鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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After13話 白い空母の末路

 

 

 

 

「それで、戴冠式は予定より長引くので開催まではまだまだ時間がかかりそうと」

 

 

「そうね……本当に申し訳ないわ」

 

 

 俺とビスマルクさんがロイヤルに滞在して二日。ビスマルクさんとの同棲に色々な意味で精神を擦り減らし、ラキスケイベントを起こさない様細心の注意を払っていた所俺達はエリザベスとのお茶会に参加していた。申し訳なさそうなエリザベスから聞かされた情報は彼女が想定していたよりも大幅に遅れており、どうやら警備体制の見直しやら何やらと色々と揉めているらしく、開催日程はまだ未定。少なくとも一週間以上かヘタをすると一ヶ月はかかるだろうとの事だ。

 

 

「ふふふふ…まあ確かに?負けもこんでしまったのは認めるしシェフィの失態の件とかも含めて人選や決定を下したのは私の責任よ?でも王家を解体しろだとかkansen不要論だとかもう色々と面倒くさいのとか!これまで海を守ってきたのは誰だと思っているのかしらね?」

 

 

 うふふふふ、と笑いながらもカップを揺らし、周囲にプレッシャーを放ちながら愚痴る様に口を開くエリザベスにかける言葉も見つからない。エリザベスの言葉は傲慢な様に思えたがそれまで必死になって国と民に尽くして来た彼女の功績を考えれば掌返しの末に何をしても非難の矛先を向けられる現状はその程度の愚痴で済ませるのはおとなしいとすら感じてしまう。

 

 

「その……大変ね」

 

 流石に哀れに思ったのかビスマルクさんも同情的な視線を向けるが、彼女はそれを見て苦笑しながら肩をすくめる。

 

 

「まぁ、仕方がないわよ。そもそも私がこうなったのだって自業自得なんだもの。あの時、もう少しだけでも上手く立ち回れてればこんな事にはならなかったのかもしれないけれど……」

 

 

 思う所があるのかじっと俺に視線を向けて来るエリザベス。俺は敢えてそれに気付かぬふりをして紅茶を口に含む。風味豊かな香りと味が口に広がり、気分が落ち着くが気のせいで無ければサディアで飲んだ物より風味は弱く茶葉のグレードが数段落ちている気がした。それでも負けず劣らずの美味しさであるのはロイヤルメイド隊の教育の賜物なのかも知れない。

 

 そんな若干引いている俺達の様子に気づいたのか一つ咳払いをしながらエリザベスは言葉を続ける。

 

 

「…まあ、とにかくそういう訳だ悪いけどもうしばらくロイヤルに滞在してもらう事になるわ。というか完全にこちらがお願いすら立場ね……本当なら貴方達に鉄血に一度帰って欲しいところだけど…」

 

 

 そういって嘆息混じりにエリザベスが差し出したのは今日の朝刊だ。そこには反kansen、反エリザベスを騙る国内の不満者達が暴動を全国で引き起こしているという記事が載っていた。

 

 元マルタ島出身者を中心にした暴動だけでなく、戦争中に捕虜としてヴィシアで労働に従事した軍人達はサディアの一流ホテルで捕虜とは思えないくらい贅沢な暮らしをしていたロイヤル出身のkansenへの不信感や不満は隠さず、それが一気に爆発してしまったそうな。ある意味サディアの戦後を見据えた分断工作が成功した瞬間といえるだろう。

 

 

「本当に貴方達はやってくれたわ……暴動がいつ沈静化するかも分からないからもう少しだけ滞在してもらう事になりそうね。なんせ一度帰ってもらって再び貴方達がロイヤルにやって来た所でまた暴動!なーんて事になったらいつまでたっても式典は行えないもの」

 

 エリザベスの恨めしい目線を受けながら新聞を読み進めていくと、そのどれもが暴動を起こした者達には同情的な論調となっており反面エリザベスやkansenへの悪辣な罵倒や暴言の数々はマスコミすらも敵にまわっているという彼女達の置かれた状況の悪さが如実に表れていた。

 

 

「……延期は出来ても既に決まった以上中止には出来ないし、悪いけど貴方達にはもう少し滞在してもらう事になるわ。部屋の方は…できる限り早く用意させるから」

 

 

「それは構わないのだけれども……」

 

 

 

 ビスマルクさんが俺に視線を寄越す。彼女はこの数日間既婚者である俺との同室という状況で神経を擦り減らしながら不快感に耐えていただろうにこちらを気遣い一度も文句を言わなかった。風呂にだってばったり下着姿で鉢合わせ!なんて事がないようにわざわざ深夜に俺が寝静まった頃合いに入浴しているだろうし(キモいかも知れないが匂いで大体分かる)何度もせめて交代制にして貴方はベッドで寝るべきだと気を遣ってくれた。

 

 

 俺の事を信頼してくれているのは嬉しいのだが、そこまで気を遣われると申し訳ない気持ちになる。嬉し恥ずかし同棲生活なんて幻想でしかない。ビスマルクさんは優しい女性だから我慢してくれているが、俺が同じ立場なら間違いなくエリザベスにヒステリックにキレていたんじゃないだろうか?

 

 

「俺は大丈夫です。寧ろビスマルクさんこそ迷惑をかけて…」

 

 

 

 首を横に振りながらそう言うとビスマルクさんはこれ以上は謝罪合戦になると察してくれたのか小さく微笑んで「ありがとう」と呟いた。本当に申し訳ない……。

 

 

「……それでエリザベス。ウチの指揮官となにか話し合いたいだとか言ってたわよね?何の話かしら?」

 

 

 ビスマルクさんは俺の方をちらりと見てから話題を変えるようにエリザベスへ話しかける。俺たちの会話をバツの悪そうな表情を浮かべて黙って聞いていたエリザベスだったが、ビスマルクさんの質問を受けて真剣な顔つきになりゆっくりと口を開いた。

 

 

「……出来れば2人きりで話したいのだけれど」

 

「…………分かったわ。指揮官、少しの間席を外すわね」

 

「分かりました」

 

 

 

 

 ビスマルクさんは俺とエリザベスの顔を交互に見た後、エリザベスと共に部屋を出て行く。その背中を見送った後、大きくため息を吐く。

 

「あぁ、ダイドー。貴方も退出してもらって結構よ。というか退室して頂戴。これから話す事は機密事項だし、万一聞かれたら困るのよ」

 

 

 エリザベスはそれまで無言だった傍らに控えていた薄い青髪のメイドにそう告げると、メイドは一瞬何か言いたげな様子を見せたが結局何も言わずに頭を下げてから静かに扉の向こうへと消えていった。

 

 

「……さて、それじゃあ始めましょうか」

 

「何となくですが予想はついてますよ。どの子の事ですか?」

 

 

 会話の主導権を握ろうとしたエリザベスに先手を打ってそう返せば一瞬ピクリと眉を動かしたがすぐに平静を取り繕う。そして俺を真っ直ぐ見つめた後、彼女は口を開く。

 

 

「……イラストリアスよ。なんなの?貴方は私が何を言おうしたのか予想してたの?それともカマかけ?どちらにせよ腹立たしいけれど……」

 

 

 ジト目で睨みつけてくるエリザベスに俺は苦笑する。まあ、正直に言えば彼女の反応からある程度の推測はついていた。

 

 

 わざわざ俺と2人きりになって会話がしたい?俺への恨み節をぶち撒ける為にそんな事をすれば今度こそあの赤毛の騎士団長はエリザベスを有無を言わさず独房に放り込みかねないだろうし、彼女の戦後の行動や実績を考えればジョークがビスマルクさんの地雷を踏み抜いた前回を除けばそんなつまらないことの為に元ロイヤルのトップが動くはずがない。

 

 

 ならば彼女が俺と内密に話をしたいとすれば理由は限られてくる。ビスマルクさんが同席しないのは彼女を説得出来る自信がない、若しくは御し易い俺にビスマルクさんへの説得を頼もうとしているかだろう。

 

 俺だって戴冠式までやる事が無いからといってただ惰眠を貪るつもりはなかった。メイドさんに出来る限りの新聞やラジオといった情報媒体を部屋に持ってきてもらい情報収集に努めていたし、そうとくれば彼女達が置かれている状況が少しは見えてきて何を予想しているのか少しは予想できる。

 

「はぁ……まぐれや偶然の結果だと思ってたけど貴方を暗殺しろって言ってたジョージの気持ちが分かるわ。あの子私と顔を合わせるごとに暗殺者を派遣してでも貴方を殺せってうるさかったのよ。全く…。貴方がロイヤルにいてくれればこの戦争多分私達が勝ってたわね」

 

「はは……光栄ですね」

 

 

 乾いた笑い声をあげる俺にエリザベスは肩を落とす。どうやら俺が思っていた以上に彼女は苦労しているらしい。とはいえ俺が基地一つを任される様になったのはグラーフの目に留まったからで、俺がサディアに派遣されたのも二度に渡るロイヤルの襲撃を防いだのが要因。

 

 

 つまりあの日、イーグルたちの襲撃が無ければ今も大人しく戦時下の基地運営に従事していただろうし、ロイヤルに産まれていたとしても俺が活躍出来たとは思えなかった。

 

 ……その場合ヒッパー達と結婚は出来ないだろうな。もっと言えば別の指揮官とヒッパー達が結ばれる可能性も……おえっ吐きそうだ。

 

 

「顔色が悪い様だけど大丈夫?」

 

 

「え、えぇ。ちょっと嫌な想像をしてしまって…」

 

「ふーん……まあいいわ。本題に入りましょう。単刀直入に言うけど今の私達の状況は非常に不味いわ。私個人が糾弾されるのは別にいいけど皆にも迷惑が掛かるし、政府だって国民の不満を抑えきれてないからこそ暴動が多発している。私が死んで解決するなら喜んで処刑されてやるわ。でも政府が要求したのは……」

 

「利用価値があり、権力を失った後もkansen達の精神的な支柱になっているエリザベスさんではなく戦争の敗因の要因になったシェフィールド、エディンバラ、ウォースパイト、そしてイラストリアスと」

 

 苦い顔で首肯するエリザベス。なまじこの4人はレッドアクシズの情報戦においても罪人として何度も報道されていたし、彼らを処刑すればひとまずは国民感情が落ち着くと政府は考えているのだろう。人身御供という単語が頭に浮かぶが敗戦の責任を個人に求める国民感情を否定しきれない自分もいた。それ程までに今のロイヤルの状況では最悪血が流れてもおかしくはないのだから。

 

「……それで、俺に頼みたい事というのは?」

 

「……貴方には悪いと思っているわ。だからと言って他に方法はないの。貴方にお願いしたいのは……」

 

 

 

 そこまで言ってエリザベスは言葉を止める。俺を見つめる瞳は不安げで、彼女らしい堂々さが微塵も感じられなかった。がだがその瞳には部下を守る為ならばどんな事でもするという強い意志を感じられ長い沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……イラストリアスとの政略結婚よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結婚か……んっ…結婚!?

 

「いや…いやいや!!結婚!?保護じゃなく!?」

 

 

 ここに来て予想が外れてしまい思わず大きな声で叫んでしまうがエリザベスは落ち着いた様子で首を縦に振る。いや何言ってんだこの男みたいな顔しないでくださいよ!俺既婚者なんですよ!?

 

 

「あら不満なの?上司としての贔屓もあるだろうけどあの子めちゃくちゃ美人よ?それに胸だってかなり大きいし、性格も優しくて家事全般得意だし、料理上手だし、夜の方だって頑張って学んでくれると思うし……って聞いてる?」

 

「いや……あの……えっと……はい」

 

 

 

 

 動揺しまくりながらなんとか返事をする俺にエリザベスはため息をつくと、俺の目を真っ直ぐ見つめて口を開く。

 

 

「確かに貴方が戸惑うのは分かるわ。言いたい事だって分かる。既婚者なのに女を当てがうなだの、政略結婚でロイヤルと鉄血の結びつきを強くしようとしてるのか?とか本人の気持ちを無視してどうする?とかね。でも現状私達に選べる選択肢はそう多くないの。貴方が断ればあの子は間違いなく殺されるでしょうね」

 

「……そんなにヤバいんですか?」

 

「ウォースパイトは手早く手を打てた。シェフィやエディンバラも他国に亡命させる形にして秘密裏に動けたから騒ぎになる前に処理できたわ。お陰でこっちは責任問題で辞任を迫られたけれどね。でもイラストリアスだけはどうやっても不可能なのよ……」

 

 

 思う所があるのか悔しそうにエリザベスは拳を握りしめる。新聞に書かれていた内容にはエリザベスへの罵倒だけではなくイラストリアスの……世界で初めての空母対決で敗北し、民間人ごと港を焼き払おうとした挙句無様に敗北し捕虜となった彼女の批判記事があまりにも多く記述されていた。処刑すら生温いという意見が全国紙に掲載され、敗戦のヘイトを一身に背負った彼女は最早ロイヤルの恥晒しであり、生きているだけで害悪という扱いだった。

 

 

 

「もう…無理なのよ。贖ったわ。頭も何度も下げたわ。でもイラストリアスは最早この国で生きることすら許されない。だから他国に亡命か植民地辺りに身を隠させるしかないけどあの子の悪評は世界中に広がってるし恨みを抱いてる人も多いから例え整形や偽名を使って変装させたとしても絶対にバレるわ」

 

 紅茶に映る自分の顔を見て自嘲気味に笑う彼女。そこにはかつての自信に満ち溢れた女王の姿はなく、疲れ果てた1人の女性が座っていた。

 

 

「……私達kansenは人間じゃないわ。見た目は人間に近いかもしれないけど結局私達は兵器なの。今までは利用価値を示して、自分達の立場を守れたからこそ生きてこれた。でももうそれも限界なの。これ以上は……権力を失った私の力だけではどうにもならない。だから鉄血に頼るしかないのよ。例え賠償艦だとか人質とか…政略結婚の道具にね」

 

 鉄血は四大陣営の中でも最も同胞愛が強い国だ。故に賠償艦なんて名目で『生きている』kansenをモノ扱いして受け渡すなんて首を縦にふるとは思えない。人質だって抑止力としてはイラストリアスはいつ『処分』されてもおかしくない人物なのだから価値はない。

 

 

 しかし、政略結婚であれば話は別だ。

 

 

「大丈夫ですか…?鉄血に見目麗しい女性を差し出したって貴女の…」

 

「もう私の風評なんてどん底を通り越して崖から落ちてるから今更よ。処分されようとしている爆乳美女の部下を利用価値があるからと鉄血の英雄に妻として差し出した。勿論貴方は妻子がいるから断ったけど強引に妾や性奴隷でもいいから好きにしろと弱みを握って迫った……ふふっ。我ながら最低な話よね」

 

 

 

 乾いた笑い声をあげるエリザベス。

 

 

「……そして国からも見捨てられたイラストリアスを人格者である鉄血の英雄は庇ってビスマルクを説得し、名目上の妻と認めさせ、亡命の手続きもしてくれた。そして哀れなイラストリアスは祖国に戻る事も出来ず指一本手を出さない指揮官の元で愛人生活を死ぬまで送りましたとさ」

 

 物語を締め括る様な口調に俺は言葉を失う。

 

 

「勿論イラストリアスに手を出してもいいのよ。少なくとも貴方はイラストリアスに欲情してもそう酷い事はしないと思うし命を助けられてるんだから身体くらいはあの子も黙って受け入れるはずよ。他の奥さん達とギクシャクするのなら基地内に掘立て小屋や地下室でも作ってそこに住まわせてあげればいい。貴方が望むのならばメイドの真似事をさせても構わない。笑っちゃうわね。あの子に死んでほしくないって思ってるのに自分の名誉を失墜させた男の妾にするとか」

 

 

 

 そう言って自虐的に笑う彼女を俺はただ見ていることしか出来なかった。

 

 

「まあそういう訳で……お願いできないかしら?もちろんタダとは言わないし、報酬もちゃんとするわ。ビスマルクは良い顔しないだろうけど貴方が断れば彼女は確実に処刑されるとだけ言っておくわね」

 

 

 半ば脅すような台詞だがエリザベスは真剣な表情で俺を見つめている。俺の返答次第でイラストリアスの運命が、ロイヤルの命運が決まるのだ。緊張しない方がおかしいだろう。

 

 

 

「……そんなのずるいじゃないですか…」

 

「ええ狡いわ。貴方の性格的に断るわけ無いって分かってて言ってるのよ私は」

 

 

 

 

 長い沈黙の後に絞り出すように呟くとエリザベスは少し寂しげに微笑む。この様子だとイラストリアスにも俺が恨まれない様に、自分だけが泥を被るように彼女を説得済みなんだろうなぁ……。ははっ。ここまでお膳立てされたんじゃ俺が断れる筈がないじゃないか。

 

 

「分かりました。引き受けます」

 

「そう、ありがとう。恩に着るわ……あの子の命が誰かの為に消費されるより、生きてた方が何倍もマシだもの」

 

 

 そう言って俺の手を握るエリザベスは素っ気なく見えてその瞳には安堵の色が見えた気がする。

 

 

 

「…貴方の事を私は恨んでるわよ。貴方のせいで地位も、名誉も、尊厳も何もかも失った。本当なら貴方に頭なんて下げたくないしこの場で八つ裂きにしたいと思うくらいにはね」

 

 

 

 ポツリと過激な言葉を漏らしたエリザベスだがその言葉は冗談ではなく、本心からの言葉だと言うことは分かった。

 

 

「俺だって貴女に思う所が無い訳じゃ無いですよ。貴女のせいで着任当日にヘタをすると瓦礫に埋まって死にかねない可能性もありましたし、貴女が送り込んだスパイのせいで妻が危険に晒させられたんですから」

 

 敢えて俺も本音をぶつける。俺だって聖人君子ではない人間だ。戦争中にロイヤルに怒りを覚えた事は0では無いし、今もこうしてエリザベスに対して負の感情を抱いている。

 

 

 戦争の恨みを水に流すのは余りにも難しく互いにこの戦争で俺達鉄血とロイヤルはあと数十年、ヘタをすると数百年は遺恨を残す事になるのかもしれない。なんせ妻の一人であるヴェネトがそうする事を望んでいるし俺もサディアの意見に同調する程度には心は真っ黒に染まっているのだから。

 

 部屋が重苦しい空気に包まれ、時計の音と互いの息遣いだけが聞こえる。セイレーンという共通の敵を前にして手を取り合えない2つの国の人間が同じ空間にいるというのは何とも不思議な光景だった。

 

 

 先に口を開いたのはエリザベスの方だった。

 

 

 彼女は立ち上がると窓際へと歩み寄り外を眺めながら語り始めた。

 

 

 

「……だけれどもまあ、イラストリアス達をなんとかしよう、と動いていてくれた件は感謝しているわ。誰か一人でも欠けていれば…少なくともこうしてここで話している事もなかったでしょうから」

 

 

 

 窓の外を見つめながら小さく呟く。第一次世界大戦、または第二次セイレーン大戦と呼ばれたこの戦争で最も奇妙なところは何度も両陣営が戦いあったというのに直接的な死人が一人も出なかった事だろう。

 

 

 メルセルケビールで傷ついた面々も奇跡的に完治した。

 

 

 シェフィールドやイーグル達は捕虜になり、イラストリアスもウォースパイトも死ななかった。

 

 

 仮に誰かが殺されていれば報復の連鎖が生まれていただろうし、そうなれば今頃は鉄血とロイヤルは血で血を洗う全面衝突していた可能性もある。事実ピュリファイヤーは暗躍しそうなる方向に導こうとしていたのだから。

 

 

 

「たまたま皆が聞き分けが良く冷静だっただけですよ」

 

「それも含めてが今よ、だから顔を上げなさい…ビスマルクから聞いたわよ。貴方がロイヤルの捕虜を紳士的に対応して客人としてもてなすべきだと言ってくれたって。少なくとも、あなたがロイヤルのkansenを助けてくれた事だけは、信じてあげるわ」

 

 

 振り返ったエリザベスの表情はどこか吹っ切れた様な清々しいものだった。彼女なりに何かしらの折り合いをつけたのだろうか。

 

 

「……まあ、そういう訳で。私ももう貴方を恨むのは辞めにするわ。ビスマルクやロンドンから色々話を聞いてる内に恨もうとしても無駄って思ったし」

 

「ロンドンが?」

 

 

 懐かしい名前を出されて思わず反応してしまう。

 

 

「えぇ。あの子姉妹から洗脳されたって疑うくらい鉄血の事や貴方の事を褒めてたわよ。貴方の事を閣下と呼んで尊敬までしてたわ。あの子は私の知る部下の中でも特に優しい子だけど人を見る目は確かよ。だからまあ、貴方ならイラストリアスを任せられると思ったのよ」

 

 

「そいつは光栄ですね……彼女は元気ですか?」

 

「ロンドン?あの子なら元気よ。その内会ってみるのもいいかもしれないわね。この基地であの子も過ごしてるから」

 

 

 

 まさかそんな風に思われているとは思ってなかったので素直に嬉しかった。とはいえロンドンだって捕虜として帰還した以上様々な苦労があった筈だ。だと言うのにそんな俺に好意的な感情を抱いてくれているのが嬉しい反面、そこまで慕われる程の器なのかと不安にもなる。

 

 

「ええ、本当に。だから……あの子を頼むわね」

 

 

 そう言って微笑んだエリザベスの顔は今まで見たどの笑顔よりも魅力的に見えた。

 

 

「……イラストリアスだって妾の立場になるだろうけど貴方と政略結婚してもいいか?と聞いても悪感情は全く感じられなかったもの。本人の了承は得てるから今度二人で話し合える場所を設けましょう。勿論、二人きりでね」

 

「……分かりました。近いうちに時間を作りますよ。俺もビスマルクさんを説得します。説得する自信はありますけどそれより妻達にどう説明したらいいのやら…」

 

「ビスマルクを説得する自信があるなんて即答できるアンタが羨ましいわ……全く。まあいいわ、その辺りは私がなんとかしておくから心配しないで頂戴。それで良いかしら?」

 

「はい。ではまた後日改めて連絡しますのでよろしくお願いいたします。」 

 

 

 

 密約を交わした者同士改めて手を握り合う。やってる事は本人の都合も考えないで政略結婚をのやり取りを進めるという最低男そのものだが、これも、イラストリアスの命の為だ。自分にそう言い聞かせて非道な行いに手を貸す事への罪悪感を必死に抑え込む。そうしなければとても耐えられなかったからだ。

 

 好きでも無い男の元に祖国から追放される形で嫁いで来た彼女がどんな気持ちで毎日を過ごすのかを想像するだけで胸の奥に鉛を詰め込まれた気分になる。

 

 

 彼女の為なんだ。そう思い込まないと。彼女には一切手を出さない。好きな男ができればその恋を応援し、やりたい事が出来たのならそれを叶えさせる。あの子名誉を失墜させたのは俺だ。例え姉妹達と離れ離れになる事を恨まれてでも、エリザベスがそこに付け込んできたとしてもあの子には幸せになって欲しいと勝手に願ってしまったのだから。

 

 

 こうして、俺はイラストリアスと会う機会を設ける事になったのだが、それがとんでもない騒動に巻き込まれる事になるなどこの時はまだ思いもしなかった。

 

 

 

 

 

「……でも、でもよ?イラストリアスはどうしてああなっているのよ…!?」

 

 

 がぁぁぁぁぁ!?と言いたげに元陛下は顔を崩されやがりました。

 

「……ははは、なんの話やら?」

 

「あなたに!捕まった後に!もう色々なってた事やらフッド達からあの日のイラストリアスとか聞いてるのよこっちは!それにこっちでも色々あったしつい最近なんて…あなたあの子に一体何したの!?ちょっと人前に出すのは不味いし、かと言ってあの子の姉妹艦達に見せる訳にもいかないから凄く困ってるのよこっちは!」

 

「おあしす」

 

「おあしす、じゃないわよ!?」

 

 

 

 

 ……話し合うの怖くなってきたな…別の意味で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

各嫁が今回の出張に参加していたら。

 

グラーフ編

 

 

「私の名はエリザベス。元々はクイーン・エリザベスだったけれど最近『色々あって』女王を引退して今はヴァリアントのサポートを行っているわけね。えぇ……色々とね?」

 

 一見友好的に見える態度で手を差し伸べて来る彼女だが、一瞬見せた底冷えするような視線と威圧感に俺はゾクッとした寒気を背後から感じ、それでも差し出された手を握り返す。

 

 

「あなたがレッドアクシズの『英雄』ヴァイスクレー・ヘルブストね。あなたのお陰で本当に苦労したわ……その結果、全世界からの悪評で私は死ぬまで愚かな女王だと歴史に名を残す事になったんだから」

 

 

 そう言いながら俺の手を握る力が強くなっていく。痛みすら感じ、反射的に引き離そうとするが、彼女の碧眼を見た瞬間に身体が硬直し、指一本動かせなくなる。魔術師でも無ければ瞳に何か特殊能力がある訳でもない。

 

 

 ただ小学生にも満たない見た目の少女の手が巨人の様に巨大に思え、笑顔の仮面に隠れたプレッシャーがプレス機の様にそれが俺を押しつぶそうとしている。

 

 

「それに、よ…私個人としてもあなたとは話しては見たかったのよね…ねえ、鉄血の指揮官?」

 

 

 

「……なるほど。それがロイヤルの解答か、この事は上層部に一言一句流さず報告させてもらう」

 

 

「えっ」

 

 

 ピッと小さな電子音が静かな部屋の中で響く。いつのまにか今回の戴冠式に心配してついて来てくれた俺の最愛の妻の一人であるグラーフが懐から最新式のボイスレコーダーを取り出しなが、冷徹な瞳でエリザベスを一瞥する。

 

 

「今までの諜報に用いられて機器は音声の保存は難しかった。専用の機器は船に載せなければいけない程に大型化し、小型の機器は音を拾って別室に控えている諜報員が盗み聞きするためのだけの高性能マイクしか無かった。しかし、これは小型化に成功し、録音機能も搭載している。つまり……」

 

「あっちょまっ」

 

『あなたがレッドアクシズの『英雄』ヴァイスクレー・ヘルブストね。あなたのお陰で本当に苦労したわ……その結果、全世界からの悪評で私は死ぬまで愚かな女王だと歴史に名を残す事になったんだから』

 

 

 誰がどう見ても客人を威圧するエリザベスの声音ご電子機器によって再現される。偽装だと誤魔化す事も出来るだろう。しかしロイヤルの国際的な信頼度は最早どん底でありこの録音を全世界に公開されれば戴冠式どころの騒ぎでは無いはずだ。

 

 エリザベスの顔は顔面蒼白を通り越して土気色になり、今にも倒れそうになっている。彼女は鉄血の技術力を完全に舐めていた。これからの戦争は直接的に砲弾を撃ち合うのではなく情報戦がメインとなる時代となる。相手の弱みを握れるだけ握り、それを材料にして交渉を行うのが常套手段になるだろう。

 

 

 

「帰るぞ卿、ビスマルク。ゲストにこのような無礼を働くとはロイヤルも落ちぶれたものだ。」

 

 

「あ、あぁ」

 

 

「ぐ、グラーフ!なに勝手に帰ろうと!?」

 

 

 最早怒りも霧散したであろうビスマルクさんが俺の手を取るグラーフに慌てた様子で声をかけるが、「これ以上は時間の無駄だ。」とバッサリ切り捨てる。

 

 

「卿はレッドアクシズの英雄、そしてビスマルクは鉄血の代表だ。今回の訪問は要請された上で皆安全をロイヤルが保障した故のもの…国内に艦載機を飛ばしてみればそこかしこで暴動が起こっている上に元代表の威圧か…それが守られない以上ここに用はない。まさかまたスパイに襲われないように愛する卿の為に用意した試作品のボイスレコーダーがここで役に立つとはな……礼儀を尽くさない代表に何の価値がある?英雄を侮辱する陣営になんの交渉の余地が有るというのだ?」

 

 

 グラーフは滅多な事では怒らない。呆れる事や説教はするがそれでも感情のままに怒鳴り散らしたりしない。だが、今回は本気で怒ってる。

 

 

「待ってグラーフ、確かに彼女の行動は無礼だったかも知らないけどさ…だけど…」

 

 

「卿、そういって敵をも庇う慈悲深さは美徳ではあるが今回は完全にロイヤルが一線を越えた。卿個人の侮辱の侮辱ではなく鉄血の旗に泥を塗りたくり快を分かつと宣言したに等しい。何より……」

 

 

 

 ジロリと彼女はヴァリアントを睨みつける。どこまでも冷たく、無機質で、それでいて煮えたぎるマグマの様な憤怒の籠った視線は俺ですら恐怖を覚え、ヴァリアントも失禁寸前の表情で震えだす。

 

 

 

「我は……愛する夫への。ヴァイスへの侮辱を許すつもりなど無い。例え相手が誰であろうと、どんな理由だろうとな。」

 

 

 

 

 彼女はそう言いながら俺の手を引き摺り玄関へと向かう。ヴァリアントやエリザベスが何かを叫んでいたがその騒音は俺の耳には入ってこなかった。

 

 

「……グラーフ、ありがとうな」

 

 

 

 鉄血海軍とロイヤルネイビーの関係はこれで振り出しに戻った。和解という一筋の光はグラーフの行動によって灰燼に帰してしまった。だが、俺は彼女を責める事は出来ない。俺だって同じ立場ならきっと彼女と同じことをしていただろうから。軍人としても、交渉人としても落第点な対応。だがそれら全てより彼女は俺が侮辱された事に怒りを感じてくれたんだ。

 

 

 不器用で、真っ直ぐな彼女だからこそ俺は心の底から愛おしいと思うし、この先ずっと彼女と共に居たいと願えるんだ。

 

 

 

「気にするな、私はただ妻として当然の事を行っただけだ。」

 

 

 

 俺の感謝の言葉に照れくさそうにしながらそう言う彼女の手を俺は強く握りしめる。ビスマルクさんへの謝罪も含めてこれからやるべき事は色々とあるだろう。だが、今は……

 

「なぁ、グラーフ」

 

「卿?」

 

 

 

 不思議そうに首を傾げる彼女の手を引いて抱きしめ、そっと口づけをする。

 

 

「……船の中で思い切り愛し合おっか」

 

 

「ふっ、あぁ……勿論だとも」

 

 

 俺のお願いにグラーフは微笑みながら俺の手を強く握り返す。俺達はそのまま足早に愛の巣へと帰宅していくのであった。

 






今回のまとめ

陛下「他の子はどうにか亡命や安全な場所に移せたけどイラストリアスだけは私やヴァリアントの権力やコネで守りきれない!こうなったら鉄血の庇護の元で生きてもらうしかないわ!でもビスマルクはきっと人質とか言っても納得しないでしょうし……ならお人よしっぽい鉄血の指揮官の妾として押し付ければいいわ!受け入れなきゃ処刑されるといえば敵国の人間を必死で救う様な男はきっと受け入れるでしょうし!手を出されてもなんかあの子なら普通に受け入れそうだわ!

……死ぬよりはマシよ。あの子を苦しめた責任は取らないとね」

指揮官「断ったらイラストリアスが処刑されるなら俺が頭を下げてビスマルクさんに頼み込むしかないか……グラーフ達にも悪いし、めっちゃ興奮するけど!!あの爆乳にムラっとしない男なんていないけど!!イラストリアスには一切手を出さずに好きに出来る様に動くしか無いか……俺のせいであの子は世界の敵になったんだから責任は取らないと」

ビスマルク「思う所はあるけど痴話喧嘩で刺されない様にすれば好きにすればいいわよもう…」


 ちなみにロイヤル内で指揮官への好感度が比較的高いのはロンドンであり、一番低いのは今でもアイツ殺したほうがいいんじゃ無いか?と思ってるキングジョージ5世。ユニコーンがあんな風に指揮官を睨みつけていた理由は今回の話で何となく想像つくと思います。

次回はビスマルクパートのお話。指揮官にエリザベスが接触したようにビスマルクにもまたある野望を秘めた青髪の少女が接近する様で……

コメント、感想、評価をお待ちしております

指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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