凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】 作:白羽凪
~美海side~
「遥!」
思わず声を上げる。色々な感情が混ざってはいたが、真っ先に出てくるのは少しの安堵だった。
しかし、返事はない。近づいて、体を揺すっても、ピクリとも動かない。
そして肌と肌を通してようやく分かる。かなり体温が下がっている。この状態を放って置いたら確実に・・・。
「死んじゃだめだから!」
返事が帰ってこないと分かっているのに、心のうちの不安をどうしても隠し切れずに私はそう叫んでしまう。
とりあえず、今は私にできることを、と遥の上に積もっていた雪を払って、私のパーカーを上からかけた。サイズなんてあってないけど、ないよりは絶対にマシだ。
しばらくすると、小さく呼吸をしているのが伝わってきた。まだ死んではないみたいだった。けれど、何もしなければ時間の問題だ。
けど・・・。
「ここから・・・どこに行けばいいの・・・?」
吹雪は先ほどより一層強さを増している。私たちを嘲笑うかのように。
今の私の力で、遥を街まで運ぶなんてとてもじゃないけど無理がある。そんな状況なものだから、とても家に帰ることなんてできやしない。
電話で助けを呼ぶのもありかもしれない。けれど、そのためには遥をどこか安全な場所まで運んだほうが賢明だろう。
「近くに・・・そんなところが・・・」
当たりを見回す。降りしきる雪のために視界は悪いが、運がいいことに廃倉庫が目に映った。中に入れるかどうかは分からないけど、イチかバチかで行ってみるのもありだろう。
「・・・よし」
私は先に一人でそこまで向かってみる。運のいい事に、入り口は開いていた。逆に言えば、ここを締めることは出来ないという事だけど。
それでも、雪をしのげるだけマシだ。
私はそこから運搬用の台車を持ってきて、遥を乗せた。これなら移動は容易になる。
「・・・大丈夫、私がいるから。絶対に・・・一人にしないから・・・!」
本当は自信なんてないのに、今だけは、遥の為なら、自分の全てをかけてでも頑張れる気がした。
一歩、また一歩。二人だけの道を歩く。
そして倉庫に着いた頃に、私の体力も限界を迎えた。
もう歩けない。補助があっても遥を動かすのはここまでが限界みたいだった。
「これから・・・どうしよう」
改めて倉庫の中に入ってあたりを見回す。あまり期待できるものなんてないとおもっていたけど、どうやら奥の方に事務所だったところがあるみたいだった。
鍵は開いている。不用心な人が管理してたのだろう。
ここなら暖も取れるはず。
そこまで移動して、私はようやく一息付けた。
事務所の中にはベッドが一つとそれについている毛布が一、二枚ほど。奥の方を漁れば、ガスコンロも出てきた。それらはまだ綺麗で、おそらくここは使われなくなってそんなに経っていないみたいだった。
「・・・そこで休んでてね、遥」
ベッドに遥を寝かせたと同時に、私は椅子に腰を下ろした。外からは吹雪の音が聞こえてくる。相当強くなっているのだろう。事務所の扉の隙間から入ってくる風は異様に冷たい。
私一人帰って、助けを呼ぶことくらい今は出来るかもしれない。
けれど、遥が千夏ちゃんの傍にいることが出来るのは私しかいないと言ったように、今の遥の傍にいることが出来るのは私だけだから。
心中してでも、私は今、遥の傍にいたい。好きだと思っている相手のことを見捨てるなんてことは、私にはできないから。
パパやあかちゃん、みんなには悪いけれど、これを最後の反抗にするから。だから、今だけは・・・。
ベッドからダランと垂れた遥の冷たい手を、私は握って額を当てる。
「・・・大丈夫。ずっと一緒にいるからね」
それから私は目を閉じた。
次第に瞼が重たくなってくる。・・・大丈夫・・・離れないから・・・。
・・・
・・・・・・
「・・・ん」
どうやら眠ってしまっていたみたいだ。繋いだままの手は放していなかったみたいだけど。
「遥・・・?」
それでも、遥は目覚めてなかった。けれど、先ほどよりは呼吸が少し穏やかになってる。私のやって来たことも無駄じゃなかったんだろう。
「・・・っ」
「遥、起きたの?」
肩がピクリと動く。遥の意識がはっきりしたのかもしれない。
けれど、次の瞬間遥は苦しそうに呻き声をあげた。
「うぅ・・・あぁ・・・」
それからまた苦しそうに身をたじろぐ。右に左に首を振って、目をぎゅっとつぶって、それはとても辛そうで、見るに堪えなかった。
「・・・そうだよね、辛いもんね」
今なら全てを理解できる気がした。そして、私がすべきことも見えてくる。
・・・フェアに戦う、なんて言ったけど、多分、今はそれどころじゃない。遠慮なんてしたら、きっと遥は遠ざかってしまう。
私が今遥に出来る事。きっとこれは、何の意味もない、自己満足かもしれない。でも、そうすることだけは、許してほしいから。
「・・・今だけは許してね、千夏ちゃん」
そして私は、遥の唇にそっと自分の唇を重ねた。
ほんの僅かなんて、そんな簡単な言葉じゃ片付かないほどのキス。遥の心に響け、届けと目をつぶって、私は遥の呼吸が整うまで唇を重ねた。
そしてそれは、私のファーストキス。多分、遥にとっても。
約束、守れなくてごめん・・・。
それから、遥はゆっくりと目を開けた。けれど、瞳に光は灯っていない。虚ろな瞳で起き上がり、私の方を見た。
「美海・・・」
「起きて、くれたんだね」
「・・・ここは、天国か?」
「ううん・・・。残念だけど、天国でも地獄でもない、現実だよ」
「・・・」
それからまた、遥は悲し気な瞳をする。しばらくすると、音もなくその頬を涙が伝い始めた。
「・・・俺、どこで何を間違えたんだろうな」
「え・・・」
「父さんと母さん、二人に悪い事したのかな。水瀬に・・・悪い事したのかな。迷惑かけたくないと虚勢張ってまで頑張って生きてきたのに・・・全部、全部無駄になって。・・・きっと美海にも、俺は悪い事してるのかな」
遥らしくない、弱弱しい言葉。五年前のあの日とはもっと違う、冷たい心と言葉。もしかして、遥の心はもう・・・。
そして私も五年前のあの日は違い、あの日と同じように大声で喚くことは出来なかった。
「呪われてるんだ・・・。生きても不幸にしかならないんだ」
「そんな、こと・・・」
「じゃなきゃ、なんで俺ばっかりこんな目に会わないといけないんだよ・・・」
虚ろな瞳は語る。その心の黒い部分を全て表側に出して。
「消えさせてくれよ・・・」
それほどまでに、遥の心に刻まれた傷は大きくて、私も泣きそうになる。どうして好きな人がこんなに苦しまなきゃいけないの、と。
だから私は、精一杯の言葉を振り絞った。届きそうな手の先で悲しんでいる遥を見捨てないように。
「・・・私が、呪いになってあげる」
「え・・・?」
「私が遥の呪いになってあげるって言ってるの。・・・遥、消えたいって言った。それって死ぬってことでしょ? ・・・そんなこと、絶対にさせない」
「でも、俺が近くにいたら美海だって不幸になる。・・・そうなんだ。そんな人間なんだよ」
「それを構わないって言ってるの! ・・・私が不幸になってもいい。だから、約束して。・・・もし私が不幸になって、死んでしまうなら、遥も一緒に来て。・・・代わりに、遥が消えるなら、私もそっちに行く。そんな呪い」
もしかしてこれは大きな告白をしてるのかもしれない。けれど、少なくとも心の中に付き合う、だとか恋人、だとかそんな軽々しい言葉は何一つなかった。
私は今、命をかけてでも遥のことを助けたかった。
遥の一番じゃなくたっていい。傍にいて、支えてあげれるなら、なんだっていい。
だから私は、この呪いをかける。
「・・・、美海・・・!」
遥は力強く私を自分の身体の方へ引き寄せる。私の身体はされるがままに遥の方へと引っ張られた。
でも・・・それはきっと、受け入れてくれたってこと。だから私も、拒まない。
「今だけは・・・何しても許してあげる」
「・・・だったら・・・ずっと、こうしててほしい」
「うん、いいよ」
私は、遥の呪いだ。遥が打ち砕きたいと願うその日までは、ずっとその傍に付きまとうことにしよう。
恋とか愛とか、そんな上辺だけのものじゃない。深い、深い沼の中へ。
もし、その呪いが打ち砕かれるその日が来たなら、千夏ちゃん、その時は今度こそフェアに戦おう。
だから今だけは・・・こんな、歪んでどうしようもないような夢を続けさせてほしい。
『今日の座談会コーナー』
改めて二年前の作品の同じシーンを見てみると色々と描写不足でびっくり・・・。というか、二年も経つと別な文章を書くことが出来るようになるんですね。びっくりしました。
というか、書いた作者が言うのもなんですが、今作の遥これ重病ですね、だいぶ。前作では自分を取り戻すまでそんなに長い時間かかってなかったですけど、ここからどう立ち直るんでしょうか。
といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。
また会おうね(定期)