凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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まーた新作始めちゃったよ。
こっちの編集滞りそうで心配。


第八十九話 結末の果てにあるもの

~遥side~

 

 男のアジトの前にたどり着くと、急に足が震えだしてきた。

 それは無理もない事だった。全ての人の期待とこれからがかかった局面なんて、俺は迎えたことがなかったから。それこそ、きっと俺が目覚めたままでお舟引きを迎えていたなら、同じような感情を五年前に抱いていたのだろう。

 でも、それは過去の話。どうにもならないことを考えても意味はない。

 

 覚悟を胸に、重たい鉄の扉をノックする。男はドア越しに俺を確認して、中へと招き入れた。

 この間とは様子が違っていた。モニターらしきものには病院が映っており、リアルタイムで手術の様子を映せるようになっていた。この短期間で用意したのだろう。

 本当に、この機械一つでどうにかなるのかと不安にもなるが、ここまで来たらやるしかない。

 

「それで、首尾は?」

 

「悪くない。・・・外の様子もいたって普通通り、警察の気配もなさそうだ」

 

「ならよし。まあ、じっくり見ていようぜ」

 

 間もなく手術が始まろうとしていた。男は少し過呼吸気味に、そのモニターを眺める。時折映像が乱れたりするのか、少し苛立ちながら。

 

「くそっ・・・調子でも悪いのか? 新造してすぐだっていうのによ」

 

「・・・」

 

 俺は一つの確信を得たが、表に出さないように無を貫いた。

 

「お前は」

 

「あぁ?」

 

「この一件が終わったらどうするんだ?」

 

 俺が問いかけた言葉に、男は少し無言を続けた。そして、ぽつりぽつりと話し出した。

 

「・・・んなもん、考えたことなんてなかった。俺の人生を狂わせた全てに復讐してその後のことなんて、やってる最中には考えないもんだろ」

 

「まあ、な・・・」

 

 分かっている。こいつにも、こいつなりの理由があったのだろう。

 けれど、それが人の道を踏み外したものだというのなら・・・悪いが容赦はしない。きっと、分かり合う道だってあっただろうに。

 

「さて、始まるぞ」

 

「・・・」

 

 早く、この場から逃げ出したかった。

 全てを終わらせたかった。普段の日常に戻りたかった。

 

 ここまで来てふと思う。幸せとはなんだと。そのありがたみを、尊さを、今更になって再確認させられる。

 これからどうしたいか。

 

 そんなもん、俺自身もよく分かっていないというのに・・・。

 

 

 そうして、無言の二時間のあと。

 手術は、終了した。

 

---

 

 結果から言うと、手術は成功したようだった。モニターに映しだされた術後の様子からそれは察することが出来た。

 男は不機嫌そうに舌打ちをする。それと同時に、完全にくるってしまった笑顔を浮かべて。

 

「そうかよ・・・それが答えか・・・!」

 

 まずい・・・!

 男がスイッチを押すだろうタイミングを明確に図ることが出来た俺は、ジャミングをよりはっきりするために男に近づいた。

 幸い、男はモニターなどもう見ておらず、上を見て小さく笑っていた。だからこそ、目の前の異変に気が付かない。

 

「じゃあな! あの世で後悔しやがれ!!」

 

 男は前を向いたかと思うと、力強くスイッチを叩きつけた。

 

 

 ・・・

 

 ・・・・・・

 

 しかし、目の前のモニターに映し出された向こうの景色が爆ぜることはなかった。それに気が付いて、男はみるみるうちに表情を変える。

 

「なんだこれ・・・どういうことだ? ・・・まさか!」

 

 男が気づくより早く、俺は男の腕を背後から締めあげた。それから力のままに言葉を口から吐き出す。

 

「動くな! 痛い目見たくないならな!!」

 

「くそっ! やっぱりてめえが!!」

 

 必死に抵抗する男の力は強く、俺の拘束などすぐにでも解かれてしまいそうだった。そこには力以上の執念を感じる。

 そして数秒後、男は力づくで俺の拘束を解いた。やけになった状態、半狂乱の状態でナイフを取り出し振り回した。

 

 くそっ・・・声なんて届いたもんじゃない!

  

 病院は救われたっていうのに、今度は俺自身がピンチだ。

 そして男はまっすぐ俺の方にナイフを突き出してきた。一度目は左の腹部を掠めていく。

 

「っ・・・!」

 

 ほんの僅か、鋭い痛み。かすったのだろう。じわじわとシャツに血が滲んでいるのが分かった。

 それを知ってか、男は二度目を繰り出す。今度はしっかりと俺の身体という枠を捉えている。

 

 ・・・これしかないか!

 

 俺は無理やりその腕を上からはたいた。男のナイフは俺の左足の方を掠めていく。

 そしてあらわになった俺の足を見て、男は言葉を失う。

 

「なっ・・・!?」

 

「ここから先は正当防衛、だよな?」

 

それから隙だらけになった男の腹部に重たい一撃を加える。誰かを傷つけるために護身術を学んだわけじゃないけど、今は有事だ。

 腹部を殴られて、男はうずくまる。そのうちに俺はナイフを拾い上げて遠くへ投げ捨てた。それから男の上にまたがり、今度こそ動きを封じる。

 

「・・・悪い。俺は俺のために、こうするしかなかった。俺の守りたいもの傷つけられるのは、ごめんなんだよ」

 

「・・・なんで」

 

「?」

 

「なんで邪魔するんだよ! ・・・人生壊されて、何も得ないで、そして決死の賭けでやったこれがこのざまで、俺は何のために生まれたっていうんだよ!!」

 

 男の悲痛な叫びは、全てではないが共感することが出来た。

 でも、自分の不幸を他人にまき散らすことは、違う事だ。俺だって、自分の不幸を他人にぶつけて幸せになれるなら、そうしたかった。

 けど、そうしなかったからこそ今の暮らしがあって、今の幸せがある。少しだけ踏ん張ることが出来たら、その先にちゃんと答えがあるのだ。

 

 だから、男に問う。

 

「本当に、全てを失った時、手を差し伸べた奴がいなかったか? 誰か一人くらい、お前に声かけた奴もいただろうに」

 

「それは・・・」

 

 どうやら、その通りだったらしい。

 

「でも、もう、終わりなんだろ・・・?」

 

 男は泣きそうな声で呟く。全てを諦めたような声だ。

 でも、答えは最初から決まっている。終わろうと思わなければ、終わりはない。

 

「さあな。でも、諦めなければ多分、変われるチャンスは来るだろうさ。俺も、かつてそうだったように」

 

 それから外でサイレンが鳴り響く。今日事前に警察に相談しておいたのが、ここで生きたようだ。

 

「きっと、思うほどこの世界は悪いものじゃないんだ」

 

「・・・分からねえよ」

 

「まあ、俺もだ」

 

 それから間もなく警察が建物の中に突入する。男は自分から名乗りを上げ、つかまることを選んだ。さっきの話で、どこか思うところがあったのだろう。

 一人その場に残された俺は、解かれた緊張のためか、足から崩れ落ちた。

 

「君! 大丈夫か?」

 

「はい・・・大丈夫です・・・」

 

「怪我してるじゃないか・・・とりあえず、病院に!」

 

「こんなもん、唾つけてれば治りますよ」

 

「馬鹿言うな!」

 

「じゃあ、僕が連れていきますよ」

 

 警察の向こうの扉の方から声がした。何度か聞いたことがある。これは・・・西野先生だ。

 でも、なんで西野先生がこんなところに?

 

「西野先生・・・」

 

「部外者は立ち入りを・・・」

 

「一応、医者なんですけど」

 

「・・・分かりました。後で警察に立ち寄ってください。少々、この方にもお伺いしたいことがあるので」

 

「分かりました。・・・島波君、歩けるかい?」

 

「はい」

 

 俺はよろよろと西野先生の車の元へ向かった。

 とりあえず一通り終わった。その事実に安堵しながら。

 

---

 

 街の病院に向かう道中の車で、西野先生はようやく重たい口を開いた。

 

「・・・今回の件は、済まなかったな。外部の君にまで迷惑をかけて」

 

「いや、これは・・・俺が望んで巻き込まれたようなものじゃないですか」

 

「それもそうなんだが・・・。実を言うとだな」

 

 それから西野先生は、躊躇ったような口調で続けた。

 

「今回の件の首謀者は・・・俺の旧縁なんだ」

 

「・・・え?」

 

「信じられないよな。病院サイドからすれば、身内の知り合いの犯行だからな。・・・あーあ、俺もクビかな」

 

「待ってください。そんなこと聞いてないですよ」

 

「聞いてないんじゃない。言ってなかったんだ。それに、つい昨日、一昨日まで俺も知らなかったんだ」

 

 その声はとても悔しそうで、だから俺は何も言えなかった。

 

「といっても、最近まで連絡を取り合ってたわけじゃなかったんだ。仲良かったのは5年くらい前まで。ある日を境に連絡頻度も少なくなってな。最後に連絡が来たときは、あいつが廃業して追い込まれてた時だった」

 

「・・・先生は、助けようとしたんですか?」

 

「したさ。たかが医師一人の力じゃどうにも出来ないことは分かっていたけどな。それでも、俺は言った。俺に出来ることはないかと。助けはいらないかと」

 

「でも、拒否された」

 

「・・・ああ。あいつの頭の中には復讐の事しかなかったんだろう。でも俺は、旧縁としてそれを止めるべきだったんだ。何としても」

 

 西野先生はハンドルを叩きつけた。拳には血管が浮かび上がっている。それほどまでに後悔は大きいのだろう。

 こういう時、どういう声を掛ければいいのだろうか。

 先生は悪くない、とでも言えばいいのだろうか。しかしそれは、かえってくすぶっている後悔の炎に油を注いでしまうかもしれない。

 

 優しさと、厳しさは表裏一体ではない。だから俺は、あえてこう問いかけることにした。

 

「それで、どうするんですか? これから先」

 

「どうって・・・」

 

「今更悔いても、あの人が罪を犯したことは変わりませんよ。それにずっと引っ張られて生きるのは、辛いはずです」

 

「何、俺に医者をやめろって?」

 

「そんなこと言ってませんよ。ただ・・・生きてる限り、人は変わるんです。でも、あの人が表に帰ってきたとき、戻る場所なんて今はないですよ」

 

「・・・はぁ、なるほどな」

 

 俺の言いたいことを西野先生は理解したようで、だからこそ苦しそうな表情を浮かべた。

 

「だいぶ難しい話をするんだな。俺が、あいつの受け皿になるなんて」

 

「できますよ。一度でも手を差し伸べようとした心があるなら」

 

「・・・そうかもな」

 

 大吾先生も過去を払拭して変わったと言った。だからこの人も、今がその時なはずだ。

 なんて、俺がえらそうなことを言えた身分じゃないけど・・・だからこそ、俺みたいにずっと後悔に囚われて生きる人を、少なくとも俺の知る人の中では作りたくないから。

 

「まあ出所したら一発ぶん殴ってやるかな。話はそれからだろう」

 

「たぶん、それが最適解ですよ。・・・っ!」

 

「痛むのか?」

 

「ほんの少しですけど」

 

 そうは言っても俺も怪我人だ。下手に強がりはできない。

 

「んじゃ、さっさと行こうか」

 

 そしていつもの調子で、西野先生はギアを上げた。車は加速していく。

 果てしなく長く暗かった、トンネルの出口へ。

 

 




『今日の座談会コーナー』

 前回と犯人の立ち位置を大きく変えましたね。それこそ、前回の動機の薄さとか背景事情の薄さとかが目立ちすぎて、本編に何も関わらなすぎるって思ってたので。
 そこでうまく西野先生を使えたんじゃないですかね。前作にはいなかったキャラクターなので。個人的には気に入ってますよ。
 とはいえ、これでオリジナル編いったん終了ですね。長かったような・・・。

 といったところで、今回はこの辺で。
 感想、評価等お待ちしております。

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