凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~大吾side~
長かったような、短かったような、そんな数時間。
メスで肉を刻む手が震えた。少しでも手元が狂えば失敗してしまうというプレッシャーを押しのけて、俺は手術を終えた。上出来だった。
それから30分、1時間と時間が過ぎる。爆破は・・・起きない。
それでようやく、全てが片付いたのだと悟った。一気に肩の荷も下りる。
「はぁ・・・ようやく終わったか」
「お疲れ様でした、藤枝先生」
「ああ。ありがとう」
手伝ってくれた他の人の言葉を受けつつ、俺は自分の持ち場へと戻る。ここまでくるとようやく終わりを実感できた。
「はっ・・・まだ手が震えてやがる」
何のためにこの震えが起きているのかは分からない。けれど、もう終わったことだ。何も怖くはない。
あの時、あいつに連絡の一つもなしにこの案件を担当してたらどうなってたんだろうな。なんてたらればを言ったところで過去は変わらないけど、ふとそんなことを思ってしまう。
と、その時俺の携帯に電話がかかってきた。見慣れない番号だ。
「もしもし、こちら藤枝」
「よっ、元気してたか?」
「は・・・? こりゃまた珍しい相手だなおい。てか俺さ、今仕事中なんだけど」
「いいじゃん別に。出れるくらいには余裕あるんでしょ?」
相変わらずあいつはマイペースだった。だからこそ、何も変わってなくて、安心できた。懐かしい声だ。ずっと聞きたかったような、そうでもなかったようなそんな気がする。
「てか、どうやって俺の番号を?」
「そんなん、あいつにもらったに決まってるじゃん。んで、全て片付いたら電話しようって思ってたわけ」
きっとあいつもあいつなりに俺にアプローチをかけようとしたんだろう。うぬぼれなんかじゃなく、そう思える。
だからこそ、その配慮にはありがたさを覚えた。
「そっか。気遣い感謝するよ」
「・・・終わったんだろ?」
「もちろん、ばっちりだ」
「お疲れさん」
シンプルなその言葉に、俺は呆気にとられた。えっと・・・こんなこと言う奴だったっけ。昔のイメージってもんは、そう簡単には変わらないらしい。
「・・・何黙ってんの?」
「いや、なんか・・・変な気分でさ」
「まー、実を言うとあたしもなんだけどさ」
「変わってねーのな、俺達って」
「ホントにそう思うよ」
落ち着いた時間だ。でも、あいつがいなかったらこうやってまた結ばれることもなかったのだろう。
そこについては本当に感謝してる。
島波遥。
俺の人生を動かしたのは、まさしくあいつだ。
「んでさ大ちゃん。例の話だけど」
「行くよ。次の休みいつだ?」
「いつでもOK。自営業なめんな?」
「ったく、うらやましいぜ・・・。まあ、募る話も結構あるからな、のんびり呑もうぜ」
「ほんと。大ちゃんの恋愛事情も聞きたいしねー」
「ねえよんなもん」
「えー?」
「そんなもん・・・これから始まるんじゃねーの?」
「え? あ、そう・・・」
言ってしまった。けど、これでいい。多分、そう言ってしまったからにはこの気持ちに間違いなんてないのだろう。
俺はずっと、すーちゃんのことが好きだったんだろうと。
俺もようやく一歩踏み出せる。すーちゃんも同じだろう。そのきっかけになったあいつへの感謝は、もちろん忘れない。
島波・・・ありがとうな。
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~陽香side~
目が覚めた。目を覚ますことが出来た。
まだうっすらとしてるけど、視界の先にはお母さんがいる。ずっと傍にいて欲しかった、大事な人がそこにいる。
だから私の目からは、自然と涙が溢れてくる。
「陽香? 大丈夫?」
「・・・生きてて・・・よかった・・・」
初めて、生まれてよかったと思えた。生きててよかったと思えた。
生きてていいと気づかせてくれたんだ。遥お兄ちゃんが、先生が。
お母さんも目にうっすらと涙を浮かべている。でも、セリフはいつも通りだった。ちゃんと一日が始まるという、魔法の言葉。
「おはよう、陽香」
「・・・うん、おはよう、お母さん」
私はお母さんの手を握る。やっぱり、温かい。もっと、ずっと、こうしていたい。そう思うのはわがままなのかな?
・・・いや、いいんだ。もっとわがままになっても。そう教えてもらったから。
寂しさと強がりにバイバイしよう。
そしたらきっと、次のぬくもりに出会えるんだ。
・・・ありがとう、そう教えてくれて。
一人じゃないってこと。お母さんともう一度手を繋げたってこと。
生きてていいって、教えてくれたこと。
ここにはいないから、きっと言葉は届かないかもしれないけれど、それでもこの思いはちゃんと言葉にして届けたい。
窓の外を見る。遠くには海。こだましてくれることを願って、私は一人それを言葉にするんだ。
「ありがとう、遥お兄ちゃん」
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~遥side~
全てが終わって、解放されたのは翌日だった。
病院で手当てが終わったかと思ったら、今度は警察に連行。俺の動向を根掘り葉掘り言う羽目になった。
今回の事件の解決の立役者、とはよく言ったもので、勝手に危険な行動をしたことは警察としても目に余るそうだ。そこはこっぴどく言われた。そりゃそうだ。結局のところ俺はまだ20そこらの若僧でしかないんだから。
それでも俺にはそうするだけの義理があったんだと押し通した。最終的には向こうも諦めてくれたようで、そこについてはそれ以上問われることはなかった。
怪我については、不問にすることにした。そりゃそうだ。下手に裁判なんて起こしたらその分時間は取られるし、俺にとってのメリットが何一つない。
それよりも早く、今は鷲大師に帰りたかった。
美海が待ってる・・・というより、これ以上長期滞在すると下手に勘繰られてしまう。それだけは何よりもごめんだった。
そうしてすべての面倒事を済ませて今に至る。夜が明け、陽が上ろうとせんばかりの朝。俺は重たい足取りで家に帰った。
「・・・死ぬほど眠れるんだろうな」
今から寝て、夜にでも帰ろう。最後に鈴夏さんにでもあいさつ回りに行った方がいいかな、なんてそんなことを思って、家のドアを開ける。
どさっと荷物を放り投げて、いざベッドに飛び込まん!
とするとき、電話がかかってきた。なんだよこんな早朝に・・・勘弁してくれよ。
「おいおい・・・なんだってんだよ」
仕方なく受話器を取る。電話をかけた主は俺が尋ねるより早く声を上げた。
「ねえ遥! 今そっちいる!?」
「いるよ・・・、どうしたんだ? 落ち着けよ」
「落ち着いてなんてられないから電話したの! とりあえず今からこっち帰ってくることできる!?」
「なんてったって今から・・・」
「だって・・・起きたんだもん・・・」
「え・・・?」
まさかとは思うけど、そのまさかなんだろう。
だからこそそれがまだにわかに信じられなくて、俺は問い返してしまう。
そして美海は、今度こそはっきりとこう告げた。
「起きたの! 千夏ちゃんが! だから・・・だから今すぐ帰ってきて!」
もう一度、歯車が動き出した。
『今日の座談会コーナー』
はい、これにてオリジナルパート一旦終了となります。長かったですねー。結構時間もかかっちゃいました。
というか、ここからが鬼門なんですよ。前回、楽しいなー、なんてノリと勢いで書いちゃったもんで、いろいろつじつま合わせとかふくらませとかその類が大変なんですよね。とはいっても好きなパートなだけに、頑張りたいものです。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)