鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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After12話 エリザベスの誤算

 ロイヤルの空気は鉄血とは違う。自身の祖国は贔屓目にみても何処か柔らかな印象を受ける潮風が吹き、穏やかな波の音は耳障りが良かった。港から見える水平線はどこまでも広がり、空と海の境界すら曖昧に見える。その雄大さに感銘を受けたと同時にそんな母なる海と大好きな故郷に頭を与えるセイレーンへの怒りという感情が俺が指揮官になった理由の一つと言えるだろう。

 

 だが、ロイヤルの空気は鉄血と違う。何処か張り詰めた緊張感と刺々しい雰囲気が漂い、ちらりと遠目で見るだけでも軍人達は緊張の色を滲ませているのが分かる。もうそろそろ夜中ではあるが鉄血と比べても港に活気は見られず、何処かピリついた様子を感じ、これまでみたどの国よりも排他的な雰囲気と不満を孕んでいるのが分かった。 

 

 ロイヤルの敗戦の影響は今も残っている。クイーン・エリザベスやそれに協力的であった高官や政治家達が敗戦の責任を取らされて失脚したとはいえ、国民の不満はそう簡単に消えるものではない。国民の不満は連日暴動という形となって現れており、その多くは目に見える敵であるエリザベス達kansenへの反対運動へと繋がっているとこちらの新聞でも報道されていたが、この戒厳令もかくやと言う程の警戒態勢を見る限りどうやら真実だったようだ。

 

 

 暴動を起こす国民の不満にkansen以外の軍人達のフラストレーションが重なり、それが今のロイヤルの現状を生んでしまっているのは想像に難くない。そして自身がそんなロイヤルの現状を売り上げた戦争当事者であると理解すれば、当然のように胸が痛くなる。

 

 

「…よく来てくれ…ください、ました」

 

 

 どんよりとした空気の王座でヴァリアントは俺達を出迎える。彼女の顔色は悪く、目の下にはうっすらと隈が浮かんでおり、心労が溜まっているのが伺えた。その傍には彼女の騎士であるモナークが直立不動でこちらを無表情で見つめているが、不思議と彼女からは敵意や怯えといった感情は感じられずこれまで出会ったどのロイヤル出身のkansenとも違う雰囲気を感じさせた。

 

 

 

「お久しぶりです、ヴァリアント陛下。此度の助力、感謝致します」 

 

 

 鉄血風の作法で出来る限り敬うように俺は頭を下げる。軍人としての役目を求められたサディアやヴィシアとは違い今回の俺の役目は政治的なものだと理解したからこそ作法だったがビスマルクさんは特に咎めるような真似はせずこちらに続くように例をする。付け焼き刃の俺の作法とは違いビスマルクさんのそれは華やかさがあり、改めて彼女が天上人で自分は凡人だと思い知らされた。

 

 

「い、いえ…こちらこそ鉄血の方々にわざわざ来賓して頂きましたのに…襲撃なんてことになってしまい申し訳ありません」

 

 

 ぺこりと頭を下げる姿は痛々しさすら感じ、申し訳ないがこれが本当にロイヤルネイビーの女王の姿なのか?と感じてしまう。以前の女王クイーン・エリザベスとは直接対峙した事はないが彼女の余りにも上から目線の捕虜解放命令に不快感を覚えた覚えがある。

 

 

 だが目の前にいる彼女は明らかに弱々しく、覇気がない。充分な護衛もつけずに鉄血の来賓である俺たちが襲われた事に罪悪感と恐怖。そして外交的な失点を気にしているのか酷く怯えた小動物の様に震えており、これまで出会ったどの陣営代表よりも喋り方もぎこちない年相応の少女にしか見えなかった。

 

 

「ええ、それじゃ暫くの間はゆっくりとさせてもらうけれども…出来れば行くのはいけない場所とかも知っておきたいから案内も付けてもらえないかしら?それと戴冠式までの日程やプログラムとかもあるならそれも教えて貰えるとありがたいわね」

 

 

 

 ビスマルクさんは怯えた少女を見ても一切態度を変えず淡々と必要な情報だけを聞いていく。口調もいつも通りだし、俺に話しかけてくる時と何ら変わりはない。

 

 

 だが、何故だろうか。その声音にはどこか呆れや諦めが混じっている様に聞こえたのは。

 

 これは余程だと内心ビスマルクさんに舌を巻く。彼女は俺たち鉄血海軍に所属する者達に誉めて、労って、慰める事も多かったが余程の事がない限りは失望や呆れなどと言った感情を見せたことはない。

 

 

 それだけに今のビスマルクさんに違和感を覚え、同時にそこまで彼女に思わせる状況にただならぬものを感じる。

 

 

「あ、あの……すみません……今ちょっとバタついていまして……私もあまり詳しい事は分からないのです……」

 

 

 あわわとヴァリアントは困ったように顔を伏せるとこちらから見ても露骨な程に手の震えを隠せていない。

 

 

「……分かりました。それでは残りは後日話し合うとして滞在場所をお聞かせ頂けますか?」

 

 

「……そ、そうですね……まずは部屋を用意しますのでそちらに……ああ、そうね!モナーク!あなたは二人を部屋にご案内なさい!」

 

 さりげなく会話を終わらせる為に滞在場所を聞けば、彼女は思い出したかのように背後に控えていた騎士に指示を出す。すると今まで無言だったモナークはこちらをじっと見つめたかと思うと「了解した」と騎士らしく返事を返すとこちらに向かってくる。

 

 

 

 

 だが…その瞬間カチャリとドアが開く音がする。

 

 

 

「あら、ならちょうどいいわ…どうせ暇になっているし、私が相手をさせてもらおうかしら」

 

 

 ドアが開くと同時に現れたのは金髪の少女だ。腰まで流した美しい金髪に幼いながらも整った美貌。それ以上に印象的なのはその碧眼。まるで宝石のような輝きを放つ瞳に思わず吸い込まれそうになる。

 

 

「え、エリザベス様ぁ!?」

 

 

 ヴァリアントの悲鳴にエリザベスと呼ばれた少女はニヤッと自信満々に笑みを浮かべる。ビスマルクさんはあまりの展開に顔を顰め、モナークはピクリと耳を動かし、そして俺はあまりの急展開に心臓がバクバクと高鳴り、思考が追いつかない。

 

 

 

 エリザベス……元ロイヤルネイビーの女王クイーン・エリザベス。かつては身分としてはヒトと変わらない王族待遇、政治的立場としても貴族院の一員であり、政治中枢である議会だけではなく王宮にも出入りしていたと聞く。何よりもあの大戦で悪名高いメルセルケビール海戦やイオニア沖海戦を引き起こし、何より俺が着任当日に下手をすれば瓦礫の下に埋まる死に方を引き起こした可能性の高い命令書にサインをした元陣営代表。

 

 そんな彼女が今、目の前にいるのだ。動揺しない方がおかしいだろう。恨み辛みやシコリは俺だってあの大戦でロイヤルを追い詰める為に動いたのだからそんな感情を抱くのは間違いだと分かっていても、やはり緊張してしまう。

 

 

 

「ふふん、どうしたの?そんなに固くなって……大丈夫よ、別に取って食ったりはしないから」

 

 

 

 だが、当の本人は俺達に対して特に敵対心は抱いてはいないようで、むしろ余裕すら感じる。彼女はそのままつかつかとヴァリアントに近寄ると怯える彼女の肩を抱き寄せる。

 

 

「ほら、貴女は下がっていて。私はこの人達と話があるから」

 

「へへへへ、陛下!?いえ、流石にそんなことをさせる訳には!?」

 

「陛下は、じゃないでしょう?今は女王陛下なんだからその呼び方は駄目。分かった?」

 

「は、はいぃ……」

 

「もう…ヴァリアント。次のロイヤルの女王はあなたなんだからもっとしっかりしなさい」

 

 俺達の時とは比較にならない程に焦った様子のヴァリアントに、エリザベスは優しく諭すように頭を撫でてやる。シュペー曰く同型艦同士は基本的には姉妹、もしくは友人として深い絆で結ばれていると言っていたがエリザベスとヴァリアントもその例に漏れないようだ。

 

 

「さて、と……改めて自己紹介をしておきましょうか」

 

 しばらく震えていたヴァリアントを落ち着かさせると、エリザベスは再びこちらに向き直り、優雅に一礼をする。

 

 

 

「私の名はエリザベス。元々はクイーン・エリザベスだったけれど最近『色々あって』女王を引退して今はヴァリアントのサポートを行っているわけね。えぇ……色々とね?」

 

 

 一見友好的に見える態度で手を差し伸べて来る彼女だが、一瞬見せた底冷えするような視線と威圧感に俺はゾクッとした寒気を背後から感じ、それでも差し出された手を握り返す。

 

 

 

「あなたがレッドアクシズの『英雄』ヴァイスクレー・ヘルブストね。あなたのお陰で本当に苦労したわ……その結果、全世界からの悪評で私は死ぬまで愚かな女王だと歴史に名を残す事になったんだから」

 

 

 

 そう言いながら俺の手を握る力が強くなっていく。痛みすら感じ、反射的に引き離そうとするが、彼女の碧眼を見た瞬間に身体が硬直し、指一本動かせなくなる。魔術師でも無ければ瞳に何か特殊能力がある訳でもない。ただ小学生にも満たない見た目の少女の手が巨人の様に巨大に思え、笑顔の仮面に隠れたプレッシャーがプレス機の様にそれが俺を押しつぶそうとしている。

 

 

 

「それに、よ…私個人としてもあなたとは話しては見たかったのよね…ねえ、鉄血の指揮官?」

 

 

 そのプレッシャーを感じたのか余裕の表情を浮かべていたヴァリアントはハッと気がつきアワアワと慌てている。喉を締め付ける様な威圧感を放つ元女王。エリザベスの鋭い眼光は俺の喉笛を噛み切らんとばかりに睨みつけ、まるで肉食獣に狙われた獲物の気分だ。

 

 

 

 あぁ…これが陣営代表か。

 

 

 

 今まで俺が会ってきた陣営代表は皆少なくとも友好的だった。俺に一目惚れしてくれた事を隠しつつも温厚に故郷を楽しんで欲しいと願ってくれたヴェネトに、素っ気ないがガスコーニュ関連以外は常に真面目に向き合ってくれたジャン・バールさん。二人はまだ分かりやすかった。

 

 だけど、彼女は……エリザベスは違う。彼女は明らかに俺に対して敵意と憎悪を抱いている。俺が憎くて、恨めしくて、殺したくて仕方がないといった感情が伝わってくる。ロイヤルは獅子の旗を掲げているがその旗の様に小柄な少女は牙を見せ、爪を研ぎ、今まさに俺の首筋に喰らい付かんとする紛う事なき歴戦の獅子だ。

 

 

 

 

 

 だが……それだけだ。

 

 

 

 

 確かにプレッシャーを感じるのは事実だ。明らかな敵意と憎悪の視線と共に放たれたプレッシャーは不快感と同時に屈服させようという意思も感じ、悪寒と重圧は息苦しい。しかし……本当の恐怖はこんなものじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……エリザベス。どう言うつもりなのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポツリと放たれた背後の声にエリザベスの碧眼が大きく揺れる。同時に背後から先程とは比べ物にならない程の濃密な殺気に俺は思わず身震いする。

 

 

 

「人を呼び出しておいてこちらの『英雄』を威圧?あまりそういう事はしないで欲しいわね」

 

 

 

 ビスマルクさんは普段と変わらない口調で話すがその声音は酷く冷たく、まるで氷を背骨に直接流し込まれたような感覚に陥る。俺が知っているビスマルクさんは理知的な人だ。普段は冷静沈着で、物事を見極めるのに長けている。何よりも彼女は……鉄血海軍は同胞を害される事は命に代えても許さない。そんな彼女が……俺の為に怒りの感情を露にしているのだ。

 

 後ろを振り向きたくはなかった。ビスマルクさんがどんな顔でエリザベスを見ているのか定かではないが少なくともヴァリアントは今にも失禁寸前な程にガクガクと震えており豪奢なイスから崩れ落ちそうになるのを必死に堪えていた。

 

 

だが……振り向かないわけにはいかない。

 

 

 

 意を決してゆっくりと振り返れば、そこには想像通りの光景が広がっていた。

 

 

 

 眉間に青筋を立て、目は吊り上がり、唇は真一文字に結ばれ、口元は歪に歪み、その目は憤怒の色に染まっている。エリザベスのプレッシャーが穏やかな春風ならばビスマルクさんのそれは荒れ狂う嵐。冷徹さと激情を同時に宿した瞳が射抜く様に彼女を睨んでいる。

 

 

 だが、それでもなお……エリザベスは怯むことなくビスマルクさんを睨み返す。

 

 

「あら、ごめんなさいビスマルク…つい、ね?」

 

 

「つい、じゃ済まないわよ…私が来てなかったらどうするつもりだったのかしら」

 

 

 

 エリザベスは悪びれた様子もなく肩をすくめる。それを見て更に苛立ちを募らせたのかビスマルクさんは更に逆鱗に触れんとばかりに詰め寄り二人の碧眼が火花を散らし合う。だが、最早事態は収集が付かない様に感じてしまう。

 

 エリザベスも本気で俺を害そうとはしなかったはずだ。ロイヤルを追い詰めた仇敵として俺個人の事を蛇蝎の如く嫌っているだろうがそれでも今の国際情勢を理解出来ないほど馬鹿ではないだろう。あくまで冗談の範疇で俺を威圧しつつもあの戦争は互いに遺恨はないという話しの流れに持っていきたかったはずだ。

 

 だがエリザベスはビスマルクさんを……鉄血を本当の意味で理解していなかったのだ。俺達は同胞を傷つける者、同胞を侮辱するもの、同胞を貶すものを絶対に許さない。恐らく戦前であればビスマルクさんやその側近が威圧された所でジョークの範疇として笑って流せたかもしれないが、今は違う。

 

 

「それは…」

 

「ヴァリアント陛下?これは鉄血への公的な挑戦状と受け取っていいのよね?」

 

 

 

 エリザベスの言葉を遮り有無を言わさずビスマルクさんが一歩前に出て、その言葉にヴァリアントがビクッと身体を震わせる。エリザベスもまさかこんな展開になるとは思っていなかったのか、その瞳は動揺に揺れている。

 

 

 

 ――血は海水(みず)よりも濃く、絆(おもい)は鉄より堅い――

 

 

 

 

 エリザベスは決して軽々しく踏んではいけない領域に踏み込んでしまった。譲れない一線を踏み込んでしまった以上ビスマルクさんは直ぐにでも俺を連れて本国へ帰還するだろう。そうなれば最早レッドアクシズとロイヤルの軍同士の関係は完全に破綻する。

 

 

 

 エリザベスは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、何かを言おうとしているが上手く言葉を紡げず、ヴァリアント陛下は震えるばかりだ。

 

 

 このままだとまずい。

 

 

 

 そう思いながら頭をフル回転させこの状況をどう収めるべきか。おどけてエリザベスに話しかけるべきか?それともエリザベス個人への謝罪さえあれば水に流すと傲慢に話しかけるべきだろうか?鉄血がへりくだる事もなく、ロイヤルと禍根を残さずこの場を収める方法は……。

 

 

 考えろ……考えるんだ。俺がここで取るべき行動はなんだ?

 

 

 

「エリザベス」

 

 

 

 思考の海に沈んでいたその時だ。それまで無言だった赤髪の騎士団長モナークはツカツカと足音を立ててエリザベスの前に立つと、そのまま彼女に近づいたのかと思えば。

 

 

───パチンッ!と

 

 

 

 

 乾いた音が室内に響き渡る。

 

 

「……えっ!?」

 

 

 

 俺も、エリザベスも、そしてヴァリアントも何が起きたのか分からずに呆然としていた。モナークは平手打ちをした手を下ろすと、ただ一言。

 

 

 

「ふざけるな」

 

 

 

 

 あまりにも絶対零度の声音にその場の空気が凍った。

 

 

 

「お前は個人的感情だけで陣営の面子を潰すつもりなのか?」

 

 

 彼女の胸ぐらを掴むモナークの瞳からは感情が感じ取れない。ただ、静かに、冷徹にエリザベスを睨みつけているだけだ。エリザベスは叩かれた頬に手を当て、一瞬だけ驚いた表情を見せたが場の空気を読んだのか、バツが悪そうに視線を外す。

 

 

 

「何も無かった。それでいいですね?」

 

 

 

 

 喉から絞り出すような声音でビスマルクさんに問いかける。

 

 

「……えぇ、構わないわ」

 

 

 

 謝罪もなく、怒りもなく、今から数分間の出来事は無かったことにする。幸いにもビスマルクさんは同調してくれモナークはゆっくりと掴んでいた襟首を離すと元の立ち位置に戻る。

 

 エリザベスは頬を抑えバツの悪そうな顔をしており、ヴァリアントは溢れ出る様々な感情に押しつぶされそうだ。これで……一件落着で良いのか? 正直釈然としない部分もあるが、ビスマルクさんもエリザベスも互いに矛を収めたのだから後はもう俺が気にしなければいい話だ。

 

 

 

 それでも……鉄血に帰って、皆に慰めて貰いたいと切実に思ってしまうのは我ながら情けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さて、改めて自己紹介をするけれど案内をさせてもらうクイーン・エリザベスよ。よろしく頼むわね?鉄血の指揮官。それともヘルブストと呼べばいいのかしら?」

 

 

 

 少ししてから、退室した俺達に改めてエリザベスはそう口を開く。結局頬は赤く染まっているが互いにさっきは何事もなかったと水に流したのだから素直に俺達は案内を受け入れていたのだ。

 

 ロイヤルの基地は鉄血と比べても明らかに差異があった。例えば廊下や壁は白と青を基調としており、黒と赤の色彩が主軸となった鉄血とは対照的だ。白い大理石で出来た床には塵一つ無く手入れが行き届いて清潔感もある。だが同じ形式で作られた軍港をそのまま接収したマルタ島と比べれば調度品は上等だがどこか質素な印象を受ける。

 

 

 戦争に敗北した際に流出したこの軍港の内部写真には豪華絢爛なシャンデリアやら黄金の装飾が施された家具などが置かれていたが、それらは全て処分されたのだろう。その代わりに観葉植物などがあちこちに置かれて殺風景にならないように配慮されているようだが個人的にはゴテゴテした成金趣味よりも俺はこちらの方が好きだ。

 

「言い方はご自由に。ですが公の場では『鉄血の指揮官』とでも言っていただければ幸いです」

 

 

「分かったわ」

 

 

 

 

 エリザベスは俺の言葉にクスリと笑う。

 

 

 

「しかし……本気であなたが案内役だなんて何のつもりなの?そういうものとは一番縁遠いと思っていたのだけれども」

 

 ビスマルクさんは平然を装いつつどこかトゲのある口調でエリザベスに尋ねる。まぁ、確かにビスマルクさんの言う通りだ。

 

 

「別に。あなたがそうと知っているのは元首としての私だけでしょう?ここからあなた達を案内するのはただのエリザベスよ、別に構わないでしょう?」

 

 

 思っていたよりも気楽そうに、エリザベスはそう言い返す。

 

 

「…正直、もっとあなたは色々と気にしている、と思っていたのだけれど」

 

「あら、していたわよ?それに今だって色々思ってるわよ。だけれどもまあ、やれる事は全部やり切ったし、あの子に残せるものは全部残したわこれ以上はどうしようもないんだもの、どうしようもないものを気にかけすぎても仕方がないわ」

 

 

 どこか清々しい表情を浮かべるエリザベスを見てビスマルクさんはそれ以上何も言わない。無論先程の発言は俺を煽る意図も少なからずあっただろうし心の底では少なくはない憎悪や恨みを募らせているだろう。それでも陣営代表としてやるべき事は全てやり終えた彼女の顔は何処か重荷を下ろしたかのようにスッキリとしていた。

 

 

「まぁ、ヴァリアントにはもう少しだけ自信を持っていて欲しいものだけれどね。彼女も必死に頑張ってくれてるけどいつも怯えた目で周りを見ているのはあまり気分の良いものではないわ」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 エリザベスは溜息を吐きながら、そんなことを呟く。ビスマルクさんは無言のまま視線を逸らす。

 

 

 

「あぁ、それと鉄血の指揮官。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「ビスマルクとは付き合っているのかしら?」

 

 

 

 いきなり何を言い出すんだこのちんちくりん元女王様は!?

 

 

 思わず咳き込みそうになるのを堪えながら俺はエリザベスを見る。彼女はニコニコと揶揄うように笑みを浮かべているがその瞳は決して笑ってはいない。

 

 

「違いますよ。これでも妻がいますので」

 

「ふーん……その様子だと嘘ではないみたいね」

 

 

 俺の返答を聞いて納得したのかエリザベスは視線を外す。俺の『英雄』としてのネームバリューは高まっており、マスコミがこぞって取材を申し込んできたが私生活について。特に俺が既婚者だという事は何も語っていない。

 

 理由はまさに絶対零度の視線をエリザベスに向けているビスマルクさんの要望の為だ。鉄血の3人だけならまだしもアイリスとヴィシアの陣営代表同士の妹であるガスコーニュやサディアの総旗艦とその妹であるヴェネトとリットリオにまで手を出していると口にすれば最後、頭ちんぽ野郎のレッテルが貼られるだけでは済まないのだから。

 

 

「だとするとちょっと不味いかしら……おっと到着ね。それじゃ、とりあえずはこの部屋を使ってちょうだい?何か用があるならそこのベルを鳴らして頂戴。すぐにメイドの誰かが駆けつけてきてくれると思うわ」

 

 やがて到着した部屋のドアを開ければそこはホテルのような作りになっていた。この軍港内でも間違いなく上位に位置するであろう豪華な内装はまさに一流ホテルに勝るとも劣らない貴賓室だ。

 

「……あのエリザベスさん。エリザベスさんや」

 

「何かしら?」

 

「……もしかして俺もこの部屋を使うんですかね?」

 

 

 恐る恐る尋ねてみれば、エリザベスは当然のように答える。

 

 

「えぇ、当たり前じゃない。防犯の都合上この部屋が最も適任だし名目上護衛の役目もある貴方がビスマルクと違う部屋なのはおかしいでしょう?」

 

「彼は既婚者よ…エリザベス、他に部屋は無いのかしら?」

 

「……悪いわね。無いわ。貴女と指揮官が裏で付き合ってるのならいちゃつけば良いわ!と思っていたし、そうでなければラブコメ展開が見れると思ったのだけれども……既婚者、既婚者かぁ……」

 

 俺が既婚者だと聞いた途端一瞬呆気とした表情を見せた後、冷や汗を流しながらぶつくさと小声で呟くエリザベス。いや待って、本当に待って…!ベッドなんて見る限り一つしか無いってダメだろこれ!?

 

 流石に夫婦でもない、しかも片方は既婚者な男女が同じ部屋で寝るのは問題がありすぎる。ビスマルクさんも同じ事を考えているのかふざけた事を言い出したロイヤルへの怒りよりも焦りが勝ったような表情で目が泳いでおり、エリザベスもまた予想外だったようで頬に一筋の汗を流して受話器を手に取り即座に対応してくれているようだが、他の空き部屋はセキュリティの関係上ゲストが滞在するのに適してはいないものばかりらしく残っているのは地下の独房ぐらいしかないらしい。

 

 

「……3日待ってくれないかしら?その間に私の部屋を掃除して私が独房に泊まって貴方達が……」

 

 

 

 なんてすっかり目のハイライトが消えたエリザベスが言いかけたがそんな事バレたら陣営同士の亀裂でまた戦争が起きかねない。かと言って俺としては独房で過ごすのも問題はないが、ビスマルクさんとエリザベスに思い切り反対されてしまい……

 

 

 

 

「……その、ごめんなさいね指揮官」

 

 

 

 結果的にあと数日で戴冠式が行われるのだから予定通り俺たち2人が同じ部屋で過ごす事になり、俺達の気まずい共同生活は幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 取り敢えずしばらくはソファーで寝るしか無い、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

各嫁が今回の出張に参加していたら。

 

シュペー編

 

 

「私の名はエリザベス。元々はクイーン・エリザベスだったけれど最近『色々あって』女王を引退して今はヴァリアントのサポートを行っているわけね。えぇ……色々とね?」

 

 一見友好的に見える態度で手を差し伸べて来る彼女だが、一瞬見せた底冷えするような視線と威圧感に俺はゾクッとした寒気を背後から感じ、それでも差し出された手を握り返す。

 

 

「あなたがレッドアクシズの『英雄』ヴァイスクレー・ヘルブストね。あなたのお陰で本当に苦労したわ……その結果、全世界からの悪評で私は死ぬまで愚かな女王だと歴史に名を残す事になったんだから」

 

 

 そう言いながら俺の手を握る力が強くなっていく。痛みすら感じ、反射的に引き離そうとするが、彼女の碧眼を見た瞬間に身体が硬直し、指一本動かせなくなる。魔術師でも無ければ瞳に何か特殊能力がある訳でもない。

 

 

 ただ小学生にも満たない見た目の少女の手が巨人の様に巨大に思え、笑顔の仮面に隠れたプレッシャーがプレス機の様にそれが俺を押しつぶそうとしている。

 

 

「それに、よ…私個人としてもあなたとは話しては見たかったのよね…ねえ、鉄血の指揮官?」

 

 

 

 

 ドゴォォン!!!

 

 

 

 

 その瞬間。凄まじいまでの爆音と衝撃が軍港を揺るがした。

 

 

 

「「「……はっ?」」」

 

 

 

 

 周囲には硝煙が立ち込めており、何が起きたのか理解出来ない俺達は互いに顔を見合わせる。そして次の瞬間、再び爆発音が響き渡り、今度は壁の一部が吹き飛んだ。 

 

 

「おっと…手が滑っちゃった」

 

 

 

 小さな、それでいて部屋中に撒き散らされた硝煙と沈黙の中で響く声。俺の最愛の妻の1人であるシュペーが義腕に内蔵されている砲弾を発砲したのだと気づくまでに数秒の時間を要した。ビスマルクさんもモナークも余りにも非現実的な光景に唖然とした表情を隠せず、ヴァリアントに至っては完全に失禁した様子でスカートの下からは水溜まりが出来ていた。

 

 

 ちなみにシュペー本人は特に気にした風もなく、俺が無事であるのを確認すると安心した様子で抱きついてきた。柔らかな感触と甘い香りに心が癒されるが、俺自身も混乱しており取り敢えず落ち着こうと強く思わず抱きしめ返してしまう。

 

 

「ん、指揮官大丈夫だよ。私が守るから」

 

 

 そう言って優しく頭を撫でてくる彼女に安堵しながら、改めてエリザベスの方を見る。彼女はわなわなと震えていたが、やがて耐えきれないと叫び出した。

 

 

「あ、アンタねぇ!?正気なの!?ここ軍港内の広間なのよ!?」

 

 

 

 もちろん先ほどの砲撃の結果サイレンが鳴り響いており、既にセイレーンの奇襲と勘違いした様子の放送が鳴り響いている。だがシュペーは全く気にしていない様子で優しく俺に体を寄せてくれた。

 

 

「うん、知ってるよ。指揮官とビスマルクさんを狙う悪い『金色のネズミ』がいたからびっくりして撃っちゃった。今後指揮官とビスマルクさんを傷つけようとする『ネズミ』をまた見かけたら『駆除』の為にまた爆発しちゃうかもしれないので注意してくださいね。元クイーンさん」

 

 

 おーい、シュペーさん?君ってそんな冷たい目が出来る娘だっけ?

 

 

「それと、指揮官の事を馬鹿にしたみたいだけど、指揮官は私の旦那様だから。次は本気で撃つよ?」

 

「…………いや…でも武装は禁止って…」

 

「この義腕は皆を守る為の私の一部だから武器じゃ無いよ。それにそう簡単には外せないから諦めて。それともあなたは今すぐ自分の両腕を切り取れるの?」

 

 

 エリザベスはもはや言葉も出ないのか呆然として固まっている。そりゃそうだ、まさか会談中に壁に向かって発砲するなんて誰も予想出来るはずがない。

 

 

 

「指揮官は渡さないし指揮官に酷い事する人は誰だって許せない。帰りを待ってるグラーフさんやヴェネトさん達の為にも。何より大好きな貴方の事は絶対に守ってみせるから、ね?」

 

 

 

 

 ぎゅっと、より一層強い力で抱き締められる。なんかもう何もかもどうでもいいや!とすっぽ抜けてしまい、失禁して気絶しているヴァリアントを現実逃避の如く視界に入れない様にしつつも『ちょっとだけ過激なお嫁さん』であるシュペーを優しく抱きしめるのであった。

 

 






・エリザベスの誤算

軽い煽り合い程度ならじゃれ合いとして戦前は何度も他の陣営代表と交わしてきましたし、ビスマルクからエリザベスに皮肉を口にした事もありました。しかし、今回のエリザベスはあらゆる意味で地雷をぶち抜いてしまいモナークがいなければ本気でビスマルクは指揮官を引き連れて帰ったでしょう。忘れがちですがビスマルクは国と仲間の存続の為なら陣営を離脱して新たな新陣営を作る程度には苛烈な側面も持っていますから。


・相部屋

 エリザベス視点ではビスマルクにとって指揮官は間違いなく側近ですし、指揮官も語ってますが妹であるティルピッツよりも優先して彼を連れていくと判断しています。故に下手をすれば男女として深い中かも知れないし、もしそうでなければコレをきっかけにどちらかが片想いをしているのならと面白半分と善意半分で部屋を用意したのですが……まさか21歳の指揮官が既に既婚者と予想外の事実が判明してしまい。

・ビスマルク
何やってんだエリザベスと困惑しつつグラーフ達に申し訳なく思っている

・エリザベス
ビンタ騒動でやりすぎたと反省した後即座に相部屋と完全に喧嘩を打ってるとしか思えない対応をしてしまいQOの陛下並に焦ってダラダラと冷や汗を流している。

・指揮官
スタイル抜群の敬愛する上司とのしばらくの共同生活に間違いを起こしてはならないと思いつつも自己評価の低さからビスマルクに申し訳なく思っている。また二人部屋という事もあってオナ禁確定でそれも辛い

 と全員が頭を抱える事態になるのでした。なおヴェネトのように民間のホテルをという意見もありましたが根回しはしてない状況で鉄血へのヘイトが高まってる中では危険過ぎますし、そもそもホテルを丸々貸し切りなんて権限は既にヴァリアント達には残っていませんから。


・おまけ

今回からIFとしてもし指揮官とビスマルクの二人組にお嫁さんが同行していれば?というおまけも付け加えさせて頂きます。
第一弾はシュペー。指揮官を護らなきゃと密かに義腕から砲撃可能と改造しており、プッツンした結果……ジャン・バールにすら殴りかかった彼女を止める事なんて出来ませんでした。シュペーは天使です、いいね?


また宣伝となりますがR-18版にシュペーと指揮官の甘々エッチを投稿してますのでもしよければそちらもどうぞ

https://syosetu.org/novel/274731/17.html



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  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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