凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
そろそろオリジナルパートも終わりますね。
~遥side~
それから決行日までは日が過ぎるのが早く感じた。全ての信用を裏切らないように上手に立ち回る、これまでずっとやっていたことで、分かってはいたけど、やはり負担は大きかった。
それに、今回は多くの人の命がかかっている。生半可なことが出来ないだけに、日に日にストレスは溜まっていた。
けど、それも明日で終わりだ。
俺は先生に電話をかける。自分を落ち着かせるためには、気の許せる誰かと会話することが一番だった。
数回コールが響いて、電話がつながる。
「よっ、どうしたんだ?」
「ちょっと話でもどうかなって」
「珍しく気弱にでもなってんのか?」
「まあ、そういうことにしといてください」
どのみちあっていることだ。もう五年の付き合いともなれば、俺の考えてることなんてすぐに分かるだろう。
「いいぜ、付き合ってやるよ。といっても、緊張してるのは俺もなんだけどな」
「人生経験上、一番難易度が高かったりするんですよね?」
「そうだな。・・・まあ、同じくらい難しい手術はこれまで何度かあったから、そこについてはあまり気負ってはないんだが・・・」
「背景事情、ですか」
「・・・分かってはいてもよ、自分は手術にだけ集中します、なんてそう簡単には言ってられんだろ」
それはそうだ。
仮に先生が俺を信頼していたとしても、それとこれとは別。全てが終わるまではずっとプレッシャーがかかり続ける状態だろう。それは、俺も。
でなければ、同じ重圧を抱えている者同士こうして今話などしていない。
「まあ、怖がってもなんだ。もっといろんな話しようぜ」
「そう言えば、そっちに真冬さん、行ったんですよね?」
「ああ、来たぜ。お前が催促してくれたんだろ。正直、助かる」
「催促って程でもないですけど、まあ、ちゃんと話しておくべきだったと思ったので」
俺の言葉を聞いて、先生は淡々と語りだした。
「心の拠り所って大事なもんでさ、特に患者だと。だからああやって傍にいることが、結構特効薬になったりするもんだ」
「心の拠り所、ですか」
それを随分と手にしてなかった人生だった。今でこそその言葉の意味の片鱗は分かるけれども、心のどこかで自分がそれを拒絶しているのじゃないかと不安になってしまう時は、時々ある。
「しっかしまあ、とてもあいつの妹にはおもえねぇなぁ。小さい頃を見たことないからなんとも言えないけど、少なくとも今の状態で似てるとは言えねえだろ?」
「そうですね」
「・・・すーちゃん、元気してるか?」
ふと、先生はトーンダウンして鈴夏さんの状態を伺った。前は恋かどうか分からないと受け流したものの、やはりどこか気はあるのだろう。
俺は逃げることもはぐらかすこともせず、きっちりと答える。
「元気してますよ。それと、伝言もあります」
「まじで?」
「また今度、飲みにでも行かないか、って。そう言ってましたよ」
「・・・洒落た喫茶とか、料理とかすぐに出てこないあたり、あいつなんだなって思わされるよ」
電話越しでも苦笑が伝わった。つられて俺もふっと笑う。
それから一息ついて、先生は落ち着いた口調で続けた。
「もちろん、付き合うよ。俺もあいつに話したいこといっぱいあるからな。お前もどだ?」
「行くわけないじゃないですか。せっかく先生がアタックできるチャンスですよ? 俺がいたら視線が俺に向かうに決まっちゃうじゃないですか」
「はん、よく言うぜ」
もちろん、冗談のつもりだが、行くつもりがないのは事実だ。ここから先は二人だけの問題で、そこに俺が過度に絡んでいく意味はないのだから。
「・・・なんか、ありがとな」
「それを言うのは全部終わってからにしましょう」
「そりゃそうだ」
漏れていた苦笑が止まる。先生は落ち着いた声音で俺に問いかけた。
「・・・お前のほうは、大丈夫か?」
「準備は出来てるんです。あとは、俺がしくじらなければちゃんと終わります」
「できるのか?」
「やるんですよ。できるかどうかで聞かれたら困ります」
今やっていることが最適解と分かっていながらも、できるかどうかで言われたらだいぶイチかバチかだ。犯人に俺が信頼されているとも限らない。
「・・・だな。野暮なこと聞いた」
そこからまたしばしの静寂。俺と先生の会話でこうも言葉がなくなるのは珍しい。それほどまでに、切羽詰まっている状況という訳だけど。
「・・・やめだやめ。これ以上話すことなんてなんもねえよ」
「そうですね。万全の状態で臨むために、今日はさっさと寝ましょうか」
「そうだな。んじゃ、明日、しくじるなよ」
「先生も」
そう契って、二人同じタイミングで電話を切った。
数分ぶりに一人の状況になって、俺は改めてぐちゃぐちゃになっている自分の心境を整理した。
先生は、変わろうとしている。
立ち止まったままの俺を置いて、先に行こうとしている。
そのことがうらやましいのかと言われたら、否定は出来ない。
けれどそれより先に来るのは、自分の惨めさと言うか、焦りだ。
他人の後押しはするくせに、俺は何一つ変われていない。それがどこかいたたまれない。
「・・・でも今は、そんなことを期にする状況じゃないよな」
心にどこかしこりが生まれる。ほっといておいたらそれはどんどん大きくなって、いつかは俺自身の心全てを蝕むかもしれない。
だからせいぜい俺はそれに飲まれないように、精一杯踏みとどまろう。
そして日は巡り、手術当日を迎える。
俺は真っ先に寄るべき場所へ寄った。鈴夏さんの元だ。
「おう、来たか。頼みのものは出来てるぜ」
目が合うなり、鈴夏さんは奥から俺が頼んでいたものを手渡した。
それは、電波阻害の小さなジャミング素材といったものだった。正直、これが効くかどうかは不明だ。
しかし見た感じ、男の機材周りはたくさんのものこそあれど、最新とは言い難いものばかりだった。ブラウン管のテレビに磁石を近づけることで異変が起こる。その上位互換の行動を行うことはそう難しくないだろうと踏んで俺はこれを依頼した。
しかし鈴夏さんもいくばくかの疑問があるようで、俺に問いかける。
「なあ、本当にこれ通じるのか?」
「俺の見立てだと、多分。偽のものとすり替えるには手間がかかりますし、おそらく裏で工作しててもバレるでしょう」
「まあ、そりゃそうだけど・・・」
「大丈夫、絶対成功させます」
自信があるかどうかと言われたらはっきりと答えることは出来ない。けれど、今は虚勢を張ってでもそう言い切るしかない。
鈴夏さんは俺を信じるといった構えを見せて、一度しっかり頷いた。
「分かった。じゃあこれを託す。うまくやれるんだろ?」
「はい」
俺はしっかりとそれを受け取る。ここから先は後戻りできない。その重圧がひしひしと伝わってきた。
「んで、だ」
「?」
「大ちゃんは何か言ってたか?」
つくづく似た者同士で、思わず笑ってしまう。
けど、長くは続かせずに、俺は淡泊に答える。
「洒落た喫茶店とかじゃないあたりお前らしいよって言ってました」
「しょうがねえだろ、柄じゃないんだから」
「OKらしいですよ」
「・・・そっか。んじゃ、祈るしかねえな」
仕方ないなと鈴夏さんは笑った。俺も少しだけ笑う。
「・・・それじゃ行きます」
「ああ。頼むぞ」
俺はクルリと踵を返して、向かうべき場所へ向かう。
泣いても笑っても、今日が最後だ。
ならばせめて、笑顔で終われる未来を。
『今日の座談会コーナー』
さすがに毎話やってると書くことが尽きちゃいますね。
今作のサブタイトルの話でもしましょうか。というのも前作サブタイトル、一回投稿後に同じ名前が二つあるとかいう失態を犯してしまったので。
ということは、ボキャ貧だったんでしょうかねぇ・・・。正直前作の文章を見てると稚拙さとかが伺えて、真っ赤になっちゃうので。
そう言った意味でのリメイクでもあります。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)