鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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 腕の負傷で投稿が遅れて申し訳ございませんと思いつつ初投稿です。


After7話 政治劇とコーヒー

「……ぐえっ…吐きそ…」

 

「……まさかあれだけ殴って、まだ意識があるとはな?」

 

「そっち、手加減、してた、でしょ……」

 

「ふん、どうだかな?」

 

 連続で殴られ続けた結果、ズタボロになって地面に突っ伏して息をするのもやっとな俺にジャン・バールさんは憮然とした様子で俺を見下ろしているが、彼女も俺を殴り続けて疲れたのだろう。水を口に含んで一気に飲み干すと睨みつけるように俺を見下ろしている。

 

 顔も痛い、腹も痛い、既に全身が悲鳴を上げ続けている。激痛で間違いなく今夜は眠れないだろう。それでも殴られた跡は残らない様に気を使ってくれていたのか腫れあがったり青あざになったりしていないのは不幸中の幸いだろうか?

 

 こうして意識がある分ガスコーニュの為にジャン・バールさんが手を抜いていた事は理解しているが、単に血と吐瀉物で床を汚す事を嫌がっただけのかもしれない。歯や骨が折れないだけマシかと無様に地面で虫の息となってる俺の肩を彼女は掴むと強引に椅子に座らせ…あっ、やめて痛い!マジで痛い!!

 

「ふんっ!いい気味だ」

 

 ドカっと疲れた様に椅子に座り込み、彼女は時計に目をやるが既に30分は過ぎている。予定ではガスコーニュ達がいつ戻ってきてもおかしくはないのだが、それだけ会話が弾んでいる証拠なんだろう。

 

「なんだ?リシュリューについて聞いてこないのか?お前の性格ならズケズケと質問すると思ってたんだがな?」

 

 気まずい空気の中ジャン・バールさんはボソリと呟く。戦争中に自由アイリスを率いて国家を分断した混乱の象徴とも言えるリシュリュー枢機卿。そんなビッグネームの登場に困惑したのは事実だが少し冷静になれば話は見えてくる。

 

 本来であればリシュリュー枢機卿は既に国外追放や幽閉、最悪処刑されていても不思議ではない程の大罪人と言えるだろう。しかし、今でも国内では彼女という個人を崇拝する人間が多く存在し、彼女の言葉には今も民衆を動かす力がある。

 

 

 鉄血は穏便にロイヤルに全責任を負わせて彼女が枢機卿の地位を返上して隠居させる事を提案し、サディアではロイヤルに自由アイリス派の幹部の面々を政治的亡命を続けさせ、内乱という可能性を危惧し、火種を国内に持ち込まないように提案した様だが……ヴィシアが選んだ選択はそのどちらでもなかったようだ。

 

 

「あくまで、俺個人の予想ですけど……彼女には最後の大仕事をしてもらう為にここにいるのかな?と」

 

 

 恐る恐る俺が口を開くとジャン・バールさんは訝しむ様にこちらに視線を向ける。

 

「どういう意味だ?」

 

「リシュリュー枢機卿が地位を返上したとしても、彼女の影響力は絶大です。彼女が望む、望まないに関わらず、彼女という個人を信仰する人々は多くいますし、彼女を御輿として担ぎ上げて国を乱そうとする人がいてもおかしくはない。だから……」

 

 

 その為には彼女のリシュリュー枢機卿の影響力を上手く弱体化するのが一番だが、それも難しいと言わざる得ない。強引な手法は反発を呼び、中途半端な手法は国内に火種を残す。

 

 

 なら別視点から物事を見れば良い、リシュリュー枢機卿の影響力が絶大というのならそれを利用して新たなアイリスの希望を作り出せば良いのだから。

 

 

「大々的に、正式に彼女が枢機卿の地位を返上すると国民に伝える式典を開き、同時に彼女の口から新たな枢機卿を叙勲させると発表すればいい。穏便な形で枢機卿という地位を返上ではなく、戦争を勝利に導いた功績のあるジャン・バールさんが受け継ぐという形で国内外に見せつければいいんじゃないかと」

 

 ただ強引に返上させるのではなくリシュリュー枢機卿が誰かにその地位を受け継がせるという形ならば、反発は少なくなるはずだ。

 

 無論、余程彼女を信奉しているであろう反対派はリシュリュー枢機卿が無理やりジャン・バールさんに式典を強要されたと反論するだろう。

 

 しかし、リシュリュー枢機卿本人が過去の自身の行動を反省し、その地位に相応しくはないと公の場で発表する事は彼女を担ぎ上げる動きを抑制する事や、肥大化し過ぎた彼女が決して間違わない完璧超人であると言う幻想を打ち砕く事にも繋がるだろう。

 

「国際社会は新たな枢機卿を承認し、国内だって徐々に新たな枢機卿を受け入れていくでしょう。彼女の最後の仕事は貴女に枢機卿という地位を明け渡す事……いや、その様子を見せつける事。そして貴女に全ての権力を譲った上で自らは隠遁する事を発表し、国民の不満を鎮めると同時に、国内の安定を図る……違いますか?」

 

 

 

 ジャン・バールさんの無表情な瞳に射抜かれながら俺はそう答えると、彼女は俺の顔をジッと見つめた後で小さくため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 (やはり、この男は好きになれない。)

 

 

 不本意ではあるが自身の義弟となる鉄血軍人が述べた推測を聞き、ジャン・バールは思わず舌打ちをしたくなる衝動を抑えつつ、目の前の男を睨みつける。

 

 何故本来であれば幽閉か国外への追放処分となるはずであったリシュリューが軍港内に存在しているのか。逃亡防止用のチョーカーが付けられているとはいえ、それは近日行われてるジャン・バールの枢機卿就任式に参加させる為であり、決して善意でガスコーニュと再会させる為ではなかった。

 

 リシュリューの影響力を完全に削ぐ為に、そして戦争を勝利に導いた指導者であるジャン・バールの権力を盤石なものにする為の政治劇。

 

 

 自身の腹心である指揮官が計画したシナリオはガタガタになったアイリスという国家を立て直す為にビスマルク達にも知られぬ様に秘密裏に物事を進めていたと言うのに、彼は推測とはいえ完全にこちら側の意図を読み切っている。

 

 

(気に食わない男だ)

 

 外部から自身の枢機卿就任式が近々行われるという情報が漏れた、鉄血がヴィシアに今も諜報員を派遣して情報収集していた。可能性としてはどちらも存在するが、現状ジャン・バールの電撃的に行われる予定である枢機卿就任式の開催を知るものは教皇や彼女の腹心である指揮官といった極少数のみ。

 

 故に目の前の青年は極僅かな情報だけで、リシュリューがこの軍港内に存在し、旧自由アイリス派とヴィシア派による疑心暗鬼という空気を読み取りジャン・バール達の意図を偶然とはいえ完璧に推測したのであろう。その事実にジャン・バールは嫌悪感を覚えずにはいられなかった。

 

 蛇の様にこちらの情報を探り、隙あらば喉元に喰らいつく。それがジャン・バールから見たヴァイスクレー・ヘルブストという男の評価であり、決して彼がお人好しのアホなだけではなく、情報戦に優れた才覚を持つ人物である事が嫌でも理解させられたからだ。

 

 

 ほんの僅かな会話から情報を抜き出そうとする手腕は彼女の警戒心を最大まで引き上げるには十分すぎる程のものであり、そんな狡猾な男に自身の妹を嫁がせなければいけなくなった事にジャン・バールは内心歯噛みする。

 

 

「……えっと、間違ってました?ドヤ顔で推測したのに明後日の方向だったとかだと恥ずかしいんですけど……」

 

「チッ…」

 

「舌打ち!?」

 

 

 気に食わない。全くもって気に食わない。先程まで殴っていたというのに恨み一つなく受け入れていた目の前の男も、その男の事を信用しきった目を向ける可愛い妹の事も、ついでに言えば彼の下半身の奔放さも含めて何もかもが気に食わない。

 

 そして、何よりも。最も気に食わない点は目の前の男が紛れもなく戦争を終わらせた立役者であり、結果論とはいえ彼がロイヤルの夜間空襲を凌ぎ、世界各国を巻き込んだオブザーバー提案が無ければ、ロイヤルへの復讐も自由アイリスとの再統合も成し遂げられなかったという事だ。

 

 

 ヴィシアは大戦中、何もできなかった。

 

 

 少なくともジャン・バールはそう考えていた。戦勝国という椅子を手に入れたのも成り行きであり、鉄血の様に実力でロイヤルを叩き潰す事も、サディアの様に謀略でロイヤルを追い詰める事もなく、いつの間にか終戦と言う名の終着駅へと辿りついていたと言えるだろう。

 

 

(コイツが動かなければ……今頃ヴィシアはまだ戦争を続けていた……クソっ…)

 

 もしも、目の前の男がいなければ。彼が戦死によってその命散らすか、悪運を発揮せずにごく普通の指揮官としての人生を歩んでいれば、きっとヴィシアは今よりも悲惨な状況に……同胞同士で殺し合いを行い、ライミーとヤンキーの物量によって押し潰されて、最後は蹂躙の末に傀儡国という末路を歩む羽目になっていただろうと。

 

 

「まだ殴りたりないが……そろそろ時間だ。もう一度言っておくがガスコーニュを泣かせれば殺す。ガスコーニュを不憫な目に合わせても殺す。お前の下半身の緩さに関しては口にしたくも無いが……他の女ばかりにかまけてガスコーニュを蔑ろにすれば……分かっているな?」

 

「あ、はい……肝に銘じておきます……」

 

 

 椅子から飛び降りる様にいっそ清々しいまでに見事な重桜式の土下座を披露する指揮官の頭を踏み抜いてやろうか?という欲求に駆られるが、彼女は鼻を鳴らしてイスにドカリと座り直すと同時に、まるで見計らったかのようなタイミングでドアが開く。

 

 

「主(メートル)!」

 

 

 指揮官の土下座を床に突っ伏していたのかと勘違いしたガスコーニュが涙目で駆け寄ってくると、彼を力強く抱きしめる。一瞬ジャン・バールから放たれた殺気が強くなる事を感じとる指揮官であるが、冷や汗と全身の痛みに耐えるように彼はガスコーニュの背中を優しく撫で続けた。

 

 指揮官は彼女が落ち着くまでの間、自身の胸に顔を押し付けてくる少女を眺め続ける。彼女の瞳からは大粒の涙が溢れており、それは拭っても拭っても止まる気配がない。

 

 

「大丈夫?痛く無い?ジャンお姉ちゃんがイジワルしなかった?」

 

「あ、ハハ……大丈夫、大丈夫だよガスコーニュ。ほら傷跡も一つもないだろ?ちょっと話し合ってる最中に偶然転んだだけでちゃんと話し合いは終わったから…いや終わったの、か?あの、終わりましたよね?ジャン・バールさん?」

 

 

 激痛を堪えてガスコーニュにその表情を見せないように笑みを浮かべつつジャン・バールに問いかけるが、ジャン・バールは指揮官を相変わらず睨みつけて無言のまま。愛する人と大好きなお姉ちゃんとの狭間で揺れる不安そうなガスコーニュは怯えるような表情を浮かべるが、そんな空気を切り裂くように落ち着いた声音が部屋の中に響き渡る。

 

 

「その辺にしておきませんか?ジャン・バールは約束通りきっかり30分満足するまでヘルブスト様と話し合いましたし、ヘルブスト様も長旅でお疲れでしょうし」

 

「……30分と勝手に決めたのはお前だろうが」

 

 

 不機嫌この上ない様子のジャン・バールに声の主であるリシュリューは苦笑しつつ、机の上のベルをチリンと鳴らす。するとドアの近くで待機していたのだろうか?どこからともなく褐色肌の少女、ル・マルスが緊張で頬を強張らせながら入室する。

 

 

「リシュリュー枢機…リシュリュー様!ご用件は何でしょうか!?」

 

「えぇ。鉄血の指揮官とガスコーニュを部屋に案内して差し上げて下さい。ヘルブスト様申し訳ございません、夫婦とは言え問題を避けるためにヴィシア滞在中はそれぞれ別室になってしまいますが……」

 

「え、えぇ。お構いなく」

 

 

 腫れた頬を隠すガーゼと囚人用のチョーカーを身につけた元アイリスのトップの言葉に指揮官も一瞬だけ驚いた様子を見せるが、すぐに平静を装い頭を下げる。その様子がまた気に食わないのかジャン・バールは相変わらず鼻を鳴らすがこれ以上の会話はなく、ル・マルスに案内される形で指揮官達はそれぞれの部屋への案内されるのであった。

 

 

 

 

 

「ガスコーニュ……本当に良い子ですね」

 

 2人きりになった部屋でリシュリューはジャン・バールにポツリと呟いた。その言葉は独り言なのか、それとも返事を求めているのか?ジャン・バールは答えずに窓の外を眺めていると、背後に気配を感じた彼女は振り返る事無く小さく口を開く。

 

 

 

「お前は……あいつの事をどう思っているんだ?」

 

 

「…………私が姉としてあの子の恋にとやかく言う資格なんてありませんよ。戦争中はエリザベス陛下の元で悪鬼羅刹か何か様な風評ばかり聞いていましたが、少なくともガスコーニュの口からはそのような話題は一切出ませんでした」

 

 物憂げな表情を浮かべるリシュリューは静かに息を吐くと、ジャン・バールの隣に並ぶように窓から外を眺める。

 

 

「えぇ、あの子が彼が大好きな事。そして彼もまたガスコーニュを愛してそれに応じよう頑張っていると。とっても楽しそうに鉄血での日々と優しい彼について語るんですもの……とても素敵な殿方なんでしょうね。少し羨ましいくらいです」

 

「……」

 

 露骨に指揮官を褒めた途端に顔を顰めるジャン・バールにクスリと微笑むリシュリューであったが、その笑みはすぐに消える。自嘲するような笑みを浮かべた彼女はゆっくりと首を横に振った。

 

 

「あの子に何もしてあげられなかった私が、何も言う資格がないのは理解しています。だけどジャン・バール。嫌だ、嫌だと貴女の都合を押し付けるのではなく少しは彼の事が大好きなガスコーニュの気持ちも考えてあげてください」

 

「……オレにアイリスの全部を押し付け、国民を見捨てて逃げ出した挙句、ロイヤルの犬になって靴を舐めていたお前が何を言っている?今更どの面下げて……」

 

 

 ジャン・バールは皮肉を口にしながらリシュリューを睨みつけるが、リシュリューは静かに首を振る。

 

 

「だからこそ、ですよ。貴女には大義や理想ばかりにかまけて姉妹との対話すら忘れていた愚かな私と同じ間違いをして欲しくない。噂や情報だけで彼を責めるだけではなく一度ゆっくりとガスコーニュと話し合って下さい。貴女だって……」

 

 

 リシュリューはそのまま首輪に手をつける。罪人の証であり、売国奴の首に嵌められる罪の証。理想や大義に酔いしれ妹を見捨て、ハーメルンの笛吹きのように信奉者を扇動した愚かな自分を悔やむ様に彼女は一言呟くのであった。

 

 

 

 

 

「私の様にはなりたくないでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回はお忙しい中お時間をわざわざ作って頂きありがとうございます、総旗艦様」

 

 

 

 サディアの地、元はロイヤルの国土であった旧ロイヤルネイビー海軍基地……現在では急ピッチでレッドアクシズの中心地とて改装が進められているこの地にてロイヤルに所属するkansenヴァリアントは深々と目の前のヴェネトに頭を下げる。動作の一つ一つが貴族社会の礼節に則ったもので非常に美しいものであるのだが、彼女の表情は無理やり笑顔と言う名の仮面を貼り付けたかのようなぎこちなさがあった。

 

 彼女自身は今回の会談を絶対に成功させてみせるという意気込みで何度も練習をしてきたし、今もその気持ちに嘘偽りはない。しかし、完璧であろうとするプレッシャーは動作の節々から緊張の色を隠しきれずにいたのだ。

 

 

「頭をお上げ下さいヴァリアントさん。こうして顔を合わせるのは戦前の1年ほど前以来ですね。貴方の活躍はよく耳にしておりますよ」

 

 

 

 対するヴェネトはそんな彼女の内心を知ってか知らずか普段通りの穏やかな笑みを浮かべながら彼女にそう返す。優しげな表情でおっとりとした雰囲気のある彼女は見る者に母性すら感じさせるだろう。

 

 

 だが、その瞳の奥には油断ならない光が見え隠れしておりヴァリアントはまるで常時胃をギリギリと握りつぶされているような感覚を覚えていた。

 

 ヴェネトは見た目こそ穏やかではあるがそれはあくまで表面上のものに過ぎない。内面では様々な思惑や感情を押さえつけた上で平静を保っているに過ぎず、ある意味ではヴァリアントとヴェネトは似た者同士と言えるかもしれない。

 

 

 もっとも、ヴェネトの場合はそれが演技なのか素なのかを見極めるのはなかなか難しいものであるし、何よりも事実上の戦勝国と敗戦国と言う立場が如実に2人の態度に表れていると言えるだろう。

 

 彼女達の傍にはそれぞれ護衛が控えており、ヴェネトの横には彼女の懐刀と重用される燃えるような赤髪の美女であるザラがヴェネトと同様穏やかな表情で彼女達を眺めており、一方ヴァリアントの側には『騎士団長』に就任した特別計画艦の1人であるモナークが無表情で壁に寄りかかっており、その様子は彼女の護衛というよりは監視の様にヴァリアントは感じていた。

 

 

 ヴァリアントにとってはまさに針の筵と言っても過言ではない状況であると言えるだろう。彼女が必死に取り繕って敬語を口にしているが本来の彼女はどちらかと言えばエリザベス程ではないが尊大な態度で他者に接するタイプなのだ。

 

 

(失敗してはいけない…失敗してはいけない…大丈夫よヴァリアント。貴女は女王なのよ?冷静に心を落ち着けて会話の前に3回頭の中で復唱すれば無礼な態度だなんて思われないはずなんだから…!)

 

 

 ロイヤルネイビーは最早失敗できない。自分達kansenには最早退路はない。外交権を取り上げられ、政治的な地位を失い、財産すらも半ば強引に寄付という形で没収された彼女達は全てを失っている。

 

 ヴァリアントが敬語でヴェネトがリラックスしているのがまさに両者の力関係を表しているだろう。仮にヴァリアントが、かつてフッドやウォースパイトが行った様な国力を背景とした高圧的に態度を取ればその途端ヴェネトの笑顔は消え去り、翌日にはロイヤルは全世界から非難されるに違いない。だからこそヴァリアントは怯え、緊張しながら自身の一言が今度こそロイヤルを破滅させると自覚した上で今回の対談に臨んでいるのだ。

 

 

 しかし奈落というモノには底は存在しない。最悪という事象を常に更新し続けるという事実を痛感している新たな小さな女王は震える手を押さえつけながらヴェネトに口を開く。

 

 

 

「唐突な訪問にもかかわらずこうして機会を頂いた事を嬉しく思います。本来であれば私達に色々と想う事があってもおかしくないでしょうに……」

 

「戦争は既に終結致しました。正直に申し上げますと当時は貴女方の言動や行動に関して思う所がないわけではありませんでしたが……私達もロイヤルの皆様に無礼な振る舞いをした手前、糾弾する資格なんて存在しません。既にサディアとロイヤルは終戦協定を締結しこれからは共に協力してこの世界に住まう者達の為に尽くしていくべきなのです」

 

 

 

 その言葉を聞いてホッとする気持ちがある一方で、それは暗に今後敵対行動を起こせば容赦はしないと言う意味が含まれている事も理解してヴァリアントは冷や汗を流す。この会談は平等ではなく勝者であるヴェネトに敗者である彼女が下手に出なければいけないのだ。

 

 

 まさに会談場所が旧ロイヤル領であるマルタ島である事がサディアからのメッセージと言えるだろう。そして、その不平等さこそが、今この状況を作り出しているという事に改めて気づきヴァリアントは自分の不甲斐なさに情けなさと苛立ちを覚えながらも表情を変えないように意識しながら言葉を返す。

 

 

 

「過去の戦争について全てを水に流すという事は困難でしょう。しかし、セイレーンという人類種に敵対する脅威に対抗する為には憎悪を乗り越え、過去を清算する必要があると私達は考えています。この言葉は我々の総意であると記録して頂いても結構です」

 

「レッドアクシズも、アズールレーンも思想こそ違えどセイレーンから人々を守るという願いは共通していますし、その為にはまずは私達が互いに信頼出来る相手となる必要がありますね。ふふっ、肩の力を楽にしてくださいな。ザラ、ヴァリアントさんとお付きの方に特製のコーヒーを。ケーキは少し苦めのチョコケーキをお願いします。」

 

「承知致しました」

 

 

 

 ザラが静かにお辞儀をして退室した後、ヴェネトは優しい微笑みを浮かべながら椅子に深く座りなおすと相変わらずの温厚な笑みを、それでいて有無を言わさない迫力を感じさせる笑みを浮かべながら彼女を見つめる。

 

 ヴァリアントはその表情を見て心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚を覚えると共にヴェネトは彼女の内心を見透かしたかのように笑みを濃くすると口を開いた。

 

 

 

「戴冠式には私の妹であるローマを送りましょう。少しマイペースな所もありますが贔屓目に見ても優秀な人員ですし、お望みであればスピーチの一つでも……」

 

 

「…っ!?」

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、ヴァリアントは全身の血が一気に引いた感覚を覚えてしまう。

 

 

 緊張は頂点に達し、今にも失神してしまいそうな状態になってしまうが、辛うじて彼女は己の身体を抱きしめる事でどうにか心を落ち着けようと息をと整える。はぁ、はぁと部屋に彼女の吐く荒い呼吸音だけが響き渡る。

 

 

 

(何で……何でこっちの意図に全部気づいてるの!?心を読まれてるの?それとも何処かで情報が漏れたの!?落ち着かないといけないのに震えが止まらない……ッ!このまま醜態を続ければ私は……ロイヤルは終わる…なのに身体が言う事を聞かないし、言葉が喉から出てこない……!どうすればいいのよ!?)

 

 

 

 もはやヴァリアントにヴェネトの真意を探る余裕はない。彼女がヴェネトの言葉を聞けば聞く程に追い詰められていき、パニックに陥る中、ヴェネトはそんな彼女を見かねてか穏やかな口調で語り掛ける。

 

 

「大丈夫ですよヴァリアントさん。私も総旗艦に就任した直後は何度も失敗を重ねたり、緊張で空回りしてしまう事だってありましたから。でも、失敗を重ねても失敗しても失敗を重ねても人は成長できるのです。だから貴方も、焦らず一歩ずつ歩んで行けば良いんですよ」

 

 

 ソファーから立ち上がり、優しくヴァリアントの背中を撫でるヴェネトの手の感触に彼女は泣きそうになりながら俯く。ヴェネトの優しさと慈愛が伝わってくる。しかし、今のヴァリアントにとってヴェネトのそれはただただ恐怖しか感じずに嗚咽と涙が溢れ出す。

 

 

 それでもヴェネトは彼女を責めたりせず黙って彼女の背を撫で、ザラがケーキとコーヒーを用意する頃にはようやく感情の波が落ち着くと深々と頭を下げ、震える声で感謝を告げる。

 

 

「ご迷惑をおかけしました……」

 

 

 

 励ます言葉が次々とヴェネトの口から放たれるがその度にヴァリアントは憂鬱になるばかりだった。何処の世界に交渉の場で突然震え出して相手に慰められる女王がいるというのか。先程が一切口を挟まないモナークはきっと自身に失望しているのだろうとマイナス思考に陥りそうになる彼女だったが、せめて要件だけは済ませねばと何とか気を取り直してコーヒーを口にするのだが、コーヒーとは思えないほどの蜂蜜、砂糖、生クリームの風味に思わず表情を硬直させる。

 

 

 

「ふふっ、どうですか?最近サディアで流行中のコーヒーです。これを飲んで落ち着いてからお話の続きをしましょうね?」

 

「わ、わかりました…!」

 

 

 ヴァリアントは知らなかった。その甘ったるいコーヒーがサディアでは『ヘルブスト』と呼ばれている事を。そして、小さな女王の様子をモナークは感情の読めない瞳で見つめ続けるのであった。

 

 





・ヴィシアの政治劇

 ヴィシア回でチラリと出てきたジャン・バールを枢機卿にするという言葉に彼女は悩みつつも了承し、引退と叙任式を同時に行う事を秘密裏に計画。リシュリューに反省を促しつつ彼女のあまりにも肥大化したカリスマ(事実上、国を二つに割ったと言うのにヴィシア側さえも原作ではロイヤルへの怨みや疑念を口にするモノは言えど枢機卿には恨んでいたり、裏切り者と糾弾しているkansenは1人もいないレベル)を削ぎ落とし、彼女の口から自身は神輿になるつもりはないとはっきり宣言させた上でジャン・バールに継承を行わせようとしていました。
ある意味ではどこかの国で行われた人間宣言に近いのかも知れません、そんな計画を少しの会話から予測したと言う事もありジャン・バールから指揮官への好感度は更に油断ならないと下がってしまうのでした。


・ジャン・バールから見た指揮官

 殴っても満足していない彼女は厳しいと思えるのかも知れませんが、可愛い妹に手を出しただけではなく、ずっと自分に結婚したと挨拶もせずにガスコーニュを独占した挙句、直前にサディアのヴェネトとリットリオにも指揮官は3Pを行っているのでヤリチンで下半身がだらしない上に権力と名声は無駄にある男にガスコーニュをと継がせたくないと思うのは当然です。


・ヴァリアント
 念願の女王になれたよ!やったね新陛下!



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指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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