凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
本編どうぞ。
~遥side~
紡の爺さんは急いで救急車に乗せられ、病院へ運ばれていく。
紡はそれに同乗することが出来たが、ちさきはあくまで身内外とのことで、搭乗を拒まれた。
けれど、今のちさきを一人置いてここにいるわけにはいかない。俺は即座に判断して、紡の家の電話を借りるなり、急いで馴染んだ番号にかけた。
頼む・・・・出てくれ・・・!
二、三度プルルとコールが行われて、向こうが電話を取る音が聞こえた。
「もしもし、藤枝ですが」
「大吾先生! 今予定入ってますか!?」
「なんだお前か・・・。・・・急ぎだな。いいぜ、聞こうか」
「今、手術か何か大きな予定、および準備の状態に入っていますか!?」
「さっき救急隊から連絡はきたが、担当は俺じゃない。一応、予備員として待機しとけとは言われたが。・・・てか、さっさと本題を言え」
熱くなりすぎて、俺は本題に触れることすら忘れていたようだ。一つ深呼吸をして冷静になって、俺はようやく本題を伝える。
「俺ともう一人、病院へ向かう足が今なくて、でも緊急な状態で・・・迎えに来てもらえますか?」
「何かと思えば使い走りかよ。俺も舐められたもんだな。・・・どこに行けばいい?」
大吾先生は不服そうに、俺の依頼を受諾してくれた。
「教えます。場所は・・・」
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それから20分後。
俺とちさきは大吾先生が運転する車に揺られながら、病院を目指していた。ちさきは放心状態になっているのか、一言も発さない。かなりショックが強かったのだろう。どうにもできなさは、あの時よりもひどかった。
「なるほどな。それで俺を呼んだと」
「全員が全員救急車に乗り込めるわけでもないですからね。こんな風に呼んだこと、反省はしてますよ」
「分かってる。俺もそんな細かいことをぶちぶち気にするような性格じゃない。気にするな。・・・それで、お前から見てその人はどんな様子だった?」
「意識は失ってました。それでもって吐血してた状態だったので、多分臓器のどこかをやったか、血管が切れたかってところでしょうか」
「たぶんな。・・・だったら、急いだほうがいいかもな。行くぞ」
アクセルを強く踏み込んで、大吾先生が運転する車は加速する。先生も事の緊急さを理解したようだった。
「お前も中々いい目を持ってるんだよな。医者でも目指したらどうだ?」
「今からはさすがに遅いっすよ。もう高校二年も終わるってのに」
「勉強、好きなんだろ?」
「それとこれとは別です」
それに、学びたいこと自体はもう決まってる。今更進路変更はなかなか無理があるだろう。
将来、自分が働いている姿こそ想像はできないが。
大吾先生は少しの間黙り込んだ。そして少々重たい顔で俺に問いかける。
「なあ、医者に必要なものって、なんだと思う?」
「・・・失敗しない腕、とかですか?」
「それも大事だな。・・・でも、本質は違う。もっと根幹的なところにあるんだ」
根幹的なところ。つまり、人間の根っこの部分。
人間の根っこの部分に存在しているものと言えばそれは・・・感情。
なるほど、そういう事か。
「どんな状況でも取り乱さない精神、ですか」
「正解。流石は秀才の島波ってところだな」
「なんですかその呼び方」
これまでそんな呼ばれ方で呼ばれたことなど一度もない。あだ名にしてもダサすぎるのでぜひやめていただきたい。
などと心の中で突っ込む俺とはよそに、先生は素面で続ける。
「・・・手術する時は、怖がっちゃだめなんだよ。相手と向き合う時、怖がっちゃだめなんだよ。ナルシストになれってわけじゃねえ。けど、自分に自信を持ってないと手は震えるし声も震える」
「だから先生は、診察室にいるとき態度が大きいんですね」
「それはお前がクソガキだからだ」
空いている左手でこつんと頭を叩かれる。
「・・・医者も患者も心の持ちようは一緒。信じる気持ちが結局は一番大事なんだ」
「・・・」
大吾先生の言葉からは、底知れない重みを感じた。プロフェッショナルの言葉だからか、人生経験が深いからか。
ただ、その向き合うことが、信じることが大事というメッセージはしっかりと伝わってきた。
車は、どんどん進んでいく。
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それからの時間は、あっさりと進んでいった。
俺たちが病院へ着いた時には、紡の爺さんの手術はもう始まっていた。ちさきが泣き崩れながら、そのドアの前で佇む。
「私から大切な人をもう奪わないで」なんて言葉が、胸に突き刺さっていたい。
それからしばらくして告げられる手術の成功。
けれど、紡の爺さんが目を覚ます気配はいまだになかった。
そして俺たち三人は、一度家に戻る。
けれど、言葉を交わすことは不可能に近く、特にちさきは部屋にこもってふさぎ込んでしまった。その様子は、あの時を思い出させる。
むしろ、自分の大切な身寄りがこの状態になっているにも関わらず、特別取り乱す様子が見られなかった紡が不思議でならない。
そんな感情が先走ってか、俺は聞いてしまった。
「紡、大丈夫か?」
「大丈夫・・・なわけ、ないだろ」
「そうだよな」
さすがにとうの紡も精神的ショックが大きいようで、余裕の表情を見せてはいなかった。
しかし、紡は続ける。
「でも、俺より悲しんでるやつがいるんじゃ、俺が何もできないでいたらまずいだろ」
そう言って、ちさきが閉じこもってしまった部屋をちらりと見る。
「やっぱり、心配か」
「・・・ああ。海に帰れなくなって最初数日間よりも、今の方がひどいかもしれない。・・・一歩間違えれば、本当に死だったからか」
「そうかもな」
あいつらは死んでない。そう信じることは出来たけど、今回の紡のじいさんの件に関しては、本当に死の一歩手前だったというわけだ。
命に対する重みは、違う。
刹那、紡は俺の手を取った。急なその行動に驚いて、俺はなす術もなく固まる。
「遥、俺はどうすればいい?」
「は?」
「あいつに何か声を掛けてやるべきなのか、それとも黙って自分らしくいるべきなのか、何も分からない。教えてくれ」
「あのなぁ・・・俺が分かるわけないってついこの間言ったばかりだろ。・・・そこに恋愛感情が絡んでるならなおのことなんだよ」
「・・・悪い、変なことを聞いた」
紡は反省したような様子で俯く。その様子もまた、見ていてもどかしかった。
俺は頭を掻きながら、とりあえず全うであろうことを言う。
「こんなことはあまり言いたくないんだけどな。・・・いつかは絶対に、お前の爺さんも死に直面することになる。それが明日か明後日か、一年後か十年後かは知らないけど。そうしたら、あいつは一人になってしまう」
「・・・」
「もし、お前が本当にあいつの事を好きだと思ってるなら、言葉の一つくらいかけてやるべきなんじゃないのか?」
「・・・ありがとう。参考になる」
「参考もクソもねえよ。まあ、あれだよ。信じることが一番なんだよ」
さっき大吾先生が言っていた言葉を無理やり拝借して、紡に伝える。
それを紡がどう受け取ったかは知らないが、紡は立ち上がってちさきが居る部屋の方へと向かっていった。
「・・・不器用だっての、ホント」
俺は冷めたお茶を一口飲んだ。
『今日の座談会コーナー』
この様子だと、空白の五年編は70話までで終わりそうですね。そうしたら五年後の本編へと戻ります。
いやー・・・いつの時代もオリジナル展開には苦労しますね。
こういう時こそ地の文を大切にしたいところ。
それより問題は、作者である私自身のマルチタスク問題ですが・・・。
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といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)