鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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番外編二十三話 安楽死を求めて

 

 

 

 

「ねぇ、リシュリュー。これからロイヤルはどうすればいいのかしら」

 

 

 レッドアクシズとアズールレーン…実質的には鉄血とロイヤルの歴史的会談が終了した後日、私はロイヤル本国にて陣営代表であるクイーン・エリザベスの2人きりのお茶会に参加をしていると、ふと陛下はそう語りかけてきました。

 

 

「どうすればとは…それはロイヤルの国際的な地位、威光、発言力といった事でしょうか。」

 

「えぇ…理解が早くて助かるわ。こんな事部下に言っても仕方がないもの…」

 

 

 

 曰く、フッドは責任を感じて摂政を辞任しようとしている。

 

 曰く、ベルファストは姉が捕虜になった影響で精神が不安定になっており話せない。

 

 

 曰く、キングジョージは今は陛下はそこまで考えずに休んでまともに食事を取るべきだ。

 

 

 曰く、ヴァリアントは会談の後あの時、私が攻撃しておけば…と引きこもっている。

 

 曰く、ウォースパイトは捕虜なので会いに行くにはサディアに行かないとダメになるわねなど…

 

 

 かつてロイヤルにて、その煌びやかな活躍と美貌をもって活躍した戦乙女達は実質的なレッドアクシズへの敗戦というショックから相談相手としては使い物にならなくなったと陛下は嘆息せざる得ません。

 

 

 キングジョージ5世さんはその中でも唯一陛下の身を案じている辺りは流石は騎士団長とも言えるでしょうが、既に彼女の政治的な生命は敗戦の結果尽きたと言えるでしょうし、近々彼女も地位の返上の上で左遷される可能性が高いと言えるでしょう。

 

 

「全く、困った部下達ね。こっちの相談くらいのってくれればいいのに……」

 

 

 少々…いえ、かなりやつれた様子で陛下はため息をつきます。美しかった金髪は整える時間も惜しんだように乱れており、目の下の隈も相まってまるで病人のようです。連日の会見や国民からの非難でストレスが溜まっているのでしょう。しかし、それを口に出すような事は敗北した亡命政府の代表である私としても立場上できませんでした。

 

 アイリスの種を残す為に。レッドアクシズとアズールレーンとの水面下での対立が激化し、アズールレーンに所属しつつも近隣にサディア帝国と鉄血公国を抱えていた当時のアイリスの立場は非常に難しいものだと言えたでしょう。

 

 このままアズールレーンに所属し続けていれば二カ国から同時に攻撃を受ける可能性は非常に高かったと言えるでしょうし、かと言ってレッドアクシズに加盟してしまえば本格的にロイヤルやユニオン、重桜といった大国を敵に回す。セイレーンによって国内が荒廃した今どちらかの陣営に加担しなければアイリスという国家は間違いなく滅びてしまう。中立は許されずどちらにも属さなければ滅ぼされる。

 

 国内がレッドアクシズ派に染まるそんな状況の中、私は一つの結論を出しました。それは自身の妹であるジャン・バール達率いる親レッドアクシズ派と自身の率いる親アズールレーン派をそれぞれ両組織に加盟することで、例え国を割る理由を作ったとしても未来にアイリスの種子を残そうと決意したのです。

 

 レッドアクシズがこの戦争に勝利をすればジャン・バールが。アズールレーンが勝利すれば私がアイリスを導く。最悪の事態である滅亡や植民地化を回避する為にはこれしかないと当時の私は判断をしたのです。そして私の思惑通り、レッドアクシズは勝利しアイリスの種子を残す事は成功したと言えるでしょう。

 

 

 

 本当に……愚かな決断だったと今では思います。

 

 

 

 

 

『俺はアンタを一生許さない。国民の大部分を見捨てロイヤルの犬になったアンタを……どれだけ美辞麗句や大義名分を叫ぼうがアンタがジャン達を見捨てて残された俺達がどれだけ必死になって残された戦力でやりくりしてきたのかわかるか?不眠不休で最後は鉄血に頭を下げて戦力を派遣を頼まなければいけなくなったとき、アンタはロイヤル国内で何をしていた?』

 

 

 

 

 和平が正式に決まったその日、スパイとして国内に残留していたル・テリブルの連絡網から聞こえてきた一人の男の声を。敬意など一切ない、失望と憎悪に満ちた声色を。あの時の事を思い出す度に、私は自身がいかに愚かな事をしてしまったのかと思い知らされてしまいました。

 

 

「私は…」

 

『お前は国民を見捨てたんだよリシュリュー。国の存続を願うのは結構。だがお前は間接的に国民を殺そうとした。お前にとって大切なのは国であって自身を全肯定する信奉者以外の国民はどうでもよかったんだろうよ。それこそジャン・バールでさえもな』

 

 

 その言葉に思わず私は目眩を覚えました。

 

 

 私がやってきたことは一体なんだったのでしょうか。

 

 

「……っ!」

 

 

 違う!と叫びたかった。しかし、それを否定できるだけの言葉を今の私は持ち合わせていませんでした。

 

 

『俺は全ての権力や名声を使いアンタを枢機卿の地位から引き摺り落とす。そうすればアンタもただの一市民だ。後は好きに生きるといいさ。本音を言えばアンタを八つ裂きにして豚の餌にでもしてやりたいが……今もアンタを信じる国民がいる限り、それは内乱の要因にしかならない上にアンタはジャンの姉だ』

 

 

 何処までも憎悪や侮蔑の感情を込めた声で彼は私に語りかけました。そしてその後、彼は最後にこう言いました。

 

 

『ジャンと一度話し合え。アイツはアンタからこんな仕打ちを受けてなお、まだリシュリュー姉さんと慕ってるんだ。それに応えてやれ……それが出来ないのなら、アンタはもうジャンの前に立つ資格はない。最後の最後に自分のケツくらい拭いて話し合え。人の命を軽視するクソッタレの偽善者が……!』

 

 

 

 偽善者。

 

 

 彼が最後に放った言葉は今でも私の心に突き刺さったままです。私は今まで自身の正義を信じて行動していました。国民の為を思って行動し、自身の信仰心を貫いてきたつもりです。

 

 しかし、その大義名分こそが私を盲目にさせてしまったのかもしれません。自分に酔って、自身の理想を最愛の妹に押し付けていたという事実。そんな後悔だけが私の中に残り続けています。

 

 

(結局……私には何もできなかった)

 

 

 そんな自分が情けなくて、悔しくて……結局私はこの戦争で何をしたと言うのでしょうか?と自問自答を繰り返す日々。

 

 しかし、腹心の部下である最近子供が産まれたばかりの指揮官やサンルイ達の前では、私を信じてくれた皆の前ではそんな姿を見せるわけにはいきませんでした。だからこそ、私は普段通りの自分を装っていたのです。

 

 

「リシュリュー?話聞いてるの?」

 

 

 思わず後悔の海に沈んでいた私の意識が陛下の一言で現実に引き戻されました。

 

 

「ええ……すみません陛下。少し考え事をしていました」

 

 

「全く、しっかりしてよね。それでこれからの事だけど……」

 

 

「そうですね……いくつかありますが…あまり期待はしないで下さいね」

 

 

「もちろん」

 

 

 具体的な案は求めない。ただこれからのロイヤルの、ロイヤルネイビーが出来ることやすべき事を教えて欲しいと陛下が口にする中、私も精一杯の思いつく案を一つ、また一つと述べていきます。

 

 

 

「セイレーン相手に大規模作戦を実施、勝利する事によりロイヤルの発言力を国内外に示す武を用いる手段」

 

「却下。ユニオンからの支援が止まった今のロイヤルにそんな余裕もないし、今はユニオンがアズールレーン主体になってるのよ?どうせあの目立ちたがりや達の事よ。私達がそう提案しても保留して、いずれレッドアクシズと共同でセイレーンの要塞でも攻略するに決まってるわ。そっちの方がレッドアクシズとアズールレーン。鉄血とユニオンの共同作戦って美談になるのだから」

 

 

 一つ目に述べた案を陛下は即座に切り捨てました。開戦初期は対レッドアクシズの為のレンドリースとして大量の物資をロイヤルに提供していたユニオンは現在レッドアクシズ各国にラブコールを送っており、敗戦したロイヤルに支援物資の代金を請求しないだけマシと言う他ありません。

 

 

「レッドアクシズに加盟、レッドアクシズ加盟国との同盟により内部より発言力を」

 

「それも却下、貴方も知っていると思うけどヴィシアはケビールの一件で、サディアはタラントの一件で反ロイヤル、鉄血は……『例の事件』がある以上、もし私がそんなことを口にしたら彼らは笑いながら砲塔を向けるでしょうね。思いつく限りの罵声と呪言を浴びせながら」

 

 

 二つ目の意見に関してにっこりと笑いながら陛下はそう答えました。例の事件……あの指揮官暗殺未遂事件から連なる事象は最早レッドアクシズ各国とロイヤルの関係を完全に破綻に導いており、まさしくあの戦争のターニングポイントだったと言えるでしょう。

 

 陛下と私は暗殺未遂事件について深く語りあった事はありません。一度だけ捕虜となっていた実行犯とみられるロイヤルメイド隊の二人が本国に護送された際にその様子を聞いてみれば。

 

 

 

 ────生きているだけマシ、かもね。

 

 

 

 

 とポツリと呟き、それ以降は何も語ろうとしませんでした。

 

 

 

「比較的中立な北連や重桜、東煌を味方につける事により包括的な同盟を結ぶ」

 

「既に3カ国国ともレッドアクシズと接触してるらしいわ…ユニオンと鉄血ならともかくロイヤルと鉄血ならどっちを選ぶのか子供でも分かるわよ。というかウチなんてレッドパージ以降、北方連合から常に人民の敵と連呼されてるのに」

 

 

「レッドアクシズに謀略をしかけ、ロイヤルが被害者に、鉄血が加害者という状況をマッチポンプによって作り上げ、国際的な支持を獲得し、ユニオンからの支援によって今度こそ戦争に勝利」

 

 

「いい案ね、偽造攻撃工作やマッチポンプなんてしてもロイヤルが正義と誰も信じないって点を除けばね」

 

 

 

 そんな事は不可能。

 

 

 そんな事ができるはずが無い。

 

 突拍子のないロイヤルが再び輝く為の私の提案を陛下は次々と否定していきます。まるで現状を理解する為と言わんばかりに……完全にチェックメイトとなったチェスの盤面をどうにかひっくり返そうと必死になっているかのように。

 

 

「鉄血の英雄をこちらに取り込み、ロイヤルでの発言力を」

 

「政略結婚でも仕掛ける気なの?そんな人身御供な事をするなんていよいよ国内外から失笑されるわ…まぁ…国内にいられない相手を避難する手段としては考えておくわ」

 

 

 政略結婚によって、あのレッドアクシズの英雄がロイヤルの味方になってくれるのであればどれ程までに心強いのでしょうか?しかし最早彼はロイヤル内にてヘイトを一身に集めており、そんな彼をロイヤルに迎え入れる事は最早不可能に近いでしょう。そもそも彼が……英雄ヴァイスクレー・ヘルブストが同胞達を捨てて他国に亡命する可能性は、明日隕石の雨が降る可能性よりも低いでしょう。

 

 

「……もう無いみたいね。じゃあ私達が出来る事は無いって事かしら?」

 

「…………」

 

 

 私は何も答える事ができず、ただ黙り込んでしまいます。時計の針は進めど私達の指針は動かない。少しでも、ほんの少しでも状況をマシな方向に導こうとしても我々を取り巻く状況全てがそれらを最早許さない。

 

 

 

 詰み。

 

 

 

 そんな言葉が胸中でのたうち回り、しかし袋小路に陥った現在のロイヤル。そして彼らの庇護を受けていた自由アイリスの面々を表す言葉それ以外には存在しないでしょう。

 

 

 

「リシュリュー?」

 

 

「ええ……申し訳ありません陛下。政治的にも、軍事的にも、様々な特権を剥奪された陛下達に出来ることはあまりにも少なく……地道に国民へのアピールや対外への活動によって年月をかけて汚名を注ぐ事しか道はない、かと」

 

「………ありがとうリシュリュー、もう充分よ」

 

 

 

 傲岸不遜で幼い容姿に似合わない非凡な才能を持つ才女。この世に生を受けた時から人の上に立つ星の元に生まれた陣営代表。冷徹な判断により敵対する者たちを追い詰め、人によっては傲慢とさえ称された女王クイーン・エリザベスはそんな普段通りの姿を見せずに落ち着いた声音でそう告げました。

 

 彼女は自身の無力さを嘆くように深くため息をつくとソファーに深々と腰掛けました。その表情には焦燥感が浮かんでおり、彼女が何を考えているのかを察するにはそれで十分でした。

 

 

 恐らく陛下はこの状況の打開策を模索しているのでしょう。本国に帰還をして処罰を受ければそれでお終いである私達とは違い、彼女達ロイヤルネイビーの面々は最早本国の国民からの支持を失い、政治的基盤を崩されていると言っても過言ではありません。

 

 

 それまで築き上げてきた全てをこの敗戦で失った彼女は例えるのであれば傷を浅くするのではなく、どれだけマシな安楽死の方法を選べるかという選択肢に頭を悩ませている最中なのでしょう。

 

 

 一歩間違えば人権の剥奪によって臣下達が処刑される未来もあり得る。それを防ぐ為に、せめて部下達を守ろうと。ロイヤルのkansen達の心の拠り所である王家を残そうと必死に足掻く姿を目の前で見てきた私は陛下を世間一般の風潮である、自身の権力の為に多くの人々を殺戮しようとした売国奴という評価をどうして下す事が出来るのでしょうか?

 

 戦いはいつの世も変わりません。どれだけ正義を叫ぼうとも、どれだけ正当性を示そうとも、負けてしまえば敗者は全てを失う。国民から集めていた尊敬は最早憎悪と殺意と失望に変わり、かつての王家の名誉や栄光は泥にまみれ、守ろうとした国民からの怒声と腐った卵を投げつけられる日々。

 

 そんな状況でもなお、己が正義を貫こうとする彼女を誰が責める事ができるのでしょうか? 自身の正義に囚われ、国民を見捨てた事実を突きつけられて狼狽していた私と違い彼女は最後まで諦める事無く、少しでもこの状況を打破する為の道筋を探し続けていました。

 

 陛下の視線が交わりあい、私はただ黙って首を横に振ると陛下は諦めるように小さく肩を落とします。時計の針が進む度に私の胸中には不安が広がり、そしてそれは次第に大きな恐怖へと変わっていく。何もしないと言う状況が胸を掻きむしり、心臓を握り潰されるような錯覚を誘発させ、吐き気と頭痛が止まらない。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 時計の針の音が嫌に大きく聞こえ、執務室の静寂が耳鳴りを引き起こしていく。窓の外では雨が降り始め、遠くからは雷鳴が轟いている。まるで世界の終末が訪れたかのような不気味な雰囲気が部屋を満たしていき、やがて沈黙は立ちあがろうとした陛下がバランスを崩して椅子から転げ落ちる音によって破られました。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

「あぁ……えぇ……平気よ……」

 

 

 慌てて駆け寄り手を差し伸べると陛下は苦笑いを浮かべながら私の手を取り、立ち上がると再びソファーに腰掛けます。大丈夫、大丈夫だからと陛下は繰り返しますが、無理をしているのは誰の目から見ても明らかであり、思わず彼女を問い詰めてしまいます。

 

 

「陛下、最後に睡眠を取ったのは?」

 

「気にしなくていいわ、それに貴女の国の英雄は3時間睡眠だったはずよ」

 

「それはかの皇帝が浴室で睡眠をとったからです…!」

 

「大声を出さないで…頭に響くから…」

 

 

 

 フラフラの陛下はそのまま椅子に座ると何度目かもわからないため息をつき、そのまま机に突っ伏してしまいました。小さな少女の身体は小刻みに震えており、うめく様な声を上げる姿は最早彼女が限界を迎えつつある証拠でしょう。

 

 その小さな肩には紛れもなく国家と国民の命運を背負い続けた覚悟が存在していました。例えどんな結果になってもいい、誰かに恨まれても、誰かを不幸にしてもこの戦争に勝利することが祖国の未来と王家の栄光に繋がるのだから。

 

 そんな決死の覚悟を抱き、戦い続けた結果が全ての地位を失い、自身のミスによって祖国が全世界から孤立し、数十万人の国民が強制追放される要因を作り、国内外から売国奴と言う言葉が可愛く思える程の罵声を浴び続けているという状況。これでは弱音を吐くなと、泣くなと、叫ぶなという方が酷な話でしょう。

 

 

「……なんでよぉ……」

 

 

 彼女は自身の無力さを嘆き、そしてこの現状を作り出した全てに対して呪うように唇を噛み締めました。俯いた机からは嗚咽が漏れ出していきました。

 

 

「何が間違いだったのよぉ…!」

 

 

 

 慟哭が響き渡り、後悔と懺悔の言葉が室内を埋め尽くしていく。陛下ははずっと耐え続けてきた。出来る限りの努力を重ね、時には自身の誇りを汚す事すらも厭わずにこの国の未来の為に最善の選択をしてきた。そんな彼女と比べて自身の正義に酔いしれ、偽善者であると罵倒された私は一体どれだけ恥知らずな存在なのだでしょうか?

 

 

 自身の愚かさ、情けなさ、そして陛下に対する申し訳ない気持ちが溢れ出し、涙となって頬を伝っていく。泣く資格なんて無い事は理解している。それでも感情を抑える事が出来ない。

 

 

「………今から話す言葉は私の独り言よ。悪かったわねリシュリュー。貴女には辛い思いをさせて結局私たちは戦争には勝てなかったわ」

 

 

「……よしてください、聞こえなかった事にしますから」

 

 

 ロイヤル代表が亡命政府とはいえ、自由アイリス代表である私に謝罪する、公式的には現在のロイヤルでは不可能だからこそ、これが陛下にできる精一杯なのでしょう。数刻の後、互いの涙の後を見えないように手で拭い、気まずい空気が流れる中、憔悴した様子の陛下は私に語りかけます。

 

 

 

 

 

 

「リシュリュー……ねぇ、リシュリュー…もし良かったらこのまま貴女だけはロイヤルに残らない?」

 

「それは……」

 

 

 不意に放たれた陛下の言葉に面を食らっていると、彼女は溜まっていた感情を溢れ出す様に口を開きます。

 

 

「このまま貴女が本国に戻れば最悪銃殺されるわ。本国が何よ!きっと責任を全て貴女に押し付けて処刑するつもりよ!そうでなくても生涯に渡って貴女を幽閉して一生太陽の光を拝むことは無いかもしれないのよ!?貴女がアイリスに戻ってもその先は破滅しかないのよ!」

 

「それは……」

 

「私なら貴女の味方になってあげられるわ……貴女の大切な部下達も一緒に守ってあげる……貴女の居場所だって用意してあげる。仕事もしなくても良い、責務も負わなくていい。こんな無様な事になっても貴女と幹部達を生涯不自由なく生活させるだけの資金くらいこっちで用意するわよ!!」

 

 まるで子供が駄々を捏ねるかのように陛下は叫び続けます。全てを捨てて陛下と共にロイヤルに残留する。アイリスに戻る事で妹やあの指揮官に顔を合わせる事も、粛正騒ぎによって苦悩する私を信じてくれた人々の苦悩する顔を見る事もなく、ただ静かに暮らす。そんな誘惑に思わず心が揺らがなかったと言えば嘘と言えるでしょう。

 

 

「貴女の安全と満足のいく暮らしは私が保証するから…一生後悔はさせないから……だからずっと私のそばに……」

 

 

 どこか縋るような様子の陛下には傲慢さや自信を感じられず、見た目以上に幼さと弱さを感じられます。毎日の非難や決議に激務によってストレスで精神が摩耗しており、対等な目線で話せるものが最早存在しない彼女にとって私は数少ない話し相手なのでしょう。

 

 震える手で差し出された手を見つめながら、その手を握って仕舞えばどれだけ楽になるのだろうか?と思わず脳裏に考えてしまいました。

 

 この手を取ってしまえば私は二度と祖国に戻れない。しかし、このまま祖国に帰ってしまえば待ち受けるのは茨の道。それならば全てを捨てて彼女の手を取り第二の人生を歩み始める。そんな選択肢もありなのではないか?と一瞬でも思ってしまったのです。

 

 毎日好きな時間に起きて好きな時に眠る。朝になれば美味しい食事が並び、夜になればお風呂に入って暖かなベッドで眠りにつく。陛下やロイヤルの皆様とお茶会をして、友人と語らい、陛下の庇護の元で誰にも非難されずに余生を過ごすまさに楽園への片道切符。

 

 一方祖国に戻れば私の自由はほぼ存在しないでしょう。権力や権威だけでなく行動の自由すら奪われ、監視下に置かれる事になるのは想像に難くありませんし、何よりもジャン・バールに今更どの面を提げて会いに行けというのでしょうか?

 

 

 安寧か地獄か。逃亡か帰還か。選択は二つに一つ。進むべき道は陛下の手を取れば間違いなく私は平穏を手にすることが出来るでしょう。しかし、私は自身の手を握り締め、決意を胸に秘めたまま、陛下に告げるのでした。陛下の手を取るか取らないか、その答えを。

 

 

「たとえ全てを失おうも、私はアイリスで産まれ、アイリスで死ぬと決めています…その申し出はありがたいのですがお気持ちだけにしておきます」

 

 

 

 私は後ろ盾になってくれた友と呼べる少女を見捨てるしかありませんでした…全てはアイリスの為、死ぬ前にせめてジャン・バールに権力の全てを差し出しそのうえで朽ちていくために。

 

 

 きっと私が許されることはないでしょう。自身の正義に酔いしれた結果、最愛の妹が傷つくことを容認してしまった。私はきっと地獄に堕ちるのでしょう。ですがそれでも構いません。私にはもう何も残っていない。だからせめて贖罪の為に残りの人生を…アイリスと、国民と、妹の幸せの為に全てを捧げる覚悟を決めたと告げるのでした。

 

 

「……それが貴女の選択ね?」

 

 

 陛下は縋るような視線を私に向け、そして深く息を吐くと怯えて震えていた少女であるエリザベスではなく、ロイヤルの陣営代表であるクイーン・エリザベスとして毅然と振舞います。

 

 その姿は弱々しい少女のものではなく、陣営の頂点に立つ者としての威厳と風格を感じさせるものでした。あの気持ちは間違いなく本心だったでしょうし、私が頷けば彼女は私達アイリスの皆を亡命させる為の手続きを行なってくれたはず。ですが私から拒絶された以上はこれ以上不甲斐ない自分を見せてはならないと言わんばかりに、ボサボサになった金髪を手櫛で整え、服についた埃を払うと私に背を向けました。

 

 

「そう、なら仕方がないわ。貴女の意思を尊重しましょう。それでも貴女がもし本国に処刑されると言うなら私が全力で弁護するわよ。なんならもしリシュリュー枢機卿をアイリス政府が害するのであればロイヤルネイビー全ての力を使ってこれに対抗するとでも書状でも描こうかしら?」

 

 権力の個人乱用といっても既に私の地位はどん底なのだから問題ないわと微笑みつつ陛下は湿っぽい空気を払拭するように笑い飛ばします。もうこれでこの話はお終い!とでも言うかの様に、彼女は普段の強気な表情に戻ります。

 

 

「まぁ、貴女の身柄は暫く私が預かるから安心なさい。貴女の部下達も一緒に面倒見てあげるから。それに貴女と一緒だと退屈しないし、これからもよろしく頼むわね」

 

「それは……こちらこそ。私としてもできる限り貴女がロイヤル本国に害されぬ様に取り計らいます。貴女は世間一般から言われる程の悪女ではないと、そして祖国の為に必死になって戦った事実を後世まで伝えて見せます。どうかご安心ください」

 

 

 私は陛下の申し出を受け入れつつも、彼女の為にも尽力すると誓いを立てるのでした。例え彼女がどう思おうとも、私は彼女に対して責任を取らなければならないのです。陛下は私の返答を聞くと満足げに笑みを浮かべるとそのまま踵を返し、次の業務に向かう為にカツリと靴音を出しますが、ふと振り返ると私に問いを投げかけてきました。

 

「……ゴタゴタが落ち着いたらこうしてまた紅茶を飲みましょう。その時はもう、女王の地位も無くなってこの高級茶葉とメイドのケーキも食べられないかも知れないけど、引き受けてくれるかしら?マドモアゼル、リシュリュー?」

 

「…分かりました、その時は私がアイリスの菓子を作って振る舞いましょう。少しは睡眠を取ってくださいね?ミス、エリザベス。」

 

 

 おそらくあと数日で私たちアイリス亡命政府は本国に戻り処分を受けるでしょう。それでも……願わくば、陛下との穏やかな、政治の事など考えずに過ごせる時間を過ごしたい。今度は支援者や陣営代表同士という関係ではなく、一度だけで良いのですから友人として過ごしたい。

 

 今もロイヤルの皆の為に多くの責務を背負って戦い続ける彼女の背中を見ながら、私はそう願わざるえませんでした。

 





・安楽死

終戦したロイヤルと自由アイリスの状況はまさに最悪と言って良いもので、特に戦争の指導者的立場であった陛下は女王の辞任だけでは済まされない程の重い処分をロイヤルネイビーは受ける事を早期に予測していました。だからこそ彼女はたとえ国民に生卵を投げつけられる様な状況になっても地道に活動を続け、少しでもマシな未来を。安楽死によってただでさえ敗戦後にその権威がどん底になってしまったロイヤルネイビーの面々を守る為に必死に不眠不休の日々を過ごしていたのでした。

・偽善者
ある意味では今作のアンチヘイト要素の塊と言える様な発言を繰り返すヴィシアの指揮官。彼自身もジャン・バールには姉やガスコーニュと後悔のない話し合いをしてほしいと考える反面、国家の代表でありながら国民を見捨て他国に亡命し、セイレーンとの戦いを放棄して国民を危機に晒した枢機卿を許す事は決して存在しないでしょう。かれも中々複雑な人物ですがそんな一方的な一度全てを失った指揮官という立場からの言葉は枢機卿にとっては……


今年の投稿はこれで終了、次回はいろいよafterヴィシア編。果たしてガスコーニュと指揮官。そして元枢機卿とジャンお姉ちゃんはどの様な会話をするのでしょうか?

コメント、感想、評価をお待ちしております。それでは皆様良いお年を。

指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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