サディア帝国に関しての知識は本や妹経由の知識でしか無かったが、実際に一週間ほど過ごして理解した事が幾つかある。
風光明媚で自然と調和が取れた街並みや、芸術・文化の保護や推進を促すための法律。豊かな漁場から毎日市場に上がる新鮮な魚介類に、故郷である鉄血と比べると陽気で明るい国民性などなど。
百聞は一見になんとやら。それらは既に知識としては存在していたが、自分の耳と目と肌で体感する事で得られる知識と感触は決して鉄血では覚えることが不可能なものばかりだったろう。
皆で食卓を囲んでサディア料理に舌鼓を打ち、のんびりと散歩をしながら活気に満ちた市場へ赴き、夜は甘いワインを飲みながら戦術書のページを開いて、窓の外から街並みを眺める。指揮官としての立場は望んで志願しており、誇りをもって日々の業務に励んでいるものの、仕事の重圧から解放された長期休暇のような日々。
ただ妹が嫁いだからサディアが好き。そう、単純に考えていたのは過去の昔。たった一週間ではあるが産まれて初めて長期間過ごすこの国を本心から気に入ってる自分がそこにいた。
この国を守りたい。レッドアクシズの盟友だから、妹がいるからではなく俺自身の願いによってこの国で過ごす人々の命と生活を守りたいという決意。
だからこそ、俺は辛かった。
個人としてはサディアを好きになっていく自分がいると言うのに。軍人として、指揮官として、皆の命を預かる代表としての自分はサディア帝国を完全には信頼出来ない事を。
疑心暗鬼の結果板挟みになっているこの状況。楽になる為にその結果がどうであれ早く総旗艦ヴェネトさんや、リットリオさんと話し合い、サディアは何を求めているかという真意を聞きたいというのに、その願いは叶う事はなかった。
この一週間、一度も。救援要請したはずのサディア海軍は俺達と接触する事はなかったのだから。
「んっ…美味しいですねこれ」
ポレンタと言う名の黄色い粥のような料理にトマトソースと牛肉を煮込んだものを絡めて口に含む。ネットリとしつつもツブツブの食感が特徴の粥のとうもろこしの風味が口の中に広がっていき、油の乗った牛肉のトマト煮込みと共に食べれば、パンやパスタとは違う未知の扉が開かれていく。
「でしょ?サディアではパスタやピザばかりが有名だけど、私はこのポレンタも好きなのよ。トマトソース以外にもクリームソースやチーズ。なんならホイップクリームを入れてデザートみたいに食べても美味しいわ」
自国の料理を褒められた事が嬉しいのか、微笑みながら赤髪の女性、ザラさんはじっと俺が食べている様子を眺めていた。少しだけ気恥ずかしいとはいえ、仮に自分がザラさんに鉄血の料理を進めた時も同じような事をするんだろうなと、苦笑しながら再びスプーンを動かして食事を再開する。
ここはタラント港近くの小さな喫茶店、現在俺はザラさんにサディアの街並みや観光名所を案内してもらいつつ、ザラさんオススメの店でランチタイムを楽しんでいた。そう、ザラさんと二人きりで。
美女であるザラさんと二人きりで行動を共にするのは軍人としてはだけでは無く、男として色々な意味で緊張するが、あくまで緊張止まり。二ヶ月ほど前の自分であれば緊張の余り、更に酷い状態になっていたのは確実だろう。
そう言う意味では俺は女性だらけの環境に身を置く事で、自分でも妹以外の女性と話す事に慣れてきたのだと感じる事が出来た。特に先日のグラーフとのデートは失敗に終わってしまったが確実に自身の糧になっており、経験は無駄では無かったと内心彼女に感謝する。
ザラさんと二人きりでこんな日にデートと洒落込んでいるのは、サディア帝国の滞在中に世話係兼パイプ役として同じくホテルで過ごしている彼女にタラント港周囲の観光の為の案内を頼んだ為。実際にはまぁ……色々と確認する事もあって騙している事に少し罪悪感を感じているが、このサディアの観光を楽しみたいと思う気持ちも事実。
「食べ終わったわね?それじゃいきましょうか」
「ええっ。本当に美味しかったです……あっ、お代はこちらで払わせて頂きますね?折角案内して貰ってますからこれくらいは」
「あらそう?なら遠慮なく好意に甘えさせてもらうわ、ふふっ、ありがとう」
立ち上がり会計を済まして店を出れば、再びザラさんが先導して道を歩いてくれて、次の観光名所に二人で向かう。彼女と二人きりで過ごすのは今日が初めてだが、ザラさんは甲斐甲斐しく案内をしてくれる。
自国の文化にそれだけ誇りを持っているという事なんだろう。絵画や観光名所を分かりやすく解説してくれる彼女の説明を聞いていると、きっと彼女は軍を辞めて教師になっても良い先生になるに違いない。自分が子供の頃にこんなスタイル抜群な先生と会ってしまえば色々な意味で性癖が歪みそうだがそれはまた別の話だ。
サディアに滞在して一週間がたった。
その一週間の間。ヴェネトさん達にサディア海軍の要請を受けて会議や出撃をする事もなく、本当に忙しい日々を癒すかのようなバカンスのような日々を過ごしている。
流石にいつ呼ばれても良いように、俺も含めた派遣部隊の皆はホテルの周辺から離れる事は無いが、俺達は長い休暇に色々と思う所がありつつも、ゆったりとした毎日を過ごしている。
マインツに関しては街のコーヒーショップで早速サディアのコーヒーを楽しもうと思ったそうだが、ブラック好きな彼女にとっては甘いコーヒーばかりのサディアという環境は色々と大変だったそうで…
「……恨むぞ、ビスマルク」
と死んだ魚を更に腐らせて放置したような光のない虚無の瞳になりつつ、今は鉄血から持ち込んだ機材でブラックコーヒーを飲みながら俺に愚痴っていたのはザラさんには黙っておこう。
「ねぇ、鉄血の指揮官」
和やかな会話をしながら二人で歩いていたのだが、話したい事があると人通りの少ない裏道に俺を誘うザラさん。少し緊張しながら彼女の指示に従って裏道に入ると、ザラさんは辺りを見渡しながら周囲確認すると、真面目なトーンで話しかけてくる。
「改めて、お礼を言わせてもらうわ。鉄血の生体艤装を提供してくれてありがとう」
それまでの和やかな空気は霧散しており、一瞬で空気が変わってしまう。観光を楽しんでいたがいよいよ真面目な軍の話か、それとも……と背筋が少し寒くなるが、急いでにこやかな笑顔を取り繕う。
「いえ、同じレッドアクシズの一員として当然の事をしただけですよ。そう、同じ、毒を以て毒を制するレッドアクシズの理念に賛同する、同じ盟友ですから、ね? 」
同じと言うことを敢えて強調して答えて見せる。サディアもレッドアクシズの一員らしくセイレーン技術の研究を行なっているようだが、ザラさんの艤装を見る限り生体艤装の使用には踏み切っていないようだ。
だからこそ、その研究が加速するのなら喜ばしい事。同時にかなり嫌らしい考えではあるが……サディアが生体艤装の本格運用に切り替われば、最早蛇蝎の如くセイレーン技術を毛嫌いするロイヤルを筆頭にアズールレーンに復帰することは不可能となり、本当の意味で安心する事が可能になるのだから。
「実物を弄って研究はさせて貰ってるけど……流石に鉄血は科学の国と呼ばれるだけあるわね。あれをそのままコピー生産するのは難しいわね。技術者も下手な事をすれば噛まれるんじゃないかって怯えているわ」
「でしたら比較的大人しいシュペーの艤装を研究する事をお勧めしますよ。それと、飼い主というか、艤装の普段の使用者が側にいれば大人しくなりますからいつでも声をかけて下さいな」
「いずれはそうさせて貰うわ。できるのなら……いっそ鉄血から技術者が派遣して貰えれば、こちらとしては助かるんだけどね」
「それはサディアの懐刀としての意見でしょうか?それとも個人としての意見でしょうか? 」
和やかに笑いながらもザラさんに、個人の意見か軍の意見なのかを指摘すれば、ザラさんは肩をすくめながらこう告げる。
「ふふっ、どっちかしら?あと懐刀と呼ぶのはやめて頂戴。あれ宣伝向けでマスコミがそう言ってるだけで、自分から言い出した訳じゃないし結構恥ずかしいのよ? 」
和やかに会話は続いていくが、生体艤装は鉄血にとっては技術の根幹といえるものだ。正直な話マインツやグラーフといった幹部であっても即答する事は出来ないはず。
自由に生体艤装を研究してもいいと現物を提供した以上、恐らくビスマルクさんはサディアとの連携を重視してよりいっそう引き込もうとしている事は理解しているが、サディアは更にその先を進みたいらしく……脳をフル回転させながらも相手を不快にさせない最適な答えを導き出す。
「自分もそれ程の権限を与えられている訳ではありませんので即答は難しいですね……ですが、必ずビスマルクさんに『全て』伝えますので、ご安心ください」
結局の所、そう返答するしかなかった。俺の役目はサディアの救援要請に応える為なのが表向きであり、同時にマインツとの会話からサディアの監視役としての役目を与えられている事も理解している。
だからこそ、上には包み隠さず全てを伝えなければいけない。それにもし、サディアが俺が望むのように鉄血との関係をより深くする事を望んでいるのであれば、喜んでその役目を果たそう。
「全て、ね……ありがとう鉄血の指揮官。それともう一つだけ良いかしら? 」
懐刀と呼ばれておりこの手の事に慣れているようでザラさんも、この状態を緊張しているんだろう。ふぅと深呼吸をした後に、決定的な一言を口にした。
「改めて、貴方に聞きたいの。貴方はサディアについてどう思っているのかしら? 」
「……どう思う、とは? 」
「正直ね、貴方がサディアを疑っている事は知っているわ。そして、私達が貴方達鉄血から派遣された艦隊の皆に疑われても仕方がないと思う行動を取り続けているって事も」
じっと、目を逸らさずにザラさんは見つめてくる。一瞬たじろいでしまい、疑っては……と口にしようとするが取りやめる。
「あくまで、鉄血全体の意見としてではなく、俺という個人としての意見と前置きをした上ですが……1%の疑念がないとは言い切れない、それが今の俺の答えです」
ここでわざわざ否定した所で恐らくは信じてくれないだろう。それにただ問いただすのではなく、自分達が疑われても仕方ないとザラさんは答えてくれた。
つまり、自分達の現状を理解したうえで、サディアは今鉄血から疑われるような行動をしているとはっきりと情報を与えてくれたと同時に対話を望んでくれた。なら正直に、自分の答えられる範囲で答えよう。
「否定は……しないのね」
「客人としての待遇には本当に満足させて貰っていますし、必要であれば俺達は戦います。それでも、なぜタラント港から離れた場所に指揮艦を隠したのか。何故軍ではなく、民間の宿泊施設が滞在場所に選ばれたのか」
後者に関しては少し過ごせばわかった事だ。護衛している国家憲兵はまだしも、部屋の掃除などを担当する人々は立ち振舞いからして、明らかに軍の教育を受けている雰囲気とは思えなかった。
「そして、一週間近く軍に関する要請などもありませんでしたし……正直な話、俺たちを害する為にと疑っていると言うよりも、サディアは何を望んでいるんだろう?と疑惑がない訳ではない、と言うのが俺の本音ですね」
本当に俺達をロイヤルに引き渡すという最悪のパターンであれば、武装解除して車でホテルに向かう途中や就寝中など絶好のタイミングは幾らでもあった。
だと言うのにサディアは現状何も行動に移してない。俺たちを害する事も、俺たちを利用する事も。
艤装の整備をしようか?と声をかけた事を除けば、サディアは軍としては不気味な程に沈黙をしており、それがまた疑惑となってしまう。
だからこそのこの答えだ。1%の疑惑がある以上完全にサディアを信じる事が出来ない。もっと腹の中を曝け出して何を望んでいるのか本音を聞き出したい。
「ふぅ……」
俺の言葉を聞いて疲れたようにザラさんはため息を吐く。
「こっちも色々と大変なのよ……ただね、総旗艦様がサディアを笑顔で帰って欲しいと言う発言は事実で私としては、それを疑ってほしくはないとは伝えておくわ。サディアのkansenは皆総旗艦様に忠誠と敬意を持っている。恐らく貴方達から見ればビスマルク閣下と同じくらいには」
事実、なんだろう。総旗艦ヴェネトさんと話したのはサディア入りした初日だけだが、ザラさんの会話の端々から敬意が伝わっており、それは俺がビスマルクさんに抱いている敬意と同じものである事も。
「だからサディア全体を疑ってもいいけど総旗艦の想いだけは信じて欲しい。ただ、私にはそれ以上の事を話す事は『まだ』許されていないのよ……」
「まだ、ですか」
「まだ、ね。きっと言葉だけでは貴方達を害するつもりはないと否定しても難しいでしょうね。それに……サディアも正直な話…鉄血を完全に信用しきれてない、貴方は話している限りは信頼できそうな人とは言え、私個人としても貴方と同じく1%の疑惑がないのは否定しきれないもの」
「そう、でしょうね……」
ザラさんの本音はその通りとしか言いようがないだろう。同じレッドアクシズとはいえ、当初からの救援要請に遅れて今更救援にきた一団であり、恐らく自分達は援軍であると同時にサディアを監視するための一団として見られているはずだ。
そんなサディアの考えは……正しい。
マインツ曰く俺達はサディアの援軍であると同時に、サディアを監視する為の任務が与えられており、情報を収集するのも仕事の一つ。自発的にサディアの害となる行動をする気は無いが、完全に白で潔白であるとは言い切れないのだから。
「お互いに信じてくれといっても立場上完全に信じることが出来ない、次の瞬間ナイフでお互い背中から刺されかねない。なんて思いながらの会話は辛いですね……」
「ええっ。同時に油断をすれば自分だけではなく皆が後ろからナイフでズタズタにされかねない、だからこそこうして握手をしながら片手ではナイフを握っている。同じレッドアクシズ同士なのに……何やってるのかしらね」
少なくても俺とザラさんはお互い信じたいと思っており、ザラさんは歩み寄ろうとしてくれた。しかし脳裏にはそれこそ此方を油断させる為の作戦かも知れない、そして自分の選択がシュペー達の命を天秤に掛けかねない重要な選択になりかねないので油断する事も出来ない。
精神衛生の為にどうせ何かあれば後手に回らざるを得ないのだから、疲れないように堂々としていようとは思っているが、どうしてもザラさんやサディアの人々との会話に於いてはその1%の疑念を完全に捨て去る事が出来なかった。
本当に……何をやってるんだろうな、俺は……
「ただ、総旗艦様の想いだけは本当であると信じて欲しい。難しいかもしれないけどサディア滞在中に楽しんで貰いたいと私も含めて思っているのは本当よ」
「了解しました。同時にその……疑惑は消えないとはいえ、貴方と話せてよかった。お互い正直に話し合って色々と再確認できましたから」
もし、本当にザラさんが裏切るつもりならこんな会話も煙を撒かれるだけだ。ザラさんは立場上全てを口にする事は出来ないが、『まだ』であったり、鉄血に疑惑があると直接的ではないとは言えこちらの疑問に正直に話してくれた。
「……裏切らないでよね?」
冗談っぽくザラさんは手を差し伸べる。
「……当然です。俺は個人としてサディアが好きですし、貴方達が俺の大切な存在を害さないのであれば、命をかけてこのサディアを守るために全力を尽くしますから」
その手をぎゅっと握りしめて握手に応じる。
少なくてもザラさんという個人は俺は信頼しよう、そしてサディアの思惑がどうであれ、責務を果たし、帰る頃にはお互いに1%の疑惑を捨てられる事を祈ろうと、俺達は硬く手を握りあうのであった。
余談であるが裏通りの道を抜けた後、再びザラさんに連れられて観光案内を楽しんだのだが……ひとつだけハプニングに遭遇してしまった。
サディアは海に囲まれた地中海の国家であり、長靴状に海に囲まれたその国土では全方位から風が吹き、過去の詩人はサディアの人々は風の民と表現する程に風と共に付き合っている国と言えるだろう。
それは例えば南西風はリベッチオ、北西風はマエストラーレと風に独自の名前を付ける程であり、艦名にも風の名前をついているkansenもいるそうな。
何が言いたいのかといえば、サディアは風が吹く、それはもう鉄血以上に強い風が吹く事もある。つまり街中を歩いている最中、唐突に極めて強い風が吹き出す事もおかしくなく。
「きゃっ…!?」
瞬間的なその突風は、防ぐ隙も与えなかったんだろう。その声と共に視線を向けた俺は先導するザラさんの臀部に思わず目をやってしまい……
アリだな!!!
その髪と同じく赤く、そして高級そうなランジェリー下着でムチムチとした尻を覆い隠したその姿を視界に捉え、思わずガッツポーズを取るほどの喜びを覚えてしまうが、次の瞬間にはザラさんもスカートを押さえて見えなくなってしまった。
「……見たかしら? 」
「何の話ですか? 」
あっやばい、食い気味に言ってしまった。
思わず目を逸らしてしまうが、まぁバレバレだろうな…とはいえ素直に見ましたなんて言えるはずもなく、気まずい空気が辺りを包み込み。
「……そう言う事にしておくわ、流石に今回は不可抗力だしね」
クールに振る舞いながらも頬を赤く染めるザラさん。助かった!立場上色々な意味で!あとありがとう!こっちも色々な意味で!!
結局、その後観光案内が再開したのだが、何よりも脳裏に残ってしまったのはザラさんのパンツな訳で……結局、数千マルクの値段の絵画より、一枚の布切れの方が男にとっては嬉しいものであると再確認する一日なのであった。
「ここか……」
タラント港から少し離れた港町。ここにくるまでの途中で購入した贈呈用の果物と、サディアに来て以来お気に入りとなった干し葡萄のフルーツワインを片手に、俺は私服姿で灰色のコートを羽織りながら、石造りのレンガで出来た小さな家の前に立っていた。
写真でしか見たこと無かったが掃除は行き届いているらしく清潔でゴミ一つ落ちておらず、庭では洗い立ての白いシーツが風で揺れている。
確か築300年近い家を安く借りていると手紙には書いていたが、サディアではそんな家も珍しくないらしい。手紙を見た時は本当に大丈夫なのか?と思ってはいたが芸術・文化を保護して次世代に受け継ぐサディアらしく、年季こそ感じるが丈夫そうで何よりだ。
「はーい、どちら様ですかー? 」
深呼吸をしながらインターホンを鳴らすと、家の中からくぐもった声が響いてくる。思えば彼女に会うのは数年ぶりかと声を聞いた瞬間ノスタルジックな感情に耽っていると……ドアはゆっくりと開かれた。
「お待たせしましたー、どちらさ…」
「……久しぶりだね?ローネ」
亜麻色の髪をした小柄な女の子が絶句してドアを半開きにして硬直する。彼女の名前はローネ。結婚前の名前はツィトローネ・ヘルブスト。そしてなによりも……俺のたった1人の妹だ。
「……っ……」
ドアを開けた途端ローネは驚きのあまり声も出せないらしい。それもそうだ、今日はサプライズのつもりで来たのだから。
ザラさんとマインツの許可を得て朝早くから列車やバスを乗り継いで、同封された地図を見ながら時には人に場所を尋ねながらようやく辿り着くことが出来た。
会うべきかどうかは昨日までずっと悩んでいた。
それでも、結局成長した妹の様子を見てみたい。この戦争中で何があってもおかしくない情勢で後悔だけはしたくないと、覚悟を決めたんだ。
しばらく空気が凍りつき、沈黙が辺りを飲み込んでいたが……
「兄さん…!! 」
「おっっ、と」
やがて状況を全て理解したんだろう。妹は思わず俺の胸に飛び込んできて、慌てて彼女を受け止める。思えばこうして抱きつかれたのはもう思い出せないくらいの子供の頃だな、なんて懐かしくなると、更に妹が抱きつく力が強くなる。
亜麻色の長い髪を優しく撫でる。フルーツとワインを床に置き胸の中で泣いている可愛い妹の髪の毛を優しく撫でつける。泣くほど、自分の妹は喜んでくれたという事実に心が温かくなるが、同時に自分も少し堪えているのは内緒だ。妹の前で兄貴は泣いてはいけないと昔から決めてるんだから。
「ローネ。出来れば家に入れてくれるかな?こんな姿誰かに見られたら浮気を疑われるぞ」
やがて落ち着いて泣き止んだローネを優しく引き離すと、現在の状況に少し焦りを感じてしまう。幸いにして誰にも見られては無かったが、側から見れば男女が抱き合っているのだからそう言う目で見られてもおかしくないのだから。
「うん……言いたい事はいっぱいあるし聞きたい事も沢山あるわよ!覚悟してね!ヴァイス兄さん!! 」
「お、おい!引っ張るなって! 」
こうして泣き止んだ妹は俺を強引に引き摺り込む。玄関の後に残ったのは玄関先で囀る小鳥の鳴き声だけなのであった。
結果的には妹と話したのは五時間くらいだろうか?旦那さんは仕事らしく会えなくて残念だったが、気がつくと辺りと窓の外はオレンジ色に染まっていた。
彼女が用意してくれた甘い蜂蜜ミルクを飲みつつも、2年間の隙間を埋めるかのような会話。妹は何をしているのか、最近はどんな暮らしをしているのかを聞きたかったのが本音なのだが結局殆どが矢継ぎ早に飛んでくるローネの質問に答えるだけで終わってしまう。
流石に軍事機密になるような事は言えないが、指揮官として頑張っていると。部下の子達は皆良い子だと。そして今日は『色々あって』仕事で来ただけなのだから詳しい事は伝えられないと彼女に話す。
何となく理解してくれたのかそれ以後仕事に関しての追求は止んだが……代わりに恋愛トークを話せと言われて、つい最近デート(その後スパイに銃を突きつけられた)した事や、女の子の部屋に入った(シュペーはともかくイーグルに関しては完全に殺意を向けられていた)と答えると大はしゃぎする妹。
何でもない家族との会話。親元から離れてずっとひたすらに、がむしゃらに指揮官となる為に努力を重ねてきた自分にとっては懐かしく思える家族の時間はすぐに終わってしまう。
「兄さん泊まっていかないの?夕飯くらい食べていけば良いのに……」
帰ろうとする俺を見て残念そうにローネは呟く。正直妹の手料理は食べたくもあるし、もう少し待てば義弟の旦那さんに会えると思えば心苦しいが、流石にもう帰らないと不味いだろう。
「悪いな。仕事の都合もあるから難しいんだ。だから次会えるのもいつになるか……」
「そっか……次はいつ来るの?今度いつ会えるかどうかは分からないけどまた来てね? 」
残念そうな顔の妹に思わず苦笑してしまう。本当に変わらないな……結婚したといっても俺にとってのローネはいつまで経ってもたった一人の可愛い妹だ。彼女も少なくても俺といる時は昔のように会話をしてくれて……例え離れていても兄妹の絆が変わらなかった事に安堵と嬉しさを同時に感じてしまう。
「いつか、ね?あとお前も偶には鉄血に帰れよ?気不味いかも知らないけどさ、きっと父さんも待ってるんだから」
「うーん、今行っても難しいから今度行く時は三人でかな?その為に頑張るからね! 」
「バカ、実の兄貴の前で生々しい話はやめろ」
そんな軽口を口にしつつも本当はもっと、もっと妹と話したい事もあり、五時間という俺にとっては短かった。もっと話したい、一日くらい泊まっておけと胸の中の悪魔が囁く。
だが、今の俺は指揮官という立場で……何よりも帰るべき場所があるんだ。お互い別の選択をして後悔はせずにサディアと鉄血で過ごしている。願わくば、もし今度妹と話す時はこんな慌ただしくはなく、じっくりと立場を忘れて兄妹として過ごしたいと、後ろ髪を引かれる思いで玄関の扉に手をかける。
「じゃあな……旦那さんと幸せに、なっ? 」
「ありがとうヴァイス兄さん、お仕事頑張ってね」
見送りは良いと話していたが最後の最後まで妹は手を振っており、何度も何度も振り返ってはお互いに手を振って……やがて妹の姿が見えなくなった後、寂しさを感じてしまう自分がそこにいた。
それでも、妹と会う選択をした事に後悔はしていない。守るべきものを再確認できた。明るく歓待してくれた妹だけではなく、この街を、そしてこの国を守らなければ。なんて決意を改めに心機一転して帰路につこうと歩み出した所。
「妹を想う兄、か…私は嫌いではないな、そういうのは」
背後から、話しかけられる。
「……貴方は」
「リットリオ。ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦の二番艦のリットリオだよ。鉄血の指揮官」
あぁ……尾行には気をつけたはずなんだけどな……クソっ。
・だからこそ、その研究が加速するのなら喜ばしい事。同時にかなり嫌らしい考えではあるが……サディアが生体艤装の本格運用に切り替われば、最早蛇蝎の如くセイレーン技術を毛嫌いするロイヤルを筆頭にアズールレーンに復帰することは不可能となり、本当の意味で安心する事が可能になるのだから。
実の所、北方連合も生体艤装をこの時期使用しているのですが、ロイヤルが支援物資を提供した際の使者は生体艤装を身につけてないアヴローラであったり、ゲーム内ではアズールレーンに所属している指揮官が北方連合の艤装に驚きを隠せない描写がある事から、北方連合は少なくてもゲーム内イベントである
『凛冽なりし冬の王冠』〜『凍絶の北海』
までの間、生体艤装の情報を秘匿しているという説を本小説では採用させて頂きました。
つまり、時系列の上ではロイヤルは謎に包まれた地獄の最前線である北方連合がセイレーン技術を使用としている事を現時点ではどの勢力も知ることはありません。また、ゲーム内設定ではあくまで
・北方連合は軍事的に海軍戦力は劣っており、それを補強するに至ったものの、あくまで人類の脅威になり得ない
・鉄血がセイレーン技術を研究して開発する新装備を作るのとは違い、あくまで北方連合はリバースエンジニアリングの範疇である
・アズールレーンに後にばれたのだが、戦略上の必要性のみを主張しており、鉄血のような現存の技術体系を逸脱する応用を行なっていないためアズールレーンからは黙認された
とバレた後も陣営代表のソビエツキー・ソユーズはかなり上手く出し抜いたそうな。
セイレーン技術を反対する為の行動をとりながら、結果として自分達の盟友が知らないうちにセイレーン技術に手を出していた。
文句を言えば「仕方なく手を出したのに何を言うか。それならこちらがセイレーン技術を使わなくても良いだけの潤沢な戦力支援を行え」と北方連合に主張されて結果的に黙認という、ダブスタ状態に陥ったロイヤルの小さな王女はきっと頭を抱えていたでしょう。『凛冽なりし冬の王冠』冒頭の、シェフィールドの言葉を借りるのであれば、アヴローラを見て笑顔が本心ではない北方連合の言葉は信用できないと。
実際には北方連合からすれば自国内で大量のセイレーンを抱えて孤立無援と言う状況で、アズールレーンは時系列ではかなり後となる『凍絶の北海』まで部隊も派遣せず。人類の敵であるセイレーンではなくレッドアクシズと人類同士で争いあっているので、ソユーズは冷めた目で両陣営を眺めている可能性がありますが。
・生体艤装
アズールレーンクロスウェーブによると中には暴れ出す個体もいるようであり、アニメの描写を見る限りでは食事を食べる事も可能と謎が多い鉄血の生体艤装。シュペーの姉であるドイッチュラントによると芸を仕込む事も可能らしく、個体によって性格に差があるそうな。
暴れ出す個体は大変危険と作中でも言われていますが、特別計画艦のローンは素手で制圧したそうな。本来kansenは艤装がなければ一般女性と変わらない身体能力なのですが、素手で生体艤装を押さえつけるローンとマーシャルアーツの達人で車を蹴り飛ばすのノースカロライナは色々と例外なのでしょう。
・リットリオ
リットリオとの遭遇は完全なファンブルであり、本来であればザラやヒッパーといった知り合いの可能性の方が高かったのですが
dice1d10=10 (10)
1~2.ヒッパー
3~4.シュペー
5~6.ヒッパー
7~8.マインツ
9.ザラ
10.……君は
といった様に10%の壁をぶち抜いてしまいました。果たしてなぜリットリオがここにいるのか?そして指揮官はこの状況をどう乗り越えるのかは次回をお待ち下さいませ。
因みにパンチラと赤いランジェリー下着はらきすけの結果です。ノーパンの選択肢もありましたがまさかノーパンのkansenなんている訳ないでしょう……
指揮官の後世の評価はどうなる?
-
戦争を終わらせた立役者
-
サディアを救った救国の英雄
-
ロイヤル最大の敵
-
女の子に手を出しまくりの色を好む英雄