ロンドンとの媚薬騒動。更にビスマルクさんによりサディア帝国への派遣が命じられ一週間が経った。俺達は国外にしばらくの間派遣される事になり、その引き継ぎ作業の為に、部隊の皆は慌ただしい日々を過ごしている。
俺達が所属するキール第三基地はしばらくの間無人経営となるが、何もしないでいい訳じゃない。非常時のマニュアルの作成から、サディア行きの準備とやるべき事は幾らでもある。
マンジュウは以前、媚薬と砂糖を間違えるというとんでもないミスを起こしてしまったが、労働力として優秀極まりない。パトロール、農業、メンテナンスに料理と学習型AIによって仕事の精度は高められていく。
マンジュウにはセイレーンから鹵獲した艦艇の技術が使われていると風の噂で聞いたが……仮に本当ならセイレーンはどんな顔をするのか少し楽しみだ。殺戮機械の量産機を鹵獲された挙句、可愛いヒヨコのマスコットのような存在にその技術が使われる。鉄血なりの意趣返しと思えば悪くないだろう。
戦争の長期化、そして戦後を見据え、指揮艦の操舵を担当する為に連れて行くマンジュウを除き、無人基地でも運用に問題ないかこれをきっかけに実験を進めるようだ。グラーフ曰く理論上ではマンジュウだけでの基地運営も可能なものの、これに関しては結果を見ないと分からないのだから何もいえなかった。
また、本来俺達が担当するパトロールといった戦闘に関する業務はグナイゼナウさんが旗艦を務める第二遊撃艦隊が担ってくれる事になった。結果的に2回も命を救ってくれたあの艦隊には何かと縁があり、感謝してもしきれない。
なので業務引き継ぎの為に派遣されたグナイゼナウさんとの話し合いの最中、以前のように菓子折りを渡す事も忘れなかった。別に渡さなくても良いがこう言うのは気持ちの問題。相手も菓子折りを渡されて嫌な顔はしないだろう。
本来ならまだ13〜14歳らしい向こうの指揮官に会いたかったが、彼女曰く業務で忙しいらしい。遊撃艦隊としてセイレーンが現れれば真っ先に援軍に向かう事になる先任指揮官。いつか直接顔を合わせてお礼を言いたいと思っていたが、今回は残念だと思って諦めるしかないか。
「ありがとうございます。お返しはまた次回に。それと……サディアに行くと聞きましたがお気をつけて下さい。嫌味に聞こえるかもしれませんが、あなたの行動一つ一つが鉄血そのものであると考えて頂いても構いません」
菓子折りを片手に頭を下げつつも、直後の彼女の発言に思わず背筋が伸びてしまう。自身がもし、サディアで問題を起こせば最悪外交問題に発展しかねない。グラーフ達だけではなくビスマルクさん、引いては鉄血の品位や公王陛下の名誉に関わりかねない立場なのが今の自分だ。そう、改めて心に戒める。
「まだ、着任二ヶ月程度でこの大任は貴方としても思う所はあるでしょう。政治に関わるのは面倒なのは確かでしょう。しかし、それだけ上層部は貴方を評価していると言う事です。その事を決して、忘れないで下さい」
厳しくも、優しく。そしていくらかの同情も入り混じった複雑な表情で俺を見つめてくるグナイゼナウさん。まるで過去に彼女達も政治に巻き込まれた経験があったかの様に思えてくるも、それ以上の追求は出来なかった。
そう言ってお互い敬礼を行いグナイゼナウさんとは別れる。彼女の言う通り、正直政治は面倒だと、関わりたくないと思う気持ちはある。
それでもグラーフは期待してくれると言ってくれた。ヒッパーとシュペーは支えてくれると言ってくれたんだ。彼女達の想い、そして尊敬からビスマルクさんの期待に応える為に、拳をぎゅっと握りしめる。
あと一週間。それまでに必要な業務と準備を全て終わらせ、何事もなく無事でサディアに辿り着く事を願おう。まずはそこがスタートラインなのだから。
だが俺は忘れていた。
着任以来俺達は呪われてるかのように厄介ごとに巻き込まれており、何事もなく、平穏無事に赴任地に向かう事なんて到底出来るはずもなかったんだ……
サディアに向かう2日前の最後のパトロール。その日はいつもの様に快晴で海も穏やか、不審船、セイレーンは勿論ロイヤルの姿もなく、皆リラックスした様子で辺りを見渡していた。
「こうも平和だとなんか不気味ね。今までロイヤルのバカがこっちに介入し続けて来たことが異常なんだけど」
唸る生体艤装の頭を撫でながらヒッパーは軽く背伸びして愚痴るように呟く。実際の所はロイヤルよりもセイレーンと交戦した回数の方が数は多いとはいえ、それだけ彼女にとっても印象深いんだろう。
「ロイヤルねぇ……」
「んっ、どうしたの指揮官? 」
シュペーはそう言いながらも、ヒッパーと同じく生体艤装を撫でている。心なしかシュペーの生体艤装は大人しく、ヒッパーの生体艤装は荒々しい性格の様に感じるが、ペットと同じように飼い主に性格が似るんだろうか?今度報告書に軽く書いてみようと思いながら、指揮艦の横に並走するシュペーに声をかける。
「いやね。サディアがあれだけ派手にやらかしてるのにロイヤルが沈黙してるだろ?もしかして最近ロイヤルをここいらで見かけない理由は、向こうでの行動を優先してるんじゃないのかなってね」
サディアが現存艦隊主義を放り投げて国家の総力をかけてセイレーンの大艦隊を撃破した後も、あの国なら声明の一つや二つは出してもいいはずだと言うのに、ロイヤルは沈黙を保っている。
今までのロイヤルであれば融和政策であればセイレーンへの攻撃を優先したサディアの作戦行動を口先だけとはいえ評価する声明を送ったり、建設中であるらしいセイレーンの前哨基地への共同攻撃の提案をするはずだ。
そうしてレッドアクシズの一員であるサディアをこちらに取り込む、或いは鉄血やヴィシアとサディアとの間に声明によって不和の種をばら撒こうとしてもおかしくない。
強行的であればセイレーンの基地を攻略する為の準備を進めるサディアに、地中海唯一のアズールレーン。ロイヤルの領土であるマルタ島を攻撃するのではないか?と牽制の為の声明の一つでも発表してもおかしくない。
ロイヤルは自らの正義を世界に示す為であれば、世論を味方に付けようと牽制であれ謀略であれ、声明を発表してもおかしくないんだ。だと言うのにロイヤルはサディアの作戦行動後も不自然なまでに沈黙を保っている。
なにか秘密交渉でもサディアでしているのか、或いは……捕虜を取られて動きにくい鉄血領海での作戦行動と違い、なにかサディアを相手にやらかす為に謀略の一つでも企んでいるのでは?
考え過ぎかも知れない。サディアが鉄血に援軍を要請したのもただセイレーンの前哨基地を叩き、レッドアクシズとの結びつきを世界に示す為でそこにロイヤルは関係ない。そもそもロイヤルは触らぬ神に祟りなしと面倒ごとに巻き込まれない為に何もしない可能性の方が高いんだ。
サディア、ロイヤル、そして鉄血。それぞれの政治的な思惑が入り混じった地中海。願わくばサディアと鉄血が握手するだけで穏便に本国に帰還したい。
「あんたねぇ……色々と面倒な事考えてるようだけど、結局の所決めるのはサディア上層部だっての。あんたがやるべき事は向こうで失礼にならない様な行動をして、セイレーンと戦うんなら、いつもみたいに私達に任せりゃ良いんだから」
うん。ヒッパーの言う通りだ。もう正直な話、政治やら何やらとクソ面ど……新人指揮官である自身の領分ではなく、願わくば、事が大事になっても蒼き航路を守る為に、セイレーンを倒すだけの簡単な作業である事を願いたい。
……実際、未だに指揮官として未熟な自分には完全指揮なんて行えば醜態を晒しかねないけどね。サディアに向かう途中そう言う事も含めてまた皆に相談してみるか。
「サディアの方でも何かやってるのかな?手広いと言うか、無茶苦茶と言うか…」
「まあ、うん。とにかく行ってみれば分かることかな?頼りにしてるよ、皆にはね」
と、シュペー達とそんな話をしながらもパトロールはそろそろ終了だ。帰投する為にマンジュウに指示を出し、そういえば幹部であるグラーフは兎も角、シュペーとヒッパーはマインツの事を知ってるのかな?なんて考えながらふとレーダーを見つめると。
鳴り響く艦内アラート。
突如として海霧に包まれてゆく視界。
そして、猛スピードで急速に接近する敵性反応。
「またかよぉぉ!?」
「まただよぉ!!ハッハァ!!」
デジャブな光景に思わず絶叫してしまうと同時に海に響き渡るのは狂気的な受け答え。視界に映るのはシュモクザメの様な艤装に跨る、青白い肌に薄紫色の背丈を超える程の長い髪をポニーテールにした半袖のセーラー服姿の顔立ちの整った少女。
「ひゃっほぉぉぉい!!!」と叫びながら猛スピードで向かってくるその姿はシュールでありながらも明確な命の危機を感じる。急いでシールド展開するも間に合いそうにない、シュペーとヒッパーの慌てた声をバックコーラスにして指揮艦に殴り込みをかける人類種の敵は。
「だから、やらせんよ!」
「ぐぼぉ!?」
前方に飛び出たグラーフの巨大な生体艤装の尻尾によって殴りつけられ、悲鳴と共に海に叩きつけられるピュリファイヤー。というか痛そうな声出してる割に傷一つなく本当に頑丈だなアイツ……
「ちょっとちょっと、そっちがまたなって言ったのに扱い酷くないかなー?」
「いや、襲ってくるそっちが悪いでしょ!? 」
抗議の声を上げるピュリファイヤーに主砲を構えながらそう言い返すヒッパー。シュペーに至っては彼女と会話する気は微塵もないのか既に全弾発射の構えを見せている。
海霧に包まれる戦場で視界もままならない今、単騎とはいえ俺達は相手の得意とするフィールドに巻き込まれている。それでも攻撃の構えを一切見せない辺り、前回と同じく今回のピュリファイヤーも同一個体であり、戦闘が目的では無いはずだ……なら冗談で毎回こっちに突撃するのは本当にやめて欲しいが。
「こっちも君と会う事に関しては別に嫌じゃないけどさ、出来れば連絡の一つでも入れてほしいんだけど……」
「いやーそれは難しいね!まぁそっちが望むならラジオの電波でも乗っ取って、この日なら都合がいいよって伝えても良いけど? 」
「コイツ……! 」
「ヒッパー落ち着け。あとは任せて、なっ? 」
コロコロと笑うピュリファイヤーに殺意満々で主砲を構えるヒッパー。セイレーンの科学力ならブラフじゃないだろうが、そんな事をされてはロイヤル辺りに何を言われるか分かったもんじゃない。
戦闘ならまだしも情報、諜報に関しては少なくてもセイレーンはロイヤルや鉄血を凌駕して、その気になればラジオの電波を乗っ取るという発言も恐らくブラフじゃないだろう。
だと言うのに疑心暗鬼の種をばら撒く為にそうしないのは、セイレーンの目的にそぐわない。もしくは彼女の上司、もしくは上位存在らしい、オブザーバーと呼ばれる個体から禁止されているからか?
セイレーンの目的は未だに掴めない。とはいえ向こうから接触してくるのは相応の理由がある訳で……ふぅと深呼吸をしつつマンジュウに援軍要請をするように通達しながら俺はドアを開け、甲板にその姿を見せつける。
こうして姿を見せつけるのも予め皆と相談して決めた事だ。もうこっちの情報は殆ど筒抜けなのだからわざわざ顔を隠す理由もない、それなら相手の表情を直に見て、その上でこの会談を優位に進めたい。
……ピュリファイヤーの気分一つでシュペー達が何かする前に俺の身体はバラバラになりかねない、その恐怖に内心耐えながら、それでも目の前のピュリファイヤーに向き直る。
「……いや、じゃあもう今後も今まで通りでいいや。じゃあとりあえず何しにきたんだよ?ピュリファイヤー」
「んっ?いやだってさ。サディア、行くんでしょ?」
まるで明日の天気を答えるかの様にピュリファイヤーはこちらの国家機密を答えてしまう。発言と同時に思わず頬が僅かに動いてしまい、少し顔に出してしまう。
内心罵倒を心で口にしつつ、グラーフ達の殺意と警戒が高まっていくのを感じるが。ピュリファイヤーは気にする様子もなくシュモクザメ型艤装に頬擦りしつつニヤニヤと笑みを浮かべている、あークソッ、本当にムカつくなその笑顔……!
「何処で、何て聞いても意味はなさそうだな」
「そりゃあねー、ウチの情報網をナメて貰っちゃあ困るからね。それでまあ、面白い事になるっぽいから、ここからアンタらが出ていく前に会っとこうと思ってねー?」
こちらとしては折角秘密裏に動こうとしていた訳なんだから面白くもなんとも無いが……成る程、ピュリファイヤーの個人的な趣向なのか、それともセイレーンの何らかの目的を達成する為なのか。どちらにせよ目の前のセイレーンは俺達のサディア行きを歓迎する素振りを見せている。
なんて会話をしていると。突如サイレンの様な音が周辺に鳴り響き、冷たい眼差しで異音の元凶であるグラーフはピュリファイヤーを声をかける。
「貴様達は何を企んでいる。我らの行動が貴様達には筒抜けな今、セイレーンはサディアで何を行おうとしている?この会談は双方に利益をもたらすものであっても、我らは鉄血に損害を与えようとするのであれば……」
「おおっ殺意満々だね?いいよ?ヤりあうんなら最近こっちも戦闘してないからさー?ちょっと遊んであげようか? 」
「グラーフ艦載機を止めてくれ。ピュリファイヤーも収めろ。少なくても君が攻撃しなければこちらから攻撃する意図はない」
「だってさ?飼い主の言う事は聞いた方がいいんじゃ無い?グラーフ・ツェッペリンちゃん?アッハッハ♪ 」
「……チッ……」
氷の様に冷たい声音でいつのまにか艦載機の発艦準備を整えながら威圧するようにグラーフはピュリファイヤーを睨みつける。一応手でグラーフの行動を制すると、舌打ちと共に彼女は艦載機を鎮めてみせる。
正直気持ちは死ぬ程分かる。全部を理解した上で挑発するかのように憎たらしい顔で情報を小出ししていくピュリファイヤーに、お前は結局なにを企んでいるんだ?とぶっちゃけ俺だって問い詰めたい。
結局の所この会談は交渉という状態にはなっているが、こちらから差し出せるカードは何もない。一方的に相手が持ち出す情報を受け取るだけの状況。それが相手の真意が何であれ、情報に嘘が混ざっている可能性もゼロではない。
それでも今ピュリファイヤーを俺個人としては信用している。少なくても信頼を得る為な可能性が高いとはいえ、ロイヤルにスパイが入り込んでいるという情報は限りなくクロに近い正解だったんだ。今は、後に鉄血としては裏付けの調査が必要とはいえ、セイレーンと鉄血がそれぞれ益がある内は、この人類種の敵の情報は黄金の様に貴重だと思うしかない。
例えその黄金が金メッキであろうが黄金にセイレーンが毒が塗っている可能性を視野にいれても、ね。
帽子を整え、マンジュウがいつのまにか差し出してくれたアイスココアをグイッと飲んで心を落ち着かせる。糖分が全身に行き渡るのを確認しつつ、深呼吸をしながらも一旦心を落ち着かせてから再びピュリファイヤーに話しかける。
「君の言う通り、俺達がサディアで行動をするのは事実だ。じゃあセイレーンは、少なくても君はその行動をどうするんだ?協力?妨害?それとも何か対価を払って俺たちに要請でも? 」
「何もしないよ。折角だし遊びには行きたいけど……許可は貰えそうにないんだよねー?オブザーバーも気にしてる癖に」
オブザーバー。彼女の上位存在か何かであって彼女はオブザーバーと呼ばれる個体からの命令には従っている。そしてオブザーバーも俺たちの行動を気にはするとはいえ、彼女の言動を信じるのであれば何もしない、姿を出すつもりはない、のか?
「つまり、君達は鉄血のサディアでの行動を黙認する。そして君は手を出すつもりはなく、オブザーバーも『遊び』に向かう事は禁止している……少なくとも、俺達が行けば何かはある、って事でいいんだな? 」
「おっ、やっぱり冴えてるねー?まぁ、そっちに何かしたって、やらかすって自覚は無いだろうけど確実にね?そこまで気がついたならサービスするけど、テスターだって動かないよ。今回私たちは動かない。君達鉄血が思うがままに行動すればいいさ」
「君達の前哨基地を攻撃することになってもか? 」
「うん、好きにすれば? 」
何処か楽しそうに相手をしているピュリファイアーを見ていると、どうにも調子が狂ってくる。だが、テスターと呼ばれた人型も本当に彼女の言葉を信じるのであれば戦闘に介入しないと言質はとれた。そしてセイレーンはサディアの海上基地への攻撃すら黙認すると。余程防衛に自信があるのか、それともトラップでも仕込んでいるんだろうか?どちらにせよ海上基地の是非については決めるのはサディア上層部だ。
そしてテスター、ピュリファイヤー、オブザーバー。それとは違うまだ未確認である人型セイレーンや人語を話さないエグゼキューター級が介入する可能性はあるとはいえ、強力なセイレーンである彼女達が戦闘に介入しないと分かっただけでも収穫だ。
最も、本当に戦闘が起こるのか?そして、セイレーンが何かあると注目している時点でサディアで何かが起こる事は確実だろう。最悪なパターンが脳裏に幾らでも思い付いてしまう、それでも今は警戒しながら前に進むしか選択肢はない。
一応ビスマルクさんやマインツに報告はして置こう。そして場合によってはこのカードはサディアで上手く機能するはずだ。
「今日はわざわざ情報どうも、助かったよ」
「私達としても目的には利用できるからね、双方の利益がある内はwin-winってやつだよ。それじゃ、今日はこの辺にしとこうかな?また怒られたらたまんないしね」
怒られたのか?もしかするとオブザーバーは俺達とピュリファイヤーが接触する事をあまり望んでいないのか?なんて考えていると、海霧はゆっくりと晴れていき、ピュリファイヤーは俺たちに背を向け、立ち去ろうとするが……おっと忘れる所だった。
「お土産は用意してるけどさ、いらないのか? 」
「えっ、またあるの? 」
ここにきて初めて驚いた表情をみせるピュリファイヤーを無視してマンジュウに声をかけると、以前行った会談と同じく焼き菓子の詰め合わせセットを数匹のマンジュウがピヨピヨと警戒しながらも頭上に乗せて持ってくる。その数は1ダース。グラーフ達はその様子を見て呆れる様な表情に。
セイレーン相手にお土産を用意する軍人が何処にいるんだって?いるさ!ここにな!
ぶっちゃけると相手の心証が多少良くなるのであれば次に会談した時により多くの情報を得ることに繋がるんだ。こっちに情報戦のカードがないのであれば、別のカードを用意する他無いのだから。
それに美味しい焼き菓子を貰って嫌な思いをする奴はいないさ。
例え人間であれ、kansenであれ、恐らくセイレーンであっても、ね。
「なんにせよ、今日は助かったよ。焼き菓子が食べたい時はいつでも来ていいからさ?また何かあれば来てくれよ」
「君さぁ…本当変なヤツ」
「か、勘違いしないでよね!別にアンタなんかどうでもいいけど、君の情報が欲しいだけなんだっての! 」
「人の真似するんじゃないわよこのバカ! 」
「流石に気持ち悪いぞ卿」
「地獄に堕ちろ」
「酷くない?」
「えっと……皆、本気じゃないからね?指揮官」
場を和ませようとしたがヒッパー、グラーフ、真顔のピュリファイヤー全員から袋叩きにされてしまった。あっちょっと泣きそう。それでもピュリファイヤーに銃口を向けつつもフォローしてくれるシュペーはやはり天使だ。
こほんと咳払いをしつつ、ジト目の皆の視線を浴びながらも俺は袋詰めされた大量の袋にいれた焼き菓子をピュリファイヤーに投げつける。合図もなかったが、慌てた様子で彼女は全て受け取った様だ。
「まぁ、色々言いたい事はあるけどさ。またなピュリファイヤー」
「んっ、またね」
焼き菓子を両手に持ちながら、軽く手を振るとピュリファイヤーは悠々と背を向けて去っていく。確実に今、仕留めるのであれば不意打ちは必ず成功するだろう。
尤も、確実にこっちを殺そうとするのであればピュリファイヤーは何度でもチャンスがあったのは同じなんだ。相手が例え人類種の敵であっても、交渉のテーブルにつくのであれば敬意を、礼儀を持たなければ。
「じゃあ、まとめる必要があるから帰ろうか。全速前進!目標はキール第三基地、俺たちの家だ」
「「ピヨっ!! 」」
ピュリファイヤーと同じく俺達も背を向け、海霧がすっかり無くなった海域を抜け、基地に戻っていく。
お互い振り返る事もなく、こうして鉄血とセイレーンの非公式の2回目の会談は終了したのであった。
セイレーン。
20年以上前。人類の総力を上げた大海戦により、一度は撃退されたと信じられていたというのに、再び全世界に突如再出現した人類種の敵であり無差別に殺戮を繰り返し、人類から母なる海を、制海権を奪った怨敵。
ギリシャ神話の伝承の怪物『セイレーン』は本来歌によって航海中の男を歌で魅了し、惑わし、難破させた上で最後は食い殺すとされている。しかし、実際に人類の目の前に現れた怪物達は歌を歌わない。そして男女の区別もなく、平等に人々に死を与える恐怖そのものと言えるだろう。
彼らが何を望んでいるのか。その目的や理由は分からない。分かることは人類種の敵であり、慈悲の欠片もない殺戮機械であり、人類を凌駕する科学力を持ち、人語を理解する人型のセイレーンも確認できたがこれまで話は通じなかったと言う事だ。
輸送のための航路はズタズタに引き裂かれ、沿岸の都市は焼かれていく。それまで現存だった艦艇では効果的に敵を倒せるとは言えず、連日報道される死者や焼かれた都市。
人類反撃のために開発されたキューブ、そしてそこから生み出された人成らざる存在、人と同じサイズでありながら数百メートル単位の艦と同じ力を持ち、人類の守護者となったkansenが出現。そして国際軍事組織アズールレーンが結成して以降ようやく盛り返し、ついに人類は主要航路の安全を確保。セイレーン大戦は一先ずは終結した。
しかし、セイレーンを撲滅できた訳ではなく、セイレーンは今も現れ多くの悲劇を生み出している。太平洋上ではバミューダトライアングルと過去に呼ばれていた地域でセイレーンの超大規模要塞が。鉄血とイデオロギーの違いから対立している北方連合では大小問わず多くのセイレーン要塞が国内に存在している
突然どこからともなく現れるセイレーンは神出鬼没、現在鉄血ではビスマルクさんが中心となりkansen中心とした海軍の設立に、早期警戒網の成立など軍事改革を行い被害は少なくなったとはいえ過去の被害は惨憺たる結果だった。
大戦以降止むことのないセイレーンの襲撃は鉄血の存在を是認しつつも、燃料の備蓄は減り資源は尽きる。かといってこの悪循環を打破する術を見つけることは容易ではなく、国は困窮の一途を辿っていく。
この悪循環を打破し、苦しむ鉄血国民を救う為に身を粉にして働き、現在の鉄血海軍を文字通り一から破壊、そして再生したビスマルクさんが鉄血で絶大な支持を得るのも当然だろう。
レッドアクシズの教義は毒を待って毒を制する。セイレーンが残した残骸や鹵獲セイレーンを解析し、ヒッパー達kansenの艤装のようにその技術を応用。セイレーンを潰すためにセイレーンの力を受け入れるのが俺たち鉄血の考えだ。
アズールレーン、特にロイヤルはセイレーン技術を危険過ぎると否定。人類の科学技術のみによってセイレーンを撲滅できると主張しているが俺はそうとは思えない。盲目的にビスマルクさん達の主張に従っているのではなく、自身もセイレーン技術を応用した生体艤装やそれに類する力を使うべきだと思う信念はある。
・今も人類に余裕はないのだから、使えるものはなんでも使うべき。鉄血で幼い頃から散々聞いてきたラジオから流れる悲劇を俺は忘れた事はない。
・危険を恐れて人を救えるかもしれない強力な技術を使わずに後悔するか、使って後悔するなら何もしないより使った方がいい。
・セイレーンの毒を受け入れる。そしてセイレーンの力で意趣返しの如くセイレーン撃破するのは最高の皮肉となり得、セイレーンを研究する事で終わりの見えない戦いを終わらせるための糸口を掴める可能性があるのだから。
・ついでに言えば黒い竜の様な生体艤装のデザインは最高にカッコいい。ロイヤルは悪の軍団と称する事もある様だが、少なくてもあの生体艤装を見て心が震えない男はいないだろう。うん。
アズールレーン。特にロイヤルが病的なまでにセイレーン技術を否定する気持ちは分からなくはない。
セイレーン技術はまだ人類には早すぎる。もし暴走すればどうなる?セイレーン技術を研究する事がセイレーンの企み通りである可能性もあり、鉄血がセイレーンの尖兵となり、破滅の未来を歩みかねない。出所も分からない科学技術によって人類全てを集団自殺に巻き込むな。そう、ロイヤルは主張する。
それでも、セイレーン技術によって救える命があるのなら、念入りな試験と調査を行なった上で何でも受け入れるべきだ。まさに、鉄血軍人らしく俺の思想はどっぷりとレッドアクシズに浸かっていると言えるだろう。
何よりも俺は。そして鉄血軍人、国民の多くはビスマルクさんの祖国への想いと信念を信じているのだから。
――血は海水(みず)よりも濃く、絆(おもい)は鉄より堅い――
――鉄の規律と血の栄誉。同胞を信じる絆と守ろうとする意思が我らの未来を明るく照らす――
――団結せよ鉄血公国軍人よ。互いを信じ、一人一人が力を尽くし、再び人類に母なる蒼海を取り戻すのだ――
――死力を尽くして軍務に当たれ。決して死なず。決して諦めず。胸に煌めくライヒスアドラーに恥じぬ軍人となれ――
――私は決して貴方達を見捨てない。栄光、威光、調和、自由、正義、忠誠、教義。各国が戦う理由は様々だが、鉄血が重視するのは同胞との絆、常に貴方達の後ろには同胞がいる事を決して忘れるな――
ーー我が同胞のために鉄血の力とならん事を!!そして鉄血の未来に幸あれ!!!――
サディア行き当日。
疲れた様子のビスマルクさんから頑張りなさいと直接を声をかけられた俺達は、いよいよ国外に向けて歩みを進めようとしていた
メンバーはいつもの面子に加えて本部直属の特別計画艦マインツ。俺たちは深夜にキール運河を渡り、複数の河川を乗り越えて黒海に。そしてアズールレーンが管理していない中立国のボスポラス海峡、ダータネルズ海峡を通り、そして目的地の地中海の国家サディアに向かう。
普段使いしている20トン未満の小型の指揮艦ではなく、今回使用するのは長期間外用で過ごしても問題ない一回り大きい指揮艦となっている。中身は最新鋭の設備に、複数人が過ごせる個室や艤装の整備設備と至れり尽くせりとなっており、ビスマルクさんが今回のサディア行きに力を入れている事が嫌でもわかってしまう。それと同時にプレッシャーで少しだけ気分が悪くなったのは秘密だ。
妹が嫁いだ国サディア。いつかは行ってみたいとは思っていたが、まさか軍務で向かう事になるなんて予想も出来なかった。できればロンドンに声をかけてから出港したかったが、今はまだ彼女と会う事は許されない事にため息を吐く。
これから何があるんだろうか?
ピュリファイヤーの言葉通りなら俺たちがサディアに向かえば、何か起こるかも知れない。それが何であれ、俺は彼女達を信じて戦い抜くしかない。
指揮能力はいまだに低い。身体能力も軍人としては落第。自分を卑下する言葉は幾らでも湧いてくる。
だからこそ俺は一人では生きられない、何も出来ないとこの一ヶ月程の期間で学ぶ事は出来た。俺はグラーフ達に頼るしかない、だからこそ彼女達の信頼に応え続け、見捨てられない様に。そして、彼女達の指揮官で良かったと思われる様に頑張らないといけないんだ。
「指揮官」
マインツ達と色々と話しているシュペーとグラーフを見つめながら物思いにふけていると、突如ヒッパーに声をかけられる。自己暗示をやめ、笑みを作りヒッパーに向き直りどうしたいんだい?と返答すると。
「……頑張りなさいよね。まだアンタは指揮官としては未熟よ」
知っている。それは一番自分が。
「それでもね、ビスマルクやグラーフにアンタは選ばれて、シュペーもアンタには懐いているんだから……もし、サディアでアンタが私たちの足を引っ張らないんってんなら、ちょっとは認めてあげる」
……励ましてくれているのか?と思いながら彼女の顔を見つめようとすると、彼女は既に後ろを向いてその表情は読めなかった。
「一度しか、本当に一度しか言わないからよく、聞きなさい……シュペーもグラーフも、そして私も。アンタの努力と頑張りを認めてるわ。期待してるわよヘルブスト。何かあれば、私に。グラーフ、シュペー、マインツでもいいから相談しなさいっての。じゃあ、艤装の点検があるから!! 」
「……ありがとう」
返答はせず駆け込むように指揮艦の中に入るヒッパー。思えば本名を呼ばれるのも久々だが少しだけ……気分は楽になった。
「卿よ、時間だ」
マインツとの話し合いを終えたのか、腕時計をみながらグラーフは俺に合図を送る。
「了解。じゃあ行こうか。サディアに」
平穏無事に何事もなく、いや何が起きてもいい。
少なくても俺達が誰一人欠ける事なく、祖国に。そして帰るべき家に戻る事を祈りながら。俺達は地中海に向かうのであった
これにて第一部、鉄血編は完結。といってもすぐに第二部サディア編が始まりますのでご安心を。着任当日にロイヤルと戦う羽目になり、その後も偶然と交渉スキル。そして悪運に恵まれながらヘルブスト指揮官はビスマルクの胃と引き換えに、実績と皆の信頼を勝ち得てきました。ついでにいえば今回ピュリファイヤーと前日という最高とも最悪とも言えるタイミングで遭遇したのも全くの偶然であり、そこでピュリファイヤー達は手出ししないという情報を、カードを指揮官は勝ち取りました。
そして次回はキャラ紹介をまとめた後にサディア編に。サディア、セイレーン、ロイヤルの思惑とは?そして派遣された鉄血組は果たして生き残る事は出来るのでしょうか?全ては後の歴史と運命のダイスだけが知っていると言えるでしょう。
感想は勿論、第一部まで、そして第二部開始に辺り何か疑問や質問に思う事やネタバレにならない範囲であれば全て答えさせて頂きますので気軽に感想やメッセージにて質問して頂ければ幸いです。
それではまた次回お会いしましょう。
指揮官の後世の評価はどうなる?
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戦争を終わらせた立役者
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サディアを救った救国の英雄
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ロイヤル最大の敵
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女の子に手を出しまくりの色を好む英雄