鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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After23話 ロンドン

 

 

 

 我ながら経験値が溜まってるな。なんて贅沢な事をビスマルクとイラストリアスが疲労困憊でダウンして夢の世界に旅立った頃、2人の頭を撫で付けながらふと考えた。

 

 

 

 部屋中にむわっとした女体臭と汗の臭いが充満している。換気はしたが三日間は2人の匂いが部屋に染み付いているだろう。床には下着や衣服が散乱しており、ベッドはグシャグシャでとてもじゃないが使い物にならない。

 

 

 

 

 シーツも汗やら何やらで汚れきっており……もうこれは洗濯するしか無いだろう。

 

 

 

 俺は汚れた部屋と2人の美女を放置してシャワールームに向かう。シャワーヘッドからはお湯が降り注ぎ、温度調整のノズルを触ると少し熱い程度になっており心地いい。

 

 

「はぁ……」

 

 

 

 ゆっくりと熱めのお湯を頭から浴びて思わず息が漏れる。……うん、やっぱりこの2人相手だと体力的にキツイな。いや、ビスマルクはもっと激しくしたいって言ってくれたし俺もまだまだいけるけど……イラストリアスがなぁ。

 

 

 

「でもまあ、これで良かったのかな?」

 

 

 

 そう呟くと俺は鏡に映った自分の顔を思わず見てしまうがその顔は……なんというか、自分で言うのもあれだが、かなりしまらない顔をしていた。

 

 

 

 セックスを。それも愛し合ったセックスをし続けたんだ。俺も多分、さぞだらしない顔をしていたのだろう。

 

 

 

 だからこそだ、この顔の緩みはきっと満たされたが故の物であって。もう俺の中には二人に対する負い目なんてものは無いのだと自覚できる。まぁその代わりグラーフ達にちゃんと説明した上でジャン・バールさんに殴られる覚悟はしておいた方がいいだろうな。

 

 

 

 それにしても我ながらアッチの体力はついたもんだと鏡

に映る自分を苦笑する。肉付きは普通、いや筋肉質な連中が多い軍人としては明らかに細い部類だろう。

 

 

 

 

「はぁー……俺も筋肉つけようかなぁ?」

 

 

 

 一応、軍では作戦行動やら戦闘訓練やらで鍛えてるつもりではあるがやっぱり彼女らには負けるしなぁ。とか考えながら頭と身体を洗ってシャワールームを出る。バスローブを羽織り、ベッドまで戻るとビスマルクとイラストリアスはまだグッスリだ。多分朝くらいまで起きないだろうな。

 

 

 

 不思議な事にランニング、水泳、格闘訓練とあらゆる技能でガスコーニュにすら(というかあの子は艦隊で一番凄い。さすが特別計画艦と言うべきかどれもプロ級だ)ボロ負けすると言うのに不思議な事に「アッチ」だけは皆に勝てる。

 

 

 きっかけはヴェネトとの行為だろうが彼女と身体を重ねていこう何時間ヤっても体力が尽きる事がなくなった。絶倫、と言うべきなのかはわからないがヒッパーに「ハメ殺す気なのアンタ!?」と息も絶え絶えに叫ばれたのを覚えている。そう考えれば調子に乗って処女を喪失したばかりと言うのにイラストリアスとビスマルクにはかなり負担をかけていたのだろう……いや、でもイラストリアスは余裕そうだったな?

 

 

 

「まあ、何にせよ」

 

 

 

 と、俺はそう呟くとベッドの脇に置いてある小さな冷蔵庫から水を取り出し一気に飲み干すとそのままソファーに寝転がった。

 

 

 

「指輪、考えないといけないなぁ…」

 

 

 

 kansenとの結婚に必要な指輪は特別なものだ。別に普通の指輪でもいいんじゃないか?と一瞬思ったが、やはり専用のものを用意したい。とはいえ一つ用意するのに艦隊を丸ごと一つ動かせるレベルの値段と言われており、それらを2つも用意するのは例え『英雄』というネームバリューがあっても楽なものじゃない。

 

 

 そりゃさ?ビスマルクに頼んだり、ヴェネトにお願いすれば指輪を用意してくれると思うよ?でも結婚する相手や他の妻にクソ高い指輪を用意しろなんて言うのは今更だがハードルが高過ぎる。

 

 

 

「ツテはあるとは言えあの明石だからなぁ…まぁ頼んでみるか。色々とね」

 

 

 

 どちらにせよ明石には用があったんだ。ツテを使えば話くらいは聞いてくれるだろう。面倒なバイトや宣伝を任される可能性があるがそれでも汚職と言われない程度には、彼女達のために頭を下げるかと決心した所、唐突にドアの方からノックが鳴り響く。

 

 

 

「ん?誰だ?」

 

 

 

 

 

 こんな時間に、と俺は首を傾げつつドアを開けようと……する前に警戒心を高めて机の中にあった銃を手繰り寄せた。じんわりと手汗が滲み、心臓が早鐘を打つが……それでも俺はドアの向こうへと声をかける。

 

 

 

「……誰ですか?」

 

 

 

 カチリ、と銃の安全装置を外しつつそう問いかけるとドアの向こうで息を飲む気配がした。現在、食事ですらビスマルクかロンドンが運んでくれている現状で俺の部屋にやってくる人は間違いなくイレギュラーだ。

 

 

 何か用があるのならビスマルク経由で色々と聞けるだろうし、ロイヤルの裏切り者は極力ビスマルクとの接触を拒んで独自に行動していると聞いた。

 

 

 油断は出来ない、油断はならない。バスローブを羽織っているだけだが身体の準備は出来ている。俺は神経を尖らせつつ扉の向こう側の誰かに問いかけた。

 

 

 

「用が無いなら、何も聞くつもりはありませんし貴方と話す気もありません」

 

 

 

 

 そう言い切ると僅かな沈黙の後……蚊の鳴くような声で声がかけられた。

 

 

 

「私、です。ロイヤルネイビー所属フォーミ・ダブルよ」

 

 

「……あぁ」

 

 

 

 

 その声を聞いて警戒を緩める……なんて事は出来なかった。ユニコーンに酷い事をしたのは全面的に俺が悪い。とはいえフォーミダブルは先日のお茶会で鉄血軍人にヘイトスピーチをぶちまけた事は記憶に新しい。

 

 

 思うだけなら勝手だが、わざわざぶちまける程には感情の制御が出来ない相手だ。今は冷静だとしてもビスマルクにまで危害を加えかねない。

 

 

 そんな危険性を脳の隅で考えてはいた。だが、フォーミダブルの声色にはそんな攻撃性は感じられず……どちらかと言えば怯えているようにすら思える。

 

 

 

「何の用ですか?」

 

 

 

 俺が再度問いかけるがフォーミダブルは何も答えない。ただ、その沈黙の中で彼女のすすり泣きのような声が僅かに聞こえた。

 

 

 

「……」

 

 

 

 無視をする。慰めの言葉をかけるだけなら簡単だが、彼女が激情のままに艦載機を突入さえすれば間違いなく俺はひき肉となる。そんな状況で下手に声をかけて導火線に火をつけるなんて間抜けは避けたい。

 

 

 沈黙の中でただ時間だけが過ぎていき、やがてフォーミダブルのすすり泣く声さえ聞こえなくなった頃、俺はようやく口を開いた。

 

 

 

「黙ってても何もわからないんですが?」

 

 

「……ッ!!」

 

 

 

 その言葉でビクッとフォーミダブルが怯えたように身を震わせたのがわかる。そんな彼女に俺は少しだけ悩んだ後……意を決して声をかけ続けた。

 

 

 

「何をしに来たんですか?俺の暗殺ですか?」

 

 

 

 

 そんなわけないとわかっていても万が一を考え銃からは手を離さない。だが、フォーミダブルは俺の言葉に「違う!」と否定の声をあげた。

 

 

 

 

「……じゃあ、何しにきたんですか?俺は貴方個人と話す事はありません。こんな夜ですよ?イラストリアス関連でしたらまた後日にでも」

 

 

 

 そう冷たく言い放つとフォーミダブルはまた黙り込んでしまう。だが、やがて……彼女は意を決した様に口を開いた。

 

 

 

「…少しだけ、お話はよろしいでしょうか…勿論、そちらも忙しい、と言うのであれば…私も強制はできませんわ」

 

 

 

 

 ロイヤルレディらしく、優雅に。それでいて少しだけピリピリとしたものを感じさせるその声に俺は舌打ちを零したくなるのを堪えて頭を掻く。

 

 

「少しだけ、なら」

 

 

 

 短くそう言うとフォーミダブルは安堵した様に息を一度吐いた後に「ありがとうございます」とお礼を口にした。

 

 

 

 警戒しつつも扉を開ければ、そこにいたのは何処となくイラストリアスと似たような雰囲気のフォーミダブルだ。泣き腫らした目でこちらを見ている姿はイラストリアスに似ているが……その表情は余り明るいものではない。

 

 

 

「…話すにしても、ちょっと別の場所とかに移らないかな?一応多少の警戒くらいはこちらもさせて欲しいし、はっきり言って俺は君のことが信頼できない」

 

 

 

 

 きっぱりと、そう告げる。フォーミダブルはその言葉に一瞬表情を曇らせたが……それでもすぐに気丈な表情へと戻り「わかりましたわ」とだけ答えた。

 

 

 俺は彼女を案内するように廊下を歩き始める。その道中、特に会話らしい会話もなく俺達は無言で歩き続け……やがて俺がよく向かう部屋の前に辿り着いた。

 

 

 

 

「ここは…」

 

 

 

「ロンドンの部屋。捕虜になった後もそこそこ交友を深めてたけどオレが最もロイヤルネイビーの中でも信頼出来る女性だよ。彼女には見届け人に……オブザーバーになってもらう予定だ」

 

 

 

 仮にフォーミダブルが俺を害したとしてもロンドンなら中立的なら立場で動いてくれると信じていた。逆に俺がヒートアップしてフォーミダブルに酷い言動を放ったとしても、ロンドンならば間違いなく諌めてくれるだろう。

 

 

 とてもではないが義妹になるとはいえ、フォーミダブルの会話が何であれ2人きりで話す気分にはなれなかった。だがどちらにも中立でいてくれるはずのロンドンが見守ってくれていれば互いに一線は超えないだろうと。

 

 

 

 

 

「ロンドンはロイヤル所属ですわよ。仮に私と口裏を合わせて貴方を『ないさ』

 

 

 

 

 

 フォーミダブルは思わず足を止めて振り返る。

 

 

 

「一つ。君達の王家に所属するkansenは女王の命令は逆らえないにしてもヴァリアント陛下やエリザベス元陛下がこの状況で俺を害するメリットが皆無である事。二つ。俺が場所を決めたと言うのに君が口裏を合わせる時間も余裕もないと言う事。まぁ俺とロンドンがある程度親しいって知ってるなら仕込む事くらい可能かも知れないけど、君の一挙一動を観察する限りそれはないとはっきりとわかったよ」

 

 

 その言葉にフォーミダブルは微かに眉を潜めながら胸元を隠すかの様に警戒を露わにする。いや違うって、確かにそれとなく観察はしたがイラストリアスと同じくらいのデカさだなーととは思ったけど、性的な目では見てないから。

 

 

 

「三つ目は……まぁ、個人的な信頼かな?鉄血の人間ってさ。一度でも同胞認定した人には甘い所がある。それこそ裏切るだとか、害するだとかそんな事考えられない程度にはね」

 

 

 

「……あの……」

 

 

 

 

 ドアの前でそこそこな声量で話していた為か、寝巻き姿のロンドンがカチャリとドアを開いてこちらを見つめていた。カーディガンを羽織り、下はホットパンツとラフ過ぎる格好だがそのスタイルが逆に彼女の魅力を引き立てている。

 

 

 

 彼女は俺とフォーミダブルを交互に見た後で小さく首を傾げた後、俺の後ろにいるフォーミダブルを見て少しだけ驚いたような顔をした後に俺へと視線を向けた。

 

 

 

「……事情は何となくですけど分かりました。ここでは閣下も盗聴器を気にしてしまうでしょうし……花壇に行きましょう。そこで話しますか?」

 

 

 

「頼むよ。ごめんなロンドン、こんな夜中なのに」

 

 

 

「ふふっ、閣下のお願いですからね。フォーミダブル様もそれでよろしいですか?」

 

 

「……お気遣いに感謝しますわ」

 

 

 

 ロンドンは俺に小さくウィンクするとそのまま先に花壇の方へと歩いて行く。俺とフォーミダブルがその後を追うように歩き始めると彼女は俺に向かって小さな声で話しかけてきた。

 

 

 

「……随分と仲がよろしいんですね」

 

 

 

 

 

 フォーミダブルの言葉は小声ではあるがその言葉に僅かにトゲが含まれている事に気がつく。以前のような憎悪や嫌悪感と言うよりも非難をするというか、例えるのならば釘を打たれたかのような。

 

 

 

「……『そういう仲』ではないさ。色々あって友人関係になっただけだよ」

 

 

 

「男女の友情は成立しないと、ヴィクトリアス姉さんは言ってましたわ」

 

 

 

「見解の相違だね。少なくとも俺はイラストリアスと結婚する身でありながら、別のロイヤルの女性に手を出すような不誠実な男ではないよ」

 

 

 

 俺はそれに答えず肩を竦める。まぁ『ロイヤルの』女性には手を出してないから嘘は言ってない。フォーミダブルもそれ以上何かを言うつもりもないらしく、ただ黙って花壇へと歩いて行った。

 

 

 

 ロンドンは既に到着しており、俺達がやって来るのを待っていたようだ。彼女は俺と目が合うと少しだけ微笑んでくれた。その笑みに少しだけ心が安らぐのを感じながら俺は彼女の隣のベンチを触るとフォーミダブルにも座るように促した。

 

 

 

 フォーミダブルは多少警戒している様子ではあったが俺とロンドンの距離の近さに眉を潜めるくらいで、俺が着席しロンドンが彼女の隣に座った所ですぐに口を開いた。

 

 

 

「前置きもなく本題にはいらせて頂きますわ」

 

 

 

 

 そこで言葉が一度区切られ、彼女は小さく深呼吸する。その表情は暗く、ただ陰鬱な様子だ。そんな彼女の言葉を待つ俺達の間には重い沈黙だけが流れる……そしてやがて意を決したように彼女が口を開いた時、真っ先に口に出た言葉は予想通りのものだった。

 

 

 

「…先ずは、あなたに謝罪をさせてくださいませ」

 

 

 

 そう言うなり、フォーミダブルは頭を下げる。こんな状況で言うのもアレだが頭を下げる角度やタイミングなど完璧だ。恐らく淑女としてイラストリアスからしっかりとした教育を受けていたのだろう。

 

 

 

「……」

 

 

 

 そんなフォーミダブルに対して俺は無言を貫く。そちらが謝るような事は何もない。なんてキッパリと言えれば良かったが今回ばかりは俺も内心複雑で下手な言葉を掛けられない。鉄血の、レッドアクシズの『英雄』としての立場だけではなく、自分の祖国の同胞の皆をまとめて貶されたという事実。

 

 

 感情が爆ぜた結果とは言え、それだけは。鉄血出身者として譲れない一線があったのだから。

 

 

 

「……頭をあげてくれ」

 

 

 

 そんな俺の言葉をどう受け取ったのかフォーミダブルは「ありがとうございます」と小さく呟いた後、ゆっくりと頭を上げた。そしてその瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるが……それでも彼女は気丈に振る舞おうとしている。その涙は自身への怒りと後悔からだろう。

 

 

 

 ロンドンがハンカチをフォーミダブルに差し出すが彼女はそのハンカチを丁寧に断って言葉を続けた。

 

 

 

「そちらの事情も詳しくも知らないまま罵倒した事も…そのせいで、知らぬままにそちらも追い詰めてしまった事……本来、こうして謝罪するだけでは許される事ではないとは思います」

 

 

 

 全て、事実だ。だが会話に微かな違和感を覚える、彼女は恐らく俺が精神的に追い詰められた挙句、最後は気絶するほど弱っていた事をヴァリアントから教えて貰ったんだろう。

 

 

 

 その事に罪悪感を抱いて謝罪をしてくれたんだろう。大嫌いな皆を傷つけ、姉を壊した疑惑のある男に向かって頭を下げるなんて屈辱だろうに……。

 

 

 それでも彼女はその事を知らずに罵声を浴びせた自分にも責任があると考えて謝罪をしてくれたのだ。どれだけの葛藤と覚悟があったのか想像する事も出来ない。

 

 

 だが、彼女の謝罪には鉄血の同胞を貶した事への釈明も謝罪も存在しなかった。それが違和感の事実だ。俺は自分が追い詰められたのはビスマルク達に弱音を吐く事も出来なかった自業自得であって、むしろ彼女の妹?であろうユニコーンを傷つけてしまった事に謝罪したいくらいだと言うのに。

 

 

 本当に……どうしようもなく、気づいてしまった。ロイヤルネイビーの彼女達と言葉を重ねても、絶対に俺達鉄血海軍の同胞への想いを理解する事は出来ないんだろうと。俺達鉄血出身者もまた彼女達の女王kansenへの敬意や忠誠を理解できないのと同じように。

 

 

 

 

「謝罪を受け入れます。寧ろこちらこそ余計な事を……ユニコーンさんに酷い言葉を投げかけたんですから。申し訳ございませんでした」

 

 

 

 だが、その事を蒸し返した所でメリットなんて一つもない。素直に相手の覚悟を受け止めてこちらも頭を下げて謝罪する。小さな、恐らく天使のように優しい女の子相手に追い詰められていたとは言え取った手段は間違いなく悪手。過去に戻れるのならあんな言葉を放った自分を引っ叩きたくなる。

 

 

 出来ればユニコーン本人にも謝罪したい所だが、幼い彼女はまだイラストリアスの事も含めて感情の整理は出来ていないだろうし、恐らく俺が無理に彼女に会いたいと口にしてもヴァリアント達を困らせるだけだ。本当に、もどかしい。

 

 

 

「そちらに関しても、私も思う所はありますが……私からこれ以上は言えません、わね」

 

 

「……落ち着き次第、手紙か何か後日送ろうと思います。出来れば伝言でユニコーンさんに伝えておいてください。あの時は悪かった。せめて君のお姉ちゃんが酷い目に会わないように、出来る限りの事はすると」

 

 

「……分かりましたわ」

 

 

 

 

 少しだけ、我ながら顔色が悪くなってきたなと感じ取ってしまう。これから先の不安や幼い少女を傷付けた罪悪感からだろうか。

 

 

 ロンドンは心配そうに優しく手の甲を撫でてくれる。その優しい気遣いがどこか母親に似ていて、こんな状況ながら心が落ち着……いや、無理だった。フォーミダブルがその様子をじっと眺めており、それに気づいたロンドンが赤面しつつ手を引くと、フォーミダブルはロンドンに微笑みを向ける。

 

 

 

 

「仲睦まじいようで何よりですわ」

 

 

 

 

 その言葉にビクリと反応する俺達だったがフォーミダブルは見て見ぬふりをしてくれた。多少気不味い空気が流れるが、フォーミダブルはそれを断ち切るように「それで」と言葉を続けてくれた。

 

 

 

「私がこうしてここにやってきたのは謝罪以外にもう一つ……イラストリアス姉さんの事ですわ。今の姉さんの状態を貴方は知っておりますの?」

 

 

「ああ、ある程度は」

 

 

 

 

 俺はそう答える。フォーミダブルは少しだけ意外そうに眉をあげたが、すぐにその顔を曇らせる。

 

 

 

 

「イラストリアス姉さんについても、ヴァリアント様から大体のあらましも目的も聞かせていただきましたわ………その、あのような姿になってしまっても…その、本当に大事な姉様ですので…どうかよろしくお願いします…その、ご本人にこうして頼む、と言うのもおかしいとは思うのですけれども…」

 

 

 

 ……凄く申し訳なさそうにそう言ってくるフォーミダブルにある意味ユニコーンの時以上に罪悪感を覚えてしまった。『アレ』は間違いなくヤバい。

 

 

 

 あんな変わり果てた性格になって帰還したのならそりゃ不満が爆発しても仕方ないと思える程度には。俺だって可愛い妹が『あんな』状態になってしまえばサディアに殴り込みをかけると断言できる程度には酷い状況なのだから。

 

 

 

「その……何かあればお話くらいは国際電話で聞きますので…」

 

 

 

 

 待ってそこまで言うレベル?というか、この前から何があったって言うの…!?と思わず絶句する程度にはフォーミダブルも諦め果てた顔をしていた。ロンドンもどう声をかけて良いのか、と言った表情だ。

 

 

 

「……一応これでも、納得出来るかどうかは別として感情の整理はモナークとヴァリアント様のお陰で付きましたけど……改めて考えると貴方への負担が大きすぎるのは事実ですもの。……イラストリアス姉さんも、その……」

 

 

 

「……ああ」

 

 

 

「だから…あぁもう!もし貴方が本気でイラストリアス姉様を幸せにしようとしてくれるのなら……その時は私も協力しますわ。……本当に不本意ですけど」

 

 

 

 そう言って彼女は立ち上がり、俺に手を差し出してきた。俺はその手をしっかりと握り返すと、フォーミダブルは少しだけ驚いたような顔をした後に優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう会う事も無いかも知れませんが……イラストリアス姉さんをお願いします。お義兄様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フォーミダブル様との会話を終えた後、閣下は少し惚けた様子でベンチに座りしばらく何も口にしなかった。詳しい事は分からないが政略結婚などの単語が聞こえてくれば流石の私でも会話の流れは予想出来てしまう。

 

 

 鉄血の『英雄』である閣下と捕虜になってしまい、悪い意味で有名になってしまったイラストリアス様の結婚。ロイヤルの皆さんは閣下の事を鬼畜外道の様に思っている方も多く、そんな彼がイラストリアス様と愛のない結婚をするのならフォーミダブル様と一悶着があってもおかしくないと理解する。

 

 

 

 それでも……イラストリアス様は閣下と幸せな人生を歩む事は出来るのではないでしょうか?閣下は他の方が仰っている様な方ではなくとっても優しい人です。2人の結婚の愛が産まれるのか、産まれないのかは別として…きっと閣下ならばイラストリアス様に出来る限りの便宜を図ってくれるはずと信じてますから。

 

 

 

 

「……とりあえず、で来ましたが…お二人がそういう流れにならなくて何より、でしたね」

 

 

 

 花壇の花が夜風に揺れる中、私は閣下の隣に座りながらそう口にする。

 

 

 

「いやはや……全くだよ。フォーミダブルと話を終えて気が抜けたよ」

 

 

 

 脱力したように体をベンチへと預ける閣下。ここまで心底疲れきった彼の姿は本当に珍しいと言えます。常に冷静かつ俯瞰的に状況を眺め、最善手をひたすらに手繰り寄せるような人ですから。ですがその表情はどこかリラックスしている様にも見えます。

 

 

 

「結局俺の問題をどうにかできるのは俺だけって事でね……なんて言うか、情け無いな」

 

 

 

 

 自虐するようにそう言って笑う彼の顔は少しだけ辛そうに見えた。

 

 

 

「閣下は……その、ご自身の事を『英雄』と呼ばれてどう思います?」

 

 

「ん?そうだな……俺はそんな大それた人間じゃないよ」

 

 

 

 

 彼はそう言ってから少し考えるように顎に手をやる。そして小さくため息を吐くと私に向かって苦笑いを浮かべた。それはどこか自虐的な、そして寂しそうな笑顔だった。

 

 

 

「俺は英雄なんかじゃないよ。だけどそれを皆の前で口にする事は許されないし、否定する事は支えてくれる皆に迷惑をかける事に繋がるからね」

 

 

 

 それはきっと謙遜や自己否定ではなく本心からの言葉なのだろうと私は思った。彼は本当に自分の事をただの人間だと思っているのだろう。物語の英雄は、英雄足りうる存在は時に私欲や目的の為に死地に向かう必要がある。それは国民を守る為であったり、かつての仲間を弔うためであったり……そして愛するものの為であったり。

 

 

 

 

 彼にだって守りたい者の一人や二人いる筈だ。彼の本当の望みが何なのかは知らないし、知る権利もないけれど……それでも私は今こうして隣にいられる事を誇らしく思いながら口を開いた。

 

 

 

「正直嬉しかったです。何も出来なかったけれど、閣下が真っ先に私を頼ってくれて。オブザーバーの役割を私に託してくれた事が」

 

 

 

 きっと、もし彼の妻の皆さんがロイヤルに来ていれば私が選ばれる事は無かったでしょう。今みたいに捕虜生活を送ってきた時以上に会話を重ね、毎日のように2人でお茶と洋菓子を摘んで穏やかな時間を過ごす事も。

 

 

 

「閣下に受けた恩を考えれば、これくらいお安い御用ですので…頼って、と言ったのは私なんですから、ね」

 

 

 

 例え代用品でもいい。私の気持ちが一方通行のまま終わろうと構わない。ただ彼が平穏な日々を過ごせるのならそれだけで幸せなのだから。そう納得したというのに胸がチクチクと傷んでしまうのは私が欲張りになったからでしょうか?

 

 

 

「さて、と……今日はありがとうな、ロンドン。割といい時間だし、これ以上は遅くなるとアレだし…送ろうか?」

 

 

 

 

 そう言って彼は立ち上がり、私に手を差し伸べる。迷う事なく、思わず笑いそうになりながらもその手を取って私も立ち上がる。

 

 

 

 

「もう、心配なんてされてもすぐ近くですよ?…ですけど、そうですね…折角ですしお願い出来ますか?」

 

 

「勿論。せっかくだし…コホン、では、お手をどうぞお姫様」

 

 

「ふふっ、それではエスコートをお願いしますね、閣下」

 

 

 

 優しく手を引く彼に引かれるままに歩き出す。月明かりだけが照らす夜の道は人気がなく静かで、彼の吐息が耳に届くほど近い距離。握られた手が酷く熱い。なんせ誰かにお姫様扱いされるのは今日が初めてなのだから。

 

 

 

「あー……その、なんだ、ロンドン」

 

 

「……はい?」

 

 

 

 少し気まずい沈黙の後、閣下が小さな声で私を呼ぶので私は前を向きながら返事をする。彼の方は見ないようにしながら。今見たら間違いなく真っ赤になっているから。こんな情けない顔を見られたらきっと笑われてしまうだろうから。

 

 

 

「その……今日は本当にありがとうな。君が居なかったら俺は今頃どうなっていたか……」

 

 

 

 それは私の言葉です、閣下。貴方が決断してくれたお陰で私の命は助かったんですから。そう口に出せばいいのに緊張して言葉が出てこない。心臓がドキドキと大きな音を立てるし、耳も熱い。

 

 

「こちらこそ、ありがとうございます……」

 

 

 

 

 やっと絞り出したのはそんな変哲もない言葉。それを聞いた閣下が苦笑いを浮かべる気配がすると同時に私の頬に何かが触れた感覚があった。恐らくは彼の指先だろう。まるで涙を拭う様に優しく触れてくるその指の温度に少しだけ鼓動が落ち着いたような錯覚を覚える。

 

 

 

 もう少しだけ、欲張ってしまっても許されるでしょうか?例えば、もう少しだけ強く握り返してもいいとか……いやでも流石にそれははしたなさすぎるし……。そんな葛藤に頭を悩ませていると彼は心配した様子で声をかけてくる。

 

 

 

 

「泣いてるけど…大丈夫?」

 

 

 

 

 ……そういって閣下が指を見せつけると確かにその指は湿っていて、思わず自身の目の付近に触れれば確かに頬が濡れていた。慌ててその涙を拭おうとするが、彼がポケットから何かをとり出してそれを拭ってくれた。

 

 

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 

「謝る事じゃないよ。ほら、これ使って」

 

 

 

 

 そう言って差し出されたのは丁寧にアイロンまでかけられた綺麗な灰色ハンカチだった。鷹と鉄血の軍旗が象られており間違いなく彼の私物。少し迷った後、私はそれを受け取って目元を拭うと閣下は小さく笑っていた。

 

 

 何故泣いてしまったのか?なんて考える必要もない。私は嬉しかったのだ。彼に必要とされた事が、助けを求めてくれたことが。閣下の記憶の片隅にでも、私がいるのだという事が。

 

 

 

 

「ハンカチ、洗って返します」

 

 

「別にいいって。俺のなんかで良ければいつでも使ってくれ」

 

 

 

 

 そう言って彼は私の頭に手を置く。そしてそのまま優しく撫でられた。その心地良さに身を任せていると、不意にその手が止まる。不思議に思い閣下を見上げると彼は少し悩むような表情を浮かべていた。

 

 

「いや……その……」

 

 

「……どうかしましたか?」

 

 

「あー……えっとだな……その、あれだ……うん」

 

 

 

 歯切れの悪い言葉と共に閣下は私から視線を逸らし、頭をかきながら言葉を探す。そして少しの沈黙の後……彼は意を決したかのように口を開いた。

 

 

 

 

「その、な?ロンドン」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「……やっぱり何でもない」

 

 

 

 結局、彼は何も口にしなかった。ただ私の頭から手を離して少しだけ歩くスピードを上げるだけだった。何かを言いたげで、でも言いたくないようなそんな雰囲気に私は何となくだが彼の言いたい言葉を理解してしまうが、それを口に出してしまう事が……怖かった。

 

 

 

「……ロンドン?」

 

 

 

 不意に、彼の引いていた手が後ろにぎゅっと握られる。それに気づいた彼は足を止め、私の方へと振り返った。

 

 

 

 

「……どうしたんだ?」

 

 

 

 

 柔和な笑みを浮かべた閣下はそう尋ねてくる。その声と表情に酷く心がざわついた私は思わず首を横に振った。

 

 

 

 何か言わなくてはいけないのに、でも何を言えば良いのか分からない。今口にすべき言葉か、それとも黙っておくべきなのか……それが私には分からないのだ。

 

 

 彼は私が無言で手を取り、立ち止まっても文句の一つも言わなかった。寧ろ何かを期待しているかの様な、同時にバツの悪さを感じている様な……そんな表情を浮かべていた。だから私は、彼の手を握り返したままゆっくりと口を開いたのだ。

 

 

 

 

「…すみません、少しだけ、考え事をしてしまいました…行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 ───私は今でも、時折りこの日の記憶を思い出す。もし、この時。私が馬鹿になっていればどうなったんだろうか?と。

 

 

 自惚れで無ければ閣下も私が馬鹿になる事を期待していたんじゃないか?と思ってしまうんです。

 

 

 

 そして、私は彼の手をほどき。彼と並ぶように歩み、最後に少しだけ彼の前を行く。

 

 

 

「行きましょうか」

 

 

「あぁ」

 

 

 

 

 閣下は一瞬だけ、手を伸ばそうとすると……その手を下におろし、私を追うように歩き始める。

 

 

 

 

 ──天秤はゆらゆらと揺れるばかりで結局何も変わる事はなかった。

 

 

 

 ───でも……もしかしたら私が一歩踏み出していたら何か変わっていたんじゃないだろうか?と思ってしまうのだ。

 

 

 

 ───後悔はしてない。ですが、納得はしました。

 

 

 

 

 

 

 

「好きでした。閣下」

 

 

 

 

 

 誰もいない、月明かりに照らされた部屋で。閣下から頂いたハンカチを眺めつつ私はそう呟くのだった。

 

 

 




・指揮官は絶倫
実はこれもダイスによって定められた設定。ベッドの上ではどちらかと言えば押し倒される事も多い指揮官ですが、不思議と一晩中行為に及んでもめちゃくちゃ疲れは感じますが相手の体力が尽きるまでは耐える事が出来ます。恐らくヴェネト(と巻き込まれたリットリオ)との酒池肉林の日々が一気に彼の隠されていた才能を引き出したのでしょう。どれだけ激しかったのやら…


・ファーミダブルへのマイナス感情
 忘れがちですが指揮官は鉄血出身者らしく同胞意識はもっており、鉄血の同胞達をまとめて信頼できない、信ずるに値しないクズ扱いされた事はめちゃくちゃ引きずってます。なので最終的にスルーしたとはいえフォーミダブルがわざわざ頭を下げたというのに内心「えっ?同胞への謝罪じゃないの?俺が気絶したのは全部ユニコーンちゃんに酷い事した事をも含めて自業自得なんだよ?」と少しだけ引きずっていますね。


 この辺りは仕方ありませんがロイヤルどころか他陣営出身者にはいまいち理解出来ない感覚でしょうしフォーミダブルが悪い訳ではありませんが、どうしても鉄血とロイヤルが相容れない描写と言えるでしょう。これでも重桜と北方連合の意識の違いと比べればかなりマシなのだから改めて北桜同盟は複雑怪奇です。


・ロンドン
 ロンドンに指揮官が何を言おうとしたのか。そして、ロンドンはなぜ拒絶したのか?はまた次回以降に描かせてもらうとして、ある意味一つの決着です。この作品の元ネタであるダイススレのGMは禁忌であるダイスの確率操作や追加判定を……ロンドンが報われるかの様に、温情を含めた選択肢を追加して正直に慣れるように誘導なさっていたのですが。


4〜9であればロンドンは正直になる
dice1d10=1 (1)
1~3.…どうしたんだ?←確定
4~6.ごめんなさい、と呟いて…あなたの胸に顔を埋めてきた
7~9.…離れたくない、だなんて言ったら、あなたは応えてくれますか?
10.*おおっと*


追加判定。4〜9であればロンドンは正直になる
dice1d10=3 (3)
1~3.…すいません、少し考え事を…行きましょう←確定
4~6.…な、泣いてる?
7~9. 私は、ロイヤルのKAN-SENとして失格かもしれません
10.*おおっと*


最終追加判定。50%の確率で指揮官は手を伸ばす


dice1d2=1 (1)
1.追うように、歩き出した←確定
2.今度は、逆に手を引いた


 それでもなお、ロンドンと指揮官は後一歩を踏み込む選択を取らなかったのでした。ある意味これがダイススレの醍醐味でもあり、そして物語性を与えるものなんでしょうね。


 ですがロンドンと指揮官の決着をIFとはいえ、ダイスの流れに逆らうとはいえ見てみたいと思う方もたくさんおりGMさんが小規模なダイス+鉄血の後日談ダイスでその奇跡を10%の確率でロンドンが掴み取ったという事もあってか異なる決着をつけた可能性の『枝』も存在しています。ダイスの女神様に逆らってもいいというのなら。中指を立て、もしもの可能性を見てみたいと思う方が多くいらっしゃるのなら私もその短編を執筆いたしましょう。



 次回はいよいよ始まる戴冠式。とはいえ一筋縄にはいかないようで……


 コメント、感想、評価をお待ちしております。

指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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