凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~美海side~
思えばここ数日は、まるで嵐のようなものだった気がする。
あれから五年。大学生になった遥の、最初の夏休み。こっちへ帰ってきたと思ったら、今度は海から光が帰ってきた。そしたら今度は私にエナが生まれて、遥がまた街へ帰って、もうめちゃくちゃだ。
特に、遥が向こうに帰った理由は誰も聞かされていないのがびっくりだ。聞いたところ、千夏ちゃんの両親も詳しくは聞かされてないらしい。
仕方がないとは割り切っている。すぐ帰ってくるという事も知っている。
・・・でも、なんだか釈然としない。モヤモヤとした気持ちが胸で息づいている。
五年。その月日で私もずいぶんと大きくなった。まだ中学生だけど、それでも無邪気に人を好きだ嫌いだと喚いていたあの頃と比べると、大きくなったと思う。茶化しているのかどうか分からないけど、美しい、だとか、かわいい、だとかそんな言葉もより一層口にされるようになった。
そして遥も、五年で随分と変わった。背丈も大きくなって、一層カッコよくなって・・・そして、私の手の届かないところにいるような気がして。
そして、千夏ちゃんと同い年になった。
・・・といっても、それはもし、千夏ちゃんもみんなと同じように冬眠していたら、の話だけど。でも、私はそう思っているから、信じることにする。
好きと言う気持ち。
ずっと分からないでいたはずのそれが、だんだんと心の中で膨張しているような気がして仕方がない。フェアに戦おう、その約束を裏切りたくはないから大きな声で本人の前でそれを言うことは出来ないけど。
はっきりと言える。私はあの頃よりずっと、遥のことが大好きだと。
---
夕日が海に差し掛かろうとするころ、私はフラッと玄関の方へ向かった。
「美海、どこ行くんだ?」
「散歩。晃のこと頼める?」
「心配しなくてもあいつから俺に突っ込んでくらぁ。っと、よっしゃこい! 晃」
晃は随分と光になついたようで、楽しそうに遊んでいる。ちょっと妬いちゃう気持ちもあるけど、悪い気はしない。
「それじゃ、行ってくる」
そして海を目指して、あまり大きくない歩幅で私は歩いた。
誰が悪いせいでもない。気分がとても乗らないわけでもないけど・・・どうしてか今日は一人になりたくなった。この気持ちは、ずいぶんと久しぶりだ。
五年前なら気持ちいいと思えていたはずの潮風が、今日はいつになく冷たく感じる。
望まなくても一人だったあの頃は、一人でいることが嫌だった。
もちろん、パパもいたし、さゆもいてくれた。でもそれだけじゃ、ママがいなくなった空白は埋めれなくて。その寂しさが、私は嫌だった。
でも、もう私は一人と思うことはなくなった。あかちゃんが傍にいてくれて、晃が生まれて、遥や光、沢山の人が私の周りにいるから。
だからなのかな・・・こうして、一人でいた時間を愛おしく思うのは。
一人でいれば、いくらでも考えることに時間を費やせる。静かに、落ち着いて、自分の中の心を整理できる。嫌がっていただけで、あの時間にはそんな使い方もあったんだ。
そして私は埠頭の近くまで歩いた。その場に座り込んで足をぶらつかせて、凪いでしまった海を見る。
あの日から変わってしまった海。
最後に見たあの美し海には、もう戻らないのだろうか。
「おい」
後ろから声がかかる。この間のこともあってほんの僅かだけ身構えたけど、耳にしたことのある、馴染みある声だと認識して、心を落ち着かせた。
振り向いた先にいるのは紡さんだった。
「あ、紡さん」
「こんなところにいるなんて、珍しいな」
「ちょっと色々、考え込んでて」
といっても、この状況になった以上、一人にしてくれとは言えない。
「奇遇だな。俺も、そんな感じなんだ」
「紡さんも、ですか?」
「ここに来ると、どうも心が落ち着いてな。・・・昔からずっと、こうやって海を見てきた」
それは、ずっと海と一緒に生きてきた人の言葉だった。
といっても、その生き方は遥や光らなんかとは違う。海が大好きなのに、海で生きることができない人の言葉。
今の私なんかじゃ到底たどり着けない気持ちだ。
「美海。ちょっと相談、いいか?」
「いいですけど、珍しいですね」
「まあ、な・・・。相談相手がなかなかいなくて困ってた」
その一言で、紡さんが何に悩んでいるかを私は察した。それは私と一緒で。
「美海は、好きになる、ってことと、どうやって向き合ってる?」
「どうやって、って言われても・・・」
当然、私は言葉に詰まる。
下手なことは言えない。そもそも私自身がその気持ちとうまく向き合えてないのだから。最近になってようやく、気持ちを理解し始めたくらいだ。
それに私は五年前、その気持ちを知っていながら逃げてしまった。あの時の後悔に今も囚われて、動けないでいる。
約束なんて破ってしまえ、なんて考えたことがないなんて言えない。
けれど、ここまで来てそれを破ってしまう事は、もっと逃げているように思えて・・・だから尚更、前に進めず、後ろにも下がれず。
そんな私が言えることと言えばせいぜい・・・
「向き合い方、って私にはよくわからない・・・けど、目を反らして、逃げることだけは、絶対にやめた方がいいと思うんです。そうして取り返しがつかなくなった時に、振り返って後悔することが一番辛いんです」
「そうか」
「好きって思ってるなら、いつかちゃんとそれを伝えないと・・・言わないと、ダメなんです」
言っていて、自分が一番辛くなる。私が言い聞かせている相手は、私自身なんだと気が付くのに時間はかからなかった。
「・・・遥のことか?」
「言わないでください・・・」
「そっか、悪い」
申し訳なさそうに頭を下げて、紡さんは遠く空の方を見上げた。
「俺が誰が気になってるのか、とか、そういうの美海は分かるのか?」
「ちさきさん、ですよね」
「・・・やっぱり、分かるのか」
当然だ。同じ屋根の下で一緒に暮らして、そんな思いを抱かないわけがない。
それに、ちさきさんは五年の月日を経てさらに美しくなった。今では町中で人気が出ているといっても不思議じゃない。
「あいつのこと、ずっと引っ掛かってる。危なっかしくて、脆くて、だから守ってやりたいと思ってしまう。そう思ってしまうことがいいのか、俺には分からない」
「私にも分からないですよ」
「でも、逃げちゃいけない。・・・そうだよな。そう思う」
紡さんは吹っ切れたように笑った。
「お前のおかげで、少し気持ちの整理が出来た。ありがとう」
「いえ」
「じゃあ、俺、帰るから」
それ以降は何も言わず、紡さんは踵を返して帰っていった。
一人になったのに、結局私は一人になって何を考えようとしていたのか忘れてしまった。でも、悪い気分がしないのも事実だ。
向き合うこと。
今だって怖いけど、逃げない。人に言うなら、まずは自分がそうしないといけないから。
「・・・帰ろっか」
行きより軽い足取りで、私はみんなの待つ家へと帰った。
『今日の座談会コーナー』
遥が裏で活躍している中での、表の話って言ったらその通りですよね。むしろ本編世界線で言えば、こっちが表でしょう。
あんまし本編でない人と人の掛け合いって、書いてて楽しいんですけど難しいんですよね。勉強のし甲斐があります。
もう少しこういう場面増やしたいですね。
と言ったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)