凪のあすから~ heart is like a sea~【新装版】   作:白羽凪

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第九十七話 いつかまた「愛してる」を言うために

~美海side~

 

 ある日、家に帰ってきた遥の目がこれまでと変わっていたことを知った。つまり、ある程度自分の中で答えが出たってことなんだろう。

 一週間と少し。ほんの短い時間だった。私は、遥の望んだ呪いになれたのだろうか。その答えは、遥に聞かないと分からない。

 

 ・・・けど、うん。悪くない日々だった。そしてきっと、これで正しい。

 

 晩御飯を食べて、先に自分の部屋にこもる。

 そして、私の部屋の扉が開くのを待った。それが開く時きっと、この夢のような時間が終わる。

 

 ほら、だってそこに、真剣な顔をした遥が立っているから。

 

---

 

~遥side~

 

 光と話して、俺が今後どうしたいかを見つけることができた。

 だから、この呪いに支配された日々を今日で終わりにすることにする。

 そのために俺は、呪いをかけた張本人の者とへ向かった。

 

 プレートで飾られた扉を開く。美海は少しだけ物恥ずかしそうな顔で俺を待っていたかのようにそこに座っていた。

 その表情を見るだけで、俺の決心は揺らぎそうになってしまう。

 

 これだけ大切にしてくれて、これだけ傍に寄り添ってくれて、優しくしてくれて。

 そんな人に、俺はこの場で別れを告げないといけない。それが分かっているから辛かった。

 

「あの、な、美海」

 

「何?」

 

「・・・ちょっと縁側にでも、行かないか?」

 

 いつも保さんがそうしてくれたように、大事なことを伝えるときはそういう場所がきっといい。俺が人生で学んできたことの一つだ。

 

「うん、いいよ。私も色々と話したいことがある」

 

「そっか」

 

 それから俺はそのまま、美海はお気に入りのパーカーを着て俺の後ろをついてくる。漂う髪の匂いは、先ほど使用したシャンプーの香りだろう。

 それも相まって、美海には風格が漂っている。本当に大きくなったんだと思い知らされる。

 

 少し肌寒さが残る外に出てふたりして縁側に腰かける。

 さて、どう話を切り出そうか悩んでいると、先に美海が口を開いた。

 

「ようやく答え、見つかったんだね」

 

「・・・んー、なんていうか、完全に見つかったわけでもないんだけどな」

 

 実際に、まだ全て理解して、全て受け入れたわけじゃない。心の中に苦しみはたくさん残ってるし、先行きは不安だし。

 けれど、決めたことは変わらない。

 

「それでも、俺は俺を育ててくれた水瀬家に戻ろうと思うんだ。例え水瀬自身に忘れられていたとしても」

 

「・・・それを決めるまで、辛かったよね。お疲れ様」

 

「本当につらかったよ。ずっとこの場所でこうやって暮らせたらって、何度も思った」

 

 でも、それを許してしまってはこれまでの頑張りが全て崩れそうな気がした。それだけは絶対に嫌だった。

 大切な人の前では、せめてありのままでありたい。

 

「ゼロからやり直せるって、そんな甘い考えを持ってるわけじゃない。きっと、今の水瀬に俺を受け入れてもらうのには時間がかかるだろうと思う。それでも、俺は水瀬のことを、忘れたくない」

 

「・・・うん、きっとそれがいい。そうして欲しい」

 

「だからさ、美海。・・・呪い、解いてくれないかな?」

 

 きっとこれは、鍵になる言葉。

 ここで俺の呪いは終わる。幸せな呪いを解いて、苦境の現実へと足を踏み入れる。これまでそうしてきたように、これからも、こうやって。

 

「分かった。・・・じゃ、これで呪いは終わり。あ、それでも遥が死んだら私絶対許さないからね。呪いなんかじゃなくても、私は一人で遥の後ついてくよ」

 

「分かってるよ。・・・簡単に死んだりはしないよ。呪いから解放されてすぐなんだから」

 

「そっか。なら、いいよ」

 

 慈しむ微笑み。それはいつの日かのみをりさんと似た匂いがした。やっぱり親子なんだと心から思わされる。

 

 ちくり、と心が痛んだ。この感情は、五年前に一度味わっている。

 

 『好きになる』という感情だ。

 

 少なくとも五年前のあの日、俺は遅まきながら水瀬の告白に答えを出そうとしていた。結局それは叶わないまま、こうやって海に流れてしまったけど。

 そして今、美海との距離が近づいて、同じ感情を心は発している。

 

 だけど、だからこそ、俺はもう一度水瀬と向き合いたい。

 

 

「ねえ、遥」

 

「なんだ?」

 

「・・・また遥がダメになって倒れそうになったら、私、傍にいていいよね?」

 

「それが、美海のためになるなら」

 

「・・・そっか」

 

 美海のはほんの少し寂しそうな顔をする。

 美海を遠ざけたいわけじゃない。けれど、互いに依存しあうその度合いが過ぎたら、もっとダメになるだけだと知ることが出来たから。

 

 それでももし、美海がいいと思うなら、俺はまたそこで羽を休めたい。

 

「あと一つだけ、お願い、言っていいかな」

 

「聞くよ。いろいろしてもらったお礼もあるし」

 

「今日は・・・一緒に寝てもいいかな」

 

「・・・えーっと」

 

 少しだけ美海は頬を赤らめてそう言う。こればかりは流石に返答に困った。

 それこそあの日は状況が状況だったし、成り行きで仕方なくという節もある。

 

 が、今日にいたっては・・・。

 

「ああ、えっとね、別に特別な感情があるわけではないの。何かしたいとかでもない。・・・ただ、出来るだけ一緒の空間にいたいの。遥がこの家を去ってく、その時まで」

 

「分かった。・・・ここにいるのは、今日が最後だしな」

 

 だったら最後くらいせめてその願いを聞いてあげたい。多分それが今の俺に出来る最善のことだから。

 

「・・・ありがと」

 

 それから美海は少し近づいて、俺の肩に自分の頭を預けた。俺は二三度その頭を撫でて、ぼんやりと浮かぶ月を見上げた。

 昨日まで雲で隠れてた月。今日はおぼろげながら輝いていた。

 

 

 それから、俺のいる客間に美海がこそっと布団を敷いて、二人同じ屋根の下で寝ころんだ。今思えばあの日は結構大胆なことをしたんじゃないかと思わされる。

 そうは言っても、恋愛のいろはも知らない俺だ。結構がむしゃらだったんだろう。

 

「ねえ遥」

 

「なんだ?」

 

「楽しかったよ」

 

「・・・ああ。俺からも、ありがとうな」

 

「・・・うん」

 

 それから美海は布団の中に顔を埋める。そこから先の表情は見ないことにした。

 そして俺もゆっくりと瞼を閉じる。ここ数日俺を苛んでいた霧は、もう現れることはなかった。

 

---

 

~美海side~

 

 この夢も、もうすぐ終わる。

 ここで目を閉じて、次開けば。

 

 このまま何も出来ないで、遥に何度目かのサヨナラを告げるのは嫌だった。好きなら好きらしく、せめて何かしたかった。このまま遥を自分のものにしたかった。

 でも、約束だ。これ以上のことは絶対にしたくない。

 

 その狭間で揺れ動くことが、今は何よりも辛かった。

 

 ありがとうな。

 遥はそう言葉を残して目を伏せた。

 ・・・本当にこれでよかったんだろうか。感謝の言葉を聞いた今でもまだ悩んでいる。

 

 というよりは、そこから先は私自身のエゴの話。

 私がただ遥に行ってほしくなかっただけだったんだ。

 

 だから、急にこの別れが寂しくなって、不意に涙が出てきた。

 いなくなったわけじゃないのに、別れに涙する。こんな些細なことですら悲しいのに、遥はこんなものじゃない悲しみを味わっている。

 

 私がもし、遥やパパ、みんなの記憶からいなくなったら・・・。

 

 考えるだけでゾッとする。そんな苦しみ、考えたくもない。

 

 私は布団に顔を埋めた。零れた涙を見せないように。

 ・・・やっぱり私って、まだまだだな。

 

 

 いつか遥に誇れる「大人」になりたい。そんな願いを胸に、私も眠りについた。

 

 

 

 

 




『今日の座談会コーナー』

 話数滴には前作とあまり変わらないんですが、内容的には大きく変えることが出来るなと思います。遥本人が気づくのに他者の力を必要とするか、自分自身で変わるか、ここが前作と今作で大きく変わるんじゃないかと思います。
 着実に終わりが近づいていると考えるとなんか感慨深いですね。

 といったところで、今回はこの辺で。、
 感想、評価等お待ちしております。

 また会おうね(定期)
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