鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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After29話 混浴再び。そしてカノジョの本音

 

 

 

「どうですか指揮官様?お風呂の湯加減は?」

 

 

「最高。横にヴェネトがいるからかな?」

 

 

 

 

 夜空を見上げると満天の星空。ガラス一枚隔てた星空を眺めつつ、俺はヴェネトを侍らせつつ湯船に浸かっていた。白を基調とした大理石の浴室にはロイヤルを象徴する獅子を象った石像がいくつも存在しており、所々に金色の刺繍があしらわれている。

 

 

 

 入浴剤とボディソープ、シャンプーも統一され気品溢れる香りが浴室には溢れており心地よい空間を作り出していた。それもそうだろう。この風呂はクイーン・エリザベスが私費で建造させたロイヤル自慢の施設の一つだからな。

 

 

 

「ふふっ、喜んで頂けたようで何よりです。最初はサディアのテルマエ風に改装した方が?なんて意見もありましたけど、お金も勿体無いですし。それに指揮官様なら、きっと気に入って頂けると思いましたから」

 

 

 

  ヴェネトが嬉しそうに笑う。以前一緒に混浴した時は他国の指揮官とサディアの総旗艦という立場。だが今は夫婦として同じ風呂に浸かり、夫婦水入らずの時間を過ごしているのだから人生はどうなるか分からないな。

 

 

 

「んっ…♡」

 

 

 

 感極まったという訳では無いが、ふとヴェネトの肩を抱き寄せキスをする。彼女は嫌がる様子もなく瞳を閉じて俺に身体を委ねてくれる。

 

 

 

「指揮官様……ぁ…♡」

 

 

 

 唇を離すと切なそうにヴェネトは甘い吐息を漏らす。ずっと彼女は数ヶ月もの間俺の事を待ち続けてきてくれた。俺がイラストリアスやビスマルクと新たに婚約すると知った時も立場上仕方ないですからと理解を示してくれた。

 

 

 だが、それは彼女が我慢しているからに過ぎないと

リットリオは助言してくれたのだ。彼女は開口一番にとりあえず今日一日は全てを忘れて我が姉上と過ごせと苦笑し、こうして風呂で待ち構えていたヴェネトと二人きりで過ごす時間を用意してくれて満喫中という訳だ。

 

 

 今頃皆は何をしているんだろうか?イラストリアスは大丈夫何だろうか?リットリオに抱っこされてはしゃいでいたグレンツェンはもう疲れて寝ているんだろうか?

 

 

「他の女性の事を考えてませんか?」

 

 

「えっ、あっごめん」

 

 

 

 少しだけ思考の海に浸っているとヴェネトは全てをお見通しという顔でふふっと微笑む。

 

 

「仕方ありませんよ。指揮官様は皆の指揮官様なのですから。大丈夫です。誓ってイラストリアスさんやグレンツェンちゃんの事はお守りしますからね?」

 

 

 胸を腕に押し当てて、ぎゅっと抱きついてくる。やわっこい巨乳の感触とヴェネトの甘い匂いが頭を溶かすように伝わってくる。艶かしい手つきでこちらの手を取るとそっと指を絡ませてくる。

 

 

 

「だから、今は……私だけを見てください。指揮官様」

 

 

 

 

 そのまま、ヴェネトは湯船に身体を沈めると俺の首に手を回して耳元で囁く。蕩ける様な甘い声。その言葉に従って彼女の胸に溺れてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心地の良い倦怠感と全てを出し尽くしたような満足感。湯船の中で愛し合ったのであとで掃除が面倒だなと、マンジュウに謝罪する事を決意しつつ片手でヴェネトの胸を揉みしだきながら一息つく。

 

 

「んっ……♡ふふっ…おっぱい、お好きですか指揮官様?」

 

 

「あれ?知らなかった?男は好きな女のおっぱいには逆らえないって……あー、ごめん、もっと揉んでもいい?」

 

「ふふっ♡勿論です♡」

 

 

 

 

 

 俺の言葉にヴェネトは嬉しそうに微笑むと俺の手に手を重ねてくる。肉感的な大きな胸は触れるだけで男の夢が詰まったような質量を感じられて幸せな気分となり、何より彼女の優しさに包まれてるような感覚に陥り気持ちいいのだ。

 

 

 

「これからはいつでも……は互いの立場上厳しいかもしれませんけど今まで以上に色々な事が出来ますね。デートも、テルマエも、えっちな事だって」

 

 

 

 うっとりとした顔でヴェネトは呟く。現在進行形で胸を揉まれているがそれを嫌がるどころか彼女の瞳には期待の色が濃く宿っている。

 

 

「私はサディア総旗艦としての責務もありますけど……それでも、やっぱり貴方の事が大好きなんです。初めて会った時、国を救ってくれた日。そして指輪を貰って甘い夜を過ごして……どんどん大好きだって気持ちが大きくなっちゃって」

 

 

 

 ぎゅっとヴェネトが抱きついてくる。お互いの体温を交換し合うように密着すると彼女は俺の首に腕を回して耳元で愛の言葉を囁いてくれるのだ。

 

 

 

「愛してる……大好きです。ヴァイス様……」

 

 

 

 こんな美人にここまで熱烈に好意を寄せられて嬉しくない男なんて居やしないだろう。思わず揉みしだいていた手の動きが激しくなり、彼女の耳元で俺もまた愛の言葉を自然と囁いていた。

 

 

 

「大好きだヴェネト。愛してる。」

 

 

「私も、です♡なら指揮官様……一つだけ、私の我儘を聞いて貰っていいですか?」

 

 

「んっ?なに?」

 

 

 

 ヴェネトは少しだけ恥ずかしそうにして目を細めると俺を見上げて来る。それは先程よりもずっと蠱惑的な表情で思わずドキリとして生唾を飲み込む。

 

 

 

 そんな俺にくすりと笑みをこぼすと彼女は俺の耳元に顔を近づけて来て囁くように囁いたのだ。

 

 

 

 

「……貴方に愛された証が……欲しいんです」

 

 

 

 

 その言葉はあまりにも甘美で抗い難い誘惑だった。

 

 

 

 

「ビスマルクが妊娠したって聞いて羨ましいと思いましたし、グレンツェンちゃんを見て可愛いと思って……私も思ったんです。指揮官様の赤ちゃんが欲しいって。」

 

 

 

 

 彼女はそこで一拍おくと、俺の頭をぎゅっと自分の胸に抱き寄せる。風呂場だからか彼女の香りは一層強く感じられて頭がクラクラしてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「だから…ね?指揮官様。私達の赤ちゃん……作りませんか?」

 

 

 

 

 ヴェネトは蠱惑的な笑みを浮かべると俺に再び口付けを交わす。最初は軽いキスだったが直ぐに舌が絡み合い、口内を蹂躙される激しい物へと変わっていく。

 

 

 

 その快楽に腰砕けになって湯船に浸かっている俺をヴェネトは逃がさないように腕を回されてホールドされてしまい抵抗することも出来ないまま彼女の長い舌を受け入れてしまう。

 

 

 

「んぐっ……♡んん……♡」

 

 

 

 

 口内で暴れ回る舌先は容赦なく俺の舌を絡め取り、じゅるりと吸い上げられてしまう。甘く濃厚なディープキスに俺の理性は蕩けさせられてしまい、最早されるがまま。

 

 

「わかった…作ろっか、子供を」

 

 

「夜は長いですよ?たくさん、愛して下さいね?」

 

 

 

 そう言って微笑む彼女の姿はとても淫靡で美しく、俺は逆らえない。あぁ……完全に手玉に取られたなと思いながらも愛しい彼女の口付けを受け入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今頃卿はヴェネトと交わりの真っ最中か。羨ましいと思う気持ちは無い訳ではないが、今日の所はあの女に譲ってやろう。

 

 

 

 高級ソファーの上で寝転がりながら、ほんの少し嫉妬という感情が胸を支配するがそれを誤魔化す様にワイングラスを傾ける。喉に甘ったるい干し葡萄のワインを流し込むと心地の良い酩酊感に包まれる。

 

 

 

 家族は同じ物を食べる物なのだから嗜好が自然と統一されるものだとどこかで聞いた事があるが、成る程。確かに我も卿に染まっているようだ。

 

 

 いや、あの甘味狂いとしか言いようがない彼の嗜好とは比べものにならないが、確かに我も酒のツマミにサラミやハムではなく、甘い菓子類を嗜む事が今までに比べて増えた自覚がある。

 

 

 

「まぁいい」

 

 

 

 今はこの至高の時間を楽しもうではないか。そう自分を納得させて再びグラスに口を付ける。芳醇な香りを楽しみつつ、ゆっくりと味を楽しむように飲み干していく。

 

 

 

「やっぱりずるいですっ!」

 

 

 目の前でイラストリアスが喚いているがそれさえ無けれ極上の夜を過ごせただろう。だが、我がこの女の面倒を見ると宣言した手前、彼女を放っておくというのは道理に合わない。いっそ酔い潰してみようか?と酒を進めているが、今の所は手をつけずに不機嫌そうに唸っている。

 

 

 

「うー!」

 

 

 

 先程からこの調子である。女の怒りやら何やらは意味不明と思いつつもワインを流し込む。子供の様に不貞腐れ、納得できないとでも言いたげな表情だ。これがあのイラストリアスなのだろうか?とあの夜の戦いを思い浮かべたが今のイラストリアスは病人である以上追求するのも不毛だろう。

 

 

 

 

 

 

 当初、サディア行きは卿とイラストリアスにその娘であるグレンツェン。後は護衛兼、イラストリアスの暴走防止の為にマインツ辺りが再び派遣される予定であった。

 

 

 

 状況が変わったのは出発の数日前。イラストリアスを除き、我らは皆で夕食を取る事が日常となっているのだが、シュペーの膝の上に懐いていたグレンツェンが純真無垢な瞳でこう口を開いたのだ。

 

 

 

「お母様達とも一緒にサディアに行きたいですっ!」

 

 

 

 

 ダメだ。そう即座に子供を嗜めるのは簡単だ。

 

 

 

 最近は鉄血近郊では現れないがセイレーンからこの基地を防衛する責務もある。政治的にもレッドアクシズにとって重大な存在となっている我らが航海の最中に全滅するというリスクは避けるべきだ。

 

 

 

 子供の提案一つで職務を放棄するなどあってはならない事。そう客観的にに判断が出来、他の者も同じ様に

考えていたのだろう。

 

 

 

 だがテーブルを囲う我らは誰もグレンツェンの言葉を否定する事はできなかった。我も、卿も、シュペーも、ビッパーも、ガスコーニュも。恐らくイラストリアスが同席していたとしてもグレンツェンの提案を否定する事は出来なかっただろう。

 

 

 

「うーん……ちょっとなぁ……」

 

 

「だめ、ですか?」

 

 

 

 困り顔の卿にグレンツェンは上目遣いでそう訴える。その仕草に卿はタジタジとなり、しばしの間見つめ合うと苦笑いを浮かべて分かったよと優しく彼女の頭を撫でたのだ。

 

 

 

「わかった。ちょっとだけ相談してみるよ」

 

 

 

 

 あんたバカじゃないの!?というヒッパーの視線を卿は苦笑しつつ受け流し「お父様!」と満面の笑みを浮かべる娘ににっこりと笑いかける。卿よ、無理はするな。娘の手前願いは叶えてあげたいという気持ちは分からなくもないが冷や汗がダラダラと流れているぞ。

 

 

 

「ふふっ、すっかり親馬鹿になっちゃったね」

 

「肯定。でもこれで主(メートル)とずっと一緒にいられる……ガスコーニュも嬉しいっ」

 

 

 

 シュペーは膝の上にグレンツェンを乗せながらのんびりとそう言うが、ヒッパーは自分は手伝わないぞと軽く睨みつけている。ガスコーニュはグレンツェンと同じく喜んでいるようだが彼女はヴィシア出身。

 

 

 ティルピッツだけではなくジャン・バールにも声をかける必要があるのだから残り三日で果たして条件をクリア出来るのだろうか?と我は心地よい空間に笑みを浮かべながら甘いワインを喉に流し込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から述べればサディア行きにこの基地のメンバーが全員向かうという提案は三日どころか一日で認められた。

 

 

 

 マルタ島の基地設営の為にマンジュウ達が大量に必要だとサディア側は要請しており、ティルピッツはより多くのマンジュウをマルタ島に向かわせたいが為、我ら全員にマンジュウが敷き詰められた船団の護衛を命令したからだ。

 

 

 

 とはいえその裏で卿が必死に頼み込んでいたのも事実であり、関係者各所に洋菓子の詰め合わせを片手に頭を下げていたらしいが……冷静になって考えて欲しい。

 

 

 

 卿の願いを頭ごなしにダメだと否定できる人間が、果たして鉄血海軍に何人いるのだろうか?

 

 

 

 

 

「……グレンツェンの時といい……貴方も彼の妻なら、もう少しあの人を押さえてちょうだい」

 

 

 

 ティルピッツは疲れた様子で栄養ドリンクを胃薬で流し込んでそう答えていた。

 

 

 正直に言えば卿は未だに自身の立場や影響力を過小評価する傾向にある。だが最早この鉄血海軍で彼が正論を並び立てながら『要請』をした場合、例え臨時の陣営代表となったティルピッツでさえ受け入れざる得なくなっている。

 

 

 

 サディアの陣営代表とヴィシアの陣営代表の妹と婚約し、遂には鉄血の陣営代表であるビスマルクにすら手を出した。

 

 

 

 下半身一つで女達を躾けて成り上がった男とロイヤル辺りが非難しかねない程に、正直に言えば大戦での活躍以上に政治的な価値が跳ね上がり。最早鉄血海軍では制御不可能の暴走機関車と化している。義姉であるジャン・バールですら苦虫を1ダースは噛み締めながらそう認めざる得ないほどに。

 

 

 だからこそある意味今回のマルタ島行きは卿にとっての一種の足枷となるだろうと我は睨んでいる。グレンツェンの誕生とマルタ島行き。短期間に二つの要請を関係者各所に迷惑をかけた事を卿は少なからず罪悪感を持っている。実際にはヴェネトとガスコーニュの件も含めると四つだろうか?

 

 

 

 ごく一般的な指揮官から成り上がった卿が自分の地位を理解するには今しばらく時間がかかる。だが、今回は娘の為の安請け合いで関係者各位に多大な迷惑をかけたと実例を一つ作り上げたのだ。

 

 

 

 その罪悪感と事実を自覚出来たのであれば恐らく、多分、きっと……卿は自重するに決まっている……と素直に頷けないの間違いなく彼の実績の所為だろう。

 

 

 

 今回は我もサディアでやるべき面倒な職務を事前に行えるという理由でスルーしたが、次回以降は卿の為にもヒッパーと2人で彼を重桜式正座をさせた上で説教する必要があるな。

 

 

 

 シュペーとガスコーニュは卿に甘過ぎて叱る役は務まらないので除外。いっそ甘味の制限をかけるかと思案しつつ、ようやく我は今も喚いているイラストリアスに意識を向けたのであった。

 

 

 

「何故、指揮官様は私にお慈悲をくださらないのですか!?私なら指揮官様の為に何でもして差し上げますのに……指揮官様が毎日の様にグラーフ様達をベッドに連れ込み、あられもない声を響かせて……私っ!私はもう我慢できません!」

 

 

 

 手をグッと握り込み、涙ぐみつつイラストリアスは叫ぶ。同時に息をはぁはぁと興奮した雌犬の様に吐きながら、その目は明らかに狂気と色欲をミキサーでかき混ぜたような濁った瞳だ。グレンツェンの前では決して行わない言動だと断言できる。

 

 

 普段であればマンジュウ達の監視の上でセキュリティによって閉ざされた自室で就寝するイラストリアスであるが、当然このマルタ基地に鉄血のような設備は存在しない。正確に言えば地下牢以外確実にイラストリアスが暴走した際に部屋に閉じ込めておけると断言出来る設備が存在しないのだ。

 

 

 無論グレンツェンのいる手前、地下牢にイラストリアスを幽閉するという選択肢は存在しない。故に確実にこの女を止められると断言出来る我が相部屋となり過ごす予定であったのだが、ここに来てイラストリアスの精神状態がどうやら限界を迎えたらしい。

 

 

 

 グレンツェンと唯一無二の枷が外れ、卿を何度も誘っていると言うのに手を出されないという不満。更にはジュースと間違い、普段は制限されている戸棚のアルコールを我の見ていない隙に勝手に摂取してしまったのが運の尽きか。

 

 

 

 ……間違いなく我の失点だな。

 

 

 

 

「だってぇ!この前だってえっちな下着で指揮官様を誘惑したのに指揮官様は見て見ぬふりするんですもん!お尻が丸見えな紐パンツですよ!?ふりっふりって!それなのにっ!」

 

 

 

「……一つ質問しよう」

 

 

 

「なんですかぁ!?」

 

 

 

 

 相も変わらず胸を抱きながら興奮するイラストリアス。その目は酷く濁りきり、今からでも卿とヴェネトの密会を妨害しかねないものであったが、ふと我はどうしても聞きたい事があった。

 

 

 

「お前は一体どうして卿とそれ程までに肉体関係となる事を望んでいるのだ?」

 

 

 

 イラストリアスの動きが一瞬止まる。そして目を丸くしてこちらを窺うようにジッと視線を向けてきた。

 

 

 

「例えば我であれば卿との性行為は彼に求められるという精神的な安心感。女として愛されると感じられる幸福。女体を蹂躙され、屈服させられるという興奮。事後に胸に甘えてくる卿を見る度に芽生える母性。それら全てが満たされるが為我は卿に抱かれている」

 

 

「………」

 

 

 

「だがお前は何故だ?卿と肉体関係を持ちたい理由は?」

 

 

 

 

 例をあげるのであればシュペーであれば卿を癒したいという献身、ヒッパーであれば最高のムードで卿に女として満たされたいという欲求によって卿に抱かれている。

 

 

 だが、イラストリアスは違う。彼女は卿に対して好意を抱いているのは事実だろう。だが言動を読み取るに抱かれる事『以外』の思考を読み取れないのだ。何故抱かれたいのかという理由すらなく、ただただ卿と交わっていたいという思考が見え隠れしている。

 

 

 

 卿もおそらく異常性に気付いる筈だ。PSTDとやらの病の治療中であるイラストリアスに手を出す事は例え政略結婚でも許されない。

 

 

 今は彼女の治療を最優先だと口では述べており、それも本心ではあるが、無意識の内に卿が彼女と肉体関係になる事を恐れているのも我は知っている。

 

 

 

「それは……だって……お慕いして」

 

 

「慕う、か。ならば何故卿と肉体関係を持ちたいのだ?清らかな関係で満足出来ないのか?」

 

「……」

 

 

「我は卿が自らの意思で我らを抱こうとしているのならば否定も非難もしない。だが、お前は拒否された上でその理由も問い詰めず、駄々をこねて『何故彼の子種が欲しい』と言うばかりではないか」

 

 

「……指揮官様が……私のっ!!」

 

 

 

 動揺から立ち直ったイラストリアスが立ち上がって叫び、慌てて護衛のマンジュウが電撃銃を構えるが手で制する。二の句を告ぐ前に我はグラスをテーブルに置くと落ち着こうと深呼吸をするイラストリアスに視線を向けた。

 

 

 

「……私は…私の……?」

 

 

 

 だが、イラストリアスは言葉の先を紡ぐ事はなく、ただ呆然とした表情で立ち尽くしていた。

 

 

 

「私は……どうして……?」

 

 

 

 

 

 そう呟くとそのままペタンと床に座り込んでしまった。その目には涙が浮かび上がり我はそっとハンカチでそれを拭き取る。

 

 

 

「何も、分からないのか?」

 

 

 

 

 

 そう告げるが彼女は反応しない。イラストリアスは口ごもり、視線を彷徨わせながら黙り込んでしまう。その沈黙に我はようやくこの狂人の本音を垣間見ることが出来たと安堵した。

 

 

 

 

 あぁ、この女は……狂っているのではない。ただ、昔の我と何一つ変わらないだけなのか。

 

 

 

 

「お前はただ、誰かに必要とされたいだけなのだろう」

 

 

 

 kansenとしてのリュウコツに刻まれた孤独な記録。それによる虚無感と厭世感。いっそこの世の全てが今すぐ滅びればいい。世界を憎むもいう気持ちと全てが虚無に還る様を見たいという破滅願望。

 

 

 だが今の我は卿や皆と駆け抜けた日々で人一倍満たされた幸福な感情を持っている。

 

 

 

 だからこそ我はイラストリアスを同類だと感じ取れる事が出来たのだろうか?医者として診察する明石や孤独虚無を知らぬヴァイスでは理解出来ないであろう、もがき、苦しみ、そして全てに絶望した経験があるであろう目の前の同類の感情を。

 

 

 

「だがお前には何もない。ロイヤルネイビーとしての名誉や地位を失い、守るべき国民からも見捨てられ、残ったものは世界初の空母対決に敗北し、捕虜となった愚か者としての烙印のみ。……その虚無感と絶望を卿に埋めて貰いたかったのだろう?」

 

 

「っ!」

 

 

 イラストリアスは弾かれる様に顔をあげ、我の目を直視する。その瞳には恐怖と動揺が浮かんでおり、それは図星である事を示していた。

 

 

「……私は」

 

 

 

 恐らく自分自身でも気づく事のなかった感情と答えに愕然としているのか、イラストリアスは信じられないと言わんばかりに目を見開き我を凝視する。

 

 

「……あぁ……」

 

 

 ポツリと、彼女の瞳から涙が溢れた。今まで封じていた何かを解放されたかのように、それは止めどなく溢れていく。恐らく重度の精神病である彼女は明日には今日の事を忘れ、卑猥な言動で卿に迫る可能性だってあるだろう。

 

 

 今でさえグレンツェンの前では正気を保てているのは奇跡に近く、その理性のタガが外れればどうなるかは想像に難くない。

 

 

「私は……ただ……」

 

 

 

 我には彼女を治療する手段もなければ、彼女の心の闇を癒す事など出来ないだろう。何故ならこれは我が乗り越えてきた道であり、自らの手で解決しなければならないのだから。

 

 

「もうよい」

 

 

 

 だから我はそっとイラストリアスを抱き寄せた。彼女は抵抗せずにそのまま我の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らす。

 

 

 

「安心しろ。この事は誰にも話さんし話すつもりもない。ただ、一つだけ忠告しておこう」

 

 

 

 

 そう、これは我にできる事はこの女に理解と共感を示す事ではない。ただヒントを与えるだけ。

 

 

 

「今の卿はお前と体を重ねる事は決してない」

 

 

 

「……っ……」

 

 

 

 

 息を呑む音が聞こえた。だがそれは自ら告げた言葉に恐れを抱いた訳ではないだろう。卿に必要とされなかったらという恐怖が彼女に無言の悲鳴を上げさせているのだ。

 

 

 

 一度祖国から捨てられたという絶望が彼女の心に深い影を落とし、せめて肉欲で卿を籠絡しなければ捨てられるという強迫観念に囚われている。

 

 

 

 こんな状態では平時の卿はまずこの女を抱くはずも無い。今でこそイラストリアスも含めれば実質8人の妻を待つ男であるが、あれで卿の恋愛観や貞操観念は緩いどころか硬い方だ。

 

 

 

「だが、お前をどうでも良いと思っている訳ではない。薬を盛られたとはいえ手を出した責任感もあるだろう。お前の現状への罪悪感もあるだろう。エリザベス達にお前を任されたという責任感もあるだろう。しかし、一度でもあの男はお前の行動ではなく、お前自身を拒絶した事があるか?」

 

 

「……」

 

 

イラストリアスは無言で首を振る。予想は出来ていた。なんせ常人ならば一度でも薬を無理やり盛ってきて肉体関係を強要した女に嫌悪感や忌避感を待つのが当然なのだから。美貌や恵まれた豊満な肉体などでは許されない行為。

 

 

 だが卿はそれを許容し、禁じられた実験を行ってでもイラストリアスに向き合い続けている。

 

 

 

「もう一度問おう、卿がお前を拒絶した事があるか?」

 

 

 

「……いいえ、一度もありません」

 

 

 

 そう、彼は一度たりともイラストリアスを拒んだ事はない。ならば答えはシンプルだ。

 

 

 

「恐らく、卿は何かと理由をつけて近日中にお前をデートに誘うはずだ。実質軟禁状態のイラストリアスの気分転換に。精神病への治療として刺激を与える為に」

 

 

 

 

 じっとイラストリアスは我の目を見上げる。色欲に狂った狂人ではなく失う事を恐れた一人の女がそこに居た。

 

 

 

「その時に、お前の今の本音を伝えろ。恐怖、絶望、孤独、虚無感。それらを全て彼にぶつけるのだ。取り繕う必要は無い」

 

 

「っ……」

 

 

 

 焦り、恐れているのか今すぐにでも卿の元へ走り出そうとするイラストリアス。それを我は手首を強く握りしめて制する。

 

 

「今ではない。……だが、このマルタ島にいる間は時間がある。その時間でお前は自分の感情に向き合うのだ。お前は霧の中偵察もせずに艦載機を発艦させる無能では無いはずだ。ただ……少しだけ心の準備をすれば良い」

 

 

 

 グラスの氷が溶けたのか、カランと小気味良い音が部屋に響いた。

 

 

 

「……嫌な女と、思われないでしょうか?」

 

 

 

 手首を離し、グラスに再度ワインを注いでいるとイラストリアスがか細い声でそう言い放つ。ふざけているのだろうか?この女は。

 

 

 

 

「その程度の事で卿はお前を拒むはずがない。少しは我らの夫を信じてみろ」

 

 

 

 あのお人好しは今も我らを信じ続けているのだから。

 

 

 

 






・指揮官の地位

 指揮官本人はいまいち自覚はありませんが、はっきり言えば彼がその気になれば多少であればゴリ押しをしてでも軍部に提案すれば受け入れられる程の発言力をもっており、しかも厄介な事に毎回ある程度の道筋や納得出来る理由まで述べてくるが為にビスマルクの代行として働いている『義理の妹である』ティルピッツにとっては厄介な存在です。その上何かあれば指揮権の剥奪さえ出来る監督役のグラーフが甘々なのもあって……結果的に今回は理由をつけた上ですが、可愛い娘の頼みの為に基地のメンバー全員でサディアに言ってもいいかな!?なんてとんでもないお願いをしてしまう事に。とはいえ彼も今回の行動には流石に冷静になったらしく、今後は『控える』事でしょう。ここで二度とやらないなコイツと誰も信用してないのはある意味普段の行動のせいです。


・イラストリアス

 彼女本人が何故、どの様にこうなってしまったのかはまた後日。とはいえその根底はただ純粋に『自分の居場所が欲しい』という想いが強いのでしょう。彼女の立場は名目上では指揮官の妻ですが、他の妻と違い自由恋愛ではなく政略結婚によるものですし立場も後ろ盾も何もかも皆無。PTSDという結果を知る事ができた明石や、その治療の為に奮闘する指揮官すらも気づかない。イラストリアス本人すら自覚してなかったその焦りに気づいたのは同じく、世界を憎んだ事のあるグラーフだけでした。

・ヴェネト
 実はダイス判定ではビスマルクがエピローグで妊娠する事が確定して居ましたが、同時にヴェネトもまた即座に妊娠する事が確定していたり。それだけこの夜はとても甘く、蕩けた夜になったでしょう。よかったねグレンツェンちゃん。妹が増えるよ!


 アフターロイヤル編が少し重過ぎたこともあって、次回は今回出演しなかったリットリオ達の緩いエピソード。突如シュペー達に呼び出されたリットリオ。彼女が依頼されたものとは……


 コメント、感想、評価をお待ちしております。


指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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