凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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空白の五年編はそろそろ終わりを迎えますね。
本編どうぞ。


第六十五話 進む月日、変わらないもの

~遥side~

 

 それから紡がちさきになんて声をかけたのかは知らない。けれど、それが功を奏したのか、ちさきの様子が穏やかになったのは事実だった。

 ちさき自身は、紡の恋心に気が付いてるのだろうか。

 

 ・・・あいつのことだから、気が付いていながら遠ざけたりするのかもしれないけど。

 まあ、他人の恋慕を馬鹿にできるほど俺もえらくないし、何よりその方面に至っては失敗続きの人生だ。触れないでおこう。

 

 それより、俺も俺自身が抱える問題があった。

 これからのこと、だ。

 

 ちゃんと、保さんと夏帆さんと話さなければならない。

 季節はもう、高校三年生の夏になっていた。

 

 

---

 

 

「保さん、夏帆さん。・・・大切な話があるんですけど、ちょっといいですか?」

 

 とある日の夕食後、俺は二人を呼び止めて食卓の自分の席に着いてもらった。話さなければならないのは、俺の今後の進路の事。

 お世話になった二人に、ちゃんと伝えたかった。

 

「俺・・・進学します」

 

「・・・うん。そんな予感はずっとしてたよ。あれだけ熱心に勉強をする姿を見せられたら、ね」

 

 夏帆さんは俺の姿をしっかり見ていたことを、保さんに確認した。保さんも一度縦に首を振る。

 

「ずっと頑張ってきたんだ。何度も言うように、遥くんの好きなようにするといい」

 

「それなんですけど・・・」

 

 俺が目指そうとしているのは、街の方の大学だ。

 つまり、一人で暮らすことが必須となる。もう、この家の住人ではなくなるのだ。

 

 それを言い出したくて、言い出せない。言葉が見当たらなかった。

 

「街の大学に進学しようとしていて、それで・・・」

 

「一人暮らしをすることになる、って?」

 

「・・・はい」

 

 物わかりのいい夏帆さんが助け船を出してくれる。俺はその言葉に首を縦に振った。

 

「お金の方は大丈夫なんです。両親が残していたお金を、大学費用分だけは残していたので。・・・でも、そこじゃなくて」

 

「一人暮らしをするから、この家を出ていくことになる。そう言いたいのか?」

 

「・・・!」

 

 保さんも俺が言いたいことをとっくに見抜いていたようで、呆れたため息とともにそう言葉を吐く。

 

「大学に行くための一人暮らしが、この家と縁を切るタイミング。だから、鴛大師に自分の居場所がなくなると、遥くんは、そう思っているのか?」

 

「そうじゃなくて・・・。むしろ、そうして欲しくなくて・・・」

 

「だったら、こんな話するまでもないな」

 

 もう一度保さんはため息を吐いた。そして、普段は全く見せないような微笑みを見せる。

 

「言ってるだろう。俺たちは遥くんのことをとっくに家族のようなものだと思っていると。家族が家に帰ってくることを、どうして俺たちが拒む必要がある?」

 

「・・・あ」

 

 ダメだ。また泣きそうになる。

 この人たちは、本当にどこまでも優しくて、優しくて。

 

 こんな優しさに溢れて、悲しむことのない人生だったら、どれだけ幸せになれていただろうと思うほどに。

 

 泣きそう、だなんて言いながら、俺はもう泣いていた。

 どうにもできなくなって、頭をテーブルに着けて、声を押し殺した。

 

 それをからかうようにクスクスと夏帆さんが笑う。

 

「あらあら、あなた。泣かせてどうするんですか?」

 

「何、俺が悪いのか?」

 

「違います・・・! 違いますから・・・!!」

 

「ふふ、冗談よ。・・・ね、遥くん。お別れなんて、まだまだ遠いことだと私は思ってるの。遥くんは、違う?」

 

 違うはずなんてない。

 俺は、まだまだこの人たちのもとにいたい。ずっと甘えていたい。

 夢を追って、距離が遠くなっても、帰る場所としてこの場所があってほしい。

 

 それが顔に出ていたのか、夏帆さんは俺からのパスを受け取っていたようだった。

 

「でしょ? だから、大丈夫。どれだけ遠くなっても、今はまだ、ここはあなたの場所。あなたの帰る場所なの。だから、まだ涙なんていらないでしょ?」

 

「・・・はい」

 

 俺は目元をごしごしとぬぐって、顔をようやく上げた。二人とも、いつものように柔らかい表情をしている。

 

 いつか、絶対に恩返しをしたい。

 そう思うと、また頑張れる気がしてきた。

 

「俺、勉強に戻ります」

 

「そう言えば、成績はどうなの?」

 

「悪くはないと思いますけど、これだけ豪語して、入試当日に躓くなんて嫌なので」

 

「そうか、頑張れよ」

 

「はい!」

 

 保さん、夏帆さんに背中を押されて、俺はまた一歩前へ進んでいく。

 

 

---

 

 

 結局、ちゃんと積み上げたものの効果があってか入試は上手くいった。

 ただ入学できるだけでもよかったが、特待生で学費免除なんておまけつき。

 でも、頑張ってきたことが報われたという証に相違ない。俺は嬉しかった。

 

 そして、旅立ちの時。

 高校を卒業したその三日後に、俺は家を発つことにした。もう一つ街でやりたいことがあったから。

 

 

「遥くんが一人暮らしを始めると、寂しくなるわね」

 

「なんて、すぐ帰ってきますよ。多分、俺もさみしくてやってられませんし」

 

 などと、心の底から甘えた言葉も言えるようになった。そういう人間に成長させてくれたこの場所に感謝をする。

 お別れ、じゃないけど。

 

「また土産話のいくらか持ってきてくれ」

 

「そうですね。それをまた、縁側で」

 

「ああ。・・・達者でな」

 

 二人に見送られて、俺は電車に乗り街へと向かう。

 空っぽな新居に一通りの荷物を置くなり、俺はとある場所へ向かった。

 

 ほんの少し昔約束した人間がいる。

 その人の下へ、俺は向かった。

 

 朝10時。ガレージが開く。

 そこから顔をのぞかせた人に、俺は元気よく声を掛けた。

 

 

 

「久しぶりですね。鈴夏さん」




『今日の座談会コーナー』

優しい親、って書いてて楽しいですよね。別に、私の両親が優しくなくて、その反発と言うわけではないですけど。
ただ、一人暮らしの身になって、包まれていた温かさを思い出すんですよね。二年前作品を書いていたころは、こんなことを思っていたんでしょうか。
今なら、保さん、夏帆さんの人物像をはっきりと書き上げることができるかもしれません。

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といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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