凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~遥side~
鈴夏さんに伝えれるだけのことを全て伝えて、俺はすぐに街へと戻った。次に目指すべき場所・・・というより達成すべき目標は、真冬さんと会う事だった。
家は街のはずれの方にある、と大吾さんから伝えられた。この街の家のサイズなんてたかが知れているため、街のはずれに一発大きい家があればそこで確定だろう。
そんな安直な思考はどうやら当たっていたようで、少し繁華街から外れ、道を上ったところに一軒大きな家が存在していた。表札にはしっかりと「日野家」と書いてある。
「・・・うわさには、聞いてはいたけどさ」
こんな家が存在すると目の当たりにして、俺は言葉を失った。明らかに、そこら辺の人間とは一線を隔てている。
ただ、それを羨むより別の感情が先に湧き上がってくる。『きっと、息苦しいだろう』と。
そんな、本件とは何ら関係のない、どうでもいい感情を胸の奥底の方にしまい込んで、俺はインターホンを一度、二度鳴らす。
しかし、反応はない。そのことに俺は違和感を覚える。
少なくとも、一人で住めるような大きさの家ではない。ましてや、鈴夏さんの言う通り名家とでもいうのなら、執事やメイドの一人や二人雇っていても不思議ではない。
けれどどれだけ考察を進めようと、目の前の現実が変わることはない。この家に、今は誰もいない。
「・・・くそっ!」
苛立ってはいけないということは分かっている。しかしそれでも、一分一秒が惜しい今、こんなところで足止めを食らうわけにはいかなかった。
しかし、手の打ちようがない。・・・戻るしか、ない。
俺は感情をどうにか沈めながら、くるりと踵を返し、街へと戻った。そしてまた、出来ることを探す。
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そして昼下がり、やるべきことを見失って、途方に暮れた俺はぶらぶらと街を歩いていた。今から目が合うその本人が、探している日野真冬さんだったならいいな、なんてどうしようもないことを願いながら。
そんな偶然起きないって分かってるのに・・・。
と、うなだれていると当然前も見えない。俺は向こうから走ってくる誰かと思い切りぶつかってしまった。重さはない分俺が飛ばされることはなかったが、どうやらぶつかったはずみで相手が転んでしまったようだ。ドッ、と尻もちをつく音が聞こえる。
「おっと・・・。すみません、大丈夫ですか?」
俺は顔を上げて、目の前で座り込んでいる女性に手を伸ばす。全身に綺麗な服を身に纏った、「綺麗」という言葉が似合いそうな女性がそこにはいた。
けれど、おかしな点に気が付く。
明らかに、血色が悪かった。ぶつかったことが、そんなに何かに影響したというのだろうか。だとしたら、こんな謝罪だとか後の対応だけでは許されたものではないかもしれない。
俺はもう一度声をかけなそう。
「あ、あの・・・。本当に大丈夫ですか?」
「・・・はい、大丈夫、です」
いや、大丈夫じゃないでしょ、と。
とりあえずこの場にいては周りの注目の的になるだけだろう。早急にこの場を離れた方がいいことは分かっているが、どうにも目の前の女性を放っておく気にはなれなかった。この調子だと、またどこかで同じことが起きそうな予感がする。なんて、とんでもないおせっかいだけど。
それを割り切って、俺は女性に提案する。
「ぶつかってしまった詫び、というのもなんですが、どこかでコーヒーの一杯でもおごらせてくれませんか? ああ、もちろん嫌がるなら結構ですけど・・・」
・・・言っておきながら、謝罪にかこつけたナンパに見えなくもないけど・・・。
しかし、そんな俺の心配とは裏腹に、女性は俺の問いかけに対してイエスを口にした。
「・・・そう、ですね。すみません、お願いしてもいいですか?」
「え? あ、はい」
完全に予想外でうろたえながらも、俺は言ったことを全うする。
周辺をぐるっと一周様子見。すると、少し思い出の残る喫茶店を見つけた。確かあの店は、母さんがこっそり何度か連れてきてくれた店だったはずだ。
・・・うん、あそこならいいだろう。
「じゃあ、あの店でどうですか?」
「・・・はい」
女性は小さく返事をする。・・・うん、急いだほうが良さそうだ。
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店内に入り、注文したコーヒーを一口すすると、どうやら女性も少し落ち着きを取り戻したようで、先ほどの死人のような顔色はすっかり良くなっていた。
今ならまともに話ができるだろうと思い、俺は聞きたいところを問いかける。
「本当に、さっきはすみませんでした」
「あ、いえ。あれは私の不注意なので気にしていません・・・。ずっと、下を向いてしまっていたので」
「じゃあ、お互い様ですね」
自分のせい、いや、自分のせいだと言い合うのは永遠にキリがないし誰も喜ばない。ここまでの人生でそう学んできたからこの話は一旦ここで切るとする。
そして一つ咳ばらいをして、俺は視線を女性へ向けなおした。
「そう言えば、名前、まだでしたね。私、島波 遥と言います。お伺いしてもよろしいでしょうか」
「その・・・」
女性は答えるのを躊躇う。何か名前を口に出来ない事情があるのだろうか。
しかし数秒考えこんだ後で俺を信用してか、すっと一枚の紙を出してきた。どうやら名刺か何かのようだ。
「受け取りますね」
その名刺を受けとって、一番太字で書いてある部分に目を向ける。そしてそこに書かれた名前に俺は言葉を失った。
『日野真冬』
それは間違いなく俺が探していた相手で、そして今、俺の目の前にいる。
俺は内心でガッツポーズをしつつも、それを表に出さないよう心にしまい込んで真冬さんに声を掛けた。
「・・・真冬さん、でしたか」
「はい」
「よかったです。・・・ずっと、探してたんです」
「え?」
なんの説明もなしにそう答えた俺の言葉に少し引いたのか動揺したのか、真冬さんの口元が引きつる。それを見て俺は慌てて訂正を入れた。
「ああ、他意はないんです。・・・ただその、大事なお話が一つあって」
「大事な・・・。・・・ひょっとして、陽香の、ことですか?」
大事なこと、ということについて思い当たるのが一つしかなかったのか、真冬さんはあっさりとその名前を口にした。俺は向こうに不安を与えないよう、即答する。
「はい。・・・陽香ちゃんのことです」
「・・・まさか、あなたが」
「?」
真冬さんがふとこぼした言葉の意味を俺は一瞬理解できなかった。三秒ほど経ってようやくそれを理解する。
なるほど、きっと真冬さんの元にも犯人から電話がいったのだろう。病院に送り付けられた脅迫音声と何ら変わらないものを。
だとしたらさっきみたいに血色を変えていたのも、ずっと元気がないのも納得がいく。・・・逆に言えば、それだけ切羽詰まっている状況、という事だけど。
兎も角誤解を解くために、俺は自身の立場を打ち明ける。
「俺は、陽香と同じ部屋にいただけの人間ですよ。そして、ずいぶんと仲良くしてもらってました。・・・それで今、事件に巻き込まれているわけです」
「事件って・・・あなた、知ってるんですか・・・!?」
まあ、巻き込まれたというよりは自分から巻き込まれに行ったが正解なのだけど言う意味はない。
先ほどよりもさらに動揺を深める真冬さんに、俺は変わらない調子で押し切る。
「だから、俺はあなたに会いに来たんです。・・・今回の一件、お手伝いさせていただくために」
「・・・そう。そうだったんですね」
真冬さんの表情から動揺が消え、仄かに明かりがともった気がした。その時、ドアがカランコロンとなって、何人かのスーツを着た人間がこちらに向かってきた。
その臨場感に気おされ俺は息を飲む。
「こんなところにおられましたか、真冬さん」
「えっと・・・真冬さん、これは?」
「ごめんなさい。ちょっと、無理やり家を抜け出しちゃって来てて・・・」
そしてようやく、このスーツ姿の連中がSPだの執事だのということに気が付いた。・・・うーん、さすがボンボン、格が違う。
「真冬さん、いかがなさいますか?」
「・・・そうね、一度家に戻るわ。・・・島波君、だったかしら? よければ先ほどの話、家の方で続けてもらえないかしら?」
「え、あ、はい」
先ほどまでの気弱なスタイルはどこへやら、真冬さんはしゃんとした背筋、しゃんとした言葉で振舞っていた。日野家の令嬢としての立ち振る舞いが板に染みついているのだろう。・・・鈴夏さんの言った通りだ。
そのまま真冬さんに先導され、外に止められた車に向かう。会計もいつの間にか済まされていたようだ。これが名家の力なんだろうか。羨ましくも、妬ましくも思わないけど。
そして真冬さんと俺とその他数名を乗せた黒塗りの車は走り出す。少しばかり開いた、答えへの光明へ向かって。
『今日の座談会コーナー』
ここの話をどうやってふくらませるか、毎回毎回考えている気がしますね・・・。
変に追加する要素なんてないですが、かといって手を付けずというのも難しいところで・・・。ただ、キャラを立たせることだけは注力したいですね。
日野真冬という人物も、結構気に入っていますよ。ただ、前回はその全貌を見せるだけの腕が足りなかったというか・・・。頑張りたいですね。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)