凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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いかん、毎度のごとく迷走癖が・・・。


第八十二話 その背を追って

~遥side~

 

 先ほどは閉まったままだった大きな門をくぐり、俺はようやく目的地だった日野家の本家へと入る。手入れされた大きな庭を後目に歩き、重厚感漂う扉が開くと、今度は格式ばった玄関が待っていた。洋館、と言えば正しいだろうか。

 

 なるほど、鈴夏さんが息苦しさを感じるのも無理はないな。

 

 と心のうちの言葉をさらに奥深くに隠し、先導する真冬さんの後ろをついていく。ある程度進むと周りに付き添っていたSPや執事はどこかに捌けていった。

 そして真冬さんと二人きりになったところで、俺は客間へとたどり着いた。横幅の広いテーブルで、真冬さんと向かい合わせに座る。

 

 そして一つ呼吸を整えたところで、背筋をしゃんと伸ばした真冬さんが口を開く。

 

「・・・先にお礼させてください。娘の事、ありがとうございます」

 

「礼はいらないですよ・・・。というより、しないでください。まだ何も終わっていないんですから」

 

「そうじゃなくて、あの子の傍にいてくれたことです」

 

 真冬さんは心の底から申し訳なさそうな顔をしていた。その表情の向けられた先が陽香であることに気が付けない俺ではない。

 真冬さんの、陽香への愛が伝わってくる。だとしたらきっと、会うに会えない状況が続いたのだろう。日野家の呪縛が災いして。

 

「本当なら、誰よりもあの子の傍にいなければいけないのは私だったはずなんです。・・・それでも、それすらできなかったのは、母親失格です」

 

「・・・仕事、ですか?」

 

「日野家だから。その一言だけで片付けられる物事は多いんです。・・・逃れられない仕事が溜まり続けるのも、その一つで」

 

「・・・」

 

 仕方のないことだ。

 分かっててはいても、軽く失望を覚えてしまう自分がいた。囚われの籠から抜け出すことを恐れて、縮こまって育って・・・そうしたら、こうなったと。

  

「・・・引き返せない、ですよね」

 

「まあ、ここまで来たら何も引き返すことなんてできないでしょう。・・・逃げてばかりで、どうするんですか」

 

 変わりようのない現実を俺は口にする。どうにかなる、だとか、確証のない気休めを与える方が、今のこの人にとっては毒だ。

 

「・・・」

 

 話が行き詰まる。さてどうしたものかと思ったとき、鈴夏さんが俺の脳裏を過った。

 ・・・真冬さんは、あの人をどう思っているんだろうか。

 単純にそればかりが気になっていると、自然とそれは言葉になっていた。

 

「ところで・・・真冬さんは、鈴夏さんを・・・どう思っているんですか?」

 

「え?」

 

 単刀直入過ぎたその言葉に真冬さんは当然のごとく固まる。

 けれど、思っていることは元から定まっていたのか、それはすぐに音を得て現れた。

 

「私は・・・姉さんを尊敬しているんです」

 

「そうなんですか?」

 

 一つ首を縦に振って、真冬さんは全てを話しだした。

 

「姉さんは、日野家を出ていったことを、なんて言っていましたか?」

 

「荒れた気性だから、親が見かねて祖父母の家へリリースした、なんて言ってました」

 

「あはは、姉さんらしいですね。・・・でも、それだけじゃないんです」

 

「そう、なんですか?」

 

 あの人の口から語られなかった真実が、どうやらそこにはあるらしい。なぜあの人が全てを話さなかったのか、なんてのはきっと、真冬さんのためだろうけど。

 

「姉さんが本来の日野家の跡取りだったことは聞いていますか?」

 

「はい。それに、反発していたことも」

 

「反発、と言うよりは、堅苦しい生活が苦手だったんでしょうね。見繕われた綺麗な洋服を、いつも泥だらけにして帰ってくるような人でしたから」

 

「それの積み重ねで祖父母の家に預けられたわけじゃない、と」

 

「はい。・・・一つ、大きな出来事があったんです。それが決め手になって」

 

「と言うと?」

 

 俺が尋ねると、真冬さんは視線を窓の外に逃がしながら、どこか懐かしむように呟いた。

 

「私が小学校に入る前くらいでしたか・・・、その時、父は事業の拡大を視野に入れてました。だからこそ、イメージダウンを嫌ったのでしょう。父は、私と姉さんの行動をこれまで以上に極端に制限しようとしました。分単位の行動シナリオを作って、それに伴った行動を、って」

 

「それは、流石に・・・」

 

「当時まだ小学生にもなっていなかった私でも、不満を覚えたことは覚えています。もっとも、言い出すことなんてできませんでしたけど」

 

 当然だ。言い出せるはずなんてない。

 

「その時、姉さんは父を殴ったんです。信じられませんよね? まだ八歳って言うのに」

 

「殴った、ですか・・・」

 

「ふらついて倒れた父の上にまたがって、更に二発、三発・・・、まあ結局最後は投げ飛ばされましたけど」

 

 流石、としか言いようがない。俺が同じ年齢だったころ、さて何をしていただろうかと思いにふける。一つだけ言えることがあるとすれば、こんな行動力に溢れた人間ではなかったという事だ。

 

「そうして、姉さんは鷲大師の祖父母の家に預けられることになったんです。元来、仕事から身を引いた人間は鷲大師の家に行くんです。祖父母もその立ち位置でした。最も、祖父母が現役の頃は今ほど規模が大きくなかったので、厳しさに徹底した生き方はしなかったそうですが」

 

「せめてもの慈悲なんでしょうかね」

 

「さあ、私には判断しかねますけど・・・。でも、両親はわずかに戻ってくれることを期待していたみたいですよ。まあ、それでもそんなことで考えを曲げる姉さんではありませんでしたが」

 

「むしろ今、もっと生き生きしてますからね・・・」

 

「今は確か技師、でしたっけ」

 

「はい。腕も確かですよ」

 

 そう言って俺は銀色に光る足を見せ、それが鈴夏さんが作ったものだという事をアピールする。少し驚いた顔をして、しかし真冬さんはそれ以上そのことについて何かいう事はなかった。

 代わりに、少し話題は形を変えて続く。

 

「・・・あの、姉さんは」

 

「?」

 

「私の事、どう言っていましたか?」

 

 そう尋ねる真冬さんの顔は怯えているように見えた。自分の姉と言えど、自分がどう思われているかというのは測りかねているのだろう。だからこそ、その見えない答えが怖い、と。

 それを否定するべく、俺はちゃんと言葉にする。

 

「すべての責任を押し付けて悪かったなって、そう言っていましたよ。むしろ、鈴夏さんも真冬さんにどう見られているか怖がっていましたし」

 

「あはは、やっぱり私たち、姉妹なんですね」

 

 真冬さんの心を縛っていた鎖が少し取れたのか、これまでよりも一段と柔らかい笑みを浮かべた。きっと捻じれ、さび付いてしまった互いの関係やそれにまつわる感情がずっと重りになっていたのだろう。

 

「姉さんに伝えてください。・・・私に、「自由」を見せてくれてありがとうって。それと、ずっと尊敬している、自慢の姉だってこと」

 

「必ず伝えます」

 

「それと、いつでも待ってるから、たまには会いに来てほしい、って」

 

「喜びますね、きっと」

 

 答えて、俺は確かめる。

 すれ違いには言葉を、親しい人へは愛を。

 それさえあれば、どれだけ断たれそうになろうと結ばれるのだと。

 

---

 

~真冬side~

 

 ずっと、姉さんにどう思われているのか考えるのが怖かった。

 ずっと憧れて、追いかけようとしていた背中だった。臆病で、籠の中の鳥でいる私を籠の外でもがいて導いてくれていたその姿が、私は好きだった。そこに、私は「自由」と「幸せ」を見た。

 

 でも、自由は自分の手でつかみ取れるって姉さんは教えてくれたのに、私は臆病で、それすら出来ないまま、逃げ続けてしまった。そうして生まれたのが、今、この一分一秒。逃れられない呪縛はどんどん大きくなって私を取り巻く。

 もちろん、今が幸せじゃないなんてことは言わない。私を愛してくれている人のこと、私が愛している人の事、それを嘘だとは思いたくない。

 

 ・・・こんな私を見たら、姉さんなんて言うんだろうって、ずっと怖がってた。でも、彼が、島波君が教えてくれた。私がなすべき全てを。

 特別具体的に指示されたわけでもなく、暗に一言告げた、「逃げてはいけない」というその一言だけ。

 

 その一言が全てだったってことに、私はようやく気が付いた。

 だからもう逃げない。掴みたいものを諦めない。妥協した果ての幸せでも悪くないかもしれないけど、けれどきっと本気で生きて、もがいて苦しんだ果ての幸せの方が輝いているはずだから。

 

 変わらない過去を嘆くより、変わる未来を信じよう。

 そしたらきっと・・・姉さんのいる場所に辿り着けるのかな。

 

 




『今日の座談会コーナー』

どれだけ長くなってもいいので、ここは自己満足に書きたいことだけ書こうと思います。中途半端に癪が長くなるのを考慮して妥協した文章を書くというのもいささか忍びないので。
という訳でここ数編は日野姉妹のすれ違いがテーマです。前回駄文を繰り広げてしまいましたけど話としては好きなんです。じゃなきゃリメイクする際カットですね。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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