凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第九十六話 その足で大地を踏みしめて

~遥side~

 

 当分の間俺が身を寄せることになった、と聞かされた光の反応は、昔同じようなことになったあのころとはずいぶんと違うものだった。

 

 そんな反応をすることが驚きだったし、何よりそれだけ月日が経ってしまっているのだと再確認させられる。目を背けていた現実が、今になって襲ってくる。

 

 それでも、この家の人は俺を邪魔者扱いすることはなかった。それだけは何よりもうれしかった。

 そうして一日、また一日を過ごしていく。光と美海は学校があるし、大人は仕事がある。一人でいる時間もそう少なくはなかった。

 違うことがあるとすれば、晃の存在だった。俺に出来ることはないかと色々考えた結果、あかりさんがどうしても手が離せないなんて時に俺が晃の面倒を見るようになった。

 

 といっても、大概は一人で何かするし、下手によってこようとしない。好かれても嫌われてもない、と言ったところだろう。

 それでも、いつかの光を見てるようなそれに俺は知らず知らず惹かれていた。

 

 家族、愛情、子供、そして・・・。

 

 この数日間で、様々なものを見せられて・・・俺は、一体何を得ることが出来てるのだろうか。そのきっかけは今だつかめないままでいた。

 

---

 

 そうして一週間が経とうとしていたある日、俺は不意に光に呼び止められた。

 

「おい、遥。ちょっと散歩付き合え」

 

「あん? まあ、いいけど・・・」

 

 えらく落ち着いた光のその様子に俺は首を傾げたが、それ以上はとやかく言わなかった。下手に刺激するだけ面倒なやつだ。

 

 家を出て、海沿いを歩く。風はあの日ほどではないが冷たく、それが嫌な思い出をよみがえらせる。あの日の光景、場面。

 それを遮るように、光は口を開いた。

 

「情けえねえ面してんな」

 

「・・・お前に何が分かるんだよ」

 

 思わず、そう返してしまう。でも、この苦しみは抱えている俺にしか分からないものだ。それをこう軽々口にされると嫌に思うところの一つや二つは絶対にある。

 

「俺はお前じゃないから、お前の思ってることとか苦しみとか分かんねえよ。でも、そんな顔されるとこっちだってたまんねえんだよ」

 

「じゃあなんだ? 強がって笑顔を貼り付けろって言うのか? それこそ、お前が嫌ってるだろ、そういうの」

 

「・・・いつから、普通に笑えなくなったんだよ」

 

「・・・」

 

 普通に笑う。

 もちろん、最近だってそうやって笑えた覚えはある。といっても、それはあの日以前の話だけど。

 けれど、心のどこかに生まれた黒い塊がきっとそれを邪魔しているのだろう。それは、初めて大切なものを失ったあの日から少しずつ形を大きくして。

 

 分かっていたつもりだった。それを分かっていながら、うまく隠していたつもりだった。けれど今それは、光でも分かるくらい目に見えたものになっていたみたいだ。

 

「変われないんだよ」

 

 俺はそう心情を吐露する。

 

「最初に両親が死んで、みをりさんが死んで、そして水瀬の記憶からも俺がいなくなって、どんどん苦しい思いをして。今だって押しつぶされそうなくらい心が痛いんだ。それを塞ぐには、そうやって生きるしかなかったんだよ」

 

「俺たちがいることで、お前は不幸せだったのか?」

 

「そんなことを言ってるんじゃない! ・・・お前らの事だって、好きなんだよ。守りたいと思うんだよ。でも、そう思えばそう思うほどに大切なものを失う。望んでない形で、望んでないスピードで。だから怖くて、何も出来ない。前に進めない」

 

「そうやって歪んだって言いたいのか。・・・なるほどな、確かにお前のいう事は分かるよ。俺だって・・・早いうちにお袋死んじまってるからな」

 

 思い出す。そう言えばこいつも早いうちに俺と同じ経験をしていると。

 でもだったら、どうしてこんなに明るく生きていけるのだと、疑ってしまう。

 

「だったらお前はなんで、余裕で生きてられるんだ?」

 

「さあな、分かんねえ。それに俺はまだ中学生だしな。俺より生きてるお前に何を言ってもそう響きはしないだろうよ。けど、なんだろうな。開き直ってる・・・っていったら、そうなのかもな」

 

 光はそう言ってへッと笑って見せた。

 

「そんな簡単に出来るもんじゃないと思うけど、俺のせいじゃないって思えることって、案外大事なのかもしれないなって思うんだよ。なんて、無責任なことばっかしてきた俺だから言えた話なんだろうけど」

 

「全くだよ。お前はずっとそうで・・・」

 

 途中で言葉に詰まる。次に口を緩めた瞬間、頬を涙が伝いそうだったから。

 俺もこいつらと一緒に眠れたら、今こんな悲しい思いをしただろうか? そんな後悔が頭の中を過る。

 でも、もう戻ることは出来ない。それだけ、現実と言うものは残酷で。

 

 確かに、ちさきが辛い思いをするはずだ。それにあいつは、皆が眠りにつくその瞬間を目にしているんだから。

 

「・・・どうにかなんねえかなぁ」

 

「どうにかってなんだよ」

 

「俺だって・・・昔に戻りたいよ」

 

 ここまでの弱音を見せたのは初めてだろう。けれど、もうそれを自制するだけの余裕もなかったから。

 

「・・・なあ」

 

「なんだよ」

 

「水瀬がお前に関する記憶を失くしたってのは分かった。でも、だったら全て終わりなのか? 死んで、いなくなったってわけじゃないだろ」

 

 分かってる。水瀬は生きている。けど、少なくとも・・・

 

「でももう、俺の知る水瀬はいない」

 

「それで全てを捨て去れるほど、お前にとってあいつは軽い存在だったのか? ・・・何もない現実に向き合って、一から始めるってことくらいできるだろ」

 

「っ・・・! それがどれほど辛いことか、お前には分からないだろ!」

 

「分からねえって言ってんだろ! ・・・でも、もしまなかが同じようになったとしても、俺は絶対にあきらめない。断言してやる。たとえあいつがどんなことになったとしても、俺の中にあるまなかの思い出は嘘なんかじゃないから」

 

 さぞ、情けない姿を見せていることだろう。

 もうすぐ大人になる俺なんかより、まだ勝手の分からない14歳の方がはっきりとした物言いをしてるのだから。

 

 ・・・だからこそ、悔しくて、頑張りたくなる。

 今の俺は、不幸という言葉のせいにして逃げ続けているだけの、ただのなよなよした奴にすぎない。好かれていたとしても、こんな姿をいつまでも美海には見せたくない。

 

 呪い、か。

 

 弱いままの俺だったら、その呪いに蝕まれることを拒みはしないだろう。きっと、それのほうが幸せになれるだろう。

 でもどうだ。結局俺はいつも自分から悲しい道を進んできている。選んできている。それが正しいと思って。

 

 きっと美海も、本当はこんな俺を望んじゃいない。だから。

 今一度、苦境の道を俺は選ぶ。

 

 記憶から忘れ去られようと。蔑まれようと。悲しみに苛まれようと。

 虚ろな目をしながらも、これまで何度も立ち上がってきたことを俺は誇りに思いたいから。

 

「・・・お前のおかげで踏ん切りついたよ」

 

「さっきよりずいぶんとマシな目になったじゃねえか。その目だよ、俺が見たかったのは」

 

「ほんと、情けない姿見せたな」

 

「珍しいもの見たからな。満足してら」

 

「そうか。そんじゃ、帰るぞ。今日はあかりさんの料理手伝うことになってんだからな」

 

 出すべき答えは得た。やりたいこと、これからどうしたいかなんてまだまだ分からないけれど、向き合うべき現実と向き合う覚悟を得たから。

 

 




『今日の座談会コーナー』

前作ではサクッと飛ばしたシーンですが、しっかり掘り起こすにはもってこいですよねここ。
書いてて楽しい場面が続きますが、物語は緩やかに結末へと進んでますね。随分と長こと書いてた気がしますけどまだ一年とちょいっぽいです。
残りの話数も全力で頑張ります。

といったところで、今回はこの辺で。
感想、評価等お待ちしております。

また会おうね(定期)
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