凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
といったところで、本編どうぞ。
~遥side~
時間が進む速度は変わらない。どれだけ終わらせたくないと願っても時間には必ず終わりは来る。
そうして、俺の退院の日はやってくる。
俺が診察室へ行くまでもなく、この日は大吾先生が俺のベットの付近へやって来た。向かいのベッドのカーテンは閉まったままだ。
「よお、経過はどうだ?」
「全く問題ないですよ。まあ、退院してもいいんじゃないですかね」
「それを判断するのは俺らの仕事。・・・まあでも、そうだな。予定通りで行こうと思う」
それから大吾先生は俺の足元付近に小さな袋をぱさっと投げた。
「これからお前が服薬する薬だ。一日も、一回も忘れるんじゃないぞ」
「分かってますよ。流石に同じ轍は踏みたくないんで」
「分かっているならいい」
それを受け取って俺は立ち上がる。荷物をまとめてベッドをあとにして、カーテン越しに陽香に別れを告げる。名残惜しいけど、あれこれは言ってられない。
「それじゃあ、じゃあね。陽香」
「・・・」
カーテンの向こうからの返事は帰ってこない。まだ寝ているというのだろうか。そうは言ってももう朝の10時。いつもこの時間には起きているはずなんだけど・・・。
それに、昨日眠ってから一度も目覚めていないというところに引っ掛かりを覚える。予感は冷や汗となって背筋を伝う。俺はそれを大吾先生に訴えた。
「先生・・・なんか、嫌な予感がしませんか?」
大吾先生もそれに気が付いていたようで、渋い顔をして俺を見返した。
「奇遇だな。・・・俺も、お前と同じだよ」
言うなればそれは第六感。得体のしれない、けれど確かな勘の部分。俺と大吾先生はその感覚でつながっていた。
そして、その勘が働く先は、カーテンの向こう・・・。
俺は許可を取るより先にそのカーテンをあけ放つ。
そこに寝ころんでいる少女は、苦しそうに胸に手を当てて消え入りそうな声でうなっていた。
「先生!」
「分かってる! とりあえず人を呼べ!!」
俺は手元にあったナースコールを躊躇わずに押す。ほどなくして病室にたくさんの人が集まり、ほどなくして陽香は運ばれて行った。
---
流石にあの状況で俺だけ帰る、なんてことも出来ずに病院でそのまま数時間を過ごした。気分ここにあらず、の状態のせいか、時間の流れは速く感じた。
そうしてずっと大吾先生の診察室で待機していた中、ようやく大吾先生が帰ってきた。その顔は安堵しているわけでもなく、残酷な現実に引きつっているわけでもなく。
俺は入ってきた大吾先生にいの一番に問いかけた。
「大吾先生、あの、陽香は・・・」
「大丈夫だ。応急処置だけは済ませて、一応安定期には入ってる」
「そうですか・・・」
とりあえず、俺は安堵する。しかしならばなぜ、大吾先生は安堵していないのだろうか。
つまり、まだ何か続きがあるのだと、俺の表情から安堵の色は一瞬で消え失せた。
「・・・何か、気が付いたか?」
「まだ何かある、ってことですよね。じゃなきゃ、こんなに色のない表情のままの先生を見ることなんてないでしょう」
「・・・その通り、とでも言っておこうか」
大吾先生は一つ深く息を吸って吐くと、自分の椅子に深く腰掛け直した。
それから色のなかった表情を青いものに変え、淡々と告げ始める。
「単刀直入に、客観的事実だけ述べると・・・、このままだと、あの子は死ぬ」
「・・・っ!」
死ぬ。
たった二文字にして、この世で一番残酷な言葉をぶつけられて、俺は瞬く間に硬直する。俺という人間は、誰よりもこの言葉に敏感なのかもしれない。
冷や汗が体中を伝う。そして脳裏には、陽香の笑顔が灯る。
死なせたくなんて・・・ない。
けれど、今の俺にそれをどうこうできる力があるわけじゃない。それがただ悔しくて、もどかしい。
「もともと、あの子はそろそろ手術をしなければならない状態だったんだ。心臓の病気の進行度も思ったよりひどくてな」
「それを、陽香自身が拒んだんですか?」
「あの子自体は特別反対とかはしてない。・・・さすがに、少しくらい怖がるとは思ったんだが、全然。難しいってことも説明したのにも関わらず、あの様子だ。すげえよな」
「関心している場合じゃないでしょう。陽香が拒んでいないってことは、拒んでいる要因が別にあるってことじゃないですか」
例えば、親、だろうか。
・・・もしそうなら、なんで拒む必要があるのだろうと俺は怒り混じりに疑問を覚える。ましてや、愛情のない選択であろうものなら俺は・・・!
「落ち着け」
小さく、冷たく、そして鋭く俺を諫める大吾先生の声が俺の胸を貫いていく。そこでようやく頭に少し上っていた血が冷めていくのを感じた。
「お前のことだ。どうせあの子の背後事情に何かがあるとか色々考えてるんだろ」
「・・・」
「沈黙ってことは当たりだな。・・・まあ確かに、あの子の手術を拒んでいるのはあの子の両親だ。背景事情に何かあるという事に間違いはない。けどそれは無情とか非情によるもんじゃない。考えすぎるな」
「・・・すみません」
俺がそこまでしてしまうのは、きっと俺自身の弱さなのだろう。
自分が親から受け取った愛情が歪んでしまっていたばかりに、他者の親子の歪んだ愛情を許せないでいる。
「簡単に話すとだな・・・。今回の手術はおそらくかなりの難易度になると考えられている。それをはいそうですか、構いません、と頷けない親だったってだけの話なんだよ。医者だって人間だ。失敗するリスクだってあるからな。・・・その気持ちは、俺でも分かる」
刹那、大吾先生の表情が曇った。しかし俺に付け入る隙を与えないように続けた。
「でもな、一つ言えることがある。ここから先の話に、お前は無関係なんだよ。無理に立ち入られたりしても困るし、特別お前に出来ることはない。分かったか?」
「・・・」
俺は歯を食いしばる。自分の無力さを呪っていた。
先生の言っていることは正しい。何一つ間違いではない。俺は陽香にとって特別な存在じゃないのかもしれない。そしたらただの他人。いよいよ関わる理由なんてない。
でも、俺自身がそうしたくないのだ。荒ぶる衝動は、感情は、この歳になってもまだうまく言葉に出来ない。
それをどうにか伝えようと、俺はその名を呼んだ。
「大吾先生!」
「・・・なんだ?」
「俺は、あいつにとって大事な人間なんです」
「・・・言い切りやがったな」
ああ、何度だって言い切ってやる。本当に逃げたくない物から目を反らさないようにするために必要なことは信じる事だと俺に教えたのは先生だから。
「だから、無関係なんてことはないんです。だからどうか・・・」
「・・・あのなぁ」
俺の熱意さえ、大吾先生はため息一つで受け流した。呆れた表情を浮かべながら、続ける。
「じゃあお前が手術するってのか?」
「それは・・・」
「うぬぼれんな馬鹿。お前があの子にとって大切な人間だったとしても、今お前に出来ることはない。それは変わらないんだよ」
頭に血が上りすぎていたのか、どうやらまともな判断すら今の俺には出来ていなかった。どれだけ足掻こうと、俺に出来ることはないというのに。
ただそこに関わりたいという一心だけで、俺は懸命に言葉を紡いでいたのだ。
「・・・それでも、あの子に関わりたいっていうなら」
大吾先生はそう呟くと、手元にあったメモ用紙に見慣れない数字を殴り書きして俺によこした。
「俺の電話番号だ。・・・手術があったら、終わったら、ちゃんとお前のもとに連絡してやる。それが今お前が出来る最大の関わり方だと思え」
俺はしばらくの間呆気に取られていたが、ようやく現状を冷静に理解することが出来た。
そうだ。今の俺にはこの人を信じる事しか出来ない。全てがちゃんと終わったという報告を聞いて陽香に会いに行くことが、きっと俺にできることだ。
それが表情に現れていたのか、先生はさっきまでの厳しい表情を少しだけやわらげた。
「ようやく理解できたか」
「はい」
「手術は最短で明日か、明後日になる。応急治療の安定期は一週間くらい続くと見込んでいるけど、早いに越したことはないからな。親御さんにもこの後同意の連絡を取るつもりだ」
「・・・絶対、成功させてくださいね」
「バーカ、言われるまでもねえ」
そう言って瞳の奥に炎を灯す大吾先生を、俺は曇りない心で信じることにした。
信じることが、今自分に出来る全てのことと信じて。
『今日の座談会コーナー』
今回、ここからのオリジナルパートをかなり加筆修正したいと望んでいます。というのがリメイクの一つの理由ですからね。
まずは理論がガバガバのところの修繕から入りましょう、というところで展開の変更です。
あちらこちらで出したモブキャラ等を、しっかり利用していきたいところですね。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)