の夏から俺たちはまた一回り大きくなって、またできることも増えて、だんだんと成長してしまっている。

 

 同じ歩幅で歩いていたはずなのに、だんだんと俺たちだけ先に行ってしまっている。

 

 後悔の渦に飲まれて、また俺は悶絶する。

 

 そんな中、心の奥の方で声が聞こえる。

 

『それは、お前自身が望んだ光景じゃないのか?』

 

 なんのことだと思った。けれど、俺が発した言葉を振り返ってだんだんとその言葉の意味が分かってきた。

 

 あいつらとは違う。あいつらから遠いところにいてしまってる。

 

 ずっと、そんな言葉ばかりを俺は繰り返していた気がする。だから、あいつらと本気で離れた今の境遇がお望みの境遇じゃないのかという声だ。

 

 今なら言える。絶対に違う。

 やっぱり俺は子供で、あいつらと何も変わらないで、それで、あの輪にずっといたかったんだ。

 もう、戻れないけれど・・・。

 

 

「ねえ、遥」

 

「なんだよ・・・」

 

「大人に、なりたくないね」

 

「・・・言ってくれるなよ」

 

 

 そんな言葉を言ったところで、誰も喜ばないだろ。

 ちさきの眼にも涙がたまってる。・・・悲しいなら、向き合わなければいいのに。

 

 そして、俺まで泣きそうになりかけたとき、教室の扉が開く。

 紡だった。

 

「ちさき、帰るぞ」

 

「あ、紡」

 

「って、遥もいたのか。何かあったのか?」

 

「んにゃ? ちょっと野暮ったい話してただけ。悪いな、引き留めてて」

 

「いや、いい」

 

 紡はどこまでも淡泊な返事しかしなかった。ちさきも無理やり目じりに浮かんでた涙をぬぐって、作り笑いを浮かべて俺の方を向いた。

 

「それじゃあ、遥。また明日」

 

「ああ、またな」

 

 そしてちさきは紡と一緒に教室を出ていく。その姿は、まるで付き合ってるに等しい光景だった。

 

「・・・はっ、そりゃそうだよな」

 

 誰もいない教室で一人俺は吐き捨てる。

 なんせ、一つ屋根の下だ。自然と距離が近くなるのは当然の事。

 きっと、紡はちさきにとって今最大の心の拠り所になってるのだろう。あいつと一緒にいるときは、一段と顔が生き生きしてる。

 

 そしたら急に悲しくなってきた。

 俺だって、そんな時があったことを思い出す。

 

 けど、それまで。今水瀬のことを思い出しても、悲しくてやりきれないだけだ。

 忘れよう。今はまだ、忘れたままでいい。

 

 感情も凍結出来れば、なんて思うけど、それはごめんだ。一人悲しさに負けて殻には閉じこもりたくない。

 

「俺も帰りますかね」

 

 少なくとも、俺の帰りを待ってくれている人はちゃんといるから、今は精一杯、その人たちとの日々を大切にしたい。

 

 

 

 ・・・大人になれば、こんな痛みも忘れられるのだろうか。




『今日の座談会コーナー』

この作品のちさきは、どちらかというと本編より割り切りが早いんですよね。というのも
・海の人間である遥が地上に残っている。
・そして、その遥のことを好いていた
という現状なので、本編見たく光を気にして悲しさに打ちひしがれていないというのが一つ大きな要因ではないのでしょうか。
ダイジェストでここを紹介するのはまずかろう、ということで告白の返事回。
これで、後のシーンとつじつまが合いますね。

---

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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