鉄血の旗の元に《完結》   作:kiakia

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第二十話 地中海の守護者

 人生最大のピンチなんて物はそう訪れる事も無ければ、更新されるわけが無いとは言うが、その意見に俺は賛同する事は出来ないだろう。

 

 例えば俺の20年という短い人生の中でもっともピンチに陥った出来事は間違いなく『バルト海海戦』だと思っていたんだ。ロイヤル、セイレーンとの三つ巴の戦いの中で初めての指揮を行い作戦目標を達成する。なんて絶望的な状況を良く乗り越えたと我ながら自分を誉めたくなる。

 

 しかしそれは間違いだった。その後すぐに起きた『レス島防衛戦』では不利な状況で複数の戦艦の砲弾の雨をこの身で受け、その他にもスパイに銃を突きつけられる。気まぐれなセイレーンと交渉を行う。媚薬で発情した捕虜に押し倒されるなど人生最大のピンチは次々と更新されていく。

 

 ……呪われてるんじゃないか俺って。なんて思わず愚痴りたくなるも、そのピンチの多くは頼りになるビスマルクさんの庇護と共にヒッパー、シュペー、グラーフ、マインツと言ったkansenの皆が居たからこそ未熟な俺は乗り越えることができたと言えるだろう。

 

 さて、そんなピンチを乗り越えてきた俺が、遭遇した今の状況をまとめると。

 

 

 

①ビスマルクさんの庇護が及ぶ鉄血公国ではない場所で。

 

②ヒッパー達と離れて孤立無援の状況で。

 

③妹との再会について目の前のサディア帝国海軍のkansenの中ではNo.2の人物に揺さぶりをかけられている。

 

 つまり。

 

 ・ビスマルクさんの庇護はないサディアで。

 ・俺を守ってくれるkansenの皆もいない状況で。

 ・自分の命は良いとしても、kansenの皆だけではなく、妹と義弟。そして鉄血そのものを危険に晒してしまい、それをどうにか乗り越えなければいけない。

 

 ははっ、人生最大のピンチの更新の時間だ畜生!!!

 

 まさかの人物の登場に思わず困惑と同時に嘆きたくもなるが、同時に頭の中では必死でこの状況を乗り越える為にはどうするべきか考えを紡いでいると先日の総旗艦、ヴェネトさんとの短い会話を思い出す。

 

 

 

『では、暫くの間よろしくお願い致しますね?滞在中はこのホテルに貴方達を案内したザラが常に常駐していますので、何か不自由があれば彼女に遠慮なく仰られてください、直ぐにでも手配致しましょう』

 

 

 

 あぁ……そうだ。彼女はザラさんが常に常駐しているとは言っているが、ザラさん「だけが」常駐するとは一言も言ってない訳で。

 

 つまり今まで目の前の緑髪女性はずっと俺達を監視していた可能性すらある。それがヴェネトさんの策略のせいなのか、リットリオさんの独断なのか、はたまた別の意図が働いているのか……

 

 

「悩んでいるようだね」

 

 

 初めて出会った時と同じ軍服姿に身を包んだサディア海軍のNo.2はふふっと少し微笑んでいるが目は全く笑っていない。同時に懐に手を伸ばしているが、十中八九拳銃を携帯しているはずだ。

 

 つまり逃げ出そうとしても彼女がその気になれば……即座に俺の足を撃ち抜く事も可能という事だ。物理的にも精神的にも優位に立たれ、内心心臓が爆発しそうになるが、焦りを相手に感づかれてしまえば全てが終わると、常にポーカーフェイスを保つ事は忘れない。

 

「すまないが君の事は尾行させて貰ったよ。正直に言えば君達と初めて会った時はまず最初に……驚いた」

 

 ずっと無言でいた俺を尻目に、リットリオさんは明日の天気でも口にするように話しかけてくる。

 

「複数人鉄血から部隊を派遣してくれるとはビスマルクから聞いていたが、まさか虎の子の空母まで派遣するとは。驚いたよ。ヴェネトも余りの事態に顔合わせの時点で困惑していたが、鉄血には既に空母kansenが存在していたなんてね」

 

 

 サディア海軍には空母は実用化されていないとビスマルクさんは語っていた。思い返せばあの時ヴェネトさんが固まった理由はそれかと、やっと納得する。

 

 

「鉄血が秘匿されていた虎の子空母を派遣した上で特別計画艦まで派遣する。だからこそ私は知る必要があったんだ。そこまでの艦隊を率いる指揮官とはどんな人物なのか?ってね。ザラには悪いが彼女を囮にしてずっと後ろから見ていたよ」

 

 あぁ、そうか……ザラさんは関係ないのか。

 

 リットリオさんの言葉を信じるのであれば、ここでザラさんもグルなのであれば、精神的にはキツかったが、少なくてもあの時ザラさんが誠意をもって話してくれた言葉は真実だったんだ。こんな事態だというのに内心嬉しく感じてしまう自分がそこにいる。

 

「正直な話、あの美しいシニョリーナは鉄血の工作員か何かだと思っていたが…」

 

「それは違いますよ」

 

「だろうな、あんなに仲睦まじい兄妹なのだから」

 

 

 即座に否定をすれば、さもあらんと言わんばかりに肩をすくめるリットリオさん。俺を尾行していたんだ。きっと中での会話を聞いてなくても玄関先のやりとりくらいは全て聞いていたと考える方が自然と言えるだろう。

 

 

 そして……ここまで見られた以上は誤魔化す事も不可能だろう。

 

 

 余計な情報を与え過ぎる危険性は理解していても、無理に隠して疑惑を与え続けるのもマイナス評価を与えるだけ。

 

 少なくても今の俺の行動はサディアから見ても怪しい以外の何物でもない、そもそも鉄血はサディアに喧嘩を売りに来た訳でもなく、あくまでサディアとの友好関係を望んで派遣されているんだ。

 

 

 

「これが、俺の来た理由の一つですよ」

 

 

 

 目線を隠すようにしながらリットリオさんにそう返す。

 

 うん……まぁ嘘は言ってないからね。

 

 自分はあくまで友好を望む鉄血軍人であり、サディアに害する気持ちはない。妹と会ったのもプライベートで家族に会いに来た以上の思惑もなく、ましてやスパイなんて事はありえない。

 

 その短い返答にリットリオさんはなにを思ったんだろうか。目は笑わずに微笑だけを浮かべている彼女は今の俺にとってはセイレーンよりも恐怖心を感じてしまう。

 

 精神と意識を集中させろ。

 

 脳内の全ての知識を総動員させろ。

 

 この場面を乗り越える事だけに全ての力を今は出し切るんだ。

 

 

「……なら、君が裏切っ「ないですよ」

 

 

 リットリオさんがそう言い切る前に言葉を紡ぐ。彼女が今言おうとした言葉を最後まで聞く事が何よりも今の自分にとっては怖いもので、恐れている物なのだから。

 

「あの子と、あの子の相手を危険に晒すような事を俺がする訳ないじゃないですか。それに……」

 

「それに?」

 

「サディアは彼女が第二の故郷として骨を埋める覚悟を持って選んだ場所です。あの子が愛している国が……俺の妹と義弟を傷つける事をしないと俺は信じてますからね」

 

 その気持ちは紛れもなく自分の本音。

 

 お人好し、考えなし、シスコンと呼ばれても妹が愛した人が生まれた国が。妹が第二の祖国として選んだ国が、俺の家族を害するなんて考えたくもなかった。

 

 あの時ザラさんとの握手の感触は今も覚えている。サディアは冷酷な国ではなく、本心から尊敬出来る国で……何よりもこの数日を過ごして俺もはっきりと理解できた。

 

「何よりも俺も、貴方の祖国が。サディアの事が好きなんですから。貴方の祖国が鉄血との友好関係を望んでくれるのであれば。俺は、俺達鉄血艦隊の皆は命を掛けて、貴方と共に戦い抜きます。それが俺の覚悟であり、ビスマルクさんはきっと貴方を同胞の一員として見ているのですから」

 

 恐らくリットリオさんへの俺たちの感情は疑惑に染まってはいるが、あくまで疑惑止まりであり、彼女は悩んでいると予想する。

 

 リットリオさんには口にはしてないが、本気でローネを謀略で使う気があるとしても、何故今、この瞬間にわざわざリットリオさんは俺に問い詰めたんだろうか?

 

 バカ正直に話しかけなくてもリットリオさんは確実に俺にバレないように立ち去る事が出来た。そして本気で俺を脅すのであらば、もっと人員を呼んで、銃で囲んで問い詰めるなどだって可能だ。

 

 恐らく彼女は俺を試しているんだろう。その上で鉄血と今後も手を結ぶのか?もしくは鉄血が自分たちにとって本当に信頼できる勢力であるかどうかを。

 

 俺達がサディアにとって利益をもたらす存在であるかどうか。そして本当にサディアの為に命をかけて戦える軍人であるかどうか。

 

 答えはイエス。俺は妹と改めて話し合い、妹の新たな祖国の為に戦う決意を固める事は出来た。

 

 そしてグラーフ、ヒッパー、シュペー、マインツ。俺の大切な仲間も任務を果たす為に、レッドアクシズの同胞を守る為ならその砲塔を向ける覚悟のある女性ばかり。

 

 

 我が同胞の為に鉄血の力とならん事を。

 

 

 その同胞の中にサディア帝国も入っている筈だと少なくても俺は思っている。どちらにせよこの国にいる以上サディアの手の内だ、なら対応は決まっている。

 

 

 ただ必死になって歯を食いしばってでも、妹が愛した国を信じ切るだけだ。

 

 

 真っ直ぐと恐怖に耐え抜いて視線を見返すと、二人の間にはピリピリとした空気が辺りに満ちていき、胃だけではなく五臓六腑の全てにヒリヒリとした痛みが感じてしまう。

 

「なるほど、鉄血が君を送った理由はわかったよ……今の所は信用しておこうか」

 

 

 無言の時間はどれくらいだっただろうな?カツンと靴を鳴らして、話は終わりとばかりに後ろを向いて立ち去ろうとするリットリオさん。

 

 助かった……のか?と安堵の息を吐くと同時に、その後ろ姿に俺はいつのまにか声をかけていた。

 

 

 

「もし、貴方が信用してくれると言うのなら、3つお願いがあります」

 

 

「……ほう? 」

 

 

 怪訝そうな顔で振り返るリットリオさん。

 

 

 

「さて……君に問いたい。このリットリオが貴方の願いを聞く意味は? 」

 

「仮にもパイプ役として派遣された、俺達を貴方は尾行したんです。その事を俺がビスマルクさんに話して露見すれば色々と、不味い事になるのでは? 」

 

 

 気怠げであり怪訝な表情をしていたリットリオさんは次の瞬間、警戒心を露わにして俺を睨みつける。同時に明らかに俺に分かるように懐に手を入れる。片手で拳銃を握る事を見せつけるかのように。今お前は誰を脅しているのか分かっているのか?と威圧するかのように。

 

 

 

「それなら、君に話さない様にする手段を私は」

 

「あ、無理ですよ」

 

 

 先程と同じように俺はリットリオさんの言葉を斬りつけるように邪魔をして、同時に自身の腕時計を見せつける。現在の時刻は17時30分。それは夕日が海を照らし出し、夜の闇が辺りをそろそろ包み込む時間。

 

「俺はですね。万が一の事に備えてました。仮に俺が何者かに拘束されてしまう。もしくはなんらかの事故に巻き込まれた場合、それは取り返しのつかないことにつながると」

 

 

 

 ーーーーだからお願いしました。

 

 

 ニヤリと邪悪に口元に微笑みを作り出し、俺は最後の賭けにでる。

 

 

「今から俺がホテルに戻るまでは1時間ほどかかりますが、仮に19時になっても帰らないと……鉄血の特別計画艦、マインツがビスマルクさんに直接通信を送ると」

 

「……あの指揮艦か? 」

 

 

 理解が早くて何より。

 

 

「そうですね。あれ長距離通信が可能な機材も積んでるんです。仮に俺に何か不幸があればマインツは19時にビスマルクさんに連絡をしますし、恐らく貴方が俺を拘束した上でマインツを捕まえようと連絡をしても、すでに彼女は船内に待機してますからね」

 

 見せつけた腕時計をコンコンと指差しながら、睨みつけてくるリットリオさんの本気の殺意をその身に受ける。銃をまだ構えていないというのに、背筋は寒くなり、だというのに身体は熱で暑くなる。糖分が欲しい。妹の家で味わった冷たい蜂蜜ミルクの味が恋しくなる。

 

「例え貴方が今からホテルに連絡しても。そして指揮艦にいるマインツを拘束しようと突入しても、マインツなら拘束される前にビスマルクさんに一言くらいは言えますよ。今の状況を……ね」

 

 

「貴方は……私を脅しているのか? 」

 

「提案です。俺の要望を聞いて下さるのであれば『鉄血の派遣部隊のリーダーが、サディアに信頼されずに一週間近く尾行された』なんて事もビスマルクさんに話しませんし……俺だってヒッパー達や妹を危険に晒す事はこれでも嫌なんですよ、ほら手を見てください汗でびっしょりでしょ? 」

 

 腕時計ではなく手のひらを見せつけると、その手は汗でぐっしょりと濡れている。

 

 

 

「リットリオさん。貴方も事を大きくしたくはないはずです。そして俺も妹の存在を貴方に知られた以上、サディアに敵対的な行動は取りたくない」

 

「だからこその取引と? 」

 

「俺は今日の事をきっぱりと全て忘れます。今日、俺はリットリオさんと会ってなかったと。ビスマルクさんに何を聞かれてもサディアはずっと俺達を歓迎してくれたと伝えましょう……貴方に無茶な要求をする気はありません。しかし、急かそうとする意図はありませんが、出来れば今ここで、早く決めて頂けると幸いです。もうすぐ19時になりますから…ね? 」

 

 

 

 不敵な笑みを作り出す俺と違い、リットリオさんの敵意ゲージは既にMAXとなっているだろう。しかし、ある意味ではこれはピンチであると同時にチャンス。本当ならこんな危険な橋は渡りたくはなかった。一歩間違えればヒッパー達の命を危険に晒して、無関係な妹まで巻き込みかねないのだから。

 

 本気で吐きそうだ。叫びたい。逃げたい。でもここまで言った以上は止まる事は出来ない。

 

 

 と言うか冷静に考えたら俺本当に何やってんだよ、サディアのNo.2を現場判断で恫喝するなんて使者としては最低だよ。綱渡りどころかダイナマイトを腹に括り付けてサーカスの火の輪くぐりでもしてるのかよ、ビスマルクさんが見れば助走をつけてドロップキックされてもおかしくねぇじゃねぇかバーカ!

 

 

 なんて自分の行動を客観的に振り返って死にたくなるが、同時にある意味俺を尾行していたのがリットリオさんだったのは本当に良かった。これから俺がやろうとしている事がスムーズに進むのだから。

 

 

「受けるかどうかは別として、それならまず三つの要望を言ってくれないか?  」

 

 

 まだ手は懐にしまったままであり、威圧は続けてはいるが少なくても交渉する気にはなってくれたようだ。最悪のパターンでは激昂した彼女に取り押さえられる覚悟をしていたが本当に良かった。

 

 

 

 みくびるなよリットリオさん。俺如きが貴方に勝てると思うなよ?

 

 

 

 甘く見ると『俺が』後悔するだろう。ヒッパーに簡単投げ飛ばされて壁に激突して本気で心配された実績のある身体能力の低さをな!

 

 

 ……なんて自らの身体能力の低さに少し泣きそうになりながらも、表情は崩さずにリットリオさんにまず二つの要望を口にする。

 

 

「一つ目、現在滞在しているホテルで甘い干し葡萄のワインを飲ませて頂いたのですが、俺もグラーフも含めて大変気に入りました。ですので今後も滞在中は継続的にあのワインをホテルに仕入れてもらい、鉄血に帰還する時はお土産として幾つか用意して貰いたい」

 

 あのワインは今では毎日の様に飲んでいるが本当に美味い。今までは酒は苦手だったが、特にミルクをカップにいれて、あのワインを混ぜたものはほろ酔い気分になりながらその夜熟睡出来るので、是非土産としても鉄血に持って帰りたい。

 

 

「二つ目はコーヒーについて。マインツはブラックコーヒーが好きなんですがサディアは甘いコーヒーばかりですので……出来ればコーヒーメーカーに俺は詳しくはありませんがブラックで飲むと美味しいコーヒー豆と共にいくつか贈って頂けませんか? 」

 

 

「これ以上、からかわなくてもいいよ」

 

 

 

 

  二つの要望を聞いた途端警戒と共に呆れた様子のリットリオさん。前者は兎も角後者はマインツにとっては死活問題で割と本気の要望なんだけどね。

 

 

「要望は受け入れるが……それくらいであれば滞在しているザラに言えば直ぐにでも用意してくれるだろう?だが、君が望む事はまた別の案件のはずだ。御託はいい。最後の一つは? 」

 

 

 話が早くて助かる。確かにこの二つはあくまで個人的な願望であってザラさんに頼めば直ぐにでも受け入れて貰えたはずだ。

 

 二つほどクッションを挟んで場を和ませようとしたが、その試みは失敗した様だ。早く要件を答えろと言い出さんばかりのリットリオさんの目をじっと見つめて……俺は、決定的な一言を口にした。

 

 

「えぇ。最後の一つは。サディア海軍の陣営代表。サディア海軍実働部隊であるkansenのトップ、貴女の姉である総旗艦、ヴィットリオ・ヴェネトさんと二人きりになれる時間を用意して頂けますか? 」

 

 どうせならこの状況を利用しよう。

 

 何故彼女は鉄血艦隊に救援要請を行ったのか?そして滞在して一週間以上、リットリオさんが監視をする為に俺達が泳がされていたのだとすれば、そろそろサディアの目的を全て包み隠さず聞いてみたい。

 

 相手はセイレーンか?南西に存在するセイレーン基地か?それとも対ロイヤルへの備えなのか。二人きりだからこそ出来る話を彼女の口から直接伝えて貰いたい。

 

 リットリオさんは目を瞑ると無言で言葉を咀嚼するように俯いている。難しい食事会などの政治的な段取りもなく、直接ヴェネトさんと話がしたい。その願いを叶えるに当たってはNo.2であり、妹であるリットリオさん経由が最も好ましいと言えるだろう。

 

 

 

 

 ーーーー三日後だ。

 

 

 リットリオさんはボソリと口にする。

 

「三日後の昼であれば確実に時間は取れる。その時にヴェネトが貴方と会える様に、会談の準備をセッティングをしておこう」

 

「ありがとうございます。その会談が鉄血とサディアの未来にとって明るい未来となる事を祈ります」

 

 半ば脅しておいて、同時に友好を口にする俺の白々しい言葉を聞いて、ふんっと鼻を鳴らすリットリオさん。

 

 

「全く…尾行したとはいえ、私を脅すだなんてとんでもない男だな、君は」

 

「断じて脅してはいませんよ。ただ仮に貴方と今日、出会わなくても今日覚悟を決めた後ザラさんにお願いするつもりでした」

 

 少なくても妹とあって覚悟を決めた後は明日の朝にでもザラさんに声をかけて、ヴェネトさんと二人きりで話したいと要請しようとしたのは事実だ。

 

 リットリオさんは信じてくれないだろうが、今日。確かに俺は妹だけではなくサディアに住む人々を守る為に決意を固めたのは装飾も、脚色もなく、嘘偽りのない本当の気持ちなのだから。

 

「……ザラも言っていたが裏切らないでくれよ」

 

 そんな俺の内心を知ってか知らずか面倒くさそうにリットリオさんはそう口にする。というか裏切る云々って…

 

 

「ザラさんと二人きりで話した時も…後ろにいたんですか? 」

 

「尾行には自信があるんだ。まぁ君がザラの下着に興奮していた事を彼女に伝える事はやめておこう」

 

「それは…ありがとうございます」

 

 あの場面も……見られていたのか。

 

 ザラさんとの会話を脳内で思い出すと、俺は彼女にサディアを1%の疑惑があると口にしていた。だからこそ、リットリオさんはより一層俺を警戒して観察していたんだろう。その結果まさかサディアに嫁いだ妹とプライベートで会っていたなんて事は予想外だろうが……パンツに関してはノーコメントだ。

 

 

「……私は。このリットリオは、軍人と貴族の責務をもって、命を賭けて愛する祖国を守る必要があるんだ」

 

 リットリオさんは俺から目を離し、聞かせるまでもなく。かといって聞く事を拒絶する訳もなく、まるで俺なんていないかの様に腕を組んで壁に寄りかかると自らの決意を示す。

 

「ヴェネトはお人好しだからな。ヴェネトが人を信頼するのであれば私はその人を疑う。ヴェネトが歓迎するのであれば私は常に歓迎する人物にナイフを構えている。貴方にとって信じられないかもしれないが今回に関しては私が全て独断で行った事だ。ヴェネトは関係ない、ヴェネトが貴方達を歓迎しようとしたのは事実なのだから」

 

「……本当に慕われているですね、ヴェネトさんは」

 

「当然だ。私の姉だぞ」

 

 何を当たり前の事をと柔らかな、恐らく本心からの微笑で断定の言葉を口ずさむリットリオさん。

 

 

 あぁ、そうか。

 

 結局の所サディアも鉄血も同じなんだ。

 

 ザラさんは言った、サディア全体を疑ってもいいけど総旗艦様の想いだけは信じて欲しいと。

 

 リットリオさんは言った。ヴェネトが貴方を歓迎しようと思ったのは事実であると。

 

 サディアの皆が総旗艦様を慕い、忠誠を誓うのと同じ様に、俺達鉄血軍人もビスマルクさんに忠誠を誓っている。

 

 そして……それは敵対するロイヤルのkansenもクイーン・エリザベスを慕っているのも同じであり、自分達の代表が一番であると。そして国のために自分達の陣営代表の為ならどこまでも頑張れるという気持ちは、同じなんだと。

 

 

 

 

「それでは帰るとしようか。あぁ、それと……重ねて忠告するがヴェネトを裏切るな。君が彼女の想いを裏切る存在となり得た時は、私は全ての力をもって君を、君達を排除する。例え鉄血を敵に回してでもだ」

 

「……覚えておきます」

 

「あぁ、それと私からもう一つ」

 

 

 再びカツンと靴を鳴らして俺に背中を見せるリットリオさん。しかしそのまま立ち去る事はせず、思い出したかのように一言。

 

 

 

 

「君の妹については安心しろ。手出しはしない。そして、君がこのサディアに滞在する最中は彼女に気が付かれないように護衛を配置しておこう。謝罪も兼ねて私達は君の妹に万が一がない様に気を付けておく。今の所は、だが」

 

 ……これは言ってみれば何かあればローネ達がその護衛役によって……とマイナスの方向に捉えそうになるが、逆に言えば俺が何もしなければ本当にサディアは彼女を守ってくれるはずだろう。

 

 常にサディアでは妹の命を握られてる。だが、同時にサディアに命を握られていると言う事は俺への交渉材料の一つとなり利用価値はある。つまりそんな利用価値のある存在を、セイレーンやロイヤルからの刺客からは彼女は守ってくれると約束してくれた。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、ございます」

 

 

 深々と頭を下げるとリットリオさんは振り返らずに歩き出す。緑色のマントを揺らしながら歩くその姿はザラさんに見せてもらったありとあらゆる絵画よりも力強く、そして価値のある物だと思えた。

 

 あれが国を守る人の背中。ビスマルクさんやティルピッツさんと同じく、国家に忠誠を尽くし、国民を守る為に苦しい決断を迫られながらもその責務を全うする軍人の姿が。

 

「……すまなかったな」

 

 

 彼女が最後に呟いた言葉は確かに耳に届き、その言葉の意味を考える暇もなく、彼女の姿はやがて見えなくなった。

 

 

 

「ーーーー!? 」

 

 

 

 同時に壁によりかかり、何も声にならない悲鳴を上げながらぜぇぜぇと息を荒くする。同時に吐きそうになって喉の奥まで妹の家で食べたジンジャークッキーが迫り上がるが飲み込み、酸っぱい胃液を再び胃に戻す。

 

 

 死ぬかと思った……

 

 

 俺のやった事は正しかったんだろうか?それとも焦り過ぎであり、いくら何でもサディアは内心キレていたのではないか?

 

 後悔で更に吐き気が増すが、もう悔やんでも後の祭りだ。

 

 少なくても今回リットリオさんと二人きりで話せた事は何もしないよりは良かった、後は総旗艦殿に全てを聞いて成すべき事をしよう。

 

 結局壁に寄りかかり、疲弊した体力と精神を回復させるまで時間がかかってしまい、ホテルに帰る頃には辺りは夕日ではなく夜の闇に包まれていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに……彼女はずっと部屋に? 」

 

「その通りですリットリオ様。少なくてもマインツ様はずっと部屋に篭っていらっしゃいました。何でもコーヒーの配合をどうとかと…」

 

「くっくっ……あっーはっは! 」

 

 国家憲兵の言葉で彼女は笑い出す。憲兵は困惑気味の様子。

 

 そうかあの男は私を騙したのか。このリットリオはこんな子供騙しの脅しに屈したのか。

 

 あの時リットリオがもし指揮官を拘束した上でホテルに連絡すれば即座に露見しただろう。しかしそうした途端、待機しているマインツであれば拘束される前に一言は伝えられるという指揮官の脅しの前に、リットリオは行動を取る事は出来なかった。

 

 その結果鉄血にコーヒーとワインを奪われて、大切な姉との会談の約束までさせられてしまう。反故にするのも難しいだろう。だがリットリオは笑みを浮かべており、その胸中に怒りはなく……

 

「リットリオ様? 」

 

「あぁすまない。成る程、成る程なぁ…私はとっさのハッタリに騙されていたって事か」

 

 

(ただ、私が尾行したと彼に知られた以上彼はそんな選択肢をとってもおかしくはない。つまり私はいっぱい食わされたという事か)

 

(……後はヴェネトに任せよう。不安要素もあるが彼の存在は今後のサディアにどんな影響を与えるのやら)

 

 




 今回は用語解説はありませんが、実は今回のお話で一つだけとあるミスを指揮官はしています。その事に関しては後日明らかになるのでお待ちくださいませ。

 そして次回はいよいよ総旗艦殿との交渉……ではなく、シュペー視点のラブコメパート!

 今の所は戦闘もなくひたすら交渉と謀略ばかりのサディア編となりますが、その癒しとなるお話になる事を願います。

 それではまた次回お会いしましょう。

指揮官の後世の評価はどうなる?

  • 戦争を終わらせた立役者
  • サディアを救った救国の英雄
  • ロイヤル最大の敵
  • 女の子に手を出しまくりの色を好む英雄
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