鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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第十八話 干し葡萄のワイン

 空に浮かぶ三日月の光が海を照らし、遠目に見えるのは人々が生活を営むサディアの町。時間的にはあの町に住む人々はそろそろ夕飯の時間なのだろうか?と思う暇もなく俺達の指揮艦はサディア海軍に所属する重巡ザラに先導され、波風を切り裂き、エンジンを鳴らしつつザラの後ろをゆっくりと進んでいく。

 

 しかし、ザラは決して街に近づこうとせずに寧ろ離れていく。遠目から見てもサディアの軍港は目視できる距離に存在していると言うのに、その軍港は鉄血のキール軍港と負けず劣らずの規模だと言うのにザラさんが進む航路は明らかにそれを避けているようだった。

 

「……グラーフ」

 

「卿も違和感を感じるのか? 」

 

「あぁ、裏口に回り込む様な航路もそうだけどさ。なんというかサディアらしくもないってね」

 

そろそろ目的地に着く為に横で待機していた副官のグラーフに話しかけると、彼女も明らかに怪訝な顔を浮かべていた。念には念を入れて周囲の声を拾って会話が可能となる集音モードを切る様に指示をしており、ザラさんにはこの会話は聞かれていないはずだ。

 

 

「今は夜だけどさ。あまりそういう事を気にしないヴィシアなら兎も角、サディアはこのままあの港を俺達に見せつけて自国をアピール。なんなら軍楽隊で出迎えてもおかしく無いと思うんだ」

 

「それはサディアに詳しい卿なりの推理か? 」

 

「あくまで推測、だけどね」

 

 助けに来たんだから俺達を盛大に迎えろと思う気持ちは微塵もない。しかし、サディアは芸術や文化を重視する歴史ある国家であり、いってみれば派手な事をするのが大好きな国だ。

 

 他国に自分達の誇りある文化を理解してもらう為にゲストに関する歓迎は盛大に行い、同時にアピールを欠かさない。先日の大規模なセイレーンへの攻撃も国内外に向けての宣伝は敵対するアズールレーンの国も巻き込んだ大規模なものになっていた。

 

 そんなサディアが俺達のような存在を見逃すはずが無い。例えば、ザラさんと共にあの港に向かい軍楽隊と花火と共に、盛大なパレードによって国外からやってきた鉄血の艦隊は歓迎される。そして総旗艦ヴィットリオ・ヴェネトが俺たちの前に現れる。

 

 マスコミに見せつける様に代表である俺と彼女は握手を行い、鉄血とサディアの友好を見せつけ、翌日にはその写真が新聞と共に出回っている。予想の範疇とはいえサディアの今までの動きを見る限りでは、そんなプロパガンダになってもおかしくはなかった。

 

 だというのに現在ザラさんはまるで隠れるかの様に進んでいく。軍艦も多く並んでいるあの港に直接向かわずに、まるで裏道を通り、避けるかの様に港からはどんどん離れていく。

 

「そうか……なら、念には念を入れてもう一度偵察機を放とうか? 」

 

「それも考えたけどやめよう、流石にザラさんにサディアを信じてないってアピールする様なものだからね。あとでそれとなく聞いてみるよ」

 

 一瞬マインツの言葉が、サディアが敵である最悪の可能性が頭に過ぎるもそれは一旦忘れよう。とはいえ今偵察機で周りを調べようとすれば、不和の種を撒きかねない。自分は偵察機を放つほどサディアを信頼せず、もしサディアに悪意が無ければ味方を信頼しないと伝えるに等しい、失礼な事この上ない行為なのだから。

 

 

 とはいえ歓迎云々は無しにしても、何故一番近い軍港に向かわないのか?くらいは聞いても違和感はないだろう。そう思い前方に進むザラさんにレッドアクシズ固有の通信チャンネルを選択し、恐る恐る話しかける。

 

『こちら鉄血艦隊。ザラさん申し訳ございません、少し宜しいでしょうか? 』

 

『あら?いいわよ、どうかしたの? 』

 

『見る限りあそこの軍港が一番近いと思うのですが……あそこには、タラント港には向かわないのでしょうか? 』

 

 一瞬の沈黙。

 

『ごめんなさい、今は丁度色々あってね……詳しい事は後で総旗艦に聞いてもらえると助かるわ』

 

 ……成る程サディアの陣営代表である総旗艦と、この後会う予定はあるのか。気を引き締めなければと思いつつも、なら尚更何故タラント港に向かわない?何故ザラさんははぐらかすような事をという疑念はどうしても湧いてしまう。

 

 するとこちらの沈黙に思う所があったんだろう。ザラさんは通信越しからもわかるため息と共に申し訳なさげな声がこちらに届く。

 

『……あくまで、あくまで私が答えられる範囲で良いのなら答えさせてもらうわ。いいかしら? 』

 

「よろしくお願いします」

 

『そうね……今回の貴方達の訪問は秘密だって私は聞いてるわ。多分アズールレーン、特にマルタ島のロイヤルに万が一バレない様にタラント港は避けているんじゃないかしら? 』

 

 サディア帝国とロイヤル王国の関係はお世辞にも良いとは言えない。特にセイレーン大戦中にロイヤルは自国の勢力圏からセイレーンを追い出して地中海に押し込み、スエズ運河とジブラルタル基地で蓋をしたと地中海の国々は非難しており、それがサディアがレッドアクシズ加入に繋がった要因の一つだろう。

 

地図(あくまで本作の世界はWW1が起きなかった世界である為勢力図や領土に差異が生まれている。その為WW1より英国に併合されたキプロスはこの世界では中立であり、マルタ島がロイヤル唯一の地中海における重要拠点となっている)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 サディアとロイヤルは辛うじて緊張状態のままとはいえ砲火の撃ち合いは未経験。わざわざ鉄血の援軍を見せつけてまで刺激をしたくはない。わざわざマッチと油の入った瓶を導火線に投げ入れるつもりはないとザラさんは口にする。

 

『だからこうやって隠れるように進んでるの……不快に思ったのならサディアを代表して謝罪させて貰うわ……レッドアクシズの盟友である貴方達にそんな想いをさせてしまい、本当に申し訳ございません』

 

「いえ、こちらこそ申し訳ございません。ただタラント港に近いのに何故向かわないんだろう?と少し疑問に思っただけですから」

 

 お互いに謝罪をし終えたが疑問はまだ残っている。彼女の説明は筋は通っており、ロイヤルを刺激したくないが為に隠れるのも理解できる。

 

 なら、何故わざわざ鉄血に救援要請を?万が一バレるとロイヤルを刺激するというリスクを背負って、或いはロイヤルに現時点でバレる事を恐れてそこまでして鉄血に、俺たちに何を望んでいるんだ?

 

 聞き返そうにもこれ以上は総旗艦に詳しい事を聞いて欲しいと言われるだけだろう。そして、ザラさんは答えられる範囲でと発言している。つまり知らないのではなく、答えられない何かをサディアは隠しているのではないか?

 

 疑問は疑惑に変わっていき、それが疑心暗鬼に繋がる。そう理解していても、少なくてもサディアが何か隠し事をしているのはほぼ確定となり、焦る気持ちで胸が苦しくなる。

 

 もう戻れない。ビスマルクさんの庇護を失い鉄血の本国に帰ることは任務が終わるまでは不可能。

 

 

 プレッシャーと不安で押しつぶされそうな今の俺を支えているのは軍人としてのプライドではなく、目の前の大切なグラーフ達。そして会う事を許された妹の存在だけなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後ザラさんに言われるがまま辿り着いたのはサディアが管理してると言われる小さな補給基地だ。船をドックに押し込み、シャッターを閉めて完全に秘匿する。同時にマインツとの相談の結果決めていた事だが、マンジュウ達は現状では機密の塊なので直前に充電場所も存在する隠し部屋に全て隠れるように指示していた。

 

 

 これでサディアがこの船を解体でもしない限りはマンジュウはバレることは無いだろう。ザラさんはクルーがkansenの他は俺しかいない事に少し驚いた様だが。

 

 

 そしてその補給基地に滞在するのかと思いきや、船を置いて宿泊先まで車で移動するとザラさんは今後の予定を口にする。

 

「荷物は後でホテルに送るから必要なトランクは置いてもらって構わないわ。後アドミラル・グラーフ・シュペーさん?だったかしら?その武器腕は外しておいても……」

 

「えっと、車を傷つけないようにしますから付けていても大丈夫でしょうか?」

 

「貴方が望むなら結構よ。でもその腕を付けたままだと色々と不便じゃない?」

 

「慣れてますから、ほら」

 

「んっ?おおっ!? 」

 

 ザラの心配を他所に、シュペーは慣れた様子で横で書類を書いていた俺を巨大な腕で掴むと、ポイッとボールの様に数メートル程上に放り投げる。

 

 一瞬の浮遊感。そして直後に重力の裁き。俺の身体は固い地面にダイブしていき、怪我は免れない。俺シュペーに恨まれる様なことしたかなぁ!?次目覚めるのは知らない病院の天井かなぁ!?なんて諦めそうになるも。

 

「よっと…大丈夫、指揮官? 」

 

 シュペーは器用に空中で俺を掴み、そのまま抱き抱えながらザラに見せつける。いわゆるお姫様抱っこ状態でシュペーの顔が目の前になり、心配するシュペーは気がついていない様子だが、肌面積より覗いている下乳が腕に触れており、思わず赤面してしまう。

 

「大丈夫だけどさぁ!?せめて一言声かけてくれないかなぁ!? 」

 

「ごめんね指揮官。でもほら、指揮官は傷一つついてないですよね?日常生活に不便もないから付けていても良いですか?外を出歩く時は流石に外しますから」

 

「ふふっ、分かったわ。それにしても二人とも仲良さそうで羨ましいわ」

 

 微笑ましくこちらを見つめているザラさん。だが女の子に大の大人がお姫様抱っこされてる絵面は中々キツいだろう。特に何をやってんだと言うかのように見つめてくるヒッパーからの視線が痛い。

 

 

 ザラさんに威厳のある対応はもはや不可能だろう。まぁフレンドリーに思われるのならそれはそれで良いかと、急いでシュペーに下ろして貰う。

 

「それと……鉄血の指揮官さん。ホテルに滞在して貰う間はこの基地には中々来れないと思うけど、貴方達の艤装はどうすれば良いのかしら?もし望むのであれば私達が整備を担当させて貰うけど、機密の問題もあるでしょうし、そちらが望むなら触れないように通達しておくわ」

 

「そうだね……少し待って貰えませんか?マインツ、ちょっとこっちに」

 

「了解した」

 

 

 少しザラさんに待って貰いつつ、マインツに小さく声をかけて部屋の隅に。コーヒーの件以来気まずい関係ではあったが流石に軍事機密が関わる以上マインツは素直に言う事を聞いてくれる。正直グラーフとどちらに聞くか迷ったが、本部直属な彼女に聞くのが一番だろう。

 

「ザラさんは整備は任せて欲しいなんて言ってるけどマインツはどう思う?ここで断ればサディアの心証は間違いなく悪くなる。けれども頷けば生体艤装のデータを確実に取られてしまう」

 

 どちらもメリットもあればデメリットもある。個人的には友好関係である以上整備を頼んでも良いとは思うが、貴重なセイレーン技術の塊である生体艤装を疑惑のあるサディアに全て任せてもいいのか迷う所。

 

 本当なら全て俺が決めるべきだろうが情けない話、勝手に全てを自分で決めて取り返しのつかない事態になる事が一番怖いんだ。ビスマルクさんに色々とサディアに向かう前に話し合ったマインツであればこういう時の対応について何か伝えられていると思って聞いてみたが。

 

「正直に言えば手間が省けたと言うべきか、ビスマルクにはサディアに私の艤装をサンプルとしてしばらく提供しろと通達していたが手間が省けた」

 

 ビンゴ、聞いておいてよかった。

 

「サディアは今も元老院にはアズールレーン派の人間も少なくは無い。だからこそ今回の訪問の手土産としてセイレーンから奪い取った技術の塊である、生体艤装をサディアに見せつけ、近日に技術を投与する布石とする。それがビスマルクの考えだ」

 

「ビスマルクさんがそう言うのなら安心したよ。でも大丈夫なのか?ビスマルクさんや君はサディアが裏切るって最悪のケースも想定したようだけど」

 

「仮にだ、ロイヤルが我らの艤装を身につけると思うか? 」

 

「あぁ、そう言う事ね」

 

 一瞬迷ってしまうがマインツの噛み砕いた説明によって納得する。たしかにアズールレーンに生体艤装のデータを横流しされてしまう事を恐れてはいる。しかし、アズールレーン、特にロイヤルはセイレーン技術を嫌悪しており、人類の清廉なる科学力を持ってセイレーンに対抗する事を重視している。

 

 サディアから生体偽装のデータを渡されても解析を行おうが本格的な実戦投入する事は不可能だろう、その瞬間自分達の大義名分を失いかねないのだから

 

「何よりもビスマルクやクラップ、ペーネミュンデ(海軍兵器実験場)の科学者達が作り上げた化学技術の結晶をそう簡単にコピーできるはずがないだろう?サディアや仮に繋がっているアズールレーンに分かることは生体艤装の素晴らしさと驚異、そして不用意に扱って噛まれる痛みだけなのだから」

 

 ……結局の所ザラさんには全員の艤装を預ける、なんなら整備どころか研究解析してもいいと伝えると嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

 同時に生体艤装は人間に噛み付く事があり、特にヒッパーの艤装は凶暴だから注意しろと伝えた所、人を出来の悪い飼い主みたいに言うなってぇの!とヒッパーにバシバシと背中を叩かれてしまったが。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて車に連れられて小さなホテルに着くと、ザラさんに言われるがまま俺達は再び歩いていく。周りを見渡せば従業員の姿と共に制服に赤いラインが入り、黒いマントを身につけた国家憲兵が複数人配置されており、サーベルを片手にこちらの姿が見えた途端に敬礼を向けている。

 

 慌てて敬礼を返すが彼らはじっと瞬きもせずに微動だにしない。余程訓練されているんだろうと感心しつつ、再びを周りを見渡すも一般客の姿はない。そもそも国家憲兵が常駐してる以上、通常のホテルではない事は確かだろう。

 

 「この部屋に総旗艦は待っているわ。準備は良いわね? 」

 

 やがてホテルの一室の前に立ち止まったザラさん。先程の会話で総旗艦と会う事は何となく予想出来たが、やはり緊張で心臓が握り潰されたかのような感覚に襲われる。

 

 大丈夫。作法は完璧では無いが間違えるな。相手が何を考えているにしても友好的な可能性は高い。軍人としての、使者としての役目を果たすんだ。

 

「準備は良いかい? 」

 

 ヒッパー達も流石に緊張しているようで少し空気が重い。唯一グラーフだけが自然体に見えるのは慣れているからだろうか?ザラさんに頷くと、頑張りなさいの一言と共に彼女は部屋をノックする。

 

 

 

 

 

 

「総旗艦様、客人をお連れ致しました」

 

 ザラがそう言うと、中からどうぞ、との声が届き……扉が開かれる。

 

「よくいらっしゃいました、鉄血の皆…さ……」

 

 中で過ごしていたのは顔立ちの整ったグラーフの様に髪を伸ばした銀髪の女性と、髪の毛と同じ緑のマントで身を包んだ女性。名前はヴィットリオ・ヴェネトとリットリオ。サディア海軍の実働部隊のNo.1である陣営代表のkansenとその副官であり、No.2である妹だ。

 

 鉄血でいえばビスマルクさんとティルピッツさんに匹敵する地位を持ち、議会や元老院にも影響力を持つまさしく雲の上の存在。本来であれば顔を合わせる事なんてあるはずもない二人。心臓の鼓動は最高潮になっていくが、何故か硬直しているヴェネトさんを見ながら脳をフル回転しつつ挨拶を返す。

 

「お目通り、感謝します。総旗艦様」

 

 脳が焼けちぎれる程にフル回転させた結果、短くそれだけを口にする。本来であれば更に色々と礼儀を尽くした方が良いだろうが、付け焼き刃なおべっかを並べてもボロが出るだけ。それなら最低限の会話だけでここは乗り切ろうと後ろ向きな決意をしながらヴェネトさんを見つめるも。

 

「…………」

 

 総旗艦は無言でじっと鉄血艦隊の皆を見つめるだけであり硬直していた。もしかすると礼儀作法を間違えたか?短すぎたか?と不安で吐きそうになるが、直後にため息を吐いたリットリオさんが助け舟を出してくれた。

 

「ヴェネト。そう黙っていては話が進まない。鉄血の方々も困っているだろう?」

 

「……あっ、はい!失礼しました!いえ、いえお気になさらず。鉄血からわざわざ支援に来ていただいたのです。私自らでなければ失礼に当たりますから」

 

 

 少しだけ慌てた様子のヴェネトさん。第一印象としてはヴェネトさんは立ち振舞いは美しく、中身はおっとりとしていて穏やかな雰囲気をまとっており、常に生真面目なビスマルクさんとはまた違った様子だ。

 

 油断ならないのは壁に寄りかかり、慌てたヴェネトさんをフォローするリットリオさんだろう。彼女は常にこちらを観察するかのような姿勢を崩さず、値踏みするかの様にこちらを見つめている。その視線に思わず足が震えそうになるも、傍のシュペーがそっと俺の背中に腕を押し付ける。

 

『大丈夫、安心して』

 

 そう、口に出さなくてもシュペーの気遣いが背中越しから伝わってきて、緊張が少しずつ消えていく。そう、大丈夫。俺は一人じゃ無いんだ。

 

 

「では、暫くの間よろしくお願い致しますね?滞在中はこのホテルに貴方達を案内したザラが常に常駐していますので、何か不自由があれば彼女に遠慮なく仰られてください、直ぐにでも手配致しましょう」

 

「何から何まで、ありがとうございます」

 

「詳しい事は全てザラに話しています。皆様はバカンスだと思ってお過ごしくださいませ。願わくばサディアを心地の良い国だと思って頂き、本国への帰路に向かえる事をサディアを代表して願いましょう」

 

 

 暫く、という言葉に……何か裏は感じるが、流石に突っ込めるような場面でも無ければ余裕もない。ザラさんがこのホテルに滞在するらしいが、これは恐らく俺達とサディア海軍を繋ぐパイプ役としてだろう。

 

 

「では……ザラ、引き続き、客人の案内をよろしくお願い致しますね? 」

 

「はっ、承りました」

 

 

 今回はあくまで顔合わせという事だろう。正直な話追及したい事、聞きたい事は山程あり、それだけで夜が明けてしまうかも知れない。名残惜しげに俺達はザラさんに再び先導されて部屋を退出する。ヴェネトさんと会話する機会はこの滞在中に何度あるのだろうか?しかし、暗に向こうが今日はここまでだと話した以上はそれ以上の事は望めないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

やがて与えられた一室でザラさんと別れると、ベッドに着替えもせずに倒れ込む。そのまましばらくの間過ごしていたが……

 

「眠れん」

 

 全く眠れる気はしなかった。

 

 今日も本当に濃密な一日だ。マインツとの会話から始まり、ザラさんとの出会い。そしてサディア海軍のNo.1、No.2との顔合わせ。

 

 もう隠しようが無い。サディアは確実に何かを企んでいる。そして鉄血を利用しようとしているのは間違い無いだろう。

 

 それが鉄血に利益をもたらすものか、それとも皆を危険に晒すものなのか。仮に後者であっても俺の力では後手に回らざる得ない、今出来る事は前者である事を祈るだけだ。

 

 更に眠れないのはプレッシャーだけではなく、この部屋にも原因がある。この部屋の調度品からベッドに至るまで一通り調べさせてもらったが見つからなかったとはいえ安心できない。

 

 その名前は盗聴器。巧妙に隠しているのか、それとも俺の考え過ぎなのか。サディアが敵である可能性が1%でもある以上油断ならない。いや、仮に味方だったとしても盗聴器がないと言う保証はない。

 

 それこそ寝ぼけながら鉄血に不利益を与える発言をしてしまい、それを盗聴器で誰かが聞いていた場合は……こればかりは疑い過ぎな可能性もあるが、自分の一言で皆の首が飛びかねないという事実によって、安息のためのこの部屋もまるで360度誰かに監視されているのでは無いか?と被害妄想に襲われてしまい、安心できなかった。

 

「……暇だから、誰かと話すか」

 

 腕時計を見れば既に時刻は午後10時。この時間に女性の部屋に向かうのは理性としては止めるべきだと理解してるが、それでも今一人で過ごすのは堪え難かった。

 

 

 

 

 

 

 

「む…卿か、一体どうしたのだ? 」

 

「長距離航行だったからね、グラーフはこういう経験もあんまりないだろうし…疲れたりしてないかなと思ってね。気になって様子を見に来ちゃった」

 

「…… 思っていたよりは大丈夫かとは思っていたが、少々疲れはあるかもしれんな。とはいえ少し話す程度なら問題ない。入るがいい」

 

 夜は大人の時間。なら大人に話すに限る。というわけで取り敢えず、最も自分と近い部屋であるグラーフの部屋に向かえば、彼女も眠れなかったようで、ワイングラスを片手に出迎えてくれた。

 

 謝罪しながらグラーフからワイングラスを貰い、自分でワインを注いでいく。紫色の液体がグラスを満たし、グイッと飲めば甘さが口内を刺激してアルコールの作用で身体の内から暖かくなる。

 

「甘いなこれ…」

 

 余り酒は飲まないがこれは飲みやすい。ラベルを見ると干し葡萄のワインと書かれており、もう一度口に含んで舌を回すと、確かにレーズンの風味が口の中を刺激する。

 

 ザラさんに頼んで鉄血に帰る時のお土産にいくつか貰おうかな?なんて思っていると、グラーフは窓越しから街を眺めて静かに同じワインを口に含んでいた。

 

「我だけではなく、卿も疲れているようだな」

 

「うん……今更どうしようも無いんだけどね」

 

 女性への愚痴はデートで話すと好まれない。そうグラーフに教えられた事は忘れてない。ましてや仕事や業務の話題を休んでいるグラーフにする事に躊躇いはあるが、結局止める事は出来なかった。

 

「今更どうしようもないか……マインツから聞いたが、卿はサディアが何か企んでいる。その事に不安に思っているようだな」

 

「……グラーフ、その、ネズミ」

 

「知った事か。仮に盗聴されていようがそんな事に気にしていれば話せる事も話せまい」

 

 一瞬焦って暗喩を口にするもグラーフは憮然とそう言い放つ。

 

「何も油断はしろとは言うまいが、卿も少しはリラックスしろ。死人のような顔でワインを口にする今の卿は見ていて好ましくはない」

 

「……そんな顔してるか?」

 

「あぁ、鏡は見ない方が良い。結局卿が出来ることも我も出来ることも備えることは出来ない。なら、せめていつ万事に遭遇しても平気であるように心構えをもって、リラックスするのも大切だ」

 

 再びワインを口にするグラーフ。彼女が言っていることは当たり前の事であり、実際俺も疑心暗鬼にかられていたんだろう。そんな当たり前の事を忘れていた自分が恥ずかしくなり、同時に指摘してくれたグラーフにありがとうと静かに呟く。

 

 盗聴器に関しては最早どうしようも無ければ、探偵でもないのだからサディアが仮にこちらに不利益を与える行動を取るのであっても後手に回らざる得ない。

 

 それならもう諦めよう。後ろ向きかも知れないが、何事にも備えて緊張で倒れそうになるよりはある程度は諦めてしまい、堂々と過ごした方が精神衛生の為だ。そう、グラーフとの短い会話で痛感した俺は、同じく疲れているであろう彼女の時間を取るのも悪い。

 

「少し、気が楽になったよ。おやすみグラーフ。ゆっくり休んでくれよ」

 

「…少し待つがいい、卿よ」

 

 

 その言葉に、ドアを開けようとする手を止めて…グラーフを見返す。どうしたんだ?と振り返ると、グラーフは笑み浮かべて新たな干し葡萄のワインの栓を取っていた。

 

「もう一本付き合え。折角の逢瀬だ……もう少し、話す程度なら問題もなかろう?」

 

 ……まあ、問題はないけどこれって逢瀬、と言うほどのものかな?

 

 

 とはいえまだ眠れないのも事実で……こうして二人きりでワインを飲みながら彼女と話す時間も心地が良い訳で。

 

「……少しだけだからな?」

 

 結局ワインが一本無くなるまで、「そういう事」も何もなく、俺達は月明かりに照らされたサディアの街を眺めながら、しばしの間取り留めのない雑談を続けるのであった…

 

 

 




・ペーネミュンデ(海軍兵器実験場)
元ネタはペーネミュンデ陸軍兵器実験場、史実においては世界初の軍事用液体燃料弾道ミサイルであるV2ロケットが開発、生産された実験場。
今作では海軍のビスマルクが主導して作られており、セイレーン技術の研究や鹵獲セイレーンの解析などが行われている。中には極秘の秘密研究も行っているようですが果たして…


・余り酒は飲まないがこれは飲みやすい。ラベルを見ると干し葡萄のワインと書かれており、もう一度口に含んで舌を回すと、確かにレーズンの風味が口の中を刺激する。

干し葡萄のデザートワイン、甘口ワインは現実でも古くからイタリアで生産されており、ヴィン・サントやレチョートなど幾つかの種類が存在している。このワインを飲んで以降、サディア滞在中の指揮官はミルクと干し葡萄のワインで割って寝る前に飲む習慣が出来たそうな。


・「そういう事」
断じてなにもありませんでした


・地図


【挿絵表示】


地図上ではスエズ運河とジブラルタルさえ防備を固めればまるで巨大な網のようにセイレーンを地中海に押し止める事が可能である事が分かるだろう。そしてアイリス教国とサディア帝国に負担を押し付ける事が可能であると。

ウォースパイト「そうよ。セイレーンに地中海が脅かされている今、手を取り合って共に戦うべきだわ」
リットリオ「セイレーンに脅かされている?違うな。そうしてきたのはロイヤルではないか?」
ウォースパイト「さっきも話したけど、我がロイヤルネイビーはあくまで航路の安全を第一に考えているわ。他意はないわよ」
リットリオ「セイレーン襲来時に地中海に勢力を押し込みながら、膝元のアイリスと帝国の反目を座視したのはそちらロイヤルではなかったというのか?」

原作イベント『悲歎せし焔海の詩』「交渉』にてロイヤル代表ウォースパイトとサディア代表リットリオとのやり取り。
この会話ではリットリオはロイヤルは地中海にセイレーン押し込んだと発言しており、その後もウォースパイトは否定せず話題を晒すかのように鏡面海域の話題に繋げており、リットリオの疑惑は地中海にロイヤル領土であるマルタ島が存在しているとはいえ黒に近いグレーであると本作では採用された。




・私事
本作に関しては一週間に一度の投稿を(恐らく月、火)を原則目標と定めて投稿させて頂いています。
サディア編は様々な国家の思惑が蛇のように絡みつくお話し。そしてストーリーにおいても極めて重要なターニングポイントとなり得るお話しです。果たしてセイレーンは何を望んで鉄血に情報を提供したのでしょうか?

またコメント、評価を頂ければ作者としては更に嬉しく幸いです、それではまた次回お待ちくださいませ…

指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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