凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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書けるうちに書く。大学生最初の夏休み。


第七十四話 ここから始まる私の海

~遥side~

 

 後々に思い返して、もし、ここで俺がこの偶然を引き起こさなければどうなっていただろうと度々思う。それほどまでに、その光景はすさまじいものだった。

 

---

 

 汐鹿生に帰ってきてからというもの、やることの少なさに度々困っていた。学業のほうも比較的安定した時期に入っているため、特別急いだ用事がなかった。かといって自主学習をする気になるかと言えば、集中力が続かない。

 

 だからということで俺が選んだ答えは散歩だった。何の変哲もない、ただ変わらない街をぶらぶらと歩き続ける。

 その道中、道端に落とし物を発見した。視界にそれがくっきりと映るにつれ、ゾクリと悪寒が走る。

 

 落ちていたのは、水色のパーカー。少なくともこの服の所有者を、俺は一人しか知らない。

 そして、見ればそのパーカーは普段の様子からは想像できないほどに汚れていた。何が起きてここまで汚れたかは知らない。少なくとも車に轢かれた、だとか、そういう事ではないだろう。ただこけたにしろ、脱ぎ捨てるように放置する意味がない。

  

 だとすると、これは・・・。

 

「美海が・・・危ない」

 

 誰かに絡まれた可能性が高い。とすると、美海の身の危険だって話としてはあり得る。

 

「っ!」

 

 気が付けば俺の身体は駆け出していた。理由は一つ、美海を見つけるために。、

 どんな状態でもいい、とにかく今は安否を・・・!

 

 軋む足を引き連れて、近辺を駆け回る。このパーカーがここに落ちてどれくらいの時間が経っているのかは分からないが、あまり時間は経ってないと信じたい。だとすると、ここから行ける場所なんて限られる。

 もし、そうなら・・・!

 

 俺は一つ目星をつけて走り出した。そこに美海がいると信じて。

 そしてたどり着いたのは例の廃漁港。五年前も、その前も、何度も足を踏み入れたこの場所なら、きっと美海がいる。

 

 血眼であたりを探す。そしてほどなくして、その影を、見た。何かに追われるように迫られ、海へ飛び込むギリギリの淵へ立っている。近くにいるのは見るからに怪しげな男連中だ。不審者と言って差し支えないだろう。

 

「みっ・・・!」

 

 声を出そうとしたその時、視界の端で何かが揺れた。ギギィと重たい音が鳴ったかと思うと、ガタガタとそれは動き出し、パラパラと粉塵が落ちてくる。

 錆びたクレーンが、倒壊している。それに気が付くのに時間はかからなかった。

 そして、その先には、美海が・・・。

 

 

「美海ぁ!!!」

 

---

 

~美海side~

 

 目の前には青の海が広がっている。落ちないようすんでのところで止まったものの、一歩後ずさればそこはもう冷たい冷たい海の中。つまり行き止まり、ジエンドだ。

 振り返ると男たちがもうそこまで迫っていた。私に逃げ場所がないことを確認してか、ゆっくりゆっくり歩いて近づいてくる。

 

「さてよぉ、鬼ごっこもしまいにしようや嬢ちゃん」

 

「・・・何がしたいんですか、なんで私に・・・」

 

 なんで。そんな問いかけに男は卑しい表情のままで答える。

 

「理由なんてないだろ? こんなことに」

 

 分かってた。私は今、気まぐれで襲われようとしていると。その理不尽さが悔しくて私は口をキュッと噛みしめる。

 何をされるか分からない。けど、この「遊ぶ」という言葉を信じてはいけないことだけは確かだった。

 でも、もうどうしようもない・・・。

 

 私は目を閉じた。そして願う、私のヒーローを。

 来るなんて確証はない。でも、こんな時はいつもすぐそこにいてくれた。だからきっと、今だってすぐそこにいてくれると信じている。

 目を開ける。

 

 そこに、私のヒーローはいた。遠くにだけど、じっと私を見つめてくれている。今にも駆け出して、救ってくれそうな・・・。

 

「はるっ・・・!」

 

 その名前を呼ぼうとしたその時、上の方で重苦しい機械の音が鳴った。ギィ・・・と音を立てて、私の下へと迫ってくる。

 

 一歩後ろへ後ずさる。その時思い出した。私にはもう、後がないことを。

 

「あっ・・・」

 

 身は海へと放り出される。3Mほど落下して、そのまま冷たい海の中へと沈んでいく。

 いつかもこうして沈んでいったことを覚えている。あの時よりも、もっとずっと冷たい海がすぐそこに広がっている。

 

 息が出来ない。肺はどんどん圧迫されて、手足も言う事を聞かない。どうにかできないかと少しだけ足掻いて、私は全てを諦めた。

 

 そっか。私、ここまでなんだ・・・。

 

 全てを諦めた私は沈みゆく体に神経をゆだねて目をつぶった。そしてこれまでの全てを振り返りながら、悔い始めた。

 

 遥は、来てくれてた。すぐそこにいてくれてた。

 こうして今私が沈んでるのは、きっと報いなのだろう。幸せになることも許されないで、遥の隣にいることも出来ないで。

  

 それでも・・・せめて。

 

 好きって言った方が、良かったのかなぁ・・・。

 

 

 ・・・ピキ、ピキ。

 

 

 ふとした瞬間、私の耳にそんな音が響く。何の音かは知らない。けどどこか心地のいい音だ。 

 呼応するように私は目を開ける。そして次の瞬間、これまでの私になかったことに気が付いた。

 

 息が、できる。

 

 どういう理屈かは知らない。けど確かに分かることがあるとすれば、さっきまで私を包んでいた息苦しさや圧迫感は全て消え去り、視界もさっきよりずっと冴えわたっていた。海底だって、今ならくっきりと映っている。綺麗だ。

 

 そして、私の肌に光沢が浮かんだことにようやく気が付いた。何度も見たことがある。エナだ。

 私にも・・・エナが。

 

 しかし喜ぶよりも先に、海の中に私を呼ぶ声が響いた。

 

「美海!!」

 

 私のヒーローが遅れてやってきた。・・・遅すぎだよ、バカ。

 

「美海! ・・・ってお前、それ・・・」

 

「うん。遥の想像通りで合ってると思うよ」

 

 私の近くまで泳いできた遥が私の腕にそっと触れて確認する。それがエナだとということにすぐに気が付いたみたいだ。それから遥は目を丸くする。

 

「美海も、エナが・・・」

 

「うん。理由は分からないけど息できるの。泳げるの。何だろう、私、エナなんて持ってなかったはずなのに」

 

 単純に嬉しかった。千夏ちゃんに近づけた気がした。遥と同じ景色を共有できることに喜びを覚えた。遥は少し不安げな顔をしてるけど、その奥に嬉しさを滲ませているのは理解できた。その感情の奥深くまでを、特別言葉にして聞こうとも思わない。

 

「とりあえず泳げるようになったとはいってもちゃんと検査した方がいいから一旦上に戻ろう。泳ぐのはまた今度でもできるし」

 

「うん、そうだね。まだ若干寒いし」

 

「全く、何が起きてたんだか」

 

「・・・あれ?」

 

 そうだ。そう言えば何か忘れていると思ったら。

 

 私、襲われてた・・・んだっけ。

 

 

 

 




『今日の座談会コーナー』

本編凪のあすからではさゆと喧嘩して一人帰った美海がクレーン回避して海に飛び込むことになりますが、今作ではさゆの美海への嫉妬が本編よりも薄いうえに街に行く理由がないのでこうなりましたね(光が美海の思い人ではないので)
とはいっても前回があまりにも適当過ぎた上に地の文が薄すぎたのでリメイクリメイク。こういうところのブラッシュアップを大切にしていきたいですね。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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