鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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After16話 冷めた紅茶

 思い返すとこれまで軍人生活で俺は自身に恨みを持つ人間と接してきた事は殆どなかった。最も敵意を隠さなかったフッドやイーグルでさえこちらを睨みつけてくることはあれど、怨念や殺意混じりの憎悪に染まった瞳で見られたのは先日のエリザベスとの会話くらいだろうか?

 

 それはきっと俺がただの軍人であり、彼らにとっては憎むべき敵であっても、個人的な復讐の対象ではなかったからだろう。憎悪を向けてもどうしようもないと、悪いのは鉄血という国や戦争指導者であるビスマルクさんであると理性的に考えてくれたのかもしれない。

 

 

 それにイラストリアスやロンドンの様に尋問であっても和やかに接してくれる相手ばかりだったという理由もある。だからこそ、本気の殺意に満ちた瞳で見られ、思わず身体が硬直してしまう。

 

 

 ……あぁ、そりゃあこうなるか。むしろこうなる方が普通、何だろうな。

 

 ヴィクトリアスはともかく、フォーミダブルの隠そうともしないあからさま過ぎる敵意。それが当たり前なのだと嫌でも理解してしまった。

 

 

 

「こ、コホン…あら、偶然ね?ヴィクトリアスにフォーミダブル、お茶会の途中だったのかしら?」

 

「はい、少し気分転換も大事だとは思いましたので…陛下、失礼ですがそちらの方は?」

 

 

 

 俺の正体なんてわかっているだろうに、金髪の美女ヴィクトリアスがそう口にすれば「あぁ…ええと…」とエリザベスも困ったように俺の顔を見てくる。

 

 

 

「……申し訳ございません陛下、意地の悪い事を言ってしまいました実際は知っています…ねえ、鉄血の、指揮官。ヴァイスクレー・ヘルブスト?」

 

 

 

 ニッコリと、ヴィクトリアスは微笑んでいる筈なのに……何故だかその笑顔がとても恐ろしく見えてしまう。彼女は目は笑っているし雰囲気も穏やかだ。しかし、隠しきれない悪感情は動作の一つ一つから伝わり、ヴィクトリアスの紅茶を持つカップが微かに震えているのを気がついてしまう。

 

 ざわり、と思わず背筋が凍りそうになるほどの視線が眼前の二人から放たれた…が

 

 

 

 

「二人とも、気持ちはわからなくはないけれどもやめなさい…悪いのは全部私、そうなった筈でしょう」

 

 

 

 

 小柄な体躯ながらもエリザベスが俺達の間に割って入る。これ以上の失点は許されないとばかりに毅然とした態度で俺達の前に立つ彼女の姿に……二人はバツが悪そうに目を逸らす。

 

 

 

「……申し訳ございません陛下。少しだけ熱くなってしまいました。ですが……ねぇ、鉄血の指揮官」

 

「…どうしましたか?」

 

「少しだけ、お話しをしません事?」

 

 

 ヴィクトリアスは指で空席を指しながら提案してくる。フォーミダブルはその言葉に明らかに不機嫌な様子を見せているが何も言わず、ただ黙って俺達の方を見ている。

 

 

「…ヴィクトリアス、この流れでそれは…」

 

「お願いします、陛下私は何かする気は無いし、フォーミの方にも何もさせるつもりはありません…ただ、彼と少し話してみたいだけなのよ」

 

「…らしいけれど、あなたはどうしたいの?」

 

 

 そう言ってくるヴィクトリアスに陛下は悩んだ様子で俺に聞いてくる。正直言えば今すぐにでも逃げたい。この二人と会話をしてもロクな結末にならない事なんて目に見えている。ロンドンの時とは違い和やかにお茶会なんてフォーミダブルの目を見れば不可能だ。

 

 

 しかし、ここで断ってしまえばフォーミダブルは俺やビスマルクさんを闇討ちするのではないか?と思う程に鋭い殺気を放ってしまっている。自分だけが被害に遭う覚悟は出来ている。しかし、ロイヤルの内通者問題も含めて忙しい様子のビスマルクさんにまで迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 

 

「……乗るよ、話ってだけなら、ね。但し条件がある。エリザベスさんも同席で何があってもビスマルクさんには手を出さないと約束して欲しい。それが飲めないのであれば俺は帰る、それでいいかな?」

 

 

 

 俺の言葉にエリザベスは驚いた表情を浮かべるが、ヴィクトリアスは俺の要求に特に驚くこともなく静かに見つめ返している。一方フォーミダブルは激昂寸前と言った表情だが……エリザベスの手前なのか必死に耐えてくれていた。

 

 

「わかったわ……但し、私も同席させてもらうわ。話だけというのなら、問題とないわよね?」

 

「ありがとうございます陛下。それとごめんなさい鉄血の指揮官。フォーミダブル、いい加減感情を抑えなさい。陛下と彼の前で無礼な姿を見せつけるなんてロイヤルレディとして恥ずかしいわよ」

 

「……わかりましたわ、ヴィクトリアス姉さん」

 

 

 口ではそう答えつつとフォーミダブルが俺に向ける視線は相変わらず強いままで、ヴィクトリアスの制止がなければそのまま襲いかかってきてもおかしくないだろう。

 

 

「……それじゃあ、座りましょうか」

 

 

 そう言ってヴィクトリアスに促され、俺は席につくと彼女達もまた向かい合うように座る。あれ程庭園の美しさに目を奪われていたというのに、今はもうそんな余裕はどこにもなかった。

 

 

「さて、まずは自己紹介……は陛下がしてくれたから省くわ。まずは、会話にのってくれてありがとう…それと、ごめんなさいね。妹があんな圧を与えてしまって」

 

 

 小さく頭を下げてくるヴィクトリアスと比べてフォーミダブルは相変わらず撫然な態度のまま俺を睨みつけてくる。だが、ヴィクトリアスは表面上は冷静かつ友好的に接しているが、その笑みは薄っぺらいとしか言いようがない。恐らく本来の彼女の性格はもっと過激であったり、好戦的なのだろう。

 

 ……こんな立場である以上、とやかく言う気はしないが、妹を爆発物扱いしながら自身は常人で貴方の味方であると手を差し伸べてくる彼女を俺は好きにはなれないと感じてしまう。

 

 

 ロンドンとの対比や自身の妹が頭に浮かんでしまうのが原因なんだろうが、それなら真正面から「今すぐコイツを殺してやりたい」と殺気を隠さないフォーミダブルの方がまだマシだとさえ思ってしまった。

 

 

 

「……それで、要件は?」

 

「ふふ、そう警戒しないで頂戴?私はただ貴方とお話がしたいだけ……そうね、例えばイラストリアス姉さんの事とか……ね?どうかしら?」

 

 

 

 どうかしら?とニッコリとヴィクトリアスは笑いながら聞いてくるが、目は笑っていない。それでもその問い掛けには俺は首を振ることしか出来ない。

 

 

「わざわざ話さなくても他の皆や本人から聞いているだろう?」

 

「えぇ。でもね、私はあなたの口から聞きたいわ。何故、貴方はイラストリアス姉さんを助けたのか。敵であるはずの姉さんを、貴方達鉄血にとっては同盟国とさえいえるサディアを焼き払おうとした姉さんを……ね」

 

 

 気怠げな表情を浮かべつつその目は真実への飢えからかギラギラと輝いているようにすら見える……多分、誤魔化しは効かないだろう。

 

 

「正直に話すとね。既にイラストリアスから聞いてると思うが……まぁ、やっぱりわからないかな?」

 

 

 考えながら一口つけようとするもやはり飲む気にはなれずカップを戻した後そう答えて見せる。誤魔化すつもりはない、しかしそう答えるしかないのが実情なんだけどね。

 

 

 

「わからないって、ふざけて…!」

 

「……フォーミダブル、ちょっと静かにしておきなさい。何かしようとしたら私が止めなくちゃならないんだからね」

 

 

 

 激昂したフォーミダブルがガタリと立ち上がったがそれまで無言だったエリザベスが再び釘を刺す。しっかりとした口調で彼女を縫い止めているが、彼女の表情は少しばかり強張っている。

 

 

「貴方もそうやってはぐらかすのかしら?何か訳があってそうするつもりなのかそれとも……本当にわからないの?」

 

 

 怒りに燃える妹を視線だけで落ち着かせてヴィクトリアスは姿勢を改める。一瞬でも気を抜けば今にも襲いかねないフォーミダブルに対する恐怖感は一周回って麻痺したが無意識にカップを持つ手を震わすヴィクトリアスもまた納得してないのは明白であった。

 

 

「………自分でも本当にわからん、としか答えられないからなぁ…気づけば彼女を追っていて、気づけば彼女の手を掴んで、気づけば彼女を連れ帰っていた。そりゃ人道的な観点やら、君達の姉の政治的利用やらウチの子達に人殺しの汚名を背負わせたくないだとか後になって考えれば幾らでも理由は湧いてくる。でも振り返れば咄嗟に体が動いていた理由の後付けにしかならないし、だからこそ俺は君達にこう答えるしかないんだ。『わからない』と」

 

 

 改めて口にすると、なんとも説明に困る話だ。単純に俺がヒーロー気取りの馬鹿だったで話を終えるのが一番かもしれないが正義感なんかで身体が動いた訳でもない。エリザベスは興味深そうにコクリと頷き、ヴィクトリアスは何言ってんだコイツ?と言わんばかりに困惑している。

 

 俺が無意識に増長し、シェフィールド達を巡る大失態のキッカケとなったイラストリアスを巡る一連の行動は謹慎中に何度も、何度も、時間だけは幾らでもあったから何度も何度も何度も何度も考えて来た……しかし、それでもこれだと言える答えは俺の中から出てこなかった。

 

 だから俺は「わからない」と彼女達に答えることしか出来ない。そう正直に答えるのが俺にとっての責任だと強く思っているからだ。

 

 

「ふざけているの?それとも冗談で言っているのかしら?」

 

「まさか、俺はいつだって真面目だよ。それにこれは冗談でもない」

 

 

 ただ単純に……自分でも意味がわからないままに体が動いていただけだ。自分なりに何を考え、何を目指し、何故その行動に出るのか……それを可能な限り客観的に説明しようとしても結局はこれが最適解なのだから我ながら筋金入りのアホだなと嘆息したくなるが。

 

 

 

 

「そんな言葉で納得できる訳ないでしょう!?」

 

 

 

 

 やはり、フォーミダブルは納得も理解もせず、その目には憎悪の黒い炎が燃えているのがわかる。あぁ、そりゃ怒るわなと俺は思った途端に激情のあまりカップを叩きつけながら立ち上がる彼女は決定的な一言を口にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…納得いきません、納得いきませんわ!あの()()()()()が!理由も無しにそんな事をするだなんて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉が庭園に響いた時、周囲の空気が急激に冷え込むのを肌で感じとる……彼女が何を口走ったのか一瞬エリザベスは気が付かなかった。だがその言葉を理解した途端エリザベスは憤慨した様子で声の限りに叫び、激怒する。

 

 

 

「フォーミダブル!?貴女自分が何を言っているのか分かってるの!?」

 

 

 

 明らかに、これは一線を超えている。もし表沙汰になれば間違いなくレッドアクシズは完全に敵に回るだろう。憎悪と嫌悪と侮蔑を込めたヘイトスピーチ。それもよりにもよって『鉄血海軍に所属している』指揮官に向かってである。

 

 

 同胞との絆の為なら命を惜しまない。同胞の為であれば例え軍事的に非効率な事でも実行するであろう鉄血軍人の祖国と同胞を蔑み、憎悪を煽り、敵意に火をくべるに等しい愚行に他ならなかった。

 

 

 

「えぇ!陛下が何を恐れていらっしゃるのかは理解できませんが!私は納得しきれないだけです!」

 

 

 

 焦ったヴィクトリアスがフォーミダブルの肩を掴み、無理矢理席に座らせようと力を込めるが敵意に満ちた瞳と口からは止まる事ない憎悪が吐き続けられる。吐く息は荒く、目はギラツキ血走ってすらおり彼女が怒りに身を任せているのは明らかだった。

 

 フォーミダブルの憎悪に満ちた瞳からは正当性や合理性なんて物は一切感じられず、感情のままにただ言葉を吐き出し続けていた。そんな彼女を、エリザベスの静止で止まる程彼女の理性は残されていないのも明白であり口から出てくる罵詈雑言の数々は留まることを知らなかった。

 

 

 

 

「野蛮で!卑怯極まりなくて!品も教養もなく!世界に戦乱と混乱を引き起こした愚物が!善意でイラストリアス姉さんを助けるはずがありませんわ!イラストリアス姉様もきっと裏でこの屑に脅迫されたに違いありませんわ……そうでなければイラストリアス姉さんはあんな事にはなってないし、すんなりとこの男との婚姻を!!自分を辱めた男に身を預けるなんてありえません!!裏で身の毛も凍る程のおぞましい行為が行われているに違いありませんわ!!出なければ…!」

 

「……一つ、質問してもいいかな?」

 

 

 

 

 フォーミダブルの言葉が場を支配しようとした瞬間だった。それまで、ずっと黙ったまま聞いていた怨敵が静かに口を開いた事で周囲の視線は彼へと向けられる事になる。

 

 

 ヴィクトリアスでさえ、思わず言葉を失い彼の方へと視線を向ける。それはフォーミダブルも同様であった……しかしそれでも彼女の憎悪と敵意だけは変わらず、ただじっと睨むような視線を送り、さっさと要件を言えと無言で促していた。そんなフォーミダブルの視線を受けながら、彼は静かに問いかけた。

 

 

 

「君は「あの」鉄血の軍人が、と口にしたね。野蛮で卑怯で教養もない愚物であると」

 

 

 彼の声は平坦で無感情、しかしそれがかえって不気味に感じられた。しかし、その声音にはどこか寂しげな何かを一瞬でも感じさせる物があるように思えてしまい思わず聞き入るような不思議な力があり、フォーミダブルとヴィクトリアス、そしてエリザベスの動きは自然と止まっていた。

 

 

 ただ淡々と言葉を紡ぎ続ける彼の言葉に耳を傾けてしまう程に……彼の存在はとても不気味であり、まるで幽霊と会話をしているような気持ちになってさえいた。

 

 

 

「聞きたい事は一つだけ。その鉄血の軍人とはヴァイスクレー・ヘルブスト個人の事を指すのか。それとも文字通り鉄血軍人に所属する皆に向かっての罵倒なのか」

 

 

 

 その言葉に、フォーミダブルは思わず言葉を失い口を閉ざす。しかしそれは何も答えられず沈黙を選んだわけではないのをエリザベスは知っていた。

 

 

 

「答えられないのかな?」

 

 

「……そ、そんなの答えるまでもない、ですわ」

 

 

 

 フォーミダブルは理解したのだ。今この問いは、決して答えをはぐらかしてはならない類のものであることを。視線を泳がせ、狼狽する彼女を見て彼は静かに見つめ返す。エリザベスは知らなかった、彼と過ごした日々は少ないとはいえ一度として彼がこんな顔をした所を見た事が無かった。

 

 

 彼は……怒っているのだと、ようやくそこで気が付いた。

 

 

 今まで一度も見た事がない彼の静かな怒りに、エリザベスはゴクリと生唾を飲み込む。

 

 

 失態した、失敗した、失念していた。彼は常に何を言われようが、イラストリアスと政略結婚してほしいと命じようが狼狽はしつつも怒らなかった。後悔する、分かっていたじゃないか。彼もまた自分達を追い詰めたレッドアクシズの『英雄』であり、1人の人間として「怒り」の感情を抱くことは当然あるのだと。

 

 

 これは最後のチャンスだ。フォーミダブルの返答によっては彼は即座にビスマルクを連れて鉄血本国に帰還するだろう、もはや戴冠式どころの騒ぎではなくロイヤルと鉄血の関係は完全に断絶し、再び戦時中の用にレッドアクシズはロイヤルを孤立化させる為に動き出すはずだ。

 

 

 最早ロイヤルは同胞の侮辱という一線を超えてしまった、感情的になったとはいえあの場で発言した事は彼の祖国に対する宣戦布告に等しい。

 

 

 ヴィクトリアスは心の中でフォーミダブルを呪い、そして同時に後悔する。自分がもう少し強く止めておけばと……だが、結局の所フォーミダブルを利用して慣れない交渉を進めようとしたのは自分なのだから自業自得であると自嘲する。フォーミダブルが感情を抑えきれなかったのは煽った自分のせいでもあると。

 

 

 長い沈黙の後、フォーミダブルは。世界に混乱に陥れた罪人の妹は静かに口を開く。

 

 

 

 

「あなた個人を、糾弾したのよ。イラストリアス姉さんを陥れたヴァイスクレー・ヘルブストという1人の人間を…」

 

 

 

 

 喉が渇く、手足が震える。まるで生きた心地がしない彼女は必死に目の前の怨敵へと視線を向け続ける。

 

 

 

 自分ではどうしようも出来ないとわかっていながらも、それでも抵抗しなければ心が折れてしまいそうだったから……だがその返答に彼は小さくため息をついて何かを考え込むように顎に手を当てる。

 

 

 

 

「俺、個人、か……そりゃ、君達に恨まれても仕方ないね。ありがとう。それだけ聞ければ十分だよ」

 

 

 

 

 平坦で無感情、そしてほんの少しの寂しさが入り混じった表情はやがてゆっくりと笑顔になる。誰がどう見てもわかる貼り付けたようなその笑顔の裏に隠された感情を3人は読み解く事が出来ない。

 

 フォーミダブルはそう答えるしかなかった。ここで鉄血全体を糾弾していれば彼は間違いなく悪意を持ってなんらかの報復をしたはずだ。感情の波を読み取れずとも、それだけは間違いないという奇妙な確信があり、同時に自身は彼の最後通牒によって救われたのだという屈辱と常に優雅たれと望まれる淑女とは真逆の行動に出てしまった自分の不手際を悔いた。

 

 一口も飲まれなかった紅茶が静かに湯気を立てる。謝罪の言葉を口にしようとも心の中に宿る鉄血への不信感と憎悪が口元から言葉を吐き出そうとしていたはずの喉を詰まらせる。姉を、国を、名誉を、尊厳を。その全てを踏み躙った鉄血公国の『英雄』に、彼女は謝罪の言葉を口にできないでいた。

 

 

 そんな彼女の様子を見た彼は何を考えたのだろうか。彼は紅茶に視線を向けると一口も口にしていないそれを見つめながら小さくため息をつく。一挙一動がフォーミダブルの心臓にナイフを突き立てるような鋭さを秘めていて、ゆっくりと彼女の首に向かって死神の鎌が伸びているような錯覚を覚える中、やがて、彼は小さく言葉を漏らした。

 

 

 

「責任は取りますよ。この命に変えても……って言うのは気軽に命を投げ出すなってグラーフ達に怒られるかな?何にせよイラストリアスの暮らしはどうしても制限されるだろうが、俺から彼女に一切の手は出さない。『同胞』に誓って、それだけは確約する」

 

 

 

 公的には妾として扱われるイラストリアスの扱いは、はっきり言って酷い物だろう。フォーミダブルが鉄血を嫌うように、鉄血も、サディアもヴィシアも同じ様に。

 

 

 いや、それ以上にロイヤルという陣営そのものを信じるに値しない『Perfide Albion(ぶち殺すぞ、嘘つきライミー野郎)』と嫌悪と憎悪の視線を後数十年は向けるに値する程に先の大戦の傷は癒えてはいない。

 

 それでも、鉄血の『英雄』は責任を取ると断言した。先程の宣戦布告と問われかねない罵倒を水に流しただけでなく、口約束であれど『同胞』に誓って嘘ではないと断言し、フォーミダブルの敵意と憎悪を許容したのだ。

 

 フォーミダブルは最早泣き出しそうだった。情けなさ、無力感、消えぬ憎悪、理想と現実、何もできない立場にやらせなさとその全てに感情が溢れ返りそうになる。最早彼女は一切口に出してはいけない。

 

 

 相手がここまで譲歩した今、余計な一言は彼女の立場だけではなく『鉄血』そのものを敵にまわす事になってしまう。だから黙って頭を下げ続けなければならないが、それすらもフォーミダブルには苦痛だった

 

 

 

「……すいません、疲れました。部屋で休みます」

 

「えっ…ちょ…」

 

「もう、結構です。全てが終わるまで我慢しますし……今、あの子達の声を聞くと……色々吐き出してしまいそうになりますから」

 

 

 

 話は終わりだとエリザベスにそう告げると指揮官は一礼をしてから、その場を後にする。ヴィクトリアスが何かを言いかけたのを指揮官は手で静止させると、彼女は小さく頷く事で了承の意を示す。

 

 

「フォーミダブル……」

 

 

 ヴィクトリアスは何かを彼女に言おうとするも……しかし結局の所で言葉が見つからず、口を噤んでしまう。彼女とてここまで事態が拗れてしまったのは予想外であり、ただ話し合いたいだけという約束を破ってしまった事を悔やむ。

 

 しかし、ヴィクトリアスは彼女を糾弾する資格は無いと感じていた。妹を巻き込もうと誘ったのはヴィクトリアスであり、フォーミダブルを飴と鞭の鞭要因として利用しながら質問をしようと考えたのも確かだ。

 

 

 

 

 そして何よりも……フォーミダブルが本音を漏らしてしまった。

 

 

 野蛮で。

 

 卑怯極まりなくて。

 

 品も教養もなく。

 

 世界に戦乱と混乱を引き起こした愚物。

 

 

 その言葉にヴィクトリアス自身も多くのロイヤルのkansen達と同じく少なからず、心の中では同調してしまったのだから。

 

 

 

「……ヴィクトリアス、フォーミダブル。今日から10日間は部屋から出るのは禁止よ。自分達が何をやったのか、よく噛み締めなさい」

 

 

 げっそりと疲れた様子のエリザベスの言葉を最後にお茶会は解散となる。指揮官が一口も口にしなかった紅茶はすっかりと冷えきり、カップの中に小さな海を作り上げている。

 

 

 その紅茶から香る匂いは何故かとても寂しく感じられてしまい、3人はその匂いを振り払うかのようにそれぞれその場から離れるのであった。

 

 





・ロイヤルの失態
多くの人がお察しの通り今回のお話はかなりのファンブルの連発によって産まれたものであり、指揮官が余りにも正直にイラストリアスを救った理由は分からない。理由ならいくらでも後付けできるが咄嗟の判断で身体が動いたから助けたのであり、理由を聞かれてもそう答えるしかないと断言してしまい、その結果フォーミダブルの怒りのボルテージが最高潮になってしまいました。

エリザベスがそもそも被害者(サディアからすれば加害者)家族と指揮官の話し合いなんて碌なことにならないのだから許さなければ。

ヴィクトリアスがスムーズに交渉を進める為に、そして真実を知る必要があるとフォーミダブルを巻き込まなければ。

無気力ながらも姉二人の制御役として動けるインドミダブルがこの場にいれば。

フォーミダブルが最高に可愛い皆の妹分であるユニコーンちゃんが日に日に落ち込んでいく様子に怒りを溜め込んでいなければ。


 ありとあらゆる偶然と話の流れによりフォーミダブルは耐えきれずに激怒してしまい、その結果指揮官は全てを水に流しつつも以後家族となったグラーフ達の声を聞いてしまえば色々と耐えきれなくなると我慢することになり、更に彼はストレスを溜め込むことになるのでした。ビスマルクがネプチューンによって裏で動いて忙しい中、話し相手となってくれる敵意を向けないロンドンがいなければさらに塞ぎ込んでいたでしょう。

・制作秘話
実は本編のダイスではもう少しだけポットが空になるまではお茶会は続いた後、更にベルファストと思える人物がこのお茶会の後始末をする展開があったのですが、流石にエディンバラの妹である彼女の登場は更なる地獄になるだろう(情報収集を怠らない指揮官は流石にメイド長の顔と名前は知っている)と没に。結果的に後始末は裏でベルファストがやっていましたが本編への登場はボツになり、お茶会を切り上げる展開になったのでした。


 次回はそんな指揮官とロンドンのお話から。最早ロンドンとの会話が唯一のオアシスになる中更に事態は急転する事に……




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指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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