凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
大吾先生に誓った通り、俺は翌日の朝いちばんの列車で街へと戻った。とんぼ返りみたいになってしまったこともあり、保さんと夏帆さんには迷惑をかけてしまった。それでも、二人は送り出してくれたのだから、この行動に後悔はしない。
それに、別に終わりと言うわけでもないから。
少し手狭な自分のアパートに荷物をまとめて放り投げる。それからすぐに大事なものだけをもって、俺はまだ朝の静かな街へ繰り出した。
あの後家に帰ったタイミングで大吾先生から陽香の母親、日野真冬さんが鈴夏さんの妹だという情報と、真冬さんが街のはずれの方に住んでいるという情報を電話で受け取った。個人情報保護の観点からここまでしか話せないらしいが、それでも十分ありがたい情報だ。
その情報を片手に、俺が初めに向かったのは鈴夏さんの職場だった。あの人と妹との関係が今どうなっているかなんてのは俺は知らない。けれど何か大事な情報を聞けるんじゃないかと、そんな浅はかな予感を信じて、俺は足を進める。
朝九時。店のシャッターは開いていた。奥に退屈そうにあくびをする鈴夏さんを見かけて、俺は躊躇わず店の中へと入る。
「おういらっしゃい! ・・・って、なんだお前か。久しぶりだな。半年くらいか?」
「おはようございます、鈴夏さん」
会った回数自体はさほどないが、この人と面と向かう時は変に懐かしさを感じない。本当に不思議な感覚だ。
まあ、今回はそんなことなどどうでもいい。急を要する事態がすぐそこまで迫ってきているのだから。
「で、今日は何の用だ? 足の調子悪いとかならすぐにできるけど」
「今日はそっちじゃないんです。ちょっと・・・もっと複雑な事情が」
「ふーん・・・? ま、ちょっと待て」
俺の言葉を聞くより先に、鈴夏さんは店の看板をclosedに切り替えた。どうやら俺の話が長くなると踏んだのだろう。その配慮には感謝しかない。
そして一息つくと、鈴夏さんは椅子に深く腰掛けた。そして俺に『早く言え』と伝えんばかりの視線を向ける。俺は頭の中でひと段落整理をして、聞きたいところから単刀直入に伺う。
「鈴夏さんは今、真冬さんと連絡を取れたりしますか?」
「真冬? なんでお前・・・」
「その説明は後でします。なので先に・・・」
俺の熱意虚しく、鈴夏さんはNOを打ち出した。
「どういう背景があるか知らないけど、少なくとも今あいつと連絡が取れる状況じゃない。大体、私が何年前に真冬と別れたと思ってるんだ」
「鈴夏さんは確か、鷲大師の祖父母の家にいたんですよね?」
「そこまでは大ちゃんに聞いたんだな。・・・じゃ、その理由からか」
テーブルに肘をついて、ぼーっと天井を見ながら鈴夏さんは説明を始めた。
「まず前提だけど、私、別に真冬のことが嫌いとかそういうのはないからな?」
「大丈夫です、疑ってません」
「そうか。・・・なんて言えばいいんだろうな、私、こんな性格だけどさ、あいつは全然違うんだ。もっとおとなしいやつで、優しい奴で・・・、なんて、私からじゃ想像できないだろ?」
「それはまあ、そうですね」
カラカラと鈴夏さんが笑う。それは自分の大雑把で豪胆な性格に何か思うところが合ってなのだろう。追及はしないで俺はそのまま話に耳を傾ける。
「んで、私はと言うとやんちゃやいたずら、体を動かすことが好きでたまらないような人間。親もさぞ手を焼いただろうよ」
「そんな二人が、どうして別れることになったんですか?」
俺が真正面から質問をぶつけると、鈴夏さんは表情から一切の笑みを消し去って、これまでからは考えれないような低い声で、淡々と語りだした。
「私ん家さ、言い方はまあ色々あるけどその・・・でかいんだ。ボンボン、名家、豪邸・・・まあ、なんとでも言える。街に影響を与えることすら容易いような、そんな家なんだ」
「・・・想像できませんね」
しかし思い返してみれば見るほど、小さいとき街に来るたびにどこかしらで「日野」の文字を見ていた思い出が浮かび上がってくる。すっかりそれも忘れてしまっていたけど。
「一応、私は長女で、かつ真冬以降は子供が生まれるような気配もなかったから、順当に行けば私が跡取りになるって話だったんだ。・・・でも、流石にこんなに気性の荒い奴に任せられないって考えたんだろうな。早いうちから祖父母の家へリリースだよ。真冬とはそれ以降距離が遠くなって、どうだろうな、最後に会ったのはもう5年以上も前の事になるな」
「そんな事情が」
「まあ、納得は出来る。・・・けど、なんだろうな。大人になるにつれて、真冬への申し訳なさを感じるようになったんだ。好きなように生きて、生きて、今だってそうしているけど、代わりに日野家の負荷を一身に受け止めなければならなくなったのは真冬だ。こんな、身勝手な姉のために」
「それが、鈴夏さんが真冬さんに対して抱いている感情・・・」
「ま、そんなところだな」
タオルをしゅるしゅると頭からほどいて、天井を見上げて鈴夏さんは一つ息を吐く。後悔、懺悔、期待・・・そこに様々な感情が眠っているということは想像に難くなかった。
「会いに、行かないんですか?」
「さあ、会いに行ってどうなるんだろうな。・・・恨み言を言われるのは正直怖いし、それに今はどこかで隠居してる両親がいた日にゃ大目玉食らうか門前払いだろ。『今まで何してたんだ!』って」
「事実上の絶縁ですか?」
「真冬次第だな」
淡々と事実のみを鈴夏さんは告げる。言ってて辛くならないのか、なんて聞くだけ野暮だ。
しかしその中で、鈴夏さんは小さな声で続けた。
「・・・でも、私は真冬の事・・・」
「なんですか?」
「何でもねえよ。んで、なんだったんだ? 急に真冬のことを話になんか出しやがって。それともなんだ? あいつの娘がなんか言ってたのか?」
「鈴夏さん、真冬さんの子供のこと知ってるんですか?」
「まあ、風のうわさ程度には聞いてるからな。・・・んで、その様子だとなんかありそうだな。どうりで真冬の名前が出ると思ったよ」
呆れ、ため息を一つついて、鈴夏さんは俺に話の続きを促した。
「言えよ、続き。さっきからずっと辛気臭い顔しやがって。・・・何か大きな話があるんだろ?」
「・・・気づいてたんですか?」
「少なくともお前、5年前に比べてポーカーフェイスが下手くそになってるからな。今のお前からだったら背後事情が読み取れる。で、要はなんなんだ?」
「分かりました。ちょっと待ってください」
自分の中で整理をつけるべく、大きく息を2度吸って吐く。頭がすっきりしたところで、俺は単刀直入にぶつけた。
「今、真冬さんの娘、陽香が身の危険にあるんです」
「どういうことだ? 病気か?」
「それもあります。・・・けど、問題はその手術を妨害しようとするやつがいるという事なんです」
「失敗させようとしている、と?」
認めたくない言葉を呟く鈴夏さんに、俺は深く、一度頷く。
少々切れ者な鈴夏さんは、すぐにその理由を理解した。
「・・・日野の看板が邪魔をしてるんだな? そうだな?」
「直接犯人に会ったわけでもないし、見つかってもいないので分かりませんが・・・脅迫音声を送るという事は、つまりそういうことかと」
「・・・っ!」
明らかに鈴夏さんの顔色が憤怒に塗り替えられたのが分かった。その感情を爆発させないように堪えて、鈴夏さんは続きを聞く。
「他、何か分かってることはあるのか?」
「手術は早急にした方がいいという現状がある、ということくらいですかね。俺が伝えられる情報は、ここまでです」
「なんてことだ・・・そんな話があってたまるかよ」
鈴夏さんは真冬さんのことを恨んでいる様子など微塵も感じさせない。本心で真冬さんのことを思い、そしてその理不尽に怒っている。先ほどの話も含めると、そこに懺悔や後悔の気持ちも多少は混じっているのだろう。それを踏まえて、「妹想い」というところだけは変わらない。
冷静になるべく一つ息をすって、心が落ち着いたのか冴えた目で鈴夏さんは告げた。
「・・・分かった。真冬のことだ、全面的に協力させてくれ。もっとも、私にどこまでできるか分かんないけど」
「ありがとうございます。手を貸してもらえるだけで、助かります」
ましてや、工学のプロフェッショナルと言っても過言ではない存在だ。きっとどこかでその力を借りる時が来るだろう。頼もしい存在だ。少なくとも、ただちっぽけなだけの俺なんかよりは。
それを見透かしてか、鈴夏さんははっきりと告げる。
「・・・自分には何も出来ない、なんて思うなよ。お前にはお前にだけしか、出来ないことが絶対にある」
「俺だけに、ですか?」
言われても今はまだ想像はつかない。
「ま、それはきっと大きくなれば分かることだ。でも一つだけ言える。自分をありふれたピースの一つだと思うな」
少し厳しいまなざし。五年前から対して成長していない俺の心を諫めているようだった。
でも、それでいい。それがいい。そうしてくれた方が、今の俺を否定できるから。
握りこぶしを一つ作る。頑張ろう、だなんてチープな言葉を滲ませて。
けれど、今の俺にできることはきっと、それしかない。
がむしゃらに、ただ、がむしゃらに。
『今日の座談会コーナー』
前作の一番ひどいところと言ったら、多分ここらへんなんです。内容の曖昧さ、辻褄があってなかったりともう散々で。
ならば、オリジナルパートとは何か。という事を再確認しながら書いています。
あと、男勝りな性格をしているサバサバ系の女性は好きです。
日野鈴夏という人物は、そこにおいて今まで作ってきた創作キャラの中ではかなり思い入れが強いですね。(一次二次問わず)
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)