威ヶ神真改   作:モアイキャノン

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第2話 アッポンド

 

 

 

「おはようございます、師匠……」

 

 

 

 真改は、湯気が立つスープを片手に、桜龍おうりゅうの埃っぽい寝間へと入る。もちろん返事はない。岩のように固まった桜龍が、ただ横たわっているだけだ。

 

 

 

「今日はとれたて果実のスープです」

 

 

 

 そう言って真改はスプーンを桜龍の喉に突っ込む。桜龍は目を開けることもなく、ただ反射的にスープを飲み込んだ。

 

 

 

 ──征山との戦いから四年の時が流れた。

 

 猫族だけが固有で使える技、鼓膜破壊(エアドラムブレイク)を全身に受けた桜龍の体は、あれから一度も動いていない。だた、僅かに上下する胸と、反射的に液体を飲み込む反応だけが、桜龍がまだ生きているということを示していた。しかし、鼓膜破壊を受けた状態から回復する方法は、この世に存在しない。真改にできることは、毎朝スープを持ってくることだけであった。

 

 

 

「くそっ……」

 

 

 

 真改は歯を食いしばる。あのとき師匠を守ることができたのではないかと思うと、悔やんでも悔やみきれない。

 

 あれから何度、猫族に復讐に行こうと思ったことだろうか。しかし真改は、桜龍が倒せなかった征山を自分が倒せるとは到底思えなかった。真改は未だに、黶子(ほくろ)族固有の技、終焉ノ黶子(デマイズモウル)を上手く操ることができないのだ。あの征山との戦いの時、なぜ終焉ノ黶子を使えたのかが、今でもわからない。

 

 あの征山の鼓膜破壊を思い出すと、今でも足がすくんでしまう。何もできない自分がいた。これから先も、ただ時が流れていくのを眺め続けるしか無いのだろうか。固まった桜龍を見つめながら、真改は拳をキリキリと握りしめた。

 

 そのとき、黶子族の少年が寝間へ駆け込んできた。

 

 

 

「真改様、大変です、猫族の奴らが攻撃してきましたっ……!」

 

「……またか」

 

 

 

 真改は部屋を飛び出した。

 

 慌てることではない。あの征山との戦いがあってから、たびたび猫族が攻撃してくるようになったのだ。攻撃と言ってもそれは少数なので、黶子族の偵察が目的だと思われる。ただ、猫族の攻撃は(あなど)れない。

 

 真改は猫族の連中を見つけた。奴らが、逃げ惑う黶子族の人々に向かって波動を出している。早くしなければ。

 

 真改は目にも留まらぬ速さで突進していき、猫族の一員を蹴り飛ばした。

 

 うぐっ、と苦しそうな声が聞こえる。

 

 猫族の奴らが、真改に気づいた。

 

 

 

「……かかってこいや」

 

 

 

 真改は不敵な笑みを漏らした。

 

 連中が一斉に襲いかかってくる。

 

 真改はそれをひらりと(かわ)すと、一人の背後に回り込んだ。

 

 蹴りを入れる。

 

 それは見事に的中し、一人が倒れる。

 

 残りの連中がすかさず殴りかかってくる。

 

 真改は息を整える。

 

 ──終焉ノ黶子!!

 

 真改はそう念じ、手のひらを前に突き出す。

 

 力を込める。

 

 しかし何も起きない。

 

 くそっ。

 

 いつやっても駄目だ。

 

 どうして出したい時に出せないんだ。

 

 仕方ない。

 

 直接攻撃だ。

 

 真改は壁を蹴って、一撃をお見舞いする。

 

 それは顔に命中し、血を流しながら倒れていく。

 

 そのとき、真改は背後に何かを感じた。

 

 波動だ。

 

 気づいた時には建物の壁にのめり込んでいた。

 

 壁がボロボロと崩れていく。

 

 真改は血を拭った。

 

 今回の連中はなかなか手強いぞ。

 

 真改は素早く駆け出して、相手の懐へ飛び込んだ。

 

 が、そこに相手の姿は無かった。

 

 何だと。

 

 敵は真改の背後にいた。

 

 真改は蹴りを喰らう。

 

 全身を針で刺されるような痛みが走った。

 

 真改は動じない。

 

 真改はその相手の足を掴んだ。

 

 そのままブンブンと振り回す。

 

 それをまだ残っている相手にぶつける。

 

 鈍い音がして二人が倒れた。

 

 ふう。

 

 鉄の味がする。

 

 残るは一人だ。

 

 見ると、残る一人に凄まじい圧が集まっている。

 

 周囲の空気が微動している。

 

 真改の顔から血の気が引いた。

 

 まずい。

 

 間違いない。

 

 ──鼓膜破壊だ。

 

 横たわる桜龍の姿が頭をよぎる。

 

 これを喰らうと明日は無い。

 

 真改は総毛立った。

 

 何とか止めなければ。

 

 相手が、鼓膜破壊の構えに入る。

 

 どうする。

 

 一瞬、相手が力を抜いたように見えた。

 

 真改はその一瞬の隙を見逃さなかった。

 

 真改は瞬間移動するかのように、相手の脇から駆け込んだ。

 

 そして首を握り潰した。

 

 

 

「……! 何をする、離せ」

 

「よくも黶子族の仲間に手を出してくれたな」

 

「……っ、苦しい、離せ」

 

「離すものか」

 

 

 

 真改は体中の力を使って、相手の首を強く握りしめた。

 

 それで全てが終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 ……はずだったが、真改はふと、相手が腰に小さな瓶を提げているのに気づいた。

 

 瓶の中では、紫色の草が光っている。

 

 真改はこんな草を見たことが無かった。

 

 真改は首を握る力を少し弱めた。

 

 

 

「お前が腰に提げているものは何だ」

 

「……それは言えない」

 

「言えっ」

 

 

 

 真改が首を強く握る。

 

 そして、股に蹴りを入れる。

 

 相手は声にならない悲鳴を上げた。

 

 

 

「……っ、それは……アッポンド……」

 

「アッポンド……?」

 

 

 

 聞いたことのない草だった。

 

 

 

「何に使う草だ」

 

「……治癒に使う……」

 

「治癒?」

 

「……特に、鼓膜破壊で麻痺した体に……有効……」

 

 

 

 真改は耳を疑った。

 

 

 

「今何と言った?」

 

「……鼓膜破壊で麻痺した体に……有効……」

 

「鼓膜破壊に有効……? これを使ったら鼓膜破壊の麻痺から回復すると言うのか?」

 

「……そうだ」

 

「本当か」

 

 

 

 真改の脳裏に桜龍の姿が浮かんだ。これを使ったら桜龍が回復するかもしれない。真改に、この薬を使わないという選択肢は無かった。

 

 

 

「貰うぞ……」

 

 

 

 真改は片方の手を瓶に伸ばす。

 

 

 

「……そんな()()では……効かない……」

 

 

 

 真改の手が止まった。

 

 

 

「じゃあ何処で手に入れる……?」

 

「……それは言えない」

 

「言えっ」

 

 

 

 真改はさらに強く握った。

 

 

 

「……アーラキ……アーラキ沼の奥地……」

 

 

 

 相手は、震える声でそう言って、意識を失った。

 

 真改が手を離すと、相手は骨を失ったかのように、だらりと地面へ倒れた。

 

 

 

「アッポンド……鼓膜破壊……アーラキ沼の奥地……」

 

 

 

 真改は長い間、その場に立ち尽くしていた。

 

 何かが自分の中で渦巻いていた。

 

 アーラキ沼の奥地と言えば、確か、猫族の領域テリトリーだったはずだ。

 

 真改は深呼吸した。

 

 

 

「貴重な情報をありがとう……!」

 

 

 

 真改は、新たな物語の始まりを予感していた。

 

 

 

 

 

 

 

担当 m

 

p.s. アッポンド → up pond




投稿者のモアイキャノンです
もう少し話を投稿したら設定集を投稿出来たらなと思っています
評価・感想をいただけたら幸いです(´・ω・`)
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