凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
中途半端なところで失踪は嫌なので最後まで頑張ります。
~遥side~
目の前で、真冬さんはどこか懐かしむような、満足そうな表情を浮かべていた。おそらく自分の中に生まれていたモヤモヤの一つが消えたのだろう。それも、長い時を経て凝り固まってしまったものが。
今の真冬さんになら、もう少し攻めた話ができるかもしれない。そう思った。
言葉と言うものは、その凶暴性で時に人を傷つける。俺はそれを分かっている。
しかし、傷つけてしまうからと言葉にしなければなにも始まらないのもまた一つ。だから覚悟を決めて話す時が必ず人には訪れるのだ。そして今が、その時で。
「真冬さん」
「はい」
「どうして・・・陽香の手術を拒んでいたんですか?」
「・・・言い訳がましくなるかもしれませんが、聞いていただけますか?」
言葉の代わりに俺は一度首を縦に振った。それを見て一つ呼吸を整えて、真冬さんは苦々しい顔で語りだした。
「そもそも、陽香の身体が弱いのは私の遺伝なんです。私も過去に同じような病状で入院したことがあります。もっとも、今の陽香よりも病状は遥かに軽いものでしたが」
「そうなんですね」
「ええ。・・・そして、私も手術を受けました。日野の跡取りとなった私があっさりと倒れるわけにはいかないだろうと、否応なしに、父の権限で」
なるほどな、と相槌を打つ。
・・・家族、親、血の呪縛。目の前にあるそれは呪いの装備と言っても過言ではない物なのだろう。
「実際、私もずっと寝たきりでしたから、手術を受けること自体には反対していませんでした。そうは言っても、元気であることが一番なので。・・・でも、手術は困難を極めて、終わらないうちに麻酔が切れたんです」
「それは・・・かなりの苦痛ですよね」
「喉が焼ききれそうなくらい叫んだと思います。あの時の痛み、今でも覚えてますから。・・・。そんな痛みを極力陽香に背負わせたくないと、私は拒んでしまいました。悩んでいたんです、ずっと」
「・・・」
言葉を失くして俺は考える。確かにこの人の言っていることは間違いではないだろう。俺が正しいと思っていることとは違えど、この人なりの子への優しさがそこにはあるのだから。
「もちろん、それでこんなことになってしまった以上私、・・・いえ、私と夫ですね。私たちの判断は間違いだった、ということになります」
「他人が生んだイレギュラーを自分のせいにしないでください。・・・身を案じての判断なら、それを一概に間違いとは拒めません。少なくとも悪いのは・・・」
その言葉の途中で、ギリッと歯ぎしりをする。
そうだ。俺は何を勘違いしているんだよ。・・・悪いのは目の前にいる真冬さんでも、その夫でも、陽香でも、手術を催促しなかった病院サイドでもないじゃないか。そこに責任があるなら、この話はもっと早くに終わってるはずなんだ。
陽香の身を案ずるあまりに、いつしか目の前の問題全てに八つ当たりしていたのかもしれない。この歳にもなっても無様だ。人にものを言えた立場じゃないな。
「とにかく、過ぎたことは元には戻りません。僕はあなたたちの選択を間違いだとは思いません。それより今は、次に何をするべきか考えましょう」
「そうですね。・・・あなたのおかげで、沢山やるべきことが見えた気がします」
「そうですか」
「ええ。ここでの話が終わったらすぐに経つつもりです。・・・私なりの反抗期、やるならきっと今しかないので」
言葉を紡ぐ真冬さんの瞳には光が灯っている。自分の娘が危険にさらされているという状況は何一つ変わっていないが、その中での自分のふるまいを見つけたのだろう。ならば俺がそれにとやかく言うことはない。
だから俺も、俺のするべきことを。
「そういえば」
「はい?」
ふと思い出したように真冬さんが声を掛けてくる。
「今回の件、味方になってくれるとは言ったものの、何をどうするおつもりなんですか?」
「・・・犯人の捜査、確保ですかね。俺にできることと言ったら」
俺がそう答えると真冬さんは仄かに血相を変えた。
「とても危険ですよ? それも、一人なんて・・・」
「分かってます。・・・それでも、これが多分最適解なんです。俺はおそらく誰にもマークされていない、背後にこことのパスがあるとも思われていないでしょう。動きを見せないまま動かなければいけないなら、尚更でしょう」
「それでもし犠牲になったら、あなたは満足できるんですか?」
痛い言葉だ。俺はこれまでも同じようなことをしてきて、そのたびに傷ついているのだから。そして同じような言葉を何度言われたか。美海に、水瀬に。
思えば、他人のために生きることがいつの間にか自分の信条になっていた。そうやって生きてきたし、多分それはこれからも変わることはないだろう。
だから、いつものように俺は答えてしまう。
「できますよ。自分の大切だと思う人が相手だったら、尚更。・・・ずっとそうやって生きてきたんです。今更それを変えるなんて、俺にはできないですよ」
「・・・分かりました。そこまで言うなら私に止める権利はありません。ただ、絶対に無理をしないでください。きっとあの子が一番悲しむのは、あなたを失うことですから」
「肝に銘じます」
俺の周りに、俺が傷ついて喜ぶ人などいないと知った五年前。同じ轍は踏みたくないから、最大限善処をすることを誓う。やけっぱちな自己犠牲はいらない。
「それでしたら、あなたにこちらを」
真冬さんは俺の覚悟を信じたのか真っすぐ俺を見て、その視線を左に反らしたかと思うと入ってこいと言わんばかりに手を上げ、瞬く間にSPらしき人物が一人入ってきて、俺の目の前に書類を置いた。
「これは?」
「夫なりに集めた、私怨が生まれそうなリストらしいです。やむを得ずリストラしてしまった従業員。事業拡大のために潰れてしまった自営業の店のリスト、その他・・・。ここ五年内の話なので、それ以上まで遡ってしまうといよいよ手が付けられないらしいですが」
そうは言うものの、これが今目の前にあるとないとでは大きく違うだろう。
しかしそれより気になったのは、この書類を作るに至る労力だ。少なくとも現在日野家の事業を動かしていているのは真冬さんの夫だろう。その仕事量や負担は尋常じゃないはずだ。それでいながら、自分に敵意を向けているだろう企業や人物のことを忘れることなく、こうしてまとめる。精神的苦痛も身体的苦痛も尋常ないはずだ。
「あなたの言うノーマークという言葉を、私は信じます。どうかあの子のこと、よろしくお願いします。・・・私は、「母」として自分にできることをやります」
「分かりました。・・・絶対綺麗に終わらせて見せます」
母という存在からの期待を受けてしまったからには、いよいよ陽香を助けるほかない。どこまでできるか分からない、なんて弱音は言わないでおく。それはきっとその事態が来てから言葉にした方がいいから。
俺は書類を片手に立ち上がる。やるべきことは果たした。時間がそうあるわけでもないので次の行動を起こすなら早い方がいい。
「それじゃ、俺はこれで」
「色々とありがとうございます。また近いうちに来てください。その時は夫も呼びます」
「分かりました」
それから真冬さんに背を向けて、整えられた道を歩いて日野家を後にする。自分の小さなアパートに着くなり、俺は書類に目を通し始めた。
・・・ここからは、地道な作業の連続だ。一刻も無駄になんてできるもんか。
寝る間も惜しんで、作業を進める。
そうすると、ある程度見えてくるものがあった。直感的な話ではあるが、その部分を詰めるとおそらく真相に辿り着くだろうというという事が見えてきた。
その時、家に電話の着信音が響いた。
「もしもし・・・」
「よう、そっちはどうだ」
「大吾先生ですか。・・・進展はありましたよ。真冬さんからヒアリングをして資料を貰って、今はそこから、実行犯の特定を進めてるところです」
「初日から会いに行くとは、大した男だよ、本当にお前は」
嫌味っ気のない大吾先生の声音に少し驚く。
本当なら減らず口を叩きあう仲。それが出来ない現状であるというのも一因を買っているだろうけど。
「先生のほうは?」
「こっちはとりあえず手術の準備を進めているところだな。というより、当初の予定通りに推し進めているだけだ。患者の容態にもとりあえず変化はない。予定通りには進めそうだ」
「そうですか」
「・・・なあ、今忙しいか?」
「それは」
言いかけて、俺は途中で言葉を止めた。
無駄な物言いをしないこの人が、急に忙しいかと尋ねている。きっと、何か伝えたいこと、話したいことがあるのだろう。
「まあ、忙しいですけど、休憩中です。詰めて作業しても効率悪いんで」
「・・・はぁ。見透かしたなこの野郎」
どうやら一瞬のためらいで向こうは俺が空気を読んだことに気が付いたらしい。これが大人という奴だろうか。
「まあいい。気遣い感謝するよ。・・・ちょいとな、昔話に付き合ってくれ」
「昔話、ですか?」
「まあ、俺のことだよ」
電話越しに苦笑いが聞こえる。俺はそれにはぁ、と返事した。
「あれは、俺が中学生になる前の話だ」
『今日の座談会コーナー』
こうして改めて書くと、前作と話が前後しているんですよね。前作だったら大吾先生との電話の後で訪問という流れだったはずなので。
しかしまあ、メタい話をすると前作はこの期間が長すぎたと。
というわけで再構成して、無駄な日を減らしているということです。もう少しここら辺掘り下げたいのもありますけどね。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)