「はい、という訳で…イェーイ!第一回マルタ島お菓子作り大会の開催でーす!!」
クラッカーを片手に亜麻色の髪の少女がハイテンションに叫び声が豪奢なキッチン内に反響する。だが盛り上がっているのは彼女だけだ。周囲の集められた女性陣は全員困惑して目を白黒させている。
「って……なんなのよ!ローネ!説明しなさいよ!」
本来であれば趣味のガーデニングの為にマルタ基地の花壇を弄ろうと予定していたヒッパーは遠慮なく不満を顔に表した。なお残りのメンバーであるシュペーとガスコーニュはどう対応すればいいのか分からない様子。
なんせローネ、本名ツィトローネの旧姓はヘルブスト。レッドアクシズの英雄であり、彼女達の夫でもあるヴァイスクレー・ヘルブストの妹。実質的には自身の義妹に当たる人物なのだから。
シュペーとガスコーニュは比較的大人しい性格だ。どこぞの甘味中毒男と違い周りにここまでよく言えばフレンドリー。悪く言えば馴れ馴れしい女が居ないので、ローネの行動に面食らうしかない。一方ヒッパーは完全に旦那と同じ様に扱う事を決めたようだ。
「いやー、ちょっと前にヴェネト様から連絡があった訳なんですよ。もうちょっとしたら兄さん達がなんと子供を連れてここにやってくるって!叔母さんですよ!叔母さんになっちゃいましたよきゃー!」
「んなもんどうでもいいっての!だから!ここに!私達を集めた理由を!説明しなさいっての!」
もーやだー!とくねくねと感情を体で表現するローネにイラッとしたのかヒッパーが怒鳴りつける。ローネはにへらーと笑いつつ話を続けた。
「まぁ簡潔に言えばシュペー義姉さんとはちょっと前に顔合わせましたけど他の人とは久々じゃないですか?」
「ねっ義姉さんって…」
末っ子であるが為に姉さんと呼ばれてシュペーは恥ずかしそうに頬を染め、マフラーに顔を
うずめる。
「私としては義理のお姉さん達の皆さんと親睦を改めて深めたい!じゃあやるしか無いじゃないですか……そう!お菓子作り大会を!」
「アルゴリズムの解析開始………理解不能。なんで…?」
ガスコーニュがあたふたとしながら、ローネに尋ねる。なおヒッパーはもう面倒くせぇなこの女!と嫌そうな顔をいよいよ隠そうともしなくなった。
「理由それはですね……私が楽しいからです!あっちょっと待て!ヒッパー義姉さんごめんって!2人連れて帰ろうとしないで!」
ずるずるとガスコーニュとシュペーの手を引っ張るヒッパーとそれを止めようとするローネ。なんだこの空間。なんだこの状況とヒッパーはさっさと本国に帰りたくなったのは当然だろう。
それでも「義姉さん」と呼ばれて否定はしない辺り、案外満更でもないのは秘密である。
ちなみにこの暴走フリーダム妹を止めるべき旦那はといえば現在サディアの全てに興味津々なグレンツェンを膝の上に載せながらヴェネトと和やかなに雰囲気に包まれている。
複雑な経緯があったものの、元々温和な性格のヴェネトと人懐こいグレンツェンが仲良く会話しているのを見て心癒されている指揮官が当然妹が来襲した上妻達を集めてアホな企画を考えているとは知る由もなく、もしその事を知れば「何やってんだよぉ!?マイシスター!?」と頭をはたき倒していただろう。
閑話休題。
「と、言うわけで……ツィトローネ嬢から頼まれたのでね。今回審査員を任せて貰うことになったよ、麗しきシニョリーナの諸君!」
現れたと同時に赤い薔薇をマジックのように手から取り出したリットリオは「キャーリットリオ様ステキー!」と黄色い歓声を浴びる……訳もなく何やってんだお前という視線を向けられながら優雅に一礼する。
「いや何やってんのよアンタ……仕事はどうしたのよ……」
「キミ達が大量のマンジュウを連れてきてくれたお陰で大半の作業は終わってね。かと言ってイラストリアスの事もありシニョリーナ達とのワインを楽しむなんて事も出来ない。そんな時に彼女に誘われた以上、このリットリオは謹んで受け入れさせてもらったという訳さ」
「つまり暇なんですね」
シュペーがバッサリと口にするがナンパをあしらわれ慣れているリットリオはそんな事では屈しない。ヒッパーはガスコーニュとグレンツェンの教育と精神衛生的にも大丈夫なのかと鉄血性の胃薬を喉に押し込んでいる。
とはいえナンパする女性が現在マルタ島にほとんど居ないという問題ではなく、トップシークレットであるイラストリアスの存在を隠す為に酒の一滴も飲まないという、言葉の裏に隠されメッセージはヒッパー達には伝わったようである。そんな事を知らないローネはウキウキと材料の準備をしているが。
「まぁとにかく!ツィトローネ嬢の要望にできるだけ応えられるように採点は公正にさせて頂くよ」
「あっ作るのは兄さんに渡す予定のクッキーなので!一応レシピ本なんかもここにおいておくので義姉さん達のクッキー楽しみにしてまーす♪」
イェーイとハイテンションなローネはそんな無茶振り発言を行い、あんたねぇ…!とヒッパーは青スジを浮き立たせる。
一方シュペーとガスコーニュは概ね意欲的ではあったがお菓子作りの経験は少ないが為、互いに顔を見合わせて不安そうにしている。それでも「やるしか無い」と覚悟を決めていたようだ。
何よりも自身の夫に美味しいクッキーを作ってみせるという想いは3人共通らしく。
「うん……特にやる事もないし、やってみよっか?」
「肯定。主(メートル)の妹さんがそういうのなら…」
「ちっ……こんな事ならグラーフみたいに適当な理由で部屋に籠っておくべきだったわ…」
各々そんな会話をしつつクッキー作りの開始のゴングを慣らすのであった。
「ヴェネト母様!この赤い建物はなんて言うんですか?」
「これは教会ですね。鉄血と違いサディアの教会は赤い煉瓦で造られるのが伝統なんですよ」
「へぇー!凄いですねぇ……でもなんで赤煉瓦なんですか?」
「それはですね……」
昼下がり、昨夜散々ヴェネトと甘い夜を過ごした俺は改めてグレンツェンとヴェネトの顔合わせに付き合っていた。
ほんの少しだけ心配もあったが直ぐに仲良くなったらしく、グレンツェンはヴェネトの膝の上でサディアの名所や名物を纏めたパンフレットを指差しながら義母に好奇心の赴くままに質問を繰り返していた。
「ヴェネト母様の説明はすっごくわかりやすいです!」
きゃっきゃと写真付きの観光パンフレットを見るグレンツェンの頭をヴェネトが優しく撫でている。こうしてみるとグレンツェンの白髪とヴェネトの銀髪は少し似ていて本当の親子のようにも見えなくはないか。
「ふぅ……」
「どうなされましたか指揮官様?ため息などついて」
ヴェネトが不思議そうにこちらを見る。あれ?ため息なんかついてたっけか?と少し考えたが疲労や悩みとは別の、軽い溜息だったと俺は気がついて苦笑する。
「いや……なんだろな。なんだかこう見てて平和だなぁって思ったら、自然にな」
そういいながら光を見つめる。ヴェネトに懐いたグレンツェンは彼女の胸を枕代わりにパンフレットをじっと眺めており、ヴェネトの優しい笑みと慈しむような手で頭を撫でられて猫のように目を細めている。
「……指揮官様」
ヴェネトはグレンツェンを撫で続けながら口を開く。何か大切な事を話す時の合図だと理解した俺は少し緊張で姿勢を正す。
「きっと、今まで緊張し続けた精神の糸
を張り詰めていたのでしょうね」
「……まぁ、な。ここ最近は割と……いや……うん」
理由はわかってる。イラストリアスの事だ。
自分が背負ったことだから、彼女を幸せにする事が政略結婚とはいえ夫としての使命だからとここ最近は常にイラストリアスの事ばかりを考え、他の子とベッドを共にしている際ですらつねにイラストリアスの事が頭の数%を閉めており、着実に精神をヤスリで削られるかのように摩耗し続けていた。
グレンツェンとイラストリアスが毎日顔を会わせるごとにグレンツェンは「大丈夫」なのか?と心の奥底では警戒していたし、イラストリアスが暴走するのでは?と常に気を張り詰めていた。
だがマルタ島ではその緊張から解放されていたのかも知らない。初日にヴェネトを抱き続け、責任から解放されて快楽に染まり。可愛い娘とヴェネトを挟んで甘い紅茶を飲んでいたお陰でその疲れも吹き飛んでしまったんだ。
……最低だな、俺って。
「これじゃあ厄介者扱いじゃないか、ときっと優しい貴方なら思うんでしょう」
まるでこちらの心を読み取ったかのようにヴェネトが声をかける。グレンツェンを膝で抱いたまま彼女は頭を優しく撫で続けている。
「指揮官様、指揮官様がどれほど努力なさったのか、私はよく存じています……ですが指揮官としての立場や夫としての立場。人道的な措置や鉄血軍人としての役目、それらに板挟みになってしまい、私には貴方は日夜傷つき続けていまる様に思えるのです」
「それは……」
ヴェネトは優しげ微笑みつつ頭に「?」マークを浮かべているグレンツェンを愛おしそうに撫でながら呟く。
「戦場においても兵士を治すための軍医が倒れては戦えません。焦る必要はないんです。好きなだけお菓子を食べて、好きなだけお風呂に入って、好きなだけお嫁さん達と甘い夜を過ごしても誰も怒りません。仮にあの人が暴走した所で直ぐに誰かがちゃんと止めてくれますから」
パチッと暖炉の薪が跳ねる音がした。
「ん……あふ……」
そしてヴェネトの胸の中で欠伸をするグレンツェンに微笑みながら、彼女は話を続けた。
「そして納得した上で……患者や妻ではなく、本音でイラストリアス本人と向き合えばいいんです。今、イラストリアスに何を求めるのか。そして指揮官様はどうしたいのか。貴方は貴方のペースでゆっくりと歩めばいいのですから」
「……ヴェネト」
「それに……」
彼女は少し恥ずかしそうにはにかみつつ、囁くように呟く。
「私も……その、指揮官様に愛して頂けるのなら……嬉しいですし……ね?」
そんな三人組の動向など知る由もなく、リットリオ達は皿に並べられた3つのクッキーを吟味していた。
「見た目はシュペーとガスコーニュのモノはシンプルだが……ヒッパーのクッキーは少し変わってる。それにいい匂いだ……ハーブを入れたのかな?」
「はぁ?毒入りじゃないから安心しなさいっての」
むっつりとご機嫌斜めのヒッパーはそっぽを向きつつ、ロープを片手に何かを縛っていた。むぐー!!とうるさく叫んでいるのはツィトローネ。
皆がクッキーを作ってる最中も後半のあまり馴れ馴れしく接した挙句、下半身に関わる事情まで追求し始めたのでこうしてヒッパーのゴヨウとなってしまった。
その結び方は最早お馴染みとなった亀甲縛りだ。ローネの胸や太ももが強調して見えてしまっているが自業自得だとヒッパーはキツくロープを縛る。
「むぐっ!むぐっー!」(酷いですよヒッパー義姉さん!私だって皆のクッキーが食べたい!あわよくばアルコールを飲ませた後色々と兄さん絡みの話題で盛り上がりたいんですよ!)
「あー、はいはい。クッキーなら後で食べさせてあげるからちょっと黙れっての」
最後に猿轡を噛ませ、ローネはもがき続ける。
「さて……じゃあ審査を開始しようかな?」
リットリオがそういうと3人は同時にクッキーを口に入れた。
「うん、美味しいね」
「評価。これはなかなか……」
2人の反応に満足したようにヒッパーは感情を隠しきれないのかドヤ顔を決める。そして少ししてリットリオの眉がぴくりと動いた。どうやら何かに気づいたようだ。
「成る程。ジャガイモを中に練り込んだのかな?微かだが芋の風味がしてハーブとよく合っている。何よりローストされたカシューナッツの甘みと香りが食欲をそそるよ」
ふむと品評するリットリオ。その言葉にヒッパーは内心ドキリと心臓を鼓動させる。
実はこのクッキーの生地には微量ながらジャガイモを練り込んでおり、ローストしたカシューナッツと混ぜ合わせていたのだ。ただしカシューナッツはパウダー状にして隠し味の風味付けとして微かに使用した程度であり、まさかリットリオにバレるとは思わなかったのだ。
「な、なんでわかったのよ」
「おや?忘れてたのかいシニョーラ。このリットリオの事を舐めないで頂きたい。立場上晩餐会やパーティなどにも顔を出し、舌はそこそこ肥えているさ。評価として美しい君が作ったものなのだから100点……と言いたい所だが、申し訳ない。それは他のシニョーラ達の者を試食してからにさせてもらうよ」
ふっとキザな笑みを浮かべるリットリオ。事実彼女は歴史あるサディアという国家を担う貴族の一員として、そして自国の料理文化の他国にアプローチするための宣伝役としての責務をこなす為に人並み以上の美食家としての側面を持っており、自身の料理の腕前も店が出せるとヴェネトが太鼓判を押すほどの腕前なのだ。
(変わり種の素材を使ってはいるものの、調理工程は基本に忠実、か。料理を食せばその者の性格が浮き彫りになるとはよく言ったものさ。余りヒッパーとは関わりがなかったが丁寧な仕事ぶりは几帳面な彼女とまさに一致している。それでアレンジを加える独創性は主体ではなく誰かを補佐する事で輝くタイプ。正に指揮官の秘書にピッタリだ。そして何よりもこのクッキーは相手を想う心を感じられる……優しい味だ)
リットリオは彼女の作るクッキーを口の中で味わいつつ笑みを浮かべる。口に広がるのは微かなジャガイモの香りとまろやかなカシューナッツ、それらに調和する様に計算されたハーブの風味。
「だがこれだけは言えるな。キミは彼を支えられる良いお嫁さんになれるとね」
そう微笑むリットリオにヒッパーは珍しく顔を真っ赤にしながら「ふんっ!既に嫁だっての!」と恥じらうのであった。
グラーフは昨夜からずっと思い悩むかの様に窓の外を眺めるイラストリアスをじっと見つめていた。その姿は同性の彼女の目からしても美しく、憂いを帯びた表情がどこか儚さを醸し出している。食事や風呂といった義務的な時以外は自室の窓辺から海を眺め、時折か細い言葉で何かを囁くように漏らすのだ。
昨夜はあれ程子供っぽい反応で何故指揮官様は私を抱いてくださらないのですか?などと口にしていた人物とは同一人物とは思えないが、これがある意味、本来の。正気のイラストリアスなのだろうとグラーフは納得する。
「わからないんです」
ポツリとイラストリアスは声を掠れさせてグラーフに話しかける。
「私が今何をすればいいのか?何を成せばいいのか?指揮官様をどう思っているのかも、全く。どうすればいいのかわかりません」
ぽつぽつとそのままの言葉で彼女は波は寄せる様に話しかけている。少し気にかかったがグラーフは黙って話を聞くことにした。
それまでのイラストリアスが常時発情した痴女の様な状態であるのならば今朝からのイラストリアスは真逆の状態だ。
覇気もなく、気力もなく。ただ窓の景色を見ながら過去の出来事を思い出している様な表情で、時折涙を流したかと思えばぼんやりとした様子でふらつく。そんな言動ばかり繰り返すのだ。
「グレンツェンちゃんも災難ですね。こんな咎人の子として生まれなければ……こんな私なんかの子として生まれていなければ、きっともっと幸せになれたはずなのに。私は、私は……なんて」
「やめろ。イラストリアス」
生きる意思が感じられない悲しみに満ちた言葉を聞き逃せずグラーフはたまらず口を挟んだ。
「自己と向き合い、進むべき道を探す。それは結構な事だ。だが自虐的になるあまり我が子を蔑ろにすることは許される事ではないぞ」
そういいながらグラーフはイラストリアスの肩に軽く手を置く。それに反応してか、彼女はゆっくりとグラーフに顔を向けた。その目には生気を感じず、ただぼんやりとしている。
「たとえお前の腹から産まれた子ではなくとも、お前が狂人であった際に産まれた子であったとしても。あの子はお前を母と呼び、慕っている。それだけは忘れるな」
その言葉に反応してか少し目を開くも、彼女は直ぐにまた虚ろな目の状態へと戻る。
「お前からすれば何を今更と問いたくもなるだろう。狂人として狂ったお前の治療する為に遺伝子情報が全く同じ子を生み出され、母にされたのだから」
改めて人道も、倫理も何もかもを無視した狂気の所業だとグラーフは嘆息する。こんな実験を行ったと外部にバレてしまえばそれまで築き上げてきた名声は地に落ちるだろう。
だが、それでも。指揮官は悩み、苦しみ、
それでもなお。ただイラストリアスの治療の為に彼は賭けに出たのだ。その勇気あるす行動と決断にグラーフは賛同こそせぬが納得している。
ある意味実験は成功したと言えるだろう。本来であれば常に夢と現実の区別もつかぬ状態であったはずの色に溺れた狂人がグレンツェンとの交流によって現世に意識を手繰り寄せたのだから。
そして昨夜のグラーフの指摘によってあるいみイラストリアスは指揮官達も知らない内に完治したといえるだろう。ただし、狂人としての行動を抑え込めただけであった。
PTSDと呼ばれる心的外傷を癒すには更に時間が必要になるだろう。それ程までにイラストリアスの心は前大戦の傷によって深く蝕まられていたのだ。
「月並みな言葉だが、卿と対話する決心が着くまでは悩み続ければいい。何を話すべきか、何を質問すべきか。過去と現在の折り合いを受け入れた時がお前が真に前を向ける時だろう」
グラーフはそれだけを言うと帽子で目を隠しながらソファーに座り込みもはや話す言葉は不要だと黙り込む。
「……そう、ですよね」
イラストリアスはボソリと呟く。何をすべきかわからない……否、何かしなければいけないという事だけはわかっているのだ。
しかし、それを言語化出来なければ歩みを進めることは出来ない。指揮官は間違いなく彼女に寄り添ってくれるだろうとはイラストリアスも理解している。
だが漠然とした不安すら口に出来ず、私は何を迷っているのでしょうか?と質問した所で彼を困らせるだけだろう。憂鬱な気分になりつつ彼女は今日も一日、また自室で俯くだけになるのであった。
「ふむ…サクサクとした風味の中にバニラの風味が絶妙だな。恐らく材料はバター、薄力粉、上白糖、卵黄とかなりシンプルなものかな?だが一般的なクッキーと違った独特の甘みが……もしやバニラアイスを生地に混ぜているのかな?」
「肯定。ガスコーニュはお菓子作りの経験がほぼ皆無。故にキッチンに用意されたレシピを漁って、材料も可能な限りシンプルかつ手軽に作れるものを選んだ。サクサクとした食感とバターの風味がバニラアイスによってまろやかになり、後を引く美味しさになっている……はず」
リットリオがサクサクと小気味の良い音を立ててクッキーを咀嚼すれば、ガスコーニュはどこか不安げに小さくなっている。
(シンプルイズベスト。ヒッパーのクッキーが変わり種ならガスコーニュのそれは王道と言えるもの。マニュアル通り、無難といえば無難。だがそれがいい)
リットリオは焼き上げられた生地のサクサクとした食感とバターの風味が感じられる舌触りに顔をほころばせた。
シンプルな故に誤魔化しや手抜きなどは出来ない料理という行為において、レシピに忠実に作るという行為は何よりも難しい。
だがガスコーニュの作ったクッキーにはその難しさを微塵も感じさせない。焼き加減、形、そして味。全てがレシピ本通り完璧に仕上がっている。
(恐らくガスコーニュは純粋、いや純真なシニョーラなのだろう。疑うことを知らず、教えられた事は決して曲げず、ただひたすらに真っ直ぐに突き進む。これは裏を返せばどんな色にも染まるという危険性を孕んでいるが、指揮官が側にいる限りは問題ないな)
リットリオはクッキーをまた一つ手に取りながらガスコーニュに向き合った。
「?」
きょとんとする彼女にリットリオはクスリと笑う。
「このサクサクとした食感とバターの香り、そしてバニラアイスによるまろやかな口どけ。これは正に王道だ。レシピ通り、マニュアル通りという堅実な仕事ぶりが見て取れる。これは指揮官もさぞ喜ぶことだろう」
リットリオがそう口にすればガスコーニュはぱあっと顔を明るくして喜んだ。指揮官への好意を一切隠さないガスコーニュにとっては何よりも嬉しい褒め言葉だったらしくその様子に和やかな空気が蔓延する。
相変わらず1人は亀甲縛りでむーむーと唸っているが。
「さて、最後のシニョーラのクッキーはシュペーのものかな?」
「うん……お願いします」
「ふふっ、別に敬語は結構だよ。互いに彼の妻として立場は同等。何より君の様な愛らしい子には畏まられても寂しいからね」
「そう?なら、遠慮なく」
シュペーがそっとリットリオに包装されたクッキーを手渡す。小さな可愛らしいハートの形に固められたそれはドライフルーツに砕いたシリアルを混ぜ込んだタイプのものだった。
「これは……また独創的だね」
リットリオが見れば、シュペーの作ったクッキーはまるで小さな宝石の様で、その形を崩さない様に食べるのが勿体無いと思えるほど美しかった。
そして、口に含めばザクリとした食感と共にドライフルーツの甘みとシリアルによるザラメの様な舌触りが感じられる。このザクザクとした歯ごたえはきっとわざとなのだろう。そう、まるで砂糖を煮詰めて甘さを濃縮させた上に更に糖蜜や角砂糖をまぶしたかの様な……。
「んっ……!…!?…」
咽せた。
思い切り咽せてしまった。
凝縮した甘味の暴力が脳を殴り付けた挙句、ねっとりと絡みつく粘着質な舌触りがリットリオの口内を蹂躙する様に暴れ回り、彼女は思わず涙目になりながらもシュペーに視線を向ける。
「指揮官好みの味に調整して見たんだけど……ちょっと甘すぎたかな?」
そう首を傾げるシュペーにリットリオは引きつった笑みしか返せなかった。
よく見渡せばガスコーニュとヒッパーもあまりの甘さに手が微かに震えており、亀甲縛りされた上猿轡を外して口の中にクッキーを放り込まれて即座に口を隠されたローネは最早悶絶して転げ回る始末。
リットリオは喉元までせり上がって来た吐き気を抑えながら考える。
(シュペーは指揮官の為にという事であれば一切の加減や躊躇なく動くタイプか……このクッキー……いや、これをクッキーと呼んでもいいものなのだろうか?ともかく私や皆が食べる事を想定しておらず100%指揮官に食して貰うつもりで作った物なのだろう。いやはや大人しい一途な少女かと甘く見ていたが……中々やるね、シュペー)
「シュペーあんた正気なの!?ちゃんと味見はしたんでしょうね!?」
「うん。指揮官の好みの味に調整する為に、何度も」
ヒッパーがシュペーを問い詰めれば彼女は平然と答える。
「で、でも……これはちょっと…甘過ぎる、と思う」
ガスコーニュも涙目になりながら訴えるがシュペーは首を傾げるだけだ。すると悶絶していたローネを見かねて猿轡をヒッパーは外した瞬間、彼女は「はぁー……」と溜息を吐く。
「いや……確かに私達にとっては甘過ぎると思いますけど兄さんの好みの味に調整したと言うならこれ程まで無い程に良い出来だと思います」
そう、ローネは涙目になりながらもクッキーを口にして感想を述べる。
「兄さんって昔から馬鹿みたいに甘党で目玉焼きにもメイプルシロップをかけるわ、角砂糖をおやつ感覚でかじるわ、とんでもない味覚の持ち主なんですよ?それを念頭に置いて調整したならこれ以上ない出来と言って良い程、いやなんならこのクッキーを水飴に漬け込んでから粉砂糖ぶっかけて渡しても喜ぶと思いますよ?」
ローネが早口に捲し立てればヒッパーもリットリオも渋々と納得せざるを得なかった。あの暴走列車ガールですらこうして認めてしまう程の自分達の夫の味覚のヤバさを再認識しながらも満場一致で結論づける他なかった。
「……優勝はシュペーでいいかな?」
「肯定。意義無し」
「なんかすっっごく納得出来ないけど……と言うかローネ!アンタなんであの馬鹿へのクッキーなんてお題にしたのよ!?」
「いやー……ちょっと兄さんの舌の事忘れてました。あっでもこの前兄さんも料理の手伝いとかしてくれたんですけどアレは普通だったから…」
ぎゃーぎゃーと怒るヒッパーにバツの悪そうな表情を浮かべるローネ。おどおどするガスコーニュが喧嘩?なのか辛口なのか焦る中シュペーはリットリオに向き直る。
「リットリオは作らないの?材料ならまだ残ってるよ?」
その言葉にリットリオは一瞬驚くがすぐに笑顔を浮かべると口を開いた。
「今回は控えさせて頂くよ。私なりに少し考えが浮かんだのでね」
「そっか」
シュペーはニッコリと笑う。
「なら、次を楽しみにしてるね」
リットリオもまたニコリと微笑めれば、シュペーも思う所があるのか感慨深そうに呟いた。
「……今回は参加出来なかったけどヴェネトさんやビスマルクさんにグラーフさん。それにイラストリアスさんやグレンツェンも含めて……また皆で色々作るのも楽しそうだね」
「そう遠くない未来に実現出来るさ。なんせ我々に時間はたっぷりとあるのだから」
リットリオの言葉にシュペーは一層笑みを深くして「そうだね。」と頷くのであった。
「にっっが……嫌がらせか?リットリオ?」
「ははっ!仮にも夫である君に毒を盛るだなんて謀略は考えないよ。ただカカオ100%のチョコレートをベースに作ってみたけどね」
余談であるがその後、リットリオは甘さのカケラも感じさせない程にビターなチョコレートクッキーをプレゼントしたのだが、グレンツェンやヴェネト達はヒッパーのクッキーと一緒に食べれば丁度良いと好評だったそうな。
お気に入り登録1000突破!これも応援してくださる皆様のお陰です。本当にありがとうございます!!
・指揮官とイラストリアス
指揮官は少しだけ介護疲れで精神的に疲弊しておりヴェネトが今は管理するマルタ島で過ごす日くらいは精神を落ち着かせようと。イラストリアスは痴女ムーブこそ治ったもののPTSDはまだ完治しておらず自分がいまはどうすればいいのか迷っておりグラーフにアドバイスを送られていましたが、結果的にはグラーフとヴェネトは似たような事を同時期に述べる結果に。なおグラーフもまた今のイラストリアスの状態を指揮官に話せば間違いなくイラストリアスにつきっきりとなってしまうが為に彼女が痴女から回復した事は話してはいません。
イラストリアスからすれば狂気が治ったと思えば自分が母親になっており更に全てを失った立場で、自己評価も地面にめり込んでいますので今は指揮官と話す前に自分の考えを言語化している様子。
・ヴェネトとグレンツェン(リトル・イラストリアス)
要約するとイラストリアスなんてどうなってもいいからあんな無茶な実験はするなと反対していたヴェネトでしたが、かといってグレンツェンを嫌う様な性格でもなく人懐こい彼女の性格と指揮官の子供という立場も合わさりあっという間に仲良くなりました。
・クッキー
ヒッパーのハーブクッキーは自分の趣味であるガーデニングでハーブを栽培しており料理にアレンジとして組み込みたくなったから。
ガスコーニュがバニラアイスクッキーを作った理由は指揮官との初めてな出会いで食べたバニラ味のジェラートが大好きになったから。
そしてシュペーのクッキーは99人が甘過ぎてこれは…となっても指揮官ただ1人が喜ぶクッキーを作りたいと頑張った結果です。
もちろんシュペーの味覚がダメという事ではなくお題が「指揮官に渡す予定のクッキー」となっていたが為にこのような惨事を引き起こしましたが仮に普通のクッキーというお題でしたらごく普通の味付けのシリアルドライフルーツクッキーを作ったでしょう。戦犯はローネです。
ちなみにリットリオのクッキーは自分がクソ甘いものを食べさせられた私怨+他者が指揮官専用クッキーを食べても大丈夫な様に苦くしたもの。カカオ100%のチョコクッキーと一緒に食べてやっと丁度いいクッキーになる辺りシュペーのクッキーは強烈です。
次回の予定は未定。このままイラストリアスと指揮官のお話をするべきかそれとも他国の戦後状況やビスマルクについて触れるべきか……もしよろしければ読者の方々も感想欄でこんなのが見てみたいなどと言うリクエストなどがあれば書き込んでくださいな。もしかすると採用させて頂くかもしれません。
コメント、感想、評価をお待ちしております!
指揮官の後世の評価はどうなる?
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戦争を終わらせた立役者
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サディアを救った救国の英雄
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ロイヤル最大の敵
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女の子に手を出しまくりの色を好む英雄