恨まれるのは分かっていた。
憎まれるのは分かっていた。
ロイヤルをここまで追い詰めた一因が自分にもあると覚悟も決めていた。
だと言うのに……俺はあの時、フォーミダブルの罵倒に思わず耐えきれずに思わず彼女を脅してしまった。
自分だけが馬鹿にされるのであれば耐えられる、慣れている。だがそれでも……家族を、同胞を貶される事には耐えられない。
「ゲロ吐きそう……」
気分がとてつもなく悪い、自分が嫌いになりそうな程に気持ちが悪い。何がロイヤルを恨んだ事がないだ。イーグルにそんなドヤ顔をした数ヶ月前の自分をぶん殴りたい気分だ。
俺はあの時、心の中が黒く淀んだ感情で支配されてしまっていた。そればかりか自身の家族、戦友達を罵る発言に対して激しい怒りを抱き、目の前の女を殺してしまいたい衝動に駆られたのだ。ズタズタにナイフで引き裂いてバラバラにしてやりたいと心の底から願ったのだ。
願って、しまったんだ。
鉄血は同胞愛の為ならばなんでもするからセーフ?あの時無言で耐え続けるのは間違いだった?馬鹿馬鹿しい。結局の所俺は憎悪も嫌悪と殺意と怒りで心を満たしながら、後少しでビスマルクさんや皆が決死の覚悟で掴んだ平和を無に変えそうとしてしまったんだ。
彼女を床に押し倒してそのまま引き裂きたい衝動に駆られてしまった。ナイフを持ってれば本当に実行していたかもしれないと思う程度には制御が効かなかった。耐えられたのは奇跡だ、ほんの少し理性が残っていてくれたから。
コールタールの様なドス黒いモノが心を侵食していき、それはどんどん深く深く心の中に沈んでいきそして最後に残った感情は後悔と罪悪感の2つ。過去の言葉を裏切った事、家族がいるのに好き放題動こうとした事、そして醜い感情を心のどこかで抱いてしまった事が結局の所俺は未熟で何も成長していない事を証明している。
醜く、浅ましく、醜い心だ。何が全てが終わるまで我慢しますだ。こんな自分の現状を家族に聞かれたくないから連絡を拒んだだけじゃないか。
俺が彼女達の夫に相応しくないとは口が裂けても言わない。それは俺を受け入れてくれた彼女達に対する侮辱にしかならないのだから。だが、今の自分はグラーフ達と話す事が……喉から胃液が逆流しそうになる程に怖かった。
「閣下…大丈夫ですか?顔が真っ青ですが……鉄血とロイヤルは風土や食事は全く違うと聞きますし、なんだかとても辛そうに思えて」
思考に没頭していた時、不意に横から声がかけられる。声の方向を向くとそこにいたのはロンドンだった。どうやら俺がアンニュイな気分で下を俯いていたのが気になったのか、紅茶を持ってきてくれた様だ。
そんな気遣いにも全く気づかずに自分の感情だけに囚われてしまうのは……なんだか情けないやら呆れるやらで余計に気分が落ち込むが、彼女を不安にさせてはならないとすぐに笑みを浮かべてみせる。大丈夫だ、『英雄』になった日から自分なりにポーカーフェイスと笑顔の作り方の練習は何度も行ったのだから。
「ああ、いや……ごめんねちょっと考え事をしただけさ」
そう答えて貰った紅茶の1口を喉に通す。少し時間が経っていたからかそのカップの中は温くなっていたがとても心が安らいだ気分になれた事は間違いなかった。
とはいえここ数日は本調子とは言えず睡眠も浅く、身体が不調を訴えている事に変わりはない。常に瞼が重く、疲労感も消えずにこびり付いている。だと言うのにベッドに横になっても睡魔は全く来ず、ただぼんやりと天井を眺める日々が続いていた。
眠らなければ、疲れを取らなければ……その想いとは裏腹に身体は休息を拒絶する。それでも紅茶を飲んだ途端にほんの少しの眠気が身体を支配した時は正直ホッとしたものだ。
正しくはロンドンが入れてくれた紅茶が、だろうな。
ビスマルクさんが独自にロイヤルで得た協力者の情報を元に動いている事もあり、ずっと俺は一人で部屋を占有し続けていた。誰にも相談する事も、この気持ちを打ち明ける事も出来ずに日に日に消耗していく中。
唯一ロンドンと過ごすお茶会が精神を落ち着ける時間になっていき、気づけばもう3日以上彼女の部屋に毎日入り浸っていた。
彼女は俺を責めず、俺を拒絶せず。ただ毎日俺に紅茶を入れてくれたり、軽食のサンドイッチやスコーンを持ってきてくれたりと甲斐甲斐しく俺を気遣ってくれる。
既婚者としては未婚の彼女の部屋に入り浸る現状に情けなさ、申し訳なさ、背徳感等をどうしても覚えるが彼女の優しい笑みでその度にその考えも消え失せていく。
もし……俺がロイヤルに産まれていれば……いや、やめよう。
余計な邪念を振り払うように小さく深呼吸をしてロンドンと他愛のない話を繰り返す。
「そろそろ時間ですね」
互いの国の菓子の話から、紅茶の話。そしてお互いの国の音楽や映画等の文化が全く違う事もあって話題は尽きない。しかし、時計の針が部屋に響いている事に気づいたロンドンがふと顔を上げて俺にそう告げる。
時間が経つのは早いものだとぼんやりと思考を巡らせるが、本調子ではないのか立ち上がった瞬間視界がぼやけた。ロンドンが毒を盛った訳ではないと断言できるがやはり睡眠不足やストレスで身体がおかしくなり始めているのかもしれない。
「…やっぱり体調が?」
「ああ、うん。正直眠くてさ」
心配するロンドンの不安を拭い去る為にヘラりと笑ってみせるも、彼女の心配そうな顔が晴れる事はなかった。俺の精神が参っている事に薄々気づき始めてしまっているのだろう。あー、クソッ。もう誤魔化す事が出来ないくらいガタが来ているのかもね。
「眠い筈なのに、目が閉じると瞼の内側が明るく感じるというか……ここ最近はまともに寝れてなくてさ」
「ストレス、ですね。無理もありませんよ。食事も空気も水も何もかもロイヤルと鉄血は違いますから」
彼女は気遣うようにそう言った。食事も空気も違うと彼女は心配してくれるが、実際には別の理由だ。ただ……それが口に出せないのは俺が彼女を信用しきれていないからか、それとも言葉にするのを躊躇っている自分に情けなさを感じているのか。
「うん……大丈夫、まだ立てるし頭もスッキリしたからね」
心配そうに見つめるロンドンの為にも無理やり足に力を入れて椅子から立ち上がる。その途端強い立ち眩みと共に視界がブラックアウトしそうになるがなんとか踏みとどまり、ロンドンに笑みを向ける。
「また明日、来てもいいかな?」
彼女はその言葉に一瞬だけ躊躇う素振りを見せたが、すぐに笑みを浮かべて了承してくれた。その笑みにどれだけ俺が救われたか彼女は知らないだろう。
「ええ、お待ちしておりますね。明日は閣下が眠りやすいようなハーブティを用意しておきますので」
「ありがとう、ロンドン」
その言葉に頷き返すと、俺は彼女と別れ自室に向かうのであった。
ロンドンと別れてからしばらく、夕暮れ時の廊下は静かだった。この時間帯はロイヤルのkansen達は各々の自室で趣味や娯楽に耽っているからだろう。
この静寂の中、俺は一人壁に背中を預けて目を瞑る。頭痛と吐き気、そして視界が霞む程の眠気が襲ってきているのを感じるがどうせ眠ることは出来ない。
用意周到なビスマルクさんに頼めば睡眠薬なり精神安定剤なり、なんでも飛び出す魔法のポケットの如く取り出してくれたかもしれないが生憎彼女はここ数日帰ってきてはない。なんでも協力者である少女が用意した証拠の裏付けを取る為に戦後再び設置された鉄血の大使館にて色々工作をしているらしい。
それに大使館なら予備のベッドだって存在するだろう。もしかすると彼女が帰らないのは俺と同じ部屋で探す事を嫌って……ではなく気を遣ってくれているのも原因かもしれないな。
……出来れば声の一つでも聞きたかった、なんて思うのは心が弱ってきている証拠だろう。早く終わってほしい。全てのヴィシアの式典を終わらせたガスコーニュを抱きしめ、グラーフと酒を飲み、ヒッパーと勉強をして、シュペーに膝枕をして欲しい。ヴェネトとリットリオにも通信で声が聞きたいし、勿論皆ともエッチな事がしたい。
俺を認めてくれる彼女達と触れ合いたい、その温もりを肌で感じたい。そして彼女達の熱で俺の心を癒してほしいんだ。
弱った心にはどうしてもそんな思考ばかりが浮かんでしまう。駄目だな……早く部屋に戻らなければ。こんな思考をすれば更に体調を崩してしまうかもしれないのだから。
一歩一歩の足取りが重くなるのを感じ、まるで鉄球を引き摺るような感覚に襲われる。瞼も、足も鉛のように重く、思考もまともに働かない。だからだろうか?曲がり角の死角から誰かがこちらに近づいている事に気が付かなかったのは。
「んっ…!?」
ドタっという鈍い音が廊下に響き渡る。疲労が蓄積していたせいか、それとも他の要因があったのか俺は曲がり角の死角から現れた誰かにぶつかってしまった様だ。本当なら避けられただろうに……畜生、俺らしくもない。
「大丈夫ですか?」
ぶつかったのはどうやら少女の様で…ってどこかで見覚えがあるかと思えば俺達を迎えに来てくれた白い馬のぬいぐるみを抱えた少女、ユニコーンが尻もちをついて驚嘆の表情を浮かべていた。
「ご、ごめん!大丈夫かい?」
「うん…あっ」
目をぱちくりとさせながら彼女はようやく俺の正体を認識したのだろう。表情は強張り、警戒するような目をこちらに向け、少しだけ後ずさる。幸いにも怪我はなさそうだが……
「怪我は?」
「……大丈夫」
そうは言ったもののユニコーンの声はどこか怯えが隠されており、表情も強張ったままだった。前の様に睨んでくる訳ではないがぎゅっと握りしめた馬のぬいぐるみを大事そうに抱えたまま俺の差し出した手を無視してゆっくりと立ち上がる。
「ならよかった」
どうやら嫌われているのは相変わらずの様だが……フォーミダブルの様な事にならないだけマシかと年下の女の子に無視された挙句、嫌われている事態を無理やり納得する事にする。が……そうだ、もし何か怪我をしていたら大変だ。
「……手を出して?」
「えっ……?」
「怪我してるかもしれないから」
膝を下げて目線を合わせ手を出せとジェスチャーすれば、躊躇いがちではあったが彼女は片手をそっとこちらに差し出してくれた。
俺だって軍人だ。軽い応急処置の講習なら何度も受けている。マニュアル通り白く細い指先を軽く握ったり、開いたりして痛みや怪我がない事を確認すれば彼女の手をゆっくりと放す。
「うん、大丈夫みたいだね」
そう言って微笑みかければユニコーンはまた驚いた顔を見せるが……すぐに無表情に戻ってしまう。そんな彼女に少しだけ心が痛むのを感じるが、それでも頷いてくれただけマシかと納得する。
彼女を心配する気持ちは勿論ある。とはいえ俺はロイヤルから嫌われている鉄血軍人だ。もしも幼い彼女に怪我でもさせれば間違いなくこっちのせいだとロイヤル側は糾弾するだろう。そうならなくて良かったと我ながら打算的な思考に苦笑してしまう。
「怪我がないなら良かった。もし何かあれば直ぐに軍医か知り合いに相談するんだよ?」
昔は善意100%で助けられたというのに俺も鉄血海軍に染まり切ったんだろう。その方が立場的には好ましいんだけどね。それじゃ帰るかと疲弊した身体を持ち上げて自室に戻ろうとした矢先、ユニコーンがそっと俺の服の裾を掴んでいた。
「……その」
「ん?」
俯きながら少女は口を開く。その顔は髪に隠れて良く見えないがどこか必死さを感じさせる。しかし……続く言葉はなく、ただ黙って服の裾を摘まんでいるだけだ。一体どうしたのだろうか?不思議に思いながらも彼女の言葉を待つ。
「お、お兄ちゃん……その」
「うん」
ようやく口を開いてくれたがその声はやはりどこか怯えと躊躇いの色が混ざっている様に思える。だが彼女は何かを言おうと必死に口を動かしていた。
そんな彼女の言葉を俺は急かさず静かに待つ。やがてユニコーンは意を決した様に顔を上げ、そして……
「お兄ちゃんは……本当に、イラストリアス姉ちゃんをいじめた人、なの?」
ぎゅっとぬいぐるみを片手で握りしめ、しかしもう片方の手は俺の服の裾をしっかりと掴んで彼女はそう俺に問いかけた。
あぁ、お姉ちゃん。イラストリアス姉ちゃんかぁ……そりゃそういう目にもなるわなぁ!?イラストリアスの名誉を踏み躙って亀甲縛りにして晒したような鬼畜を助けなきゃいけないってならば睨みつけるだろうし、そんな男に大丈夫?怪我ない?なんて心配されりゃ幼い女の子は混乱する。
また一つ、情報になかったイラストリアスの妹なんて予想外の要素が出てきてしまった事に思わず頭を抱えたくなってしまうが、ユニコーンは怯えつつも真摯に俺を見つめていた。
ここで誤魔化すのは簡単だが……ユニコーンだって幼いながらに勇気を振り絞って俺に問いかけてくれたんだ。
意を決して膝を小さくして彼女と目線を合わせる。まだ小さかった頃の妹にそうした様に決して彼女の目を見て視線を晒さない。そんな、その誠意には応えるべきだろうから。
「そうだよ。全部俺のせいさ」
「…っ」
否定も、言い訳も、こちらの言い分も少しだけ考えたが正直に答える。なるべく平坦に感情を押し殺した様な声を選びつつ、そう答えれば彼女は服の裾から手を離し。
ぎゅっとぬいぐるみを抱える。どうやらぬいぐるみを守ろうとしているらしい。本当に良い子だな、この子は。
「全部……お兄ちゃんのせい……?」
「ああ、うん」
小さく聞こえた彼女の問いかけに対して静かに頷く。俺のせいだよ、何もかもね。
「恨むのも、憎むのも、嫌うのも。全部そう思う権利はそちらにある。君のお姉ちゃんを傷つけたのは『俺』の命令で、ウォースパイトを捕虜にするために君の姉を晒したのも。イーグルが体調不良になったのも全部、俺のせいだ」
流石にシェフィールドの暗殺未遂事件の真実やロイヤルを煽りながら大音量で別れの挨拶をしたのは軍規にふれる為に口に出さないが、答えられる範囲の真実を伝える。
ユニコーンは驚きからか僅かに目を見開くが、しかしどこか納得がいった様に頷くと俯いてしまう。流石にこれ以上何か言うのはこの子にとって辛いだけだろう。
「だからね。俺を幾らでも恨んでも憎んでもいい。必死にあの日、勇敢に戦い任務を果たそうとした君の姉を傷つけたのは俺で、君が恨むべき相手は俺だ。君の大好きなお姉ちゃんを鉄血に連れて行こうとするのも全部俺のせい」
あぁもう。俺は一体何をしてるんだ。幼い少女に俺を恨めと言い聞かせている自分が嫌になる。でもこれは必要な事だ。
「そんな人に嫁がされる事になった可哀想な君のお姉ちゃんには積極的に手紙を書いてあげて欲しいんだ。ロイヤルの様子だとか、悪い俺に何かされてないか?だとか簡単な事で良いから」
きっとユニコーンがイラストリアスと再会できる可能性は低いだろう。十年、二十年。或いはもっと時間をかければ。もしくは奇跡でも起きてロイヤルと鉄血の関係が良好になれば或いは。
だが、鉄血とロイヤルの間に産まれた溝は余りにも大きい。戴冠式を終えた所で鉄血海軍とロイヤルネイビーの関係は外交が可能というスタートラインに戻る事は出来るだろう。しかし、それはあくまで『軍』としてだ。
国家間の憎悪がなくなった訳ではない。そもそも国民の支持を失ったロイヤルのkansen達が好きに他国の軍と交流出来るなんて考えるのも絶望的だ。そんな姿を国民が知れば暴動が起きるだろう。
せめて俺にできる事はこうしてユニコーンに手紙を頼む事くらいだ。俺の妻、いや対外的には妾となるであろうイラストリアスは恐らく軟禁状態に陥るはず。出来る限り便宜は図るつもりだが同じ立場なら家族や友人と会えなくなり気が狂う程に心が傷つくだろう。
繋がりを、せめてロイヤルとの繫がりを持たせてあげたい。それが俺に出来る最低限の事だった。
ユニコーンは何も言わずに俯いたままだ。何かを考えているのか、それとも戸惑っているのかは分からないが……それでも俺の頼みを聞いてくれたらしい。ぎゅっとぬいぐるみを強く抱きしめながら俺を見上げると口を開く。何を言われても文句はない。覚悟は決まったものの少し緊張してしまう。
「お兄ちゃんは」
「……うん」
「お兄ちゃんは……本当にイラストリアス姉ちゃんをいじめたの?」
しかし、彼女の口から出たのはそんな問いだった。予想外の問いかけだったのか、それとも質問の意図が分からなかったのか僅かに困惑しているとユニコーンは再び口を開く。
「イラストリアス姉ちゃんをいじめた人って聞いてたのに、お兄ちゃんは悪い人じゃない」
「それは……でも、イラストリアスを……」
「お兄ちゃんは、悪い人なの?」
「……悪い人だよ」
「じゃあなんでユニコーンに優しくしてくれたの?」
まるで責め立てるかのように彼女は俺を見上げながら問いかける。その表情には怯えだけではなく期待や困惑なども混ざっている様に見えて思わず言葉に詰まってしまう。
「いや……俺は」
純真で、無垢で、幼い少女に俺は何を言おうとしているのか。疲労やストレスで麻痺した思考回路ではそれすらも分からなくなり、気がつけば脳裏にはロイヤルと関わってきた様々な思い出が蘇る。一部の子達は俺に誠意を持って接してくれたが殆どのkansenは俺を憎んでいた。
だが、それは仕方ない事だ。俺がやってきた事は彼女達にとっては紛れもない悪行なのだから。彼女達が嫌う理由もそれ相応に納得できるしそれを否定するつもりも毛頭ない。
あぁ……そっか。
本来、俺はロイヤルにとっては仇敵で、野蛮で、卑怯極まりなくて、品も教養もなく、世界に戦乱と混乱を引き起こした愚物なんだ。憎まれるべき存在で本来ロンドンの様に和やかに共存する様な関係になんてなれるはずがなかったんだ。本来あり得ない事だったんだ。
なら、もう……いいか。
「いやーダメだったか」
わざとらしく目を合わせるのをやめて、俺はゆっくりと立ち上がる。
「少し優しくして付け入ろうとしたけど、ダメだったかぁ」
失敗、失敗。なんて精一杯の悪意を込めてそう吐き捨てる。目の前の少女は驚きで目を見開いているが、俺は構わず言葉を続け……る必要もなかった。
彼女は目を少しだけ伏せるとぬいぐるみ強く、強く抱きしめる。そう、これでいい。憎むべき敵として俺だけを見てくれれば、いいんだ。
「お兄ちゃんは……悪い人?」
「ああ、そうさ」
再び問いかけられるが俺はきっぱりと言い切る。するとユニコーンは悲しそうに顔を歪めそのまま駆けていく。何も言わず、肩を振るわせ、一瞬だけ目元から雫をこぼしながらも俺に背を向け部屋に戻る為に重い足を引きずっていく。
ああ……これでいい……これが本来あるべき姿なんだよ。だからこれでいいんだ。
「一発でも殴ってもらえればこっちとしても気が楽だったんだけどな」
彼女が駆けていった廊下を見ながらそう吐き捨てる。でもまぁ、これではっきりと残りの俺の立ち回りの未来が確定した訳だ。
「最低だな、俺って」
自嘲しながら乾いた笑いが止まらない。壊れたレコーダー機の様に笑い続ける俺は傍から見ればさぞかし滑稽に見えるだろう。
夕暮れ時の黄昏時。ユニコーンがいなくなり静かになった廊下にただ一人の乾いた笑いだけが響き渡るのだった。
「閣下は眠れないって言ってましたし、良い効能のハーブを調べないと。ふふっ明日が楽しみですっ」
今回のあとがきはお休みに。お察しの通りのファンブル祭りで指揮官は幼いユニコーンに向かって酷い事をいってしまいましたとさ。
果たして悪いお兄ちゃんに会ってしまったユニコーンはこの後どうするのか?そしてネプチューンからの案件が終わった後のビスマルクは今の指揮官を見てどう思うのか?
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