鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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第十一話 人類種の敵

 先ほどまで快晴だった天候はセイレーンの出現と同時に蜃気楼に包まれる様に霧が発生し、前方を視認する事は可能とはいえ、遠くの地平線の向こう側を見ることは最早困難となっていく。

 鉄血が誇る高性能レーダーによって敵の様子は確認できるものの、生半可なレーダーであればそれさえ狂ってしまい下手をすれば基地に帰る事が不可能となってしまっていただろう。

 

 通常ここまで濃い霧が発生するのはセイレーンの大艦隊が出現したケースや例外を除けばあり得ない。その例外の一つが目の前の人語を話す人型のセイレーンの出現を意味する。

 

 グラーフの渾身の打撃によって吹き飛ばされたピュリファイヤー。それを確認すると同時にシュペーとヒッパーは躊躇いなく主砲を構えるが、軍紀に従い無断で発砲せずに前方の襲撃者を睨みつけている。グラーフも艦載機の発艦準備も即座に完了し、後は俺の命令を待つだけで戦端が開かれる。だというのに

 

「少しだけ待ってくれ……アイツと話がしたいんだ」

 

 人類種の敵であるセイレーン相手に、俺は攻撃命令を出さずに交渉という対応を選択する。まさかの展開にシュペーとヒッパーは目を見開いて信じられないと言わんばかりの様子だ。

 

「何言ってんのよ!相手はセイレーンよ!? 」

 

「今回ばかりはヒッパーちゃんの言う通りかな……指揮官、理由を手短に説明して」

 

 非難するヒッパーに聞いた事の無い様な冷たい声で説明を求めるシュペー。それが鉄血軍人・kansenとして当たり前であり、自分でも余りにも非常識な行動をしていると理解はしている。

 

「人語を話すタイプの人型セイレーンとの接触は過去の事例でも少ない。話すだけならタダなんだ。仮に危険だと判断したら即座に攻撃命令を出すし、最悪三人の判断で行動してくれ」

 

「でも……」

 

 頭の中では理解している。シュペーやヒッパーはその行動がどれだけ危険なのか。そして強力なシールドがあるとは言え、強力なセイレーンと対峙した場合、最も命の危機に晒されるのは俺であり、2人は純粋に心配してくれている事も。

 

「……グラーフ。鉄血の幹部である君には俺の権限を剥奪する権限もあるはずだ。違うか? 」

 

「……」

 

「俺が間違っていると言うのなら今この瞬間、俺の権限を剥奪して縛るなり、軍法会議に突き出すなりしてもいい。でももし許されるのであれば……この賭けに付き合ってくれないか?」

 

「……了解した。卿の好きにすると良い」

 

「グラーフ!? 」

 

 ヒッパーの叫ぶような声が戦場に響き渡る。勿論シュペーも納得はしていない様子で主砲どころか魚雷も発射出来る様に前方を見つめており、シュペーの生態艤装の唸り声が船越しからと言うのに伝わってくる。

 

「我は卿を推薦した瞬間から卿に賭けている。それにピュリファイヤーが本気で我らの討滅を狙うつもりであれば単独でくる事は考えられない。我は卿の判断を尊重しよう。ただし」

 

「わかってる。皆の命を危険に晒すつもりも、ましてやここで死ぬつもりもないさ。シュペー、ヒッパー。そういう訳だから少しだけ付き合って貰うよ」

 

「……グラーフさんがそう言うのなら。でも指揮官。絶対無理しちゃダメだからね? 」

 

「あんたねぇ……! 」

 

「ヒッパー覚悟を決めろ。卿の艦隊に配属された不幸を呪うと良い」

 

「配属も何もグラーフが私に声掛けたんでしょうが!!もう知らないわよ!バーカ! 」

 

 シュペーはため息を吐きながら、ヒッパーも不承不承ながら、そしてグラーフはじっと血のように赤い瞳で俺を見つめつつも全員どうにか認めてくれた。だからこそ胃が痛い、こんな提案しておきながら本当に俺がやっていることが正しいのか分からなくて不安で胸を掻きむしりたくなる。

 

 

 

 本来なら問答無用で攻撃命令を出すべきだろうが、グラーフ達は構えつつもその瞬間を今か今かと待ってはいるが耐えてくれる、特にヒッパーの視線が痛いとはいえ、セイレーンの情報は余りにも少ない、その上人語を喋る個体数は少ないんだ、少しでも情報を吐き出さなければ。

 

 

 

「それで、何の様かな……ピュリファイヤー」

 

 

 

 出来る限り冷静な声で話しかける。ピュリファイヤーはゆっくりと近づいてきており、もう目視できる距離だ。先程の会話が聞かれている可能性はあるが、なら話が早くなるだけだ。

 

「へー?アンタら私に攻撃しない訳?こちとら泣く子も黙るどころか殺しかねないセイレーンだよ?こっちとしては幾らでも攻撃してきても構わないし、そっちの方が楽しいんだけどなー! 」

 

 

 

 意外そうな表情を見せながら物騒かつ交戦的な様子で挑発するかの様にシュモクザメの様な艤装に跨っている人型セイレーン。意思疎通は可能ではあっても話が通じないのは百も承知だが、少なくても今はその巨大な複数の主砲でこちらを吹き飛ばそうとする素振りや敵意は見せてはいない。俺達を試しているのだろうか?

 

「君の攻撃方法はある程度ならデータにあるよ。本当に俺達を殺すつもりならもっと効率的な方法、例えばレーダーの射程外からビーム砲撃で先制攻撃や量産機を引き連れて包囲しようとしたはずだ」

 

 

 事実、データの上では彼女はビームの様なものでこちらの部隊を薙ぎ払う。多数の量産機を連れて物量作戦を展開するといった、エクセキューター級に分類される人型タイプのセイレーンとも違う独自の行動が記載されていた。本気で俺達を殺すつもりならもっと効率のいい方法があった筈だ。

 

「ほほぅ、続けてよ」

 

 面白そうに長いポニーテールを弄りながらピュリファイヤーはニヤニヤとこちらを見つめている。どうやら相手の興味を引くことには成功した様子だと内心笑いつつも、自分に余裕は微塵もなく、むしろ口を開いている方が楽になると思い更に言葉を重ねてみせる。

 

「なのに君は単独行動。そして最初の突撃を除けば敵対行動はしていない、何か俺達に敵対行動以外の目的があるんじゃないか? 」

 

「答えなければ? 」

 

「過去に君を撃破した報告は何度かあると知ってるんだ。出来る限りの抵抗はさせてもらうよ」

 

「成る程ねぇーあっはっはっ!! 」

 

 半ば本気、半ばカラ元気で返答すると面白そうに高笑いをするピュリファイヤー。レス島で人を小馬鹿にする様に笑っていたあのロイヤルの戦艦の少女とは違い、こちらは本心からの笑い声に聞こえてしまう。

 

 笑ってはいるが次の瞬間、じゃあお望み通りにしてやるよ!!と砲撃される可能性があるのだから緊張で手はびっしょりと濡れていく。

 

 

「んー?面白い子が来たからね!ちょっと見に来ただけだよ? 」

 

 

 ひとしきり笑い終えた彼女は「はて?」と言いたげにそう言い切り、こちらの反応を伺っている様だ。

 

 ……それって俺の事だろうか?というか指揮官の情報はどの国でも機密情報だと言うのに漏れているだと?警戒を一段階あげつつ動揺を見せない様にしながらゆっくりと返答する。

 

「そっか……でもさ?さっきの攻撃だけどさ?うちの子が守ってくれないと下手すると俺死んでたんだけど」

 

「そりゃアレで死んでたらその時はその時だよ、いい部下をもって羨ましい限り」

 

 

 あっコイツやばい奴だ。セイレーンは人語を話しても話が通じるとは限らない、一気にグラーフ達の殺意が増してきた事を感じるがピュリファイヤーは全く気にしない。

 

「さっきから黙ってるけどさ?ヴァイスクレー・ヘルブスト指揮官に任せきりなのはどうかと思うけど?アドミラル・ヒッパー?アドミラル・グラーフ・シュペー?そしてグラーフ・ツェッペリン? 」

 

「……っ……」

 

「おおっ怖い怖い、一気に殺意が増したなー?情報を何で知ってるかって?んーんーそれは答えられないかな?はっはっ悩め悩めー♪ 」

 

 成る程、相手は俺の名前どころかこの艦隊の皆の名前すら知ってるのか……ロイヤルのスパイ対策だけではなく、また防諜についてビスマルクさんに色々と伝えないといけないな。

 

 とはいえ相手は挑発する様にお前達のことは何でも知ってるぞと伝えてはくるものの、逆に言えばそれ以上の事はしてこない。

 

 そしてわざわざ言う必要もないこちらの情報を暴露するあたり、こちらを試しているのか、それともただ口が軽いバカなのか?

 

 ……後者であって欲しいが希望的観測はやめた方がいいだろう。そうか、相手はこちらの情報を色々既に掴んでいるのか。ならこっちにも考えはある。

 

「あっ一応、こっちも今救援要請を送らせて貰ったよ。悪いねピュリファイヤー」

 

「えっちょ……はぁ!? 」

 

「んっ?それは別にいいけどさ?別にこっちに伝えなくてもよくない?君バカなの? 」

 

「はっはっ、君相手に机の下で足を蹴り合う交渉は不可能だと感じたからね。なら最初から隠し事はなしで全力で言葉で殴り合ったほうが話は早いだろ?ノーガード戦法って訳さ」

 

 ヒッパーどころかグラーフ、シュペー、そしてピュリファイヤーまでも信じられないものを見るような目で見つめてくるが、どうせここまで情報が漏れてるんだ、黙って救援要請しても即座にバレるだろう。

 

 だからこそ敢えてマンジュウに緊急通信を命じて援軍を送ったと暴露した、少なくても目論みは成功した様で相手の興味を更に引くことは成功した様だ。それにしても援軍が来たと言うのに全く慌てる様子もないのは自分の強さに余程の自信をもっている証拠なのだろうか?

 

「成る程成る程、問答無用で私に死ねしないだけキミは面白いって事がよく分かったよ。いやー過去にあったkansenや指揮官は私を見ると同時に砲弾で応える連中ばかりでさ?全く失礼と思わないかなー?」

 

「喜んでもらってなにより、じゃあ援軍が来るまでの間、仲良く交渉のテーブルにつこうじゃないか。ケーキと飲み物ならすぐにでも甲板に用意できるけど、どうする?毒を警戒するなら俺が先に」

 

 すると、ピュリファイヤーは耐えきれなかったのだろう。肩どころか全ての艤装を揺らして腹を抱えながら思わず爆笑していた。

 

「け、ケーキって!……セイレーン相手にケーキって……!いや、本当キミ面白いね?私を見てそこまで言い出すやつは初めてだ!怖くないのか?憎くないのか?私はお前達の街や村や人々を焼いたセイレーンだよ? 」

 

「その気持ちがない訳じゃないよ、俺が指揮官になった理由の一つは君達への怒りだ」

 

 冷静になるんだ。心を落ち着かせる為に軽く深呼吸をして手を握り締めながらハッキリと目の前のセイレーンに自身の想いを伝えてみせる。

 

 それは間違いなく自分の本心、今でこそ鉄血は本土をセイレーンに襲われても即座に対応できる程の防衛や警戒網を創り出すことに成功したが、数年ほど前までは今より鉄血は……地獄だった。

 

 毎日の様に現れるセイレーン、後手に回るしかない海軍。そして連日ラジオで放送される焼かれた街や被害状況。

 

 燃料の備蓄は減っていき、資源は底が見え始め、戦力の拡充も満足に出来ずに終わりの見えない戦い。閉鎖感が国中に蔓延し、困窮の一途辿っていく。

 

 それが今の様な状況にまで回復したのは、全て海軍の指導者ビスマルクさんのお陰だ。いたずらに戦力を消費しない為にkansenを中心とした警戒網、防衛網の構築に、職を、食を、家を失った人々の為の新たなる生活の場の提供。

 

 そして、大々的にキューブ適正を持つ指揮官となり得る存在を選抜する検査の実施……その結果俺はその検査に合格し、こうしてこの場に立っている。

 

 

 俺は忘れたことはない。自身の故郷は襲撃を受けず、被害がほぼ無かった事は幸いではあったが、連日隠さずにラジオで流れてくる死亡者の報告を。

 

 適正があると選ばれた時の喜びを、軍に入って知る事になったビスマルクさん達がどれ程までに身を粉にして鉄血の為に、同胞を護るために尽くしていたのかという覚悟を。

 

 そして、街を焼き払い。人々を傷つけ。無差別に殺戮し、人類の蒼き航路と美しい海を奪ったセイレーンへの怒りを。

 

 

「でもね……だからこそ、君達の事を知る必要があるんだ。君達の目的はなんなのか?君達は何を思って俺達に攻撃をしてくるのか?そして……君は俺をいつでも奇襲で殺せたはずなのに何故わざわざこうして交渉のテーブルに着こうとしてくれたんだ? 」

 

 

 正直一介の指揮官、それも配属されてまだ一ヶ月もなってない人間を指定して、わざわざ情報まで開示しつつセイレーンが話に来るなんて古今東西俺が知る限りは一度もない。自分が偶々初めてのケースだなんて事も思えず、わからない事は相手に聞くしかないのだから。

 

 だからこそ今は自分を押し殺すんだ。自分の怒りや恐怖で全てを台無しにして後悔するよりも。例え死の危険性があってもセイレーンが自発的に接触するという状況から、黄金よりも貴重な情報を手に入れ、鉄血の為に持ち帰る必要があるのだから。

 

 それでも、死ぬのは俺とマンジュウだけでいいように、いざとなればヒッパー達だけは逃がす為に必死で退路や逃亡手段を試行しつつ、こちらの感情を悟らせない様にピュリファイヤーとの対話を進める。

 

 ピュリファイヤーはニヤニヤしていた嘲笑うかの様な笑みを辞め、少しだけ思案する様な表情に。そしてヨシ!と一言呟いたかと思えば

 

「んー?流石に今の段階ではキミに教える事は出来ないかな? 」

 

 と返されてしまった。

 

「それは俺が君から見ると不合格だったからなのか?それとも保留で俺達が君の判断基準を満たせば口を開いてくれるのかい?」

 

「さぁね?その辺の所はオブザーバー辺りに聞かないと教えてくれないだろうしねー」

 

 オブザーバー……観察者?そんなセイレーンの名前は聞いた事ないがピュリファイヤーの上位個体か何かだろうか?一つ情報が増えたものの、掴みどころのないピュリファイヤーとの会話は精神が疲れる……苦手なタイプの性格だ。

 

 それでも今回の会話で新種のセイレーンだけではなく、彼女が嘘をついていないのであればセイレーン同士の上位個体は協力し合っているという事は判明した。

 

 彼らが何をしようとしているのかは分からないが、俺の名前を中心に鉄血の機密情報を掴んでいて、必要であればこうして接触してくる辺りただ人類を抹殺しようとする殺戮兵器なのではなく、なにか別の目的があるのではないかと言う事も。でなければ俺は今頃海の底にその骸を晒していただろう。

 

「んー、でもなぁ……こうして話してる訳だしここでお別れってのも君も私もつまらないよね?」

 

 ピュリファイヤーは少し悩む素振りを見せながら、シュモクザメの様な艤装をトントンと指で叩きつつ俺を見つめてそう口を開く。

 

 まぁ、いきなり人型セイレーンに襲われたと思ったらこんな雲を掴む様な会話に発展したのだから。折角の機会を逃す訳にはいかないが。

 

「じゃあ特別に情報を一つあげるよ、それはロイヤルは君じゃなくて、そっちのデカ乳女の暗殺を狙っていた事」

 

「……グラーフを? 」

 

 ピュリファイヤーはビシっとグラーフを指差すと、グラーフ自身は少し困惑してした様子でピュリファイヤーを睨みつける。デカ乳女と言った瞬間迷う事なくグラーフを見つめたせいでヒッパーに少し睨まれるが気がつかないふりをする。

 

 そして同時にセイレーンは鉄血だけではなくロイヤルの情報も握っており、バルト海海戦に至るまでの経緯も把握しているという事実に気がつき、セイレーンが油断ならない存在だと改めて理解する。

 

「グラーフをね……つまりロイヤルがグラーフの情報を掴んでピンポイントに狙っていたという事か」

 

「まぁそんな感じ。ワクワクしてたのかも知らないけど基地に配属前の下見で何回も来てたでしょこのデカ乳女。そんな風に無駄にデカい乳を揺らしながら何回も何回も見に来てりゃ、ロイヤルに多分コイツここ所属だなってそりゃバレても仕方ないよなぁ!はっはっはっ! 」

 

「卿、今すぐ艦載機の発艦の許可を」

 

 

 グラーフの胸を指差しながら嘲笑うピュリファイヤー。図星なのか苦い顔をしながら射殺すようにピュリファイヤーを睨みつけるグラーフ。成る程……同時にロイヤルは国内にスパイを派遣していると暗に教えてくれたのか。

 

 そして、ロイヤルが国内にスパイを派遣していて鉄血の事を調査しており、同時にセイレーンはロイヤルと鉄血の状況を理解している。

 

……こちらにとってはかなりの収穫とはいえ情報量の多さに頭がパンクしそうだ。まさかセイレーンからのリークによってロイヤルの情報を掴む事が出来るなんて。

 

 とはいえ目の前のセイレーンが嘘をついている可能性も捨てきれないのだから鵜呑みにする訳にはいかないが。

 

「信じるか、信じないかはそちら次第。まぁ今回の情報はサービスって事で、キミが頑張ればきっとまた会うことになるだろうし……その時を期待しといて欲しいかな? 」

 

 屈託のない、それでいて内面が読めない笑みをピュリファイヤーは浮かべている。

 

「……まあ、期待はしないでくれよ?……情報はありがたいがセイレーンにあって仲良く情報交換会なんて、こっちからしたら各国にバレたら殺された方が多分マシだ」

 

 

 少しため息を吐きながらも、そう返す。また会ってくれるのはありがたいとは言え、仮にこんな事がバレればアズールレーンに何を言われるのか分かったもんじゃない。そしてピュリファイヤーがまたこちらに接触する可能性が増えたことに、ただでさえパンクしそうな頭が今にもキャパシティを超えて破裂しそうになる。

 

 あれか?これはアレなのか?俺達はセイレーンの興味深い対象になって窓口になったって事なのか?

 

 

「ま、それもそうだね! 」

 

 

 そんなこちらの内心を知っているのか知らないのか。カラカラ、と笑うピュリファイアーには微妙についていけなくなる。

 

 ……ともあれ、俺達はセイレーンに目をつけられた事、と言うのだけはなんとなく理解は出来た。何故新人である俺に目をつけたのか?バルト海海戦で生き延びた事が原因なのだろうか?それとも……理由はまだ読め切れない。

 

 

「それじゃ、顔合わせはこんな所にしておこうかな」

 

 ピュリファイアーはマイペースにそう口にすると、クルリと背を向けて去ろうとする。このまま見逃すべきか、それとも鉄血の軍人として攻撃するべきか。シュペー、ヒッパー、グラーフの視線を感じるなか、俺は。

 

「あー、ならちょっと待ってくれ……おら!受け取れ! 」

 

「へっ? 」

 

 全力で甲板に走り出すとピュリファイヤーに向かって袋を投げつける、最高機密である自身の姿を晒してしまった事は理解しているが、名前とこちらの情報を掴んでいる彼女には今更だと判断したうえだ。

 

 投げつけられた袋は弧を描いてピュリファイヤーに……届かなかったが慌ててピュリファイヤーは艤装を起動させると、その袋を手で慌ててキャッチして見せる。

 

「んっ何これ……菓子? 」

 

 その中身は第二遊撃艦隊にも送った基地近くの街で販売されているものを取り寄せた、お菓子の詰め合わせセット。

 

 ジンジャークッキーに、粉砂糖をまぶしたシュネーバル(丸いクッキー)。チーズを使ったケーゼトルテ(チーズタルト)に、マフィンとさまざまな焼き菓子が入っており、何かと縁がある未成年の先輩指揮官が指揮する艦隊に救援された時用に船の中に準備をしていたものだ。

 

 交渉には誠意と対価とナイフが必要、誠意(攻撃を取りやめ)とナイフ(ヒッパー達の存在と救難信号)を見せつけたんだ、最後に土産としてこれくらいの対価も必要だろう。

 

「情報を貰った感謝の気持ちと、顔合わせの記念。そして今後の再会を期待してのこっちの気持ちだ。次は戦場で撃ち合わずに平和的にやり取りができる事を願うよ」

 

「……ふーん……じゃあ遠慮せず貰っておこうかな。じゃあ帰るよ」

 

「あぁ、またな」

 

 背を向けるピュリファイヤーに別れを伝えると、彼女は一瞬だけ硬直して再びこちらを見る。

 

 その表情は少しだけ驚いた様子で……セイレーンもそんな顔するのか。まぁ意趣返しが上手くいったようで何よりだ。ついでセイレーンにはお菓子を食べる文化と、菓子を食べるだけの胃袋を持っているという情報もついでに頂いたが。

 

「なんだよ?帰らないのか?早く帰らないと、こっちが要請した援軍が来るぞ? 」

 

「……なんでもなーい、じゃあまたねー」

 

 ヒラヒラと手を振ると今度こそピュリファイヤーは帰っていく。シュモクザメの様な艤装に跨ると猛スピードでこちらに背を向けると……やがて見えなくなり、レーダーからその反応も消えてしまった。

 

「あれ、本当に何だったんだろうな」

 

「いや、それよりなんで普通にセイレーンと仲良くお話しして菓子投げつけてんのよあんた……」

 

 最早怒ることすら疲れた様子で完全に呆れながらヒッパーがため息を一つ、賭けには勝って情報をたんまりと仕入れる事に成功したが、正直俺も……疲れてしまった。

 

 これから帰ってやるべき事は幾らでもある。不確定とは言えロイヤルはグラーフの命を狙っており、スパイが既に国内に入り込んでいると言う事。セイレーンから得た数々の情報、そしてまた人語を話すセイレーンに出会う可能性があると言う事実。

 

 伝えなければ、ビスマルクさんに。そして備えなければ、ロイヤルとピュリファイヤーの脅威に。

 

「指揮官、取り敢えず救難信号は解除しようね? 」

 

「我がデカ乳女か……戦う時は邪魔になり、時にジロジロとこの胸を見られる者の気持ちが分かるか?全く好きでこうなった訳でも無いと言うのに……」

 

「はぁ!? 」

 

「ヒッパーちゃんステイ、気持ちは分かるけど主砲をグラーフさんに向けるのはやめようね? 」

 

 

 気が緩んだのかワイワイと騒ぐ3人を見て、あぁ今回も生き延びたのかと実感が改めて湧くが、同時にどう考えても新人の俺一人に背負う事態じゃない事に今すぐ頭を抱えたくなる。

 

 取り敢えず報告書にこれなんて書こうか?いや寧ろビスマルクさんに直接伝えるべきだろうか?と思いながらパトロールを中断して、帰路に入る俺達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鉄血からの返答は無しか……」

 

「ええっ。通信を送りましたがどうも国内が落ち着くまでの間、戦力を派遣することは難しい、あと少しだけ待って欲しいと」

 

「それは事実か嘘かは関係ないさ。なら計画から鉄血を除外して行動に移そう。そうすれば鉄血も黙ってはいられない筈だ」

 

「作戦の第一段階、第二段階、そして最終段階……長い作戦にはなりますが計画の立案は貴方に任せます」

 

「任された。貴女は期待して待ってくれ。最後に笑うのは決まっている」

 

 

 

 

 

ーーこのリットリオとサディア帝国なのだから。

 

 




・ それは間違いなく自分の本心、今でこそ鉄血は本土をセイレーンに襲われても即座に対応できる程の防衛や警戒網を創り出すことに成功したが、数年ほど前までは今より鉄血は……地獄だった。

指揮官の出身である都市フランクフルトの被害は軽微だったものの、セイレーン大戦の結果多くの沿岸部の都市は焼き払われ、航路を奪われた人類は食糧危機に見舞われ、セイレーン戦のノウハウも少ない為に餓死者といった二次災害も含めて多くの人々が犠牲となっていきました。

そんな中ビスマルクは軍だけではなく、公王陛下や宰相からの信頼を勝ち取り、内政的な改革も不眠不休で行い、その改革の結果がセイレーンに対抗する為の力であり、圧倒的な科学力。世界に名だたる列強諸国。とりわけ強大なユニオン、ロイヤル、重桜に並ぶ四大勢力と呼ばれることになる地位なのでした。

ビスマルクがもし実績と信頼を得なければレッドアクシズの結成も無く
、優れた指導者である彼女は鉄血の多くの人々の命を救う慈悲深い女神でもあり、臆すること無くセイレーンに立ち向かう姿は物語における気高き戦乙女でもあり、だからこそ鉄血の人々はビスマルクに全幅の信頼を寄せています。その弊害も多数存在するとは言え、指揮官はそんなビスマルクを尊敬しており、彼女のセイレーンと言う毒を以て毒を制するという思想に共感を受けています。

また、実は第二遊撃艦隊の指揮官もそんなビスマルクの改革に触れてきたようで……その辺りの描写もいずれさせて頂きます。

・ただでさえパンクしそうな頭が今にもキャパシティを超えて破裂しそうになる。

今回指揮官が得た情報は証拠もないのではっきりしませんが
①セイレーンは鉄血とロイヤルの情報を指揮官の名前や艦の名前に至るまで把握している
②ロイヤルはスパイを用いてグラーフの存在を把握、イーグル達を使った襲撃によってグラーフ・ツェッペリンの暗殺を測っており、特務部隊の一員であったジャージーが気にしていたのもその事実なのでした。
③セイレーンは何故か歳若いヘルブスト指揮官を名指しで注目している
④セイレーンも喜怒哀楽が存在しており、殺戮のためでは無くなにかの目的をもっている。
⑤お菓子を嗜好品だと認識する程の知識を持っており、恐らく食する事が可能である事から少なくてもピュリファイヤーは人類やkansenと同じような味覚を持つ

これらを追加で報告されたビスマルクはまた休暇が遠のいたと目のハイライトが消えてしまったのは言うまでもありません。とはいえロイヤルの捕虜達にはセイレーンから実は目的を教えて貰ったとは言える筈もなく、今まで通りの対応となるようですが。

指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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